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たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

4月15日の猫額庭の花達

2021年04月15日 18時58分35秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

今年は 植物のなにもかも、開花が1~2週間早い。
放ったらかしの猫額庭で 每年4月下旬から5月上旬に満開になる
キエビネ(黄海老根・黄蝦根)、ジエビネ(地海老根・地蝦根)が
もう満開になっているのに気が付き 
「花の写真を撮るだけ係」の爺さんの出番となった。

シャガ(射干)

セイヨウジュウニヒトエ(西洋十二単)

シラユキゲシ(白雪芥子)

ルナリア(合田草)

道路のコンクリートの隙間で、健気に咲いている母子草?


エビネ(海老根・蝦根) → こちら


 


夏野菜苗植え付け下準備他

2021年04月15日 17時30分48秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

昨日午後から降り始めた雨も 朝方には止み、今日は 晴れ上がった。
前日にまとまった雨が降り、晴れた日は 畑仕事にはもってこいのコンディション、
今日は どうしてもやらなくては・・・、
ということで 午後になってから やおら重い腰を上げ、
Go To 畑!と 相成った。

(1)草取り、
   アメリカフウロ、ホトケノザ等が伸び伸び?蔓延こり、
   雑草の原と化している畑地、
   どれもこれもしっかり根を張ってしまっているが、
   雨上がりの畑地は ゴボッ!、ゴボッ!、面白いように抜ける。

(2)キュウリ、ナス、トマト等夏野菜の苗植え付けの下準備
   植え付け場所の草取り、耕し、石灰散布、
   今年は いつもより少し早く 1週間~10日後くらいには
   苗を植え付けすることになりそうだ。

タマネギ
今のところ順調に生育している様子?

イチゴ
例年よりかなり早く、花がいっぱい咲いており、
実もつき始めているが・・、

畑の真ん中で堂々と蔓延っているヤグルマギク、
「邪魔なんですけど・・・」
咲いていると やっぱり残してしまう

今日の収穫
キヌサヤ、スナックエンドウ、ネギ坊主、

そろそろお終いに近づいている ノラボウ菜、サラダ菜

3時間余り掛かってしまったが 今日は 思ったより楽で 計が行き、
「1件落着!」・・・に気を良くしているところだ。


ネギ坊主のてんぷら → こちら


 


「中学生日記より」その24(再)

2021年04月15日 09時03分47秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

「中学生日記より」

「gooブログ」に引っ越してくる前、「OCNブログ人」時代に 一度書き込んだことの有る「中学生日記より」を 改めてリメイクしてみようと思っているところだ。「中学生日記」とは 中学生だった頃のM男が ほんの一時期付けていた日記帳のことで 数年前に実家を解体する際に発見した、ボロボロのゴミ同然の日記帳のこと。土産物の小綺麗な空き箱や包装紙、冠婚葬祭ののし袋に至るまで 廃棄処分するという感覚が無かった父母が、子供達の教科書やノート、通信簿、図画工作作品等も押し入れの奥に詰め込んでいたもので、その中に有った。まさに「タイムカプセル」を開けるが如くの感じで、ページを捲ってみると すっかり喪失してしまっていた記憶が 断片的に炙り出されてくる。まさか 60数年後に、ブログで第三者の目に晒される等とは 当時のM男は想像もしていなかったはずで 下手な文章、下手な文字、誤字脱字多しの日記である。(コピペ文、再読無用)


その24 「サツマイモ掘り、麦の種蒔き」

昭和30年10月17日(月)、天気 晴、
起床 6時、就床 9時、

1限目 数学 自習 (西山、2年生へ行った)
2限目 職業 巣ばこ(箱)作り
3限目 職業 のうぐしゃ(農具舎)へ マキ(薪)入れ
4限目 社会 中部地方、米と雪の北陸

1、川原へ いもおこし(サツマイモ掘り)、麦まき(蒔き)、
  6時頃までやっていたので 帰ってきた時は真っ暗だった。
2、卓球部遠征、1年生では 征二、彰 両君
(宅) 12時40分、

この日、授業は午前のみだったようだ。
週に何時間か、「職業」という課目が有ったが、懐かしい。担任のI先生がまた ずんぐりむっくり、のんきな髭面のおじさんという雰囲気で、正直、M男達にとっては 「職業」の時間は、半ば遊び気分(?)、気楽な課目だった気がする。
2限目は 木工作業?、巣箱作りをしたようだが、全く記憶も残っていない。
3限目は 農具舎に薪を運び入れた・・と書いてある。当時、M男の通っていた中学校の教室の冬季の暖房は 薪ストーブで、燃料となる薪は、冬が来る前に、生徒全員、登校時に、1本、2本の薪を学校に、担いだり、ぶら下げて持参したものだったが、多分、集まった大量の薪を、校庭の隅に有った木造の小屋のような農具舎に運び入れ、積み上げたのだろう。
お昼には 家に帰り、午後は 家の手伝いとなったようだ。当時、M男の家には、自宅の周りにも少々の畑が有ったが、歩いて20~30分の川原の河川敷のような所にも、開墾した畑があった。主にサツマイモ等を作っていたような気がするが、その日、そのサツマイモ掘りを手伝ったようだ。大量のツルを切り集め、イモを掘り出し、叺(カマス)に収容、リヤカーに積み込んで、家まで運ぶ仕事は、かなりの重労働で、6時頃まで掛かったようだ。10月半ばの6時頃は真っ暗なはずだ。
麦の種蒔きもしたようだが、当時、農家のほとんどが 田んぼの一部で麦を作っていた。収穫した麦を製粉し、乾うどんにしていたように思う。子供の頃のM男は うどんは家で作る食物で、買って食べる物とは思ってもいなかったような気がする。