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「彼女と母親の墓」4

2017年07月07日 | T.B.2020年

「さっき前列は見たから、その後ろから見るわ」

 彼女の言葉に、彼は頷く。

 彼と彼女は、順番に墓を見る。

 墓地は、広い。
 東一族すべての墓が、集まる場所。
 きれいな墓石もあれば、もう忘れられてしまった墓石もある。
 ところどころ、花が供えられている。

 ひっそりと参る人がいるのだろう。

 探しながら、彼が訊く。

「君のお母さん、どんな人だった?」
「私の?」
 彼女が考える。
「姿は、はっきりと覚えてはいないんだけど」
 彼女が云う。
「私と母様は、いつも部屋の中にいたよ」
「うん」
「母様は、絶対に部屋から出なかったなぁ」
「……なぜ?」
「なぜだろう」
 彼女が首を傾げる。
「父様がお外は危ないよ、て、云ってたのかな……」

 そう云いながら、再度、彼女は首を傾げる。

「父様と母様が一緒にいた感じが、思い出せないわ」

「無理に思い出さなくていいよ」
 彼が云う。
「思い出せることだけで」

「うん」
 彼女が頷く。
「あとね。覚えてるのは、母様は刺繍をよくしてた、てこと」
「へえ」
「母様、上手だったな」
 彼女が続けて云う。
「母様の一番の刺繍は誰かにあげちゃったんだって」
「そうなんだ」
「本当は父様のために、その刺繍をしたらしいんだけど、」
「…………」
「何でほかの人にあげちゃったんだろう……。私も見たかったな」

 彼女が云う。

「私も、刺繍出来るんだよ」
 彼が頷く。
「母様に教えてもらったの」
「そう」
「今度、私が縫ったの、見てくれる?」
「うん」

 彼女が呟く。

「母様、優しかったなぁ」
「……そっか」
「…………」
「どうかした?」
 話すのをやめた彼女を、彼は見る。

 彼女は、目を赤くしている。

「どうしたの?」

「哀しくなっちゃった」
「そっか……」

 彼が云う。
「ごめん」
「ううん」
 彼女が首を振る。
「あなたに、母様のこと聞いてもらえてよかったわ」
 彼が頷く。
「俺も、聞けてよかったよ」
 彼女は目を赤くしたまま、笑う。

 彼は、思わず、彼女を抱きしめる。

「ごめんなさい」

 彼女は泣く。

 彼は空を見る。

「今日は、もう、やめておく?」
「うん」
 彼女が云う。
「母様のお墓を探すの、また今度にする」

 彼女が云う。

「ありがとう」
「うん」
「帰るね」

 彼の手から、彼女が離れる。

「また、会える?」

 彼女の問いに、彼が頷く。

 彼女は走る。
 屋敷へと向かって。

 墓地の入り口で一度立ち止まり、振り返る。

 そこには、もう誰もいない。



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