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「琴葉と紅葉」3

2015年06月26日 | T.B.2019年

「戻っていたのか」

 病院に入ってすぐ。
 父親は、呼ばれて、立ち止まる。

 西一族の現村長がいる。

「久しぶりか?」
「だな」

 村長が訊く。

「何をしに戻ってきた?」
「何って。家族の様子を見に」
「そうか」
「すぐに、西を出るよ」
「移動が大変だろうが、頼む」
「ああ、大変だよ」
 父親が云う。

「ちょうど、そのことで話が」
「何だ?」

 父親は、あたりを見る。

 夜の病院の待合。
 村長以外、誰もいない。

 父親が云う。

「家族を連れて、西を出てもいいか?」

 と

 一瞬で、村長の顔色が変わる。

「何を、……云い出す?」
「云った通りだ」

 父親は構わず続ける。

「妻と娘を連れて、仕事元へ移住したい」
「ばかな」
 村長が云う。
「お前の連れは医者だ。西としては手放さない」

「それに、娘が西から出たいと云っている」
「娘?」

 村長は考える。
 その娘、を、すぐに思い出せない。

「……娘?」
「連れて行ってもいいか?」
「そうか。思い出した。狩りが出来ない子だな」
「その通り」

 父親が云う。

「狩りに参加出来ないから、ここでは立場がない」
「ふざけたことを」
 村長が云う。
「立場がなければ、手に職を付けさせろ」
「娘は、西から連れて行く」
「それは、断る」

 村長は首を振る。

「いくら心配だろうと、お前の家族は、西から出せない」
 さらに。
「理由は、お前が一番知っているはず」

「…………」

「裏切ろうと考えるな」

「……裏切りはしない」

「まあ、でも。両方の解決策がある」
「両方の解決策?」
「娘が西での立場がない。離れていて心配、なんだろ?」

 村長が云う。

「お前の娘を、狩りの腕があるやつと、結婚させてやる」
「え?」

 村長の提案に、父親は驚く。

「今、何て」
「結婚させてやる、と云った」
「それが、解決策?」

 村長は腕を組み、父親を見る。

「結婚すれば、その相手に、面倒を見てもらえる」
「…………」
「相手に狩りの腕があれば、その娘の分まで、狩りの功績をとれる」
「それは……」
「そうだろ? 両方の解決策だ」

 村長は歩き出す。

「それで話を進めてやるから、安心して仕事先へ戻れ」
「おい、村長!」

 村長は、振り返らない。

 病院から出て行く。

 父親はひとり、そこに残される。



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