別冊カドカワ 総力特集 失われた詩人としての秋元康 近田春夫との対談 その1 (KC)
このブログでは、前田敦子はアイドルとしての素質が満点ではないのにAKB48のセンターに選んだ秋元康の眼力は、「すごい」「不思議だ」という論理の記事が多い。「前田敦子がセンターでもAKB48は売れたという伝説を作るため」という説もあり。
別冊カドカワという雑誌の表紙の前田敦子
今週のAKBingoで流れた新曲「Everyday、カチューシャ」のPVの画面を独占する前田敦子
この二つを見て、いよいよ前田敦子も、さすがに、きつくなってきたなあ と感じた。化粧が濃すぎるという印象。
秋元康が、詩人のはずないだろう (本人が策士と自称しているのだから)と、突っ込みを入れながら、別冊カドカワを買い求める。
このブログのこちらの記事 2010年4月で、近田春夫のことを書いた。
「私が一番印象に残っているオールナイトニッポンは、1979年の近田春夫。
それまで、「商売であっても音楽ではない」とされていたアイドル歌謡の素晴らしさを、理論的に訴えたDJは衝撃的だった。」
近田春夫に衝撃を受けたのは、私だけではなく、秋元康もそうだった、とカドカワを読んで初めて知った。
秋元:近田さんにお越しいただいたのは、僕が一番尊敬する日とだからなんです。
カドカワ:70年代中頃、近田春夫がラジオパーソナリティやテレビ番組のコメンテーターとして活躍していた時期に二人は会う。
秋元:近田さんは武道の達人で、僕は近田さんから武道を教わって最強の人間になっているんだけど、実は本当はあの人が一番強い。自分がどれだけヒット曲を出そうが、メジャー街道を行こうが倒せない人が一人いる。
秋元:ちょうど僕が「ザ・ベストテン」をやっていた頃に、ジューシー・フルーツも出てきました。だから、近田春夫という人が、音楽をわかっていて、最先端のことをやっているのか分かるんです。それはあくまで、一瞬すごい業を見せてくれただけ。
こっちが「それ、教えてくださいよ!」って言っても、「何もやっていないよ」ってかわされる感じなんです。
カドカワ:ラップも近田さんが日本で最初にやっている。
感想:ジューシー・フルーツが活躍したのは、1980年、松田聖子でアイドルが復活した年。秋元康が、「当時のアルバム、今聴いても、めちゃ格好いい」と語っているアルバムを、私もリアルタイムで聴いている。
ジューシー・フルーツは、当時は、アイドルというより、バンドだったが、今なら、アイドルと呼ばれたであろう。代表曲の「ジェニーはご機嫌ななめ」のyoutueをリンク。
ジューシー・フルーツ
越智静香
Perfume 売れる前 ルックスが地味な頃 センターはカシユカ
Perfume 売れてから 可愛くなっている センターはノッチ
近田春夫は、「ジェニーはご機嫌ななめ」の出だしのコード進行は、天地真理のデビュー曲「水色の恋」をパクっている。パクリという言葉を広めたのも、近田春夫。
天地真理がアマチュア時代、「水色の恋」の原曲「ちいさな私」を歌った幻ともいえる録音
天地真理は、1970年3月に国立音大付属高校を卒業し、同年11月にヤマハのコンクールに参加。その時に、ほかの歌手が歌った曲「ちいさな私」を気に入り、自分が歌っていた。その曲を、自分が歌手でビューする時に、本人がこれを歌いたいと主張し、プロの編曲家である森岡賢一郎が補作曲をしたうえで彼女のデビュー曲「水色の恋」(1971年)となった。
この話を、私は、本当だと思う。アイドルがデビューするにあたっての、作り話にしては、出来すぎているし、(プロならこんな作り話にはしないと思うし)、作詞作曲の田上えり・みどりというコンビは、この曲以外に登場しないアマチュアだった。ここにリンクしたyoutubeを聴いて、本当であることを確信できた。
一番最初にリンクを貼った、ジューシー・フルーツのyoutube映像の後半には、桜田淳子の「はじめての出来事」を歌っている。
近田春夫のオールナイト・ニッポンを聴いていた時の記憶によると、近田は、
「桜田淳子こそ、質の高い歌謡曲・アイドルポップス」 「山口百恵は、桜田淳子と、曲では、大差がありすぎて、論じるに値しない。歌手としては、売れているけど。売れている曲が、よいかというと、必ずしもそうではない。」と言っていた。
つんく♂も、Wに「十七の夏」をカバーさせて、さらに、スマイレージにカバーさせている。
一方、秋元康は、山口百恵を称して、
「アイドルは、時代に開く花火だ。昭和の一瞬、儚いものだったが、そんな中でも、最も輝いた花火、山口百恵を目撃できたことは生涯の宝物だ。」と、 こちらの記事
アイドルプロデューサーの巨頭3人のうち、二人が桜田淳子派で、一人が山口百恵派。
秋元・近田対談の引用は、続く。
KC
このブログでは、前田敦子はアイドルとしての素質が満点ではないのにAKB48のセンターに選んだ秋元康の眼力は、「すごい」「不思議だ」という論理の記事が多い。「前田敦子がセンターでもAKB48は売れたという伝説を作るため」という説もあり。
別冊カドカワという雑誌の表紙の前田敦子
今週のAKBingoで流れた新曲「Everyday、カチューシャ」のPVの画面を独占する前田敦子
この二つを見て、いよいよ前田敦子も、さすがに、きつくなってきたなあ と感じた。化粧が濃すぎるという印象。
秋元康が、詩人のはずないだろう (本人が策士と自称しているのだから)と、突っ込みを入れながら、別冊カドカワを買い求める。
このブログのこちらの記事 2010年4月で、近田春夫のことを書いた。
「私が一番印象に残っているオールナイトニッポンは、1979年の近田春夫。
それまで、「商売であっても音楽ではない」とされていたアイドル歌謡の素晴らしさを、理論的に訴えたDJは衝撃的だった。」
近田春夫に衝撃を受けたのは、私だけではなく、秋元康もそうだった、とカドカワを読んで初めて知った。
秋元:近田さんにお越しいただいたのは、僕が一番尊敬する日とだからなんです。
カドカワ:70年代中頃、近田春夫がラジオパーソナリティやテレビ番組のコメンテーターとして活躍していた時期に二人は会う。
秋元:近田さんは武道の達人で、僕は近田さんから武道を教わって最強の人間になっているんだけど、実は本当はあの人が一番強い。自分がどれだけヒット曲を出そうが、メジャー街道を行こうが倒せない人が一人いる。
秋元:ちょうど僕が「ザ・ベストテン」をやっていた頃に、ジューシー・フルーツも出てきました。だから、近田春夫という人が、音楽をわかっていて、最先端のことをやっているのか分かるんです。それはあくまで、一瞬すごい業を見せてくれただけ。
こっちが「それ、教えてくださいよ!」って言っても、「何もやっていないよ」ってかわされる感じなんです。
カドカワ:ラップも近田さんが日本で最初にやっている。
感想:ジューシー・フルーツが活躍したのは、1980年、松田聖子でアイドルが復活した年。秋元康が、「当時のアルバム、今聴いても、めちゃ格好いい」と語っているアルバムを、私もリアルタイムで聴いている。
ジューシー・フルーツは、当時は、アイドルというより、バンドだったが、今なら、アイドルと呼ばれたであろう。代表曲の「ジェニーはご機嫌ななめ」のyoutueをリンク。
ジューシー・フルーツ
越智静香
Perfume 売れる前 ルックスが地味な頃 センターはカシユカ
Perfume 売れてから 可愛くなっている センターはノッチ
近田春夫は、「ジェニーはご機嫌ななめ」の出だしのコード進行は、天地真理のデビュー曲「水色の恋」をパクっている。パクリという言葉を広めたのも、近田春夫。
天地真理がアマチュア時代、「水色の恋」の原曲「ちいさな私」を歌った幻ともいえる録音
天地真理は、1970年3月に国立音大付属高校を卒業し、同年11月にヤマハのコンクールに参加。その時に、ほかの歌手が歌った曲「ちいさな私」を気に入り、自分が歌っていた。その曲を、自分が歌手でビューする時に、本人がこれを歌いたいと主張し、プロの編曲家である森岡賢一郎が補作曲をしたうえで彼女のデビュー曲「水色の恋」(1971年)となった。
この話を、私は、本当だと思う。アイドルがデビューするにあたっての、作り話にしては、出来すぎているし、(プロならこんな作り話にはしないと思うし)、作詞作曲の田上えり・みどりというコンビは、この曲以外に登場しないアマチュアだった。ここにリンクしたyoutubeを聴いて、本当であることを確信できた。
一番最初にリンクを貼った、ジューシー・フルーツのyoutube映像の後半には、桜田淳子の「はじめての出来事」を歌っている。
近田春夫のオールナイト・ニッポンを聴いていた時の記憶によると、近田は、
「桜田淳子こそ、質の高い歌謡曲・アイドルポップス」 「山口百恵は、桜田淳子と、曲では、大差がありすぎて、論じるに値しない。歌手としては、売れているけど。売れている曲が、よいかというと、必ずしもそうではない。」と言っていた。
つんく♂も、Wに「十七の夏」をカバーさせて、さらに、スマイレージにカバーさせている。
一方、秋元康は、山口百恵を称して、
「アイドルは、時代に開く花火だ。昭和の一瞬、儚いものだったが、そんな中でも、最も輝いた花火、山口百恵を目撃できたことは生涯の宝物だ。」と、 こちらの記事
アイドルプロデューサーの巨頭3人のうち、二人が桜田淳子派で、一人が山口百恵派。
秋元・近田対談の引用は、続く。
KC
近田春夫はともかく、つんくは百恵派なのでは。
百恵の楽曲を研究したと百恵トリビュートで述べてる。
曲が多いです。百恵さんの曲もいいですが、
近田さんと同意見です。
アイドルの評価はその人の好みや主観に大きく左右される物だと思います。
例えば「評価していない」もっと言えばアンチだったりする人が評価してもネガティブな結果しか出てこないのは当然だと思います。
逆に評価している人なら違う結果が出るでしょう。
説でいうなら売れた売れないについても「でも」があるなら「だから」もあるのです。
「満点のアイドル」が実際にいたとして必ずしも他の人にとって満点になるとは限りません。
悪口ばかり書くアンチも出てくるでしょう。