1002話)大泉山故事

陽高県大泉山村の写真を唐突にだしたのですが、やはりいくらかの解説が必要でしょう。ここは緑化の先進として知られた村です。日中戦争がはじまってしばらくたったころ、この村に張鳳林という男が流れ着いて、お寺に住み着きます。小さな畑を自分で開墾し、それで生計を立てていました。

その数年後、高進才という男がやってきて、2人で助け合って暮らすんですね。雨のたびに畑が流されるのをなんとかしたいと、植林を始めます。山の傾斜地に植えるさいに、水平溝とか魚鱗坑といわれる、いまでも使われている方法を編み出すわけです。

やがて、中華人民共和国が成立すると、村の人たちを巻き込んで緑化をすすめます。最初は山にポプラを植えたようですが、その後、マツに変わりました。その経緯を陽高県の党書記が文章にまとめて報告したところ、それが毛沢東の目に止まりました。

毛沢東はその報告に短いコメントをつけるんですね。1950年代のことです。このような成功例がみつかったからには、水土流失に苦しむ地方の問題を解決することができる、というわけです。それで一躍、大泉山村は有名になりました。

前回、記念館と書いたのは、大泉山水土保持記念館といって、その緑化の歴史と毛沢東による評価を写真などで展示し、そのころ使われた緑化のための道具なども並べてあります。
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