雨が降る。
長く、雨が降る。
彼女は、部屋の中から、外を見る。
外には、出られそうにない。
彼女の父親がやって来る。
彼女は父親を見て、また、外を見る。
云う。
「父様。雨、止まないね」
父親が云う。
「お前。最近外に出てるだろう」
「え?」
彼女は、固まる。
「だからじゃないのか」
「私が、外に行けないように、雨が降るの?」
彼女は、気まずい様子で、父親を見る。
「私が外に行ってるの、気付いてたんだ」
「外で、何かあったらどうする」
「何かって、何があるの?」
「宗主の血筋だ。それだけで、危険なことはたくさんある」
「西の人に、連れて行かれちゃうとか?」
彼女が笑う。
「そんなことあるわけないよ、父様」
父親が訊く。
「そもそも、何をしに外へ行くんだ」
「何って……」
彼女が云う。
「母様のお墓を探しに、だよ」
「墓を?」
「だって、父様も知らないんでしょう」
彼女が云う。
「見つけてあげなきゃ、母様のお墓」
父親は、息を吐く。
「……母親、か」
父親は、彼女を見る。
「墓地に埋葬されているのかも、判らない」
「……え?」
彼女は戸惑う。
「それも、判らないの?」
云う。
「じゃあ、母様はどこに?」
「判らない」
父親が云う。
「でも、死んだのは確かだ。医師が死亡書を残している」
「……判らない、判らない、て」
彼女は、父親に近付く。
「いったい、父様は、母様の何を覚えているの!」
彼女は、声を荒げる。
「母様は死んでしまったから、もう全部忘れてしまったと云うの!」
父親は答えない。
「母様の死に立ち会ってない? 誰が埋めたのかも判らない?」
彼女は、涙を浮かべる。
「母様が、可哀相すぎる!」
父親が指を差す。
彼女は、父親の視線を追う。
彼女の腕元。
東一族の装飾品。
「お前の装飾品。ふたつ付けられているが」
父親が云う。
「どちらも、本来お前のものではない」
彼女は、涙目で、装飾品を見る。
「知ってるよ。これ、母様のでしょう?」
父親が首を振る。
「ひとつは、な」
「ひとつ? じゃあ」
「おそらく、その、もうひとつの装飾品の持ち主が」
「……母様を埋めた?」
彼女は、父親を見る。
「誰なの?」
父親は、彼女から目をそらす。
「誰なの。この装飾品の持ち主は」
父親は、答えない。
「……判らない、……のね」
彼女は息を吐く。
彼女は、坐り込む。
外を見る。
父親も、外を見る。
強い雨が降っている。
ふたりとも、話さない。
雨の音。
しばらくして、彼女が口を開く。
「……父様」
「…………」
「今まで、訊いたことなかったけれど」
「何だ?」
「父様が覚えてる母様の話を、訊かせて」
父親は、彼女を見る。
「私、そんなに母様のこと覚えてないから」
「…………」
「周りの人もそう」
彼女が云う。
「誰からも、母様の話を聞いたことない」
「……そうだな」
「ひょっとして、母様のこと、誰も知らないんじゃないかって思うの」
「…………」
「父様。母様のこと隠していたのかなって、ぐらい」
彼女はほんの少し、苦笑い。
云う。
「母様の話、今すぐじゃなくてもいいの」
彼女は、父親を見る。
「近いうちに、ね」
彼女が云う。
「きっと……、母様、喜ぶと思うんだ」
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