太平洋戦争時に行われた学童疎開を追体験する「学童疎開体験事業」(主催・対馬丸記念会)で、沖縄本島から参加した小学5、6年生10人の体験報告会が28日、那覇市若狭の対馬丸記念館で開かれた。宮崎県での本研修などを通して学んだことや感じたことを新聞にまとめて発表し、平和継承の思いを強くしていた。

 児童は昨年12月末、本研修で宮崎を訪問。疎開した人の過酷な生活を語り部から聞いた。

 真地小6年の大濵梨乃さんは夜の海での乗船体験を振り返り「周りが暗くて、風が寒い。海に沈んでしまったのは自分と同じ小学生。どんな気持ちだったんだろう」と想像した。疎開先では冬でも厚着ができなかったと聞き「私だったらつらくて耐えられないと思う」と話した。

 当山小5年の眞榮城百恵さんは、引率教師として「対馬丸」に乗船して生き延びた故糸数裕子さんのひ孫。「私の曽祖母も疎開先で子どもたちの食べ物を確保するため、畑で作物を作っていたと聞いた。改めて戦争のことを知り、次世代につないでいきたいと思った」と力を込めた。

 松川小6年の仲宗根愛奈さんは「家族と離れるのが初めてで寂しかった。戦争をもう二度としてほしくない。戦争のことをもっと知りたくなった」と語った。

 研修中の食事は大根飯やみそ汁などの「やーさん(ひもじい)飯」を食べ、食生活の貧しさを体験した児童たち。4歳で対馬丸に乗って生き延びた高良政勝さん(83)は「今回の体験は3日間だけど、本当の疎開ではこれがいつまで続くか分からないんだよ」と声をかけていた。(社会部・當銘悠)

(写図説明)疎開体験事業で学んだことや感じたことを壁新聞にまとめ、発表する児童=28日、那覇市若狭・対馬丸記念館

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