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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「ヨシキとセイコ」5

2016年08月09日 | T.B.1962年

南一族の村にたどり着くまで
どんな道を通ったか
彼女には分からなかった。

彼に支えられながら、
時には背負われながら歩いて
馬車を使ったのは
東一族の村を随分離れてから。

だから、

規則を破っているのだろうと
彼女は気が付いていた。

「ほら、西一族行きの馬車に乗るんだ。
 着いたら誰かが助けてくれるさ」

足りるか分からないけど、と言いながら
馬車代を彼女に手渡す。

「……ねぇ、ヨシキ」

ここまで来たら、
彼も咎め無しでは済まない。
無かった事には出来ないのならば、と
彼女は言う。

「この馬車代を
 自分のために使えと言うのなら
 私はあの馬車に乗るわ」

彼女が指さすのは
海一族の村に向かう馬車。

「……あ」
「ね、乗るならあっちが良いでしょう?」
「そんなに海に行きたかったのか」

「えぇ、見たことないから」

「今じゃ、なくても」

長く続いていた
東一族と西一族の争いは
やっと終わるというのに。

「ねぇ、西一族は狩りの腕が全て。
 そうじゃないとあの村では立場がないの」
「ひどい一族だ」
「そう言わないで。
 狩りが苦手な人も、もちろん居るわよ。
 そう言う人は、別の仕事をして
 自分の役割を見つけるの」

お医者様とか、武器の研ぎ師とか、ね
と彼女は言う。

「でも、私は色々ヘタクソでね
 みんなに着いていくのがやっとだけど
 狩りの腕だけでどうにか生活してた」

彼女の足は
もう、獲物を追っては走れないだろう。

「ヨシキは弓が得意なのね。
 驚くほど遠くから
 私たちを狙い撃ったでしょう」

彼は戦場で
仲間を守るために戦った。
仲間を救うため、敵を倒した。

「私の隣にいた人は一瞬で倒れたわ、
 苦しまなかったと思う」
「……大切な人だったのか?」
「兄よ、一緒に戦場に出ていたの」

争いだから仕方ない。
そう言い聞かせてせめて一瞬で終わらせるのが
彼なりの礼儀だった。

だけど、
彼女には出来なかった。

「次に私の足に矢が当たった時に
 あぁ、優しい人なんだなって分かった」

優しくて、甘くて、残酷な人。

「あなたあの時
 私の頭を狙ってくれたら良かったのに」

「……っ」

彼は思わず一歩後ずさる。

出された食事を、
毒かもしれない菓子を
ためらいもなく口に入れていたのも

自分が助かる代わりに
西一族の情報を
何も漏らさなかったのも

敵である、
彼を前にしても、ずっと笑っていられたのも

「私はもう、西一族では
 生きていけないわ」

ほら、と彼女は笑う。

「だから、
 最期に海を見に行きたいの」

彼は首を振る。

「……他には、
 もっと、望みは無いのか?」

「充分よ」

彼女は彼の手を握る。

「東一族の村を出て
 南一族の村を満喫して馬車に乗り換えて。
 海に行くなんて、素敵。
 最初に言った通りじゃない」
「でも」
「ね、そうでしょう」
「………」

分かった、と
彼は答える。

「それなら、
 海一族の村で
 美味しい物を食べよう」

「良いわね、行きましょう」

そうやって微笑む彼女に
やっとの事で
歪んだ笑顔を彼は向ける。

彼女が伸ばした手を引き。
いつものように歩きはじめる。
海一族へ向かう馬車は
もう間もなく出発する。


T.B.1962
ヨシキとセイコ