禅堂到着は6時10分前、今朝は私が一番のりらしい、老師はすでに着座
何時から座っていらっしゃるのでしょう。
静かに自分席に着く、定刻の6時には4名の参禅者。
しばらくして老師のお話が始まった。
「このようにして座っている坐禅は、「呼吸の仕方が一番大切」から始まる、
今更ながら、坐禅の「基本の基、作善の仕方3要素」から始まり、
珍しいスタート。」
「舌上のあざとにかけ唇歯相つけ」、呼吸は鼻からのみ出し入れする。
姿勢は「鼻と臍を対せしめんことを要す」
すなわち鼻筋とおへそを一直線になるよう背筋を伸ばす。
目は須らく常に開くべし」すなわち、目はいつも開いている。
この動作が正しく行われているか、
繰り返し点検しつつ静かな世界に入るのです。
この時の思いは、それぞれだと思いますが、
私たちが今生きている個性、どこから来たのでしょう、
誰にもわかりません、仏様でも答える事は出来ない。
ただ確かなことは、その姿を持ち今現存することは、
過去世(界)から伝わってきたものです。
これからどこへ行くのか?・・・。
私どもが息を止めた時、「死」というのですが、
今の個性は、未来世へ旅立つ、その期間は7日をもって一区切りとなり、
死語の最初の7日間は、過去の思い出の場所・人の処へ走り戻っているのです、
仏典では「一刹那」として示されています。
次の世界は、生まれてまた7日で死ぬ、この繰り返し
49日になると「忌明け」として、
新しい未来世で生まれると仏典は示しています。
(死後7日ごとの法要の意味)
未来世での私の個体は、どんな人に生まれるのか、
それは現世の生活で何をしてきたかにより決まるといわれています、
すなわち、次の世代の人のために、今私たちは善業を積むのです。
今日の禅堂の設え、
お軸は「南無三世諸仏」とあります、
「南無」は、現世すべての御仏・神様への帰依、信じます、を示す。
「三世諸仏」は、過去世(界)・現世・未来世のすべてに存在する仏様の事。
今日のご縁により多くの仏様のお力など、私に与えられますよう、
願う機会です。そのことが理解されれば、
今日の設えの目的にかなうものとなります。
身体を整え、呼吸を整え、思いを整え、「ゴツゴツ(兀兀)」とは、静かに静かに
ゆっくり、ゆっくりとして「個の不思量底を思量せよ・・・これが坐禅の要術なり」
と、御教えです。(坐禅の三要素)
未来世のために、今生きる者として修養に努めてほしい。
老師の話は終わった。(ここまで30分)
ここで小鐘3つ、今から正式な坐禅です?。
「しばらく座り続けましょう」。
そして無言12分間、そして小鐘1つ、坐禅会の終わりの合図。
(延べ45分間の1炷(チュウ)となりました)
「願わくば、この功徳を持って普く一切に及ぼし、
我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」と、全員で回向唱えた。
坐後の「坊守様も交えた茶菓の接待」も楽しいひと時。
禅堂に咲く