TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「湶と高子」3

2015年01月06日 | T.B.1999年

その日、祖母の病室に居た彼は
ドアを叩く音で顔を上げる。

「はい」

返事を返すと、顔を覗かせたのは彼の弟。

「交代に来た」

「あぁ、そんな時間か」
彼は時計を見ながら立ち上がる。
「ばあちゃん、今寝ているから」
小声で言い、付き添いを弟と変わる。
今日の祖母の様子と家の事
しばらく弟と話をして彼は病室を出る。

「さて」

まっすぐと出口に向かいかけ、彼は立ち止まる。
ふと視線を向けたのは普段は通らない診察室がある方向。

「……いや」

やっぱり帰ろう。
彼女は仕事なのだし。

「わ!」

そう考えていた所で人にぶつかりそうになり
彼は思わず声を上げる。
ぼうっと立ち止っていた自分が悪い。
彼は相手に声をかける。
「ああ、ごめんごめん」

「……驚いた。今日もお見舞い?」

「そう」
驚いたのは彼の方だった。
今日は会えないかと思っていた彼女だ。

「ねぇ。今時間ある?」

ふと、彼は思い出す。
お礼をしなくては。

「ごめんなさい。忙しくて」
「……なら、待つよ」
彼女は一瞬驚くが、いいえ、と首を振る。

「今日は遅くなるわ」

そうしてどこか診察室の奥に入っていく。

「……」

しばらく考えて、彼は病室に引き返す。
静かにドアを開けると、弟が首をひねる。

「―――なに、忘れ物?」
「いや」
彼は上着を脱いでハンガーにかける。

「やっぱり、今日はずっと俺が付いているよ」

「はぁ?」

突然の兄の申し出に、弟は妙な声を上げる。

「あぁ、そうそう、それとさ」

長く村を離れていた彼とは違い
弟はずっとこの村で暮らしてきた。

「どこかおいしいご飯のお店ってあるかな?」


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