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平岩弓枝著 「妖怪」

2024年03月15日 08時25分38秒 | 読書記

図書館から借りていた、平岩弓枝著 「妖怪」(文藝春秋)を、読み終えた。


読んでも読んでも、そのそばから忘れてしまう老脳。
読んだことの有る本を、うっかりまた借りてくるような失態を繰り返さないためにも、
その都度、備忘録として、ブログ・カテゴリー「読書記」に、書き留め置くことにしている。


▢目次
(一)~(三十二)

▢主な登場人物
鳥居甲斐守忠耀(ただてる、林大学頭乗衡の第7子、林耀、林耀藏、中奥番、目付け、南町奉行)・登与、
眞津、おまさ、明石りき、
鳥居久五郎成文・達子、筌、筴、笙、節、等、久之丞、
およね、とよ、
林大学頭乗衡(のりひら、松平乗衡、述斎)・八穂、経子、繍子、純子、
松崎慊堂(まつざきこうどう
浅田宗典・宗伯、
水野越前守忠邦(老中首座)、
土井大炊頭利位(老中、どいおおいのかみとしつら)、
阿部伊勢守正弘、遠山左衛門景元、佐々木三藏、
矢部駿河守定謙、
後藤三右衛門光亨(みつあきら)、渋川六藏、
渡辺登(崋山)、江川英竜、高島秋帆、
伊沢政義・力之助、
徳川家斉(11代将軍)、徳川家慶(12代将軍

▢あらすじ等
内容も確認せず、ただ、表題「妖怪」が目に止まり、借りてきて読んだのだったが、本書は、老中首座水野忠邦に抜擢され、「天保の改革」に尽力した鳥居甲斐守忠耀、幕府の御為に働くのが役人の道と信じて、職務に全力を傾けたが、改革は頓挫。忠邦失脚と同時に失脚、幽囚の身と成り果てた鳥居甲斐守忠耀、本人の意に反し、誤解され、「妖怪」という異名を付けられ、悪役に仕立てられた、官僚という立場を貫き通した男、鳥居甲斐守忠耀の生涯を、新たな解釈で描いた長編時代小説だった。
濃州恵那郡岩村藩主松平能登守乗蘊の第3子で栄明闊達だった松平乗衡が、将軍家の内意で、幕府の学問の長、儒官の林家を相続し、林大学頭乗衡となり、人望、政治力で不動の存在になっていた頃、11代将軍家斉は、大奥の正室側室22人、子女55人を持ち、経費莫大、その後始末関係等もあって、幕府は財政危機を迎えていた。金の力で老中首座まで上り詰めた水野忠邦は、何としても財政立て直しを図るべく、倹約令、奢侈禁止令、上地令、印旛沼工事等、「天保の改革」を実施しようとするが、反水野派、商人、町人から、ことごとく反発を受け頓挫、失脚する。忠邦に抜擢され、忠邦の意に従い、身を粉にして働いた鳥居忠耀も当然、成り代わった幕閣から排除される運命となり、半ば罪人扱いで、四国丸亀京極藩お預かりなりに、24年の歳月が流れる。その間には、安政の大獄、横浜開港、井伊大老襲撃桜田門の変、鳥羽伏見の戦い、徳川慶喜蟄居、幕府は崩壊、明治に改元、江戸に戻った忠耀は?、
  「おとよというのか、その女は・・・」、気を取り直して忠耀は訊ねた。
   (中略)

  世の中が大きく変る時、生贄が必要だといった姉の言葉が胸に残っていた。
  たしかに、めぐり合わせということはあったと思った。
   (中略)
  後世、鬼とか、妖怪とか呼ばれ続けるのだろうかと忠耀は苦い気持ちになった。
   (中略)

  鳥居忠耀が老死したのは、それから5年後の明治6年十月3日のことだった。
で、終わっている。
林家、鳥居家の正妻、妾、沢山の子女の養子縁組先、嫁ぎ先の絡み合った系図、さらに改名、号も有り、漢字変換ソフトに無い難漢字名も多く、登場人物の多さで最後の最後まで混乱しどうしで読み、いささか疲れ果ててしまった感有りだが、幕末の混乱を生き抜いて、最後、明治を見届けて老死したとする鳥居忠耀の生涯を描く上で、欠かせないものだったに違い無い。林家や鳥居家にスポットを当てた時代小説、多分、これまで読んだことが無かったはずで、著者の力量で、克明に描かれた本書で、「へー!、そうだったのか」、時代小説として大いに楽しめたように思う。


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