新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

京都、伏見でスズメの焼き鳥

2014年12月13日 | 日記

 40年ほどまえ、伏見を訪れた私たち3人は駅前でスズメの焼き鳥を食べた。骨ばって肉がほとんどない照り焼き風のものが串刺しにして出てきた。うまいとは思わなかったが強烈な印象になって残っている。スズメの焼き鳥を食べたあとどこを見物したのかあまり記憶にない。伏見は豊臣秀吉が関白の座を息子に譲ってから隠居した場所だった。
 秀吉は宇治川をのぞむ指月の丘に城を築き入城する。京都洛内に住まわせていた諸大名とその家族も伏見に移住させる。ところが1596年の大地震で自慢の天守が石垣もろとも崩れ、数百人の圧死者がでる。マグニチュード7.5前後の巨大地震だった。
 この地震は阪神淡路を襲った1995年の地震とおなじ地層に断裂を生じ、同時に有馬高槻断層帯に断裂が生じたものだった。天竜寺、大覚寺、二尊院などもこのとき倒壊している。その4日まえに大分で、前日には愛媛でもマグニチュード7程度の大地震が発生していた。
 秀吉はかろうじて助け出され、指月の背後の木幡山にあらたに築城する。秀吉の没後、徳川家康が征夷大将軍を任ぜられてからの大半を過ごした城でもあった。
 1620年伏見の城は廃城になった。その後荒れていた城山に数万本の桃の木を植え、花の季節には全山が桃色に染まったのは江戸中期以後だった。
 駅前でスズメの焼き鳥を食べてから40年、もう一度ゆっくり訪れてみたい。今度はチキンの焼き鳥にしよう。