「さっき前列は見たから、その後ろから見るわ」
彼女の言葉に、彼は頷く。
彼と彼女は、順番に墓を見る。
墓地は、広い。
東一族すべての墓が、集まる場所。
きれいな墓石もあれば、もう忘れられてしまった墓石もある。
ところどころ、花が供えられている。
ひっそりと参る人がいるのだろう。
探しながら、彼が訊く。
「君のお母さん、どんな人だった?」
「私の?」
彼女が考える。
「姿は、はっきりと覚えてはいないんだけど」
彼女が云う。
「私と母様は、いつも部屋の中にいたよ」
「うん」
「母様は、絶対に部屋から出なかったなぁ」
「……なぜ?」
「なぜだろう」
彼女が首を傾げる。
「父様がお外は危ないよ、て、云ってたのかな……」
そう云いながら、再度、彼女は首を傾げる。
「父様と母様が一緒にいた感じが、思い出せないわ」
「無理に思い出さなくていいよ」
彼が云う。
「思い出せることだけで」
「うん」
彼女が頷く。
「あとね。覚えてるのは、母様は刺繍をよくしてた、てこと」
「へえ」
「母様、上手だったな」
彼女が続けて云う。
「母様の一番の刺繍は誰かにあげちゃったんだって」
「そうなんだ」
「本当は父様のために、その刺繍をしたらしいんだけど、」
「…………」
「何でほかの人にあげちゃったんだろう……。私も見たかったな」
彼女が云う。
「私も、刺繍出来るんだよ」
彼が頷く。
「母様に教えてもらったの」
「そう」
「今度、私が縫ったの、見てくれる?」
「うん」
彼女が呟く。
「母様、優しかったなぁ」
「……そっか」
「…………」
「どうかした?」
話すのをやめた彼女を、彼は見る。
彼女は、目を赤くしている。
「どうしたの?」
「哀しくなっちゃった」
「そっか……」
彼が云う。
「ごめん」
「ううん」
彼女が首を振る。
「あなたに、母様のこと聞いてもらえてよかったわ」
彼が頷く。
「俺も、聞けてよかったよ」
彼女は目を赤くしたまま、笑う。
彼は、思わず、彼女を抱きしめる。
「ごめんなさい」
彼女は泣く。
彼は空を見る。
「今日は、もう、やめておく?」
「うん」
彼女が云う。
「母様のお墓を探すの、また今度にする」
彼女が云う。
「ありがとう」
「うん」
「帰るね」
彼の手から、彼女が離れる。
「また、会える?」
彼女の問いに、彼が頷く。
彼女は走る。
屋敷へと向かって。
墓地の入り口で一度立ち止まり、振り返る。
そこには、もう誰もいない。
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