ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

たまには上野恩賜公園を散策して見よう

2018-03-19 07:39:35 | 日記


上野公園は美術館・博物館そして動物園などの有料施設に入らずとも、そこかしこを
プラプラと歩けば、寛永寺の名残と共に江戸から昭和を感じる史跡が随所にあります。
陽気に誘われて園内案内図を片手に「建物・彫像・石碑」の探訪を楽しみました。
当日この目で見てきたものを分野別に紹介します。

1.建造物
 (1)旧因州池田屋敷表門:国立博物館の屋外展示の一つ。「黒門」とも呼ばれ、
      鳥取藩池田家江戸上屋敷の正門でした。昭和29年(1954)にここへ移築。
      加賀藩の表門であった東京大学赤門と並び称される格式の高い門です。
      (重要文化財)
 (2)国際子ども図書館:明治後期に鉄骨補強煉瓦造りのルネサンス様式で建設さ
      れたもので、明治期洋風建築の代表作の一つ。2000年に建築家安藤忠雄
      氏の参画を得て、国立初の児童書専門図書館として再生した。外見も中
      も素晴らしいです。
 (3)黒田記念館:大正13(1924)年、日本近代洋画の父、黒田清輝没後の昭和3年
      (1928)に竣工したのが黒田記念館です。昭和初期の美術館建築の代表です。
 (4)旧東京音楽学校泰楽堂:明治23年に創建。日本最古の木造の洋式音楽ホールです。
      (重要文化財)保存修理工事中なので工事塀で囲われていました。
 (5)上野東照宮:寛永4年(1627)藤堂高虎が造営。現存する社殿は1651年(慶
      安4年)に徳川家光が造営替えをしたもの。当時の建築技術が結集した見
      応えのある荘厳な造り。(重要文化財)一見の価値ありです。
 (6)旧寛永寺五重塔:寛永8年(1631)江戸幕府草創期の重臣土井利勝が、東照宮
      造営にあたり寄進した塔ですが、寛永16年(1639)に焼失し、現在は焼
      失後昭和33年(1958)に寄進されたものです。(重要文化財)動物園の
      塀越しに見られる。
 (7)清水観音堂:寛永寺を建立した天海僧正が建立。寛永8年(1631)に京都の清水
      寺に倣って建立された。浮世絵で有名な舞台になった『月の松』や、京都
      の清水寺を模した舞台など、小さな寺院ですが見どころがあります。
      (重要文化財)
 (8)寛永寺弁天堂(不忍池弁天堂):ここも天海僧正の建立。創建当時のお堂は戦
      災で消失し、現在のお堂は昭和33年(1958)に再建されたもの。
 (9)博物館動物園駅跡: 京成電鉄の京成上野駅と日暮里駅の間で運営されていた駅
      です。廃駅となりましたが、今でも電車はこの下を走っています。

2.彫像
 (1)トーテムポール:7mの高さがあります。案内板にもなっていて左手が動物園
      を示す。下の方に動物がいっぱいいます。その前は桜の木の基準木です。
 (2)お化け燈籠:6mの巨大さからお化け燈籠と呼ばれている。日本三大灯篭のひ
      とつで、残りの二つは、京都市南禅寺、名古屋市熱田神宮の大灯籠。
 (3)小松宮彰仁親王像:皇族でありながら、明治維新後の戊辰戦争(1868年)、佐
      賀の乱(1874年)、西南戦争(1876年)等の内乱鎮圧の指揮を執り、その後、
      日本赤十字社の総裁を務めるなど、文、武、共に、日本国に大きな貢献を
      している。
 (4)ボードワン博士像:彼の「上野の山を近代的な公園にすべき」との提言で上野
      公園は造られた。だから公園の生みの親ともいえるオランダの一等軍医。
 (5)野口英世像:細菌学者。福島の貧農の家に生まれ、北里柴三郎博士(細菌学者。
      破傷風菌の培養に成功、破傷風、ジフテリアの血清療法に寄与)に師事し、
      ロックフェラー研究所に入り、梅毒の病原体を発見しました。
 (6)地獄の門(国立西洋美術館):フランス人建築家ル・コルビュジェの設計によ
      る美術館の前庭にある。他に「考える人」「カレーの市民」などのロダン
      の彫刻群が展示されている。
 (7)上野大仏:度々の地震や火災で破壊され、第二次世界大戦では金属拠出令によ
      り胴体を国へ供出。面部のみが寛永寺に戻った。
 (8)西郷隆盛像:銅像を見た奥さんが「夫はこんな人じゃなかった」とショックを
      受けたという話は有名ですが、その真意は「人前に浴衣で出るような失礼
      な人じゃなかった」・・・だったようです。
 (9)時忘れじの塔:落語家の故・林家三平師匠未亡人海老名香葉子さんが建立した、
      東京大空襲を忘れないための平和の母子像の記念碑

3.石碑
 (1)彰義隊戦死者の墓:彰義隊は徳川慶喜の護衛組織。上野戦争で新政府軍に敗れ
      解散した。(台東区有形文化財)
 (2)天海僧正毛髪塚:家康の参謀となった天台宗の高僧。寛永20年に108歳で死去。
      日光に葬られ、この地には供養塔が建てられた。寛永寺の建立者。
 (3)博士王仁碑:朝鮮の百済から、論語十巻、千字文一巻と共にやってきた人物で
      す。「古事記」「日本書紀」にも記され、日本に漢字、儒教を伝えた偉人。
 (4)パゴダ(仏塔):上野大仏再建の願いを込めて上野観光連盟が建立した仏塔。
      内部には薬師如来・月光菩薩・日光菩薩が安置されている。
 (5)正岡子規碑:野球好きの子規が、大学時代にベースボール大会を行っていたこ
     ろに詠んだ句。正岡子規記念球場脇にある。公園内に野球場があるとはね。
 (6)川柳発祥の地:川柳の原点である「誹風柳多留」の発祥の地の記念碑。誹風柳
      は、江戸時代中期から幕末にかけて、毎年刊行されていた川柳の句集とい
      われる。

4.その他
 (1)擂鉢(すりばち)山古墳:約1500年前の前方後円形式の古墳。今は丘の上は
      休憩所です。公園内に古墳があるのです。
 (2)時の鐘:精養軒の脇にひっそりとある。江戸市民に時を知らせていた時の鐘。
      今でも朝夕六時と正午の三回鐘が響いている。
 (3)上半身だけの自由の女神像:もともとは宮城県石巻市にあったが東日本大震災
      で被災した。傷ついた女神像を東京芸術大大学院生が再生させた。
      (仮設らしい)
 (4)シロナガスクジラ:全長30m、国立科学博物館の前にあるこの模型を見ると、
      その大きさに圧倒されます。
 (5)蒸気機関車:国立科学博物館前に蒸気機関車D51(デゴイチ)がある。

上野公園は博物館や美術館、動物園、芸術大学など、多くの重要な文化施設が集まるエ
リアですが、国の重要文化財である建造物や史跡が多くあります。
開園から140年、震災や戦災という荒廃を経ながらも、そこにはいつも、公園の文化を
大切に守ろうと奔走する、上野を愛した人々の姿があったのだと思います。
今回の地図を片手の歴史探索は楽しくて疲れを全く感じませんでした。だって新しい発
見がいくつもありましたからね。まだ不忍池周辺を歩いていませんので、次回来たらゆ
っくりと探訪をしながら歩きたいと思います。
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散歩道で出会った冬鳥たち

2018-03-05 07:27:08 | 日記


カメラを携えて散歩を楽しむご夫妻にとって、花の少ないこの時期の楽しみは野鳥観察で
す。今日も300mmの望遠一眼レフを首にかけて散歩に出かけました。

妻 :今日はいい天気だから、学校裏の田んぼ道を通って、ヘビ沼の遊歩道まで足を伸ばし
   ましょうよ。学校の裏に行けばジョウビタキたちに会えると思うの。今年は庭に来な
   いから寂しい思いをしているのよ。

夫 :確かに今年は庭で見ていないね。今日は無風だからバードウォッチに最適だ。

妻 :今は樹木の葉がないから鳥の姿を見つけやすいし、それに冬を日本で過ごす「冬鳥」
   が飛来しているから種類も多いし、珍しい鳥に出会える楽しみがあるわ。冬に見られ
   る鳥の2割は冬鳥だと聞いたことがあるけどもっと多いと思うな。

夫 :渡り鳥以外にも、秋冬は山から低地に下りてくる鳥も加わるために賑やかになるんだよ。

妻 :野鳥たちは虫が主食よね。冬に里山で多く見られるということは、冬の里山には彼ら
   を養える虫が冬でもいるということなのかしら。虫はほとんど見かけないけどな。

夫 :実は本来虫を主食にしている鳥も、虫の少ない冬は、木の実などの植物質のものを食
   べるように食性が変わるんだよ。小鳥の平均寿命は一年半程度と言われているけど、
   それは冬を生きのびるものが少ないためらしいんだ。寒さや食糧難などの厳しい季節
   を乗り切ったものだけが、春を迎えて子孫を残すことができるんだね。

妻 :鳥たちが卵をいっぱい産む理由もそこにあるのね。ちょっとしんみりしちゃったな。

夫婦は学校裏の広い田んぼに出ました。ノリ面に植栽された桜やクヌギなどの枝は、この時
期の野鳥たちにとって、縄張りを主張する最高のポジションのようです。
ほら、野鳥の声が聞こえてきましたよ。

夫 :野鳥たちを逆光で見ると黒いシルエットになって、何の鳥か分からないけど、この場
   所は散歩の時間帯が、ちょうど木々を照らす順光になるのでいい場所だね。
   おっ、電線に留まっているのはジョウビタキだ。

妻 :あら、ジョウビタキのメスが近くの枝にいる。写すからそこでストップ。ジョウビタ
   キはオス・メス共に羽根に白い斑点があるのが特徴ね。それにオスのオレンジ色のお
   腹はよく目立つて可愛いわ。オスは散歩道で会える野鳥の中で最も美しいわね。それ
   に人をあまり怖がらないから写真を撮りやすい冬鳥の代表よね。

夫 :ジョウビタキは、チベットから中国東北部あるいはロシア南東部で繁殖して、非繁殖
   期になると日本などに渡って来る。ちょっと古い記事だけど、2010年12月の富山新
   聞のネットニュースに、10月にロシアの沿海地方で足環を付けて放たれたジョウビタ
   キが、11月富山県氷見市で捕獲されたという記事が乗っていたそうだよ。
   あの小さな体ですごい飛行距離だね。驚くよ。確か寿命は4~5年と書かれていたな。

妻 :私もそうだけど、ジョウビタキを知ったことによって、野鳥観察が好きになる人が多
   いそうよ。まさに、バードウォッチを始めるきっかけをつくってくれる、「きっかけ
   鳥」といった感じね。

夫 :確かにそうだね。大きさはスズメより少し小さいけど、スズメだと思って見過ごして
   いる人も多いだろうね。でもスズメとの違いに気づいた時、その人の野鳥観察への関
   心の扉が開かれるんだろう。

妻 :あら、モズがいたわ。かなり前だけど、カエルを串刺しにした「モズのはやにえ」を
   見つけたことがあったわね。

夫 :モズは留鳥だけど冬になると山里に下りてくるから見られる鳥だね。「モズのはやに
   え」の習性から江戸時代は凶鳥として嫌われていたらしいね。

二人はヘビ沼につながる遊歩道へやって来ました。この歩道の脇には広い湿原があり、野鳥
の楽園です。今日も顔馴染みの男性が高級なカメラをセットして周りを眺めていました。

妻 :こんにちは!今日はどんな鳥を狙っているのですか?

男性:マヒワですよ。冬鳥ですが、このあたりが南限らしいです。頭と羽根が黄色い、スズ
    メより小さい鳥です。あそこに好物の木の実があるから、かならずやってくると思っ
    て待っています。

夫 :今、足元に群れている鳥は何ですか?

男性:「アオジ」ですね。お腹が黄色い羽毛なのが特徴です。アオジには留鳥も冬鳥もいる
    そうです。この場所では春や夏には見かけないから彼らは冬鳥だと思いますよ。

妻 :見て、あの木にコゲラを見つけたわ。コゲラは神社の林でもよく見かけるわね。コゲ
   ラは留鳥ね。

男性:先ほどまで「カシラダカ」がいましたよ。よく「ホオジロ」と間違えられるんですが、
    カシラダカは「頭高」という名前のとおり、冠羽があるのが特徴ですが、冠羽はいつ
    も逆立っているとは限らないのです。ホオジロとカシラダカを見分ける大きなポイン
    トは、お腹の色です。お腹の色が茶色なのがホオジロ、白いのがカシラダカです。そ
    して、カシラダカは冬鳥でホオジロは留鳥です。

夫 :あの遊歩道にいる鳥は歩き方から見てツグミでしょうかね。

男性:ツグミですね。あれも冬鳥です。秋に飛来してきて鳴くけど、夏には口をつぐんだよ
    うに聞こえなきなるから「ツグミ」という名になったと聞いたことがあります。

夫 :鳥の名前の由来を調べるのも楽しいかもしれませんね。

妻 :最近ではメジロを見ているけど、まだホウジロ・シメそして大好きなルリビタキを見
   ていないわ。でもこうして散歩していれば必ず会えるわよね。

今までスズメだと思っていた鳥が実はジョウビタキやホオジロだったとわかると、探鳥が楽
しくなります。そして次にウグイスのさえずりやツバメの飛来に、季節の移ろいを感じるよ
うになってきたら、鳥を通じて自然とのつながりが生まれてきます。それこそが野山の鳥を
観察する醍醐味ですね。今年の春の訪れは、鳥たちの美しいさえずりを聞きながら迎えまし
ょう。

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