TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」10

2014年12月12日 | T.B.2017年

「誰かと話しただろう」

 部屋の奥に、東一族の現宗主が坐っている。

 彼は、部屋の外。
 廊下に坐る。

 彼は答えない。

「誰と話した?」
 宗主が云う。
「答えろ」

「……誰とも」

「嘘をつくな!」

 宗主は、床を叩く。

 彼は、坐ったまま、床を見る。
 そこに、乾いた血のあとがある。

 いつだったか、……自分の血だ。

「聞いているのか」
 宗主は、再度、床を叩く。

 彼は顔を上げる。

 云う。

「昨夜、義弟と話しました」
「義弟が、お前が使用人と話している、と」
 宗主が云う。
「おかしな話だ」
 彼は、宗主を見る。
「お前は存在を望まれていない。この世には存在しない」

 彼は何も云わない。

「だから、存在を知られるはずがない」

 そうだろう? と、宗主の目は、彼に頷けと云っている。

 彼は、小さく頷く。

 たいしたことはない。
 いつも、宗主から、云われている言葉。

「義弟が、お前に殴られそうになったとも云っている」
 彼は目をつむる。
「なぜだ?」
 彼は、首を振る。
「何があったかと、聞いている」

 彼は目を開き、云う。

「義弟が、人に毒蛇を向けたからです」
「人? 使用人か?」
 宗主が云う。
「なら、お前はやはり、使用人の前に姿を出したんだな」

 彼は答えない。

「使用人の、名まえは何だ?」

 彼は答えない。

「かばうのか」

 彼は答えない。

「お前、どれだけ罰を受けるつもりだ」

 それでも、彼は答えない。

「おい」
 宗主が立ち上がる。
「近いうちに、諜報員として出ろ」

 彼は、目を見開く。

 ――諜報員?

「東の敵の、西一族か砂一族。どちらでもいい」

 宗主が云う。

「鍛練を積んでいるお前には、簡単なことだ」
 宗主は彼を見る。
「お前が得意な弓も、短刀も、新調してやる」
 続けて、
「期待する情報を持ち帰ってこい」

 彼は、宗主を見る。

「どうだ?」

 諜報員として、出る。
 それは、つまり

「返事は?」

「……判りました」

 命を棄てろと、云うことなのだ。

 彼は、頭を下げる。

「お願いがあります」
 彼が云う。
「自分がいない間、家族の保証をしていただけますか」

 その言葉に、宗主は目を細める。

 彼は頭を下げたまま、再度、云う。

「家族の保証を、していただけませんか」

「家族?」
 宗主が云う。
「西の子どもを生んだ、お前の母親か」

 彼は、何も云わない。

 宗主は、彼に近付く。
 彼の目の前に、立つ。

「お前、何を望んでる?」
「何も」
 彼が云う。
「自分が東に戻って来られないのは、判っています」

 だから

「家族の保証を、……お願いします」



NEXT

FOR「小夜子と天院」12
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする