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「彼女と母親の墓」6

2017年07月21日 | T.B.2020年

 雨が降る。

 長く、雨が降る。

 彼女は、部屋の中から、外を見る。
 外には、出られそうにない。

 彼女の父親がやって来る。

 彼女は父親を見て、また、外を見る。
 云う。
「父様。雨、止まないね」

 父親が云う。

「お前。最近外に出てるだろう」

「え?」

 彼女は、固まる。

「だからじゃないのか」

「私が、外に行けないように、雨が降るの?」

 彼女は、気まずい様子で、父親を見る。
「私が外に行ってるの、気付いてたんだ」
「外で、何かあったらどうする」
「何かって、何があるの?」
「宗主の血筋だ。それだけで、危険なことはたくさんある」
「西の人に、連れて行かれちゃうとか?」
 彼女が笑う。
「そんなことあるわけないよ、父様」
 父親が訊く。
「そもそも、何をしに外へ行くんだ」
「何って……」
 彼女が云う。
「母様のお墓を探しに、だよ」

「墓を?」

「だって、父様も知らないんでしょう」
 彼女が云う。
「見つけてあげなきゃ、母様のお墓」

 父親は、息を吐く。

「……母親、か」
 父親は、彼女を見る。
「墓地に埋葬されているのかも、判らない」
「……え?」

 彼女は戸惑う。

「それも、判らないの?」
 云う。
「じゃあ、母様はどこに?」

「判らない」

 父親が云う。
「でも、死んだのは確かだ。医師が死亡書を残している」
「……判らない、判らない、て」

 彼女は、父親に近付く。

「いったい、父様は、母様の何を覚えているの!」
 彼女は、声を荒げる。
「母様は死んでしまったから、もう全部忘れてしまったと云うの!」

 父親は答えない。

「母様の死に立ち会ってない? 誰が埋めたのかも判らない?」

 彼女は、涙を浮かべる。

「母様が、可哀相すぎる!」

 父親が指を差す。

 彼女は、父親の視線を追う。
 彼女の腕元。

 東一族の装飾品。

「お前の装飾品。ふたつ付けられているが」
 父親が云う。
「どちらも、本来お前のものではない」

 彼女は、涙目で、装飾品を見る。

「知ってるよ。これ、母様のでしょう?」

 父親が首を振る。

「ひとつは、な」
「ひとつ? じゃあ」
「おそらく、その、もうひとつの装飾品の持ち主が」
「……母様を埋めた?」

 彼女は、父親を見る。

「誰なの?」

 父親は、彼女から目をそらす。

「誰なの。この装飾品の持ち主は」

 父親は、答えない。

「……判らない、……のね」

 彼女は息を吐く。

 彼女は、坐り込む。
 外を見る。
 父親も、外を見る。

 強い雨が降っている。

 ふたりとも、話さない。

 雨の音。

 しばらくして、彼女が口を開く。

「……父様」
「…………」
「今まで、訊いたことなかったけれど」
「何だ?」
「父様が覚えてる母様の話を、訊かせて」

 父親は、彼女を見る。

「私、そんなに母様のこと覚えてないから」
「…………」
「周りの人もそう」

 彼女が云う。

「誰からも、母様の話を聞いたことない」
「……そうだな」
「ひょっとして、母様のこと、誰も知らないんじゃないかって思うの」

「…………」

「父様。母様のこと隠していたのかなって、ぐらい」

 彼女はほんの少し、苦笑い。

 云う。

「母様の話、今すぐじゃなくてもいいの」
 彼女は、父親を見る。
「近いうちに、ね」

 彼女が云う。

「きっと……、母様、喜ぶと思うんだ」



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