極私的デンデケデケデケ

音楽との出会いからバンド活動を辞め、社会人になるまでをつづっております

むらさき発売30周年

2016-06-10 22:12:00 | Weblog
2016年6月10日はアルバム「むらさき」が発売されて30周年の記念日です。

30年経ってしまいましたが、つい昨日のように思い出されます。
1986年6月10日は銀座三越でアルバイトをしていました。発売当日の思い出は
このブログにも書きました。

30年の間に私は就職し、結婚し、子供が生まれ、退職し、転職しました。
音楽については、いくつかバンドもやりましたが、あまり長くは続きませんでした。
もっともそのバンドはもっぱらベーシストとして参加していて、楽曲の構成などは
していませんでした。


30年経っても池谷は音楽系のライター、コピーライター、そしてギター、トランペット
の演奏者、もしくはボーカルとして音楽にまみれた生活をしているし、青柳は
中古ギター屋を開店した。安斎はオーストラリアでエンジニア、プロデューサー、
ミュージシャンとして活躍している、といったぐあいに多くの人が音楽業界の中で
活動をしている。

皆さんご活躍でほんとうにすごい。

私は中学でフォークギターを知って、高校でロックやジャズを知って、バンドを
やった。大学でもバンドをやったが、その時々で出会った人の多くが現在でも
音楽を生業にしてたり、音楽と深くつきあっている。高校時代は演奏とは無縁
だった西村までも大学時代から始めた楽器を現在でもヘビーに演奏している。

中学も高校も大学も音楽や芸術の専門的学校ではなかったが、なぜかそうなった。
自分に音楽の才能はないと思うのだが、なぜかまわりは音楽にまみれた人が多かった。

今思うと、とても不思議だ。音楽は偉大である。

そして、SNSのおかげでその時々に出会った人たちが現在どのような音楽活動を
しているか、知ることができるのである。

「お前は音楽活動をしているのか」と言われれば、まともな活動はなにもしていない。

バンドもやってないし、ライブもしていない。家に家人がいない時にフォークギターで
弾き語りをする程度だ。しかし、マンションなので、大声を出すわけにはいかない。
母親の見舞いに実家の空家に戻る時は大声で唄っていたが、今年隣接した土地に
二軒の建売住宅が建ってしまった。これまでのようにフルの大声では唄えないかも
しれない。転職で暇な時間が増えたのだが、音楽をやる時間は増えない。ダラダラと
読書をしたり、テレビを見たりして時間が過ぎてゆく。

もう少し年齢を重ねたら、空き家になっている実家で余生を過ごしてもいいかな、と
思っている。(妻は反対しているが)そうしたら、中古アップライトピアノ(実家の
ピアノは妹宅に移された)を買って、日々唄って暮らしてみたいとも思っている。

コメント
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