中野通り、十貫坂上交差点から杉並区和田の方に下る十貫坂。
その上り口といったロケーションにこの地蔵堂があります。
元禄5年(1692)銘・正徳2年(1712)銘の庚申塔、享保2年(1717)銘の地蔵塔、建立不明の庚申塔1基と、地蔵塔2基の計6基があります。
とのこと。入口のガラス戸が開きませんので、確認のしようがありません。
この十貫坂の名前の由来については
この坂の由来については、いろいろな中野長者伝説があります。18世紀半ば、村のわきの畑のあぜから壷に入った古銭十貫文が掘り出され、これを坂の名前にした。『成願寺縁起』によると、長者がこの坂の上から見渡す限りの土地を十貫文で買った。他にも財宝を埋めた。などの由来があります。
そうで、この日同行の方からは:
昔、中野長者が自分の資産を隠すため金10貫目を従者に担がせてこの地に来て、それを埋めた後口封じのためにその従者を殺した。
従い、この辺にはその呪いが満ちている。
といった内容の話を聞きました。
ふむ、都市伝説、色々おヒレが付くのが面白い…
10貫といえば37.5kg、微妙に担げそうなところが良く出来ております
ちなみに現在の金小売価格からいうと、金十貫目は1億4千万円位。まあ、”お宝”ですな
ところで、その呪いからか、この付近は現在でもひったくりなどの犯罪が多い地域となっているそうなので夜にはご注意を
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