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たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

遮光器土偶

2019-10-12 09:48:44 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

全国的に有名なつがる市出土の

「しゃこちゃん」以外にも、

遮光器土偶と呼ばれる土偶は、

北海道から近畿地方にかけての

広い範囲で発見されています。

八戸市の是川縄文館でも、

ほぼ完全形のものだけでなく、

首から下が切り離され、

頭の部分だけが残ったような

遮光器土偶をたくさん見かけました。

 

ちなみに、遮光器土偶の「遮光器」とは、

北極に住むイヌイットの人々が、

太陽の照り返しを防ぐために

使用する「ゴーグル」のことで、

遮光器土偶の顔には、あたかもこのゴーグルが

装着されているように見えることから、

「遮光器」の名が付いたと聞きます。

 

それにしても不可解なのは、

遮光器土偶の製作者たちは、

なぜこれほどまでに「目」を

誇張したのかということですね。

他の土偶とはまったく異なる顔の造作を選択した、

亀ヶ岡文化圏の縄文人たちの真意とは

いったいどのようなものだったのか、

もしかすると遮光器土偶は、

本当に「宇宙人」だったのでしょうか……。


文様のメッセージ

2019-10-11 09:44:45 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

土偶の代名詞「遮光器土偶」を

誕生させたことで知られる「亀ヶ岡文化」は、

個性的な作品を数多く産み出した

縄文晩期を代表する文化です。

先日ご紹介した、八戸市の是川縄文館には、

この「亀ヶ岡式」と称されるモダンで洗練された

デザインの造形物たちが大量に所蔵されており、

縄文時代に興味を持つ人はもちろん、

物見遊山で訪れた観光客の目も

たっぷりと楽しませてくれます。

 

火焔型土器を要する信州地方の

ダイナミックな様式美と比べると、

青森周辺で出土した遺物は

緻密でクールな印象を伴う作品が強く、

しゃこちゃんを始めとする「遮光器土偶」など、

彼ら(彼女ら)のボディーに彫り込まれた

繊細で優美な文様からは、東北縄文人たちの

堅実かつ実直な仕事ぶりが見て取れるでしょう。

 

そんな完成度の高い亀ヶ岡式の文様ですが、

実はそれらの描き方には一定の法則性があり、

様々なモチーフを組み合わせることで、

人々が「意思の伝達をしていた」

と思われる節があるのだとか……。

つまり、縄文人たちは土偶あるいは土器を、

「コミュニケーションの手段」として

用いていた可能性が高いのですね。


しゃこちゃん

2019-10-10 09:28:50 | 縄文への旅

<つがる市・木造駅>

 

青森県つがる市で出土した、

土偶界のスター「遮光器土偶」は、

現在東京国立博物館に所蔵されており、

残念ながら通常は青森県内では

お目にかかることができません。

ゆえに、今回つがる市周辺には

立ち寄らないつもりでいたのですが、

どうしても一か所だけ見ておきたい

「有名スポット」があったがゆえに、

例のごとく予定を無理やり調整して

駆けつけてまいりました。

 

そのスポットとはずばり

「JR五能線の木造駅」でして、

こちらの駅舎正面には、実にリアルな

遮光器土偶(通称:しゃこちゃん)の

巨大レプリカが張り付いているのです。

さらに駅舎内の売店に入りますと、

何ともマニア心をくすぐる

「しゃこちゃんグッズ」が多数並べられ、

たとえ本物を見られなくても、

木造駅を訪れれば十分に「遮光器土偶」

との邂逅を味わえる仕組みになっております

(異論はあるでしょうが……)。

 

ちなみに、こちらの巨大しゃこちゃん、

電車の発車に合わせて「目が光る」という噂を耳にし、

今か今かとその瞬間を待っていたものの、

どういうわけか点灯せず……。

のちに聞いたところによると、

近所の子供たちが怖がるので、

駅員さんに「見たい」と申告しないと

目は光らないとのことでした(真偽は不明)。


謎多き土偶

2019-10-09 09:23:19 | 縄文への旅

<つがる市・木造駅>

 

実は、ひとつの文化財が国宝と認められるまでには、

いくつかのクリアしなければならない

厳しい条件があるそうです。

現在、「国宝」に認定されている

6つの縄文造形物たちも、「制作年代」や

「出土状況」もしくは「作品の完成度」など

様々な基準を満たした上で、

ごく近年にようやく国宝となった作品ばかりでして、

その陰には「縄文を国宝に!」との熱い思いを抱いた

関係者たちの涙ぐましい尽力があったと聞きます。

 

一方、青森県つがる市出土の遮光器土偶に関しては、

残念ながら発掘時の詳細が不明なだけでなく、

「片足が欠けている」という決定的な欠落があり、

未だに国宝としては認定されていないのだとか……。

何でも、この遮光器土偶が発見された

「亀ヶ岡石器時代遺跡」は、

古くからその存在が知られていたがゆえに、

多くの出土物が世界中に散逸してしまい、

遮光器土偶を取り巻く背景がうやむやに

なったことが主な原因だといわれています。

 

つまり、この日本一有名な遮光器土偶は、

他の土偶たち以上に出生不明の

「謎多き土偶」だったわけですね。


土偶界のスター

2019-10-08 09:15:23 | 縄文への旅

<つがる市・木造駅>

 

縄文時代に興味を持つ人も、

縄文時代など一切興味を持たない人も、

これまでの人生で一度くらいは「遮光器土偶」

の姿を目にしたことがあるかもしれません。

「宇宙人」とも「オーパーツ(謎の物体)」

とも評されるそのオリジナリティーあふれる造形は、

一度見たら決して忘れられなくなるほどの

強烈なインパクトを放ち、並みいる「平民土偶」

たちはもちろんのこと、土偶界のトップに君臨する

「国宝土偶」をも凌駕するような、

圧倒的な存在感を発しております。

 

その風貌をひと言で表すなら、

まさしく「土偶の中の土偶」といった雰囲気でして、

全身に描かれたきめ細やかな文様、

短いながらも安定感のある下半身、

そして顔全体を覆いつくすほどの大きな目……など、

「土偶界のスター」の称号にふさわしい

スペシャルな輝きでいっぱいでなのです。

 

そんな誰もが認める「土偶オブ土偶」

の遮光器土偶ではありますが、

実は、最も有名な青森県つがる市出土の

遮光器土偶(通称:しゃこちゃん)でさえ、

未だに重要文化財の扱いのままなのだとか……。

何でも、国宝認定をクリアするための「ある条件」が、

この遮光器土偶には存在しないからだと聞きました。


偶像崇拝の萌芽

2019-10-07 09:08:23 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

土偶という遺物は、主に貝塚などの

「捨て場」や共同墓地などから

発掘されることが多いと聞きますが、

こちらの是川遺跡出土の合掌土偶は、

シャーマン宅の祭壇に置かれていた

可能性が高いといわれております。

 

さらには、破損した箇所をアスファルトで

補修した形跡もあることから、

長い期間に渡り何度も修復を重ねながら、

大事に守られてきた土偶であることが

見て取れるのだとか……。

 

バラバラに破壊されたり、身体の一部をもがれたりと、

「壊されること」を運命づけられた多くの土偶とは異なり、

こちらの合掌土偶に限っては、最後まで丁寧に扱われ

「葬られた」と考えても差し支えないのでしょう。

 

縄文の人々にとって土偶という偶像は、

あくまでも一過性の依り代で、

最終的には壊されるべき

運命に置かれていたはずです。

ただし、縄文後期以降になるに従い、

先祖代々受け継がれる「崇拝物」として、

そのポジションを変化させたのかもしれません。

 

恐らく、合掌土偶は「仏像」にも

つながる宗教遺物であり、

現代まで続く「偶像崇拝」の萌芽が、

この不思議な造形の土偶を取り巻く

様々な痕跡から伺えるのですね。


祈りのしぐさ

2019-10-06 09:01:13 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

昨日、「手の動きは意思を放つ」

といった話をしましたが、是川縄文館の目玉である、

国宝・合掌土偶の作者が最も強調したかったのも、

恐らく「手を合わせる」という

しぐさだったのではないかと感じます。

 

例えば、神社仏閣で神聖な「何か」と対面するとき、

あるいは大事な場面で心の底から

「何か」を祈るとき……など、

私たちは無意識のうちに両手の平を合わせ、

気持ちをその一点に集中させようとするものです。

 

実際に手と手を合わせた瞬間、

「磁気」のようなエネルギーが発生するとも聞きますし、

静謐な空気を感じたり、心から祈りを捧げたりする際、

私たちは「人間の本能として」

自然と手を合わせてしまうのでしょう。

 

ちなみにこの合掌土偶は、

お腹の中央に描かれた正中線や、

足の間に描かれた女性器の刻みなどから、

「出産の様子を表したのではないか」

という説が囁かれております。

 

ただし、実物と対面したときの印象としては、

「人間の祈り」を総合的に表現したと考えたほうが、

作者の意図に近いのではないかという印象を受けました。


頬杖土偶

2019-10-05 09:52:34 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

縄文時代も後期に入るに従い、

いわゆる「ポーズ土偶」と呼ばれる、

「手」や「足」の表現に独特の

しぐさが加えられた土偶が現れます。

中期までの土偶たちが、「手」の造形を

簡略化・省略化していたのとは逆に、

これらポーズ土偶たちは、

手足をにょきにょきと長く伸ばし、

両手を合わせたり、腕を組んだり、

体育座りをしたりと、どことなく人間的で

ユーモラスな造形を伴うのが特徴です。

 

ちなみに、ここ八戸市の是川縄文館には、

ポーズ土偶の代名詞・合掌土偶の他にも、

「頬杖土偶」との愛称を持つ、

頬に手を当て物思いに耽っている

ような土偶が「在籍」しております。

「手(および足)」に動きが付きますと、

私たちの目は自然とその部分に注目し、

無意識にそこから何かを読み取ろうと

するものですが、わずかに斜め上に

視線をやりながら、顎のあたりを

触りつつ考え込む「頬杖土偶」の姿には、

何ともアンニュイなムードが漂っておりました。


朱の世界

2019-10-04 09:02:47 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

縄文時代を代表する遺物のひとつ「土偶」には、

「漆」で彩られたものが多々混じっており、

特にベンガラや水銀朱を混ぜて作る

「赤漆」が塗られた土偶は、

祭祀に用いられた「特注品」なのだそうです。

 

ただし、八戸の是川遺跡で発掘された

漆塗りの土器や土製品に関しては、

実用品として普段使いされていた可能性が高く、

逆に「白木」のものを儀式に使用していた

形跡が見られるのだとか……。

 

つまり、是川遺跡で暮らしていた縄文人たちは、

漆塗りの製品を「日常生活の中で」目にしていたわけで、

身の回りの空間が「朱(赤)」という

色彩で埋め尽くされていたと

想像しても間違いではないのでしょう。

 

ちなみに、縄文人は「赤」「黒」「緑」などの色を好み、

装飾品や日用品などにそれらの色を多用していたと聞きます。

もしかすると縄文時代というのは、想像以上にたくさんの

「色」に囲まれたカラフルな世界だったのかもしれません。


特別な逸品

2019-10-03 09:57:14 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

八戸市の是川縄文館の展示室に入ると、

まず出迎えてくれたのが、「朱」と「黒」の

コントラストが際立つ「漆製品」のコーナーでした。

その場に一歩足を踏み入れたとたん、

一瞬にして「輪島塗り」の世界へと

トリップしてしまったほど、

時代を経た今もなおその神々しい色彩は、

時空を超えていぶし銀の輝きを放っています。

 

一説に、「強度」や「耐久性」を

高めるために使われたとされる漆ですが、

特にベンガラや水銀朱を混ぜて作る赤漆には、

強力な「魔除け」や「覚醒作用」の

効果があることが古代より知られており、

古墳の石室や神社の社殿など、

「神聖な場所」には必ずといっていいほど

赤漆の痕跡が見られます。

 

縄文時代の遺物にも、赤漆が塗られたものが

多数散見されることから、すでにこの頃から

「漆の効果」は周知の事実だったのでしょう。

実際に、土偶の表面の土からは、赤漆や黒漆の

成分が抽出されることが間々あるそうですし、

もしかすると、縄文人たちが目にしていた土偶は、

私たちが知る土色の偶像ではなく、

艶やかな「朱」や「黒」の光沢を纏う

特別な「逸品」だったのかもしれませんね。


是川縄文館

2019-10-02 09:52:53 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

八戸市にある是川遺跡は、

縄文晩期の遺物が多数発掘された「中居遺跡」、

縄文前期・中期にかけて繁栄した「一王寺遺跡」、

縄文中期の集落跡である「堀田遺跡」の3つの遺跡の総称で、

同じく青森県つがる市周辺の「亀ヶ岡石器時代遺跡」とともに、

縄文晩期の亀ヶ岡文化を代表する貴重な遺跡群です。

 

何でもこの是川遺跡は、土地の所有者だった泉山兄弟が

責任者となり、早い時期から本格的な調査を開始したため、

出土遺物が非常に良い状態で多数発掘・保管されたのだとか……。

ゆえに、これらを展示した是川縄文館の

コレクションからは重量感と統一感が感じられ、

一帯に住んでいた縄文人の暮らしぶりが、

より鮮明に伝わってくるような印象を持ちました。

 

ちなみに、是川縄文観には国宝の合掌土偶だけではなく、

数多くの土偶、土器、漆製品などが展示されており、

そのどれもが数千年もの時を経た

とは思えないほどの「美品」です。

最大限にまで落とした照明効果のせいか、

所蔵されている縄文の遺物たちは、

まるで「縄文の呪術」をかけられ続けているかのように

生々しい「生命力」を纏っていました。


合掌土偶

2019-10-01 09:43:41 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

***** 縄文への旅2 *****

ということで、長々と「青森以外の土偶」

について考察してまいりましたが、

続きは「本物」と対面したときまで保留することとして、

いよいよ舞台を「縄文時代の青森」へと移したいと思います。

縄文中期に「板状土偶」が誕生して以降、

この一帯ではどのような変化が起こっていたのか、

まずは青森県が誇る国宝「合掌土偶」に会うために、

八戸市の是川縄文館を訪ねてみることにしましょう。

 

ちなみに、こちらの合掌土偶には、

以前「縄文展」で一度お目にかかったことがありまして、

そのときの印象をひと言で表現するなら、

「何だろうこの見れば見るほど漂う違和感は……」

といった非常に言葉にし難いもの。

どことなくアニメキャラを思わせるとぼけた顔、

ボディービルダーのようないかり肩の体形、

座っているくせにまったく安定しない姿勢……などなど、

人間離れした風貌でありながらも、

なぜか親しみを感じさせる「彼女?」のルックスが、

しばらくまぶたに焼き付いて離れませんでした。


複合的な役目

2019-09-30 09:28:17 | 縄文への旅

<国立歴史民俗博物館>

 

「茅空」を見た際にまず目が行ったのが、

両足をつなぐようにして設えられた「穴」の部分でした。

何でもその穴は、土偶を焼くときの熱で粘土が

割れないようにするための「空気穴」だそうで、

薄づくりの土製品を壊さずに焼き上げるその技術力は、

現代と比べてもかなり高度なものだと聞きます。

 

また、特別な儀式においては、

「茅空」の空洞部分に何らかの液体を入れ、

その穴から液体を注いでいたという話もあり、

もしそれが本当なら「茅空」の用途は、

他の土偶以上に広範囲に広がっていた可能性も大です。

 

恐らく、縄文後半のこの時期に入ると、

土偶に課せられた役目は、

想像以上に複合的になってきたのでしょう。

縄文前半のいわゆる「精霊」を

象ったシンプルな土偶から、

シャーマンを始めとする「半人間」を

模したような土偶へと進化する中で、

ときには「神」となりときには

「人の身代わり」となりながら、

自らの立場を変化させてきたのが

縄文の土偶たちだったかもしれません。


祭祀の効率化

2019-09-29 09:24:03 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

重量感のある中実土偶(粘土が詰まった土偶)に比べ、

粘土の少ない中空土偶は、比較的軽いことから、

移動や持ち運びなどに適した造形ともいえます。

また、中空土偶の代表格である「茅空」の両足が、

自立できない造りであることなども考慮すれば、

中空土偶という造形物が、どこかに持ち込むことを

念頭に置いて制作されたと考えても、

ある意味間違ってはいないのでしょう。

 

ちなみに昨日、「土偶の欠け」について

お話ししましたが、「茅空」を始めとする

中空土偶の「空洞」という特徴も、

「土偶の欠け」として捉えると

いくつかのイメージがわき上がってまいります。

聞いたところによりますと、

縄文後半になり中空土偶が目立つようになったのは、

土偶の中身を「空洞」にすることで、

より「神気」を貯まりやすくしたからなのだとか……。

 

もしかすると、中空土偶が制作され始めた背景には、

技術的な進歩といった理由以外にも、

「祭祀の効率化」を図るという

側面もあったのかもしれません。


土偶の欠け

2019-09-28 09:09:27 | 縄文への旅

<国立歴史民俗博物館>

 

ほとんどの土偶は、一部の種類を除き

ほぼ「左右対称」に造られており、

そのことが土偶の美術的価値を

高める要素のひとつとなっております。

 

破損を免れた縄文のビーナスや、

全体像を残す仮面の女神、

そして縄文の女神などが、

専門家から特出した評価を受けるのも、

身体全体のバランスの完璧さに

依るところが大きいのでしょう。

 

しかし、縄文人は本来「パーフェクト」

だったであろう多くの土偶を破壊し、

わざとアンバランスな造形に変えて

土の中に埋めました。それらの経緯においては、

様々な理由があったと推測されますが、

主たる理由が「土偶の霊性を失わせること」

だったのではないかと個人的には想像するのです。

 

いうなれば、完璧なものというのは「神」であり、

それ以上の変化・発展・循環はありません。

ゆえに、あえて「欠け」を作ることで、

変化のための「隙」を持たせたと仮定すると、

また土偶の別の側面が見えてくるでしょう。