杜 甫さんの、曲 江、という漢詩であります。
朝 囘 日 日 典 春 衣
毎 日 江 頭 盡 醉 歸
酒 債 尋 常 行 處 有
人 生 七 十 古 來 稀
穿 花 蛺 蝶 深 深 見
點 水 蜻 蜓 款 款 飛
傳 語 風 光 共 流 轉
暫 時 相 賞 莫 相 違
私 杜甫さんの、
漢詩にあるように、
古くは稀だったそうだ、
おと 古稀だなんて、
ある意味、
恥ずかしいね。
私 よく生きたものだ、
だれのおかげだろう?
私のおかげ?
おと 生きてるだけじゃ、
面白くもないけど。
私 杜甫さんは、
お酒が飲めて、
優雅?だ、
おと ある意味、羨ましいね、
飲み屋に借金あるくらいは、
男の甲斐性?だけど、
それでも、
仕事は大変そうだ。
私 なかなか、
生きて行くのも大変だ、
でも、甲斐性だなんて、
借金、作りたいの?
おと そんな趣味は、
あるわけないよ、
そこだけ真似ても、
面白くないね、
でも、すごいご無沙汰。
私 そしたら、
虹の橋のたもと、
小料理チェロ子に、
いらっしゃいな、
おと へー、
ネッカチーフなんかして、
そんなこと始めたの、
そうだね、行ってみようか、
古稀のお祝いだから、
盛大に、飲もうかな。
私 あっ、ごめん、
お酒はないの、
頑なな、小料理屋だから、
お料理だけ、なの、
おと そんなとこ行っても、
どうしようもないね、
しかたないから、
OK牧場、で我慢する。
諸説あるようですが、
以下、古稀の出典である、曲江、の解釈文であります。
杜甫さんは、決して優雅なのではなくて、
むしろ仕事に疲れ果て、
止むなく飲んでいたようです。
地球も温暖化で、危機的状況ですが、
自然との調和、も思っておられたようであります。
47歳のころの作品で、ご本人は、古稀を迎えることなく、
59歳で、亡くなっております。
朝廷から戻ってくると、毎日のように春着を質に入れ、いつも、曲江のほとりで泥酔して帰るのである。 酒代(さかだい)の借金は普通のことで、行く先々にある。この人生、七十まで長生きすることは滅多にないのだから、今のうちにせいぜい楽しんでおきたいのだ。花の間を縫って飛びながら蜜を吸うアゲハチョウは、奥のほうに見え、水面に軽く尾を叩いているトンボは、ゆるやかに飛んでいる。私は自然に対して言づてしたい、
「そなたも私とともに流れて行くのだから、ほんの暫くの間でもいいから、お互いに愛で合って、そむくことのないようにしようではないか」と。