TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「高子と湶」4

2015年01月16日 | T.B.1999年

「あなた、帰るの?」

 大荷物を持つ彼を、彼女は見る。

「ああ、外で会うなんて、めずらしいね」
「え? ……あぁ。そうね」
「仕事は休み?」
「いいえ。今は外回りで、」

 彼女は、彼が向かっていた方向を見る。
 すぐそこに、南一族の村へと向かう馬車乗り場がある。
 馬車乗り場には、彼の家族もいる。

「そう。……南へ帰るのね」
「うん。むこうでの仕事を、いろいろと放り出してきたからな」
「大変ね」
「君もだろ?」

 彼女が呟く。

「身体には気をつけて」
「ありがとう」

 ふと、彼女は近くに腰掛ける。

「もう、馬車は出るのかしら」
「そろそろかな」
「ここで、見送るわ」

 彼が首を傾げる。

「ひょっとして、足、悪い?」

 彼の言葉に、彼女は顔を上げる。

「気付いた?」
「何度が会ってるからね。そんな気がしてて」
「……少しね、痛むのよ」
 彼女が云う。
「だから、狩りに行けなくて、私は役立たず扱い」

 西一族は、狩りへの参加が義務だ。
 だから、
 身体の理由で参加出来なくても、向けられる視線は冷たい。

「昔の話だろう?」
「私のこと、不憫だと思った?」
「うーん」
 彼は少し考える。
「完璧な人なんていないんだな、て、思った」

「どういう意味?」

「いや、知り合いが、君のこと怖い上司だって云ってたから」

「……何それ」

 そう、彼は笑う。
 彼女も、笑う。

「あ。しまった!」

 突然、彼が云う。

「結局、君にお礼をしていなかったな」
「お礼? いつの話よ」
「ほら。羽根を拾ってもらったときの」
「またそれ? 別によかったのに」

 彼女は、再度笑う。

「じゃあ、今度あなたが帰ってきたときに、ちゃんと時間を作るわ」
「そっか、ありがとう」

「まぁ、でも。あなたはもう、帰ってこないんじゃない?」

 彼女は彼を見る。

 西一族でありながら、南一族の村で暮らす。
 経緯は知らないが、他一族への移住は簡単なことではない。

 もし

 いずれ、彼の家族もすべて南へ行くのであれば

 もう

 彼が西一族に戻ってくる理由はない。

「じゃ」
「さようなら」

「あ。そうだ」

 彼は、振り返り、彼女に何かを投げる。
 坐っていた彼女は、それを掴む。

「それ、預けとくから」
「……これ」

 彼女はそれを見て、驚く。

「大事なものなんでしょう?」

「そう。だから、帰って来たときに返してよ」

 彼は手を上げる。

 もう、馬車が出るのだ。

 彼女は、彼に、手をふる。



T.B.2000年 西一族の村にて

「湶と高子」4

2015年01月13日 | T.B.1999年

「あなた、帰るの?」

呼び止められて振り返ると、
彼女が居る。

「あぁ、外で会うなんて珍しいね。
 仕事は休み?」

病院の中でならともかく
日中に村の中で彼女と会うなんて不思議な感じだ
そう、彼は思う。

「いいえ。外回りで。
 ―――ねぇ、帰るの?」

彼は自分の恰好を見る。
大荷物に、付き添いの弟もいくつか荷物を抱えている。
確かにこの格好だとすぐにそれと分かるな、と
彼は苦笑する。

「うん、むこうでの仕事を
 色々と放りだしてきたからな」

彼の祖母が亡くなったのは
つい先日の事。

もともと長くないと言われていた祖母を看取るため
彼は帰ってきていた。
寿命だった。

家族と、医師である彼女に見守られながら
静かに息を引き取った。

元々彼の生活の主体は向こうにある。
だから、葬儀を済ませて、
別れを悲しんだ後、彼が村に残る理由は無い。

2人は少しだけ他愛もない話を続ける。
馬車が出る時間まであと少し。

「身体には気をつけて」

彼女が言い、彼は頷く。
頷きかけて彼は思わず声を上げる。

「あぁ!!」

しまった、と彼がうなる。
「結局、君にお礼をしていなかったな」
「またそれ?
 別に良かったのに」

仕方ないわね、と彼女は笑う。

「―――じゃあ、今度あなたが帰ってきた時に。
 その時はきちんと時間を作るわ」
「そっか、ありがとう」

「まぁ、でも。
 あなたはもう、帰ってこないんじゃない?」

彼女は少し彼をからかいながら言う。
他の村で暮らしているというのは、そういう事だ。

他民族への移住はそんなに簡単な事では無い。
一度移住をしてしまえば、
今回の様によほどのことが無い限りは帰っては来られない。

「うーん」

彼は苦笑いを浮かべる。
彼女には冗談の様に聞こえたのかも知れない。
次の約束も。彼が帰ってくると言うことも。

「―――」

弟が彼を呼ぶ声で二人は振り向く。
少し離れた所にある馬車乗り場から手を振っている。
馬車の時間が近いらしい。

「じゃ」
「さようなら」

そう軽く挨拶を交わすと二人はそれぞれに背を向ける。

「あ、そうだ」

彼は振り返りざまに
ポケットに入っていたものを彼女に投げる。

「それ、預けとくから」

彼女はそれを上手く受け取ると、
掌の物を確認して驚く。

「これ、大事な物なんでしょう?」

彼は手を振る。


「そう、だから
 今度帰って来たときに返してよ」

彼女もまた、手を振り替えしている。
それを見て
彼は馬車乗り場へ向かう。

T.B.2000 西一族の村で

「高子と湶」3

2015年01月09日 | T.B.1999年

 しばらくして。

 彼の祖母が亡くなる。

 何と云う、原因があったわけじゃない。
 十分な年だった。

 彼女はため息をつく。

「ちょっと、出てくるわね」

 見習いに声をかけ、彼女は立ち上がる。

「何かあったら呼んでちょうだい」
「どこへお出かけですか、先生」
「墓地よ」

 彼女が云う。

「先日亡くなった方の、葬儀に」

 彼女は病院を出て、ゆっくりと歩く。
 墓地へと向かう。

 空を見る。
 天気は、よい。

 青空が広がっている。

 彼女はここでも、ため息をつく。

 墓地の中に入り、彼女は葬儀が行われているのを見つける。

 その人だかりの、少し離れたところに彼がいる。
 彼女は、彼に近付く。

 彼も、彼女に気付く。

「ああ、お参りに来てくれたんだ」
「ええ」
「ありがとう」
「……力に、なれなくて」

 彼は首を振る。

「寿命だよ。よく手を尽くしてくれた」

 ふたりは横に並び、参列者を見る。

 村長をはじめ、西一族の大勢が集まっている。
 誰もが、彼の祖母に、お別れをしている。

「南から西に呼び戻されたときから、覚悟はしていたよ」
 彼が云う。
「祖母の最期を看取るために、帰ってきたようなものだから」

 彼の視線の先に、彼の家族がいる。
 父親と母親、それから、弟。

「家族が亡くなると云うのは……」

「うん?」

「…………」

「何?」

「……いえ」

 彼女は首を振る。

「なんでもないわ」

 彼は、彼女をのぞき込む。
 彼女は顔をそむける。

「ごめんなさい。……私、家族がいないから」

 彼女が云う。

「医者の私が思う、哀しい、と。家族が想う、哀しいは、」
「…………」
「きっと、違うんだろうな、て」

 彼女は空を見る。
 それ以上、何も云わない。

「俺が思う哀しいと、弟が思う哀しいも、違うと思う」

 彼は首を振る。

「でも、そんなこと、深く考えることない」

 彼が云う。

「ただ、想ってもらえるだけで、ばあちゃんは仕合せだ」

 彼女は、彼を見る。
 彼は、人だかりにいる、彼の家族を見ている。

「しばらくは、……大変ね」
「うん」
「あなたの家族を、弟を、支えてあげてちょうだい」

「もちろん」

「じゃあ、私。……仕事があるから」

 彼女は歩き出す。

「送っていくよ」

 彼の言葉に、彼女は首を振る。

「外に出たついでに、景色を眺めて行こうかと思ってるから」
 彼女が云う。
「あなたは、葬儀の後も忙しいでしょ」

「大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」

 彼女は、少し、笑う。

「じゃあ、また」
「ええ」

 彼が先に歩き出す。
 葬儀の方向へ。

 彼女も歩き出す。
 墓地の外へ。

 ゆっくりと。



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「湶と高子」3

2015年01月06日 | T.B.1999年

その日、祖母の病室に居た彼は
ドアを叩く音で顔を上げる。

「はい」

返事を返すと、顔を覗かせたのは彼の弟。

「交代に来た」

「あぁ、そんな時間か」
彼は時計を見ながら立ち上がる。
「ばあちゃん、今寝ているから」
小声で言い、付き添いを弟と変わる。
今日の祖母の様子と家の事
しばらく弟と話をして彼は病室を出る。

「さて」

まっすぐと出口に向かいかけ、彼は立ち止まる。
ふと視線を向けたのは普段は通らない診察室がある方向。

「……いや」

やっぱり帰ろう。
彼女は仕事なのだし。

「わ!」

そう考えていた所で人にぶつかりそうになり
彼は思わず声を上げる。
ぼうっと立ち止っていた自分が悪い。
彼は相手に声をかける。
「ああ、ごめんごめん」

「……驚いた。今日もお見舞い?」

「そう」
驚いたのは彼の方だった。
今日は会えないかと思っていた彼女だ。

「ねぇ。今時間ある?」

ふと、彼は思い出す。
お礼をしなくては。

「ごめんなさい。忙しくて」
「……なら、待つよ」
彼女は一瞬驚くが、いいえ、と首を振る。

「今日は遅くなるわ」

そうしてどこか診察室の奥に入っていく。

「……」

しばらく考えて、彼は病室に引き返す。
静かにドアを開けると、弟が首をひねる。

「―――なに、忘れ物?」
「いや」
彼は上着を脱いでハンガーにかける。

「やっぱり、今日はずっと俺が付いているよ」

「はぁ?」

突然の兄の申し出に、弟は妙な声を上げる。

「あぁ、そうそう、それとさ」

長く村を離れていた彼とは違い
弟はずっとこの村で暮らしてきた。

「どこかおいしいご飯のお店ってあるかな?」


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