中国で砂漠化が深刻だときいて、さあ緑化だ、と最初は単純に考えたんです。でも、現地になんども通い、長く滞在しているうちに、考えるようになります。それだけじゃないんじゃないかと。
黄土高原の農村でみかける標語に「水土流失の防止」がありました。年間降水量は平均400mmと少ないのに、それが暑い時期に集中し、ときには1時間70㎜もの豪雨になって、畑や山の表土を押し流すわけです。
それが繰り返されると、 . . . 本文を読む
緑の地球ネットワークの緑化協力地・張家口市蔚県が国家歴史文化名城に選出されたことを前々回に書き、南安寺塔の写真を載せたら、大西サチコさんから「南安寺塔、美しい塔ですね。北のにおいがする」というコメントがありました。大西さんの言葉にまちがいのあろうはずがないので、私は意を強くしました。
私もコメントを返すなかで思いだしたことがあります。この塔の地下宮にたくさんの宝物が隠されており、それがいま蔚州博 . . . 本文を読む
Facebookの緑の地球ネットワークの公式ページにも掲載したのですが、私は自分の撮ったこの写真がとても気に入ったので、ここにも掲載させていただきます。
壺流河の両側に広がる湿地でヒツジの放牧がなされていました。本来なら水際などにはヤナギをはじめとする樹木が生えているはずなのですが、それがまったくといっていいほどないのは、放牧の影響が大きいのだと思います。風に乗って飛んできたり、小鳥に運ばれたり . . . 本文を読む
4月14日に緑の地球ネットワークが派遣するツアーが蔚県に到着しました。北京空港には定時についたのですが、マイクロバスで蔚県にむかう途中、なんどか渋滞に遭遇し、蔚県のホテルにつくまでに6時間を要してしまいました。ロス2時間。
15日は充実の日程です。日記当番になり、文才に恵まれた山本さんが、なにをどう書いたらいいのか迷うくらいです。午前中は蔚州博物館の見学です。県のクラスでこんな博物館をもっている . . . 本文を読む
1996年秋のことです。高松市での講演会で、外務省の下荒地修二さんと私とで話をしました。その帰りの電車の網棚にあった新聞をみたら、なんと、私の写真がカラーででていました。記事を読んで、びっくり!!
中国の黄土高原で緑化の協力をしているのはいいのですが、黄土高原では20年ほどまえからネズミが大発生し、森林が失われたので、その復旧に努めているというのですね。
こんなことになった責任は、私にもありま . . . 本文を読む
前々回の記事にFacebook上で藤原國雄さんがコメントを書いてくれましたので、それに刺激されて、放牧について書きましょう。
南天門自然植物園が1999年にスタートしたとき、敷地内に樹木はほとんどありませんし、草もまばらでした。そしてそこにある植物の大部分がトゲのあるものか、毒のあるものだったのです。ヤギやヒツジの放牧のせいですね。
ヒツジはあまり急な斜面にはいけませんが、ヤギはどんな急傾斜地 . . . 本文を読む
大同で延べ200以上の緑化プロジェクトをつくってきました。私の立場では、「どの子も同じようにかわいい!」といわないといけないんでしょうけど、残したいものを1つだけ選べ、といわれたら、やはり霊丘県の南天門自然植物園です。
立花吉茂前代表(写真)が緑の地球ネットワークに参加するにあたって「植物園をつくりなさい。そこまで本気でやるんだったら、自分も参加する」と話しました。
そのことを霊丘の李向東さん . . . 本文を読む
住んでる家は、つれあいの両親が中古で買ったものに、私たちがいそうろうしたのです。もとの住人は植木農家の縁者で、前後の庭にいろんな樹木が植わっていました。そのなかの1つがミョウガ。
今朝その株もとを覗いてみると、たくさんの花(つぼみ)がついています。夏の時期、私は大阪の事務所での昼食はたいていソーメンを茹でて食べています。薬味にミョウガがはいったら最高。先日はミョウガの茎と葉をきざんでもっていった . . . 本文を読む
前庭の菜園でインゲンマメの収穫がいま最高潮です。ここしばらくは毎日、これくらいとれています。近くのスーパーにときどきインゲンマメが並びますが、ものすごく高いですね。店頭価格に換算したときに、わが家の食卓にもっとも貢献しているのはこのインゲンマメでしょう。
ものすごく密植しています。幅60cm×長さ240cmの畝に、2列に9本ずつ、しかも1か所に2本ずつ育てていますので、ぜんぶで36本もあります。 . . . 本文を読む
もう一回、飛行機からの風景をみていただきます。
大同でも県と県との境界はたいてい高い山で、その(県境以外の山もですが)稜線にはたくさんの風力発電が並ぶようになりました。あのような山の上で、人家や村から離れてますので、低周波問題は避けられるでしょう。それはよくても、建設も保守もたいへんだろうね、と山の下からみては考えていました。
4月22日の朝、大同から北京に飛ぶとき、天気もよかったし、空気も澄 . . . 本文を読む
4月22日の朝、空路で大同から北京へ帰ってきました。窓際の席になり、しかも快晴だったので、地上のようすがよく見えました。大同のあたりは雨も雲も少ないので、景色はよく見えるはずなのに、こんなにきれいにみえたのは記憶にありません。
バッグを荷物の棚にいれないで、前席の下においていたので、あわててカメラをとりだしました。大同火山群のなかのいくつかが見えてきたからです。この一帯にそう大きくはない火山が3 . . . 本文を読む
海抜1600mほどの峠を越えるとき、同行の魏生学さんが「莜麦だ!」と叫びました。和名はハダカエンバクというのだそうです。彼の故郷の新栄区の名物で、フランスのポンピドー大統領が大同にきたとき、食卓に供されたのだそう。
私は以前から写真を撮りたかったのです。ところが莜麦の畑は私たちが走っている道路よりはずっと高いところにあって、たどりつくのも容易ではありません。生育期間が . . . 本文を読む
今回はまだ南天門自然植物園にいっていないので、9月1日の夕方、大同を発ち、その夜は霊丘県城のホテルに泊まりました。
そして、2日の朝から南天門に向かいます。ところが唐河沿いのいつもの道が工事中で通行不能とのこと。山越えの道しかありません。うれしいですね。こういう理由でちがう道を通ったり、道に迷ったりで、ちがう道を行くと、なにかの新しい発見があるものです。前回、この道を走ったときは、舗装していない . . . 本文を読む
記念館の一角にこのような展示があるわけですよ。大泉山村に世界が注目している、という題がつけられています。そして私たちの緑化協力活動のようすが、写真で紹介されています。
最初に私たちが協力したのは1995年だったと思います。最初はアンズを植えましたが、うまく行きませんでした。このころまでは、失敗することが多かったのです。
そのあと、マツを植えるのに協力しました。その年の降水量などによって活着のぐ . . . 本文を読む
陽高県大泉山村の写真を唐突にだしたのですが、やはりいくらかの解説が必要でしょう。ここは緑化の先進として知られた村です。日中戦争がはじまってしばらくたったころ、この村に張鳳林という男が流れ着いて、お寺に住み着きます。小さな畑を自分で開墾し、それで生計を立てていました。
その数年後、高進才という男がやってきて、2人で助け合って暮らすんですね。雨のたびに畑が流されるのをなんとかしたいと、植林を始めます . . . 本文を読む