ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

稲毛海岸飛行場物語

2015-10-26 08:12:30 | 日記



首都圏に住んでいる高校生時代の同級生3人が喜寿を迎えたことを契機に始めた
街歩き。魅力に富んだ歴史探訪を楽しんでいます。今回は「千葉県の稲毛海岸」
です。

ヤス: 稲毛海岸と言えば、君たちなら潮干狩りぐらいしか思い浮かばないと思うけど、
    実は日本の航空業界の発展に大きな足跡を残している場所なんだよ。
    今日は航空産業の黎明期を学べる施設と稲毛海岸、それに彩りとして「花
    の美術館」を案内するね。

あいにくの雨模様でしたが、3人はJR京葉線の稲毛海岸駅に集合して、そこからバ
スと徒歩で最初の訪問地「稲毛民間航空記念館」に到着しました。そこでは館内の
展示品を職員の方に解説していただきながら、民間航空の歴史について学びました。

ノブ: 100年前の日本には一部の人を除いて、飛行機を見た人はほとんどいなかった
    はずだよね。そんな時代に砂浜を滑走路として使った日本初の民間飛行場が
    できたのだから、近隣の人たちは驚いただろうね。

ヒデ: 現在の砂浜を見たら、ここに滑走路があったなんて想像もつかないけど、展示
    されていた復元機の「鳳(おおとり)」のような軽い機体なら、遠浅の砂浜を滑
    走路として利用することも可能だったと思えたね。

ヤス: ライト兄弟の初飛行から7年後の1910年12月(明治43年)に国内で初めて飛行
    機が飛んだというから、世界各国に比べても日本は随分と早く取り組んだよう
    だね。当時の明治政府が飛行機の将来性を確信し、国家的プロジェクトとして
    力を入れていたことが分かるな。

ノブ: 東京湾内の海岸に3kmの遠浅があったことが、まずは驚きだよ。それに、「ここ
    の砂浜は潮が引くと荷馬車が通れるほどに固くなるから滑走路として使えた」
    との説明があったね。その当時からリゾート地として有名だった場所のようだか
    ら、この砂浜の特徴は世間でよく知られていたのだと思うな。

ヤス: 日本での初飛行は現在の東京代々木公園にあった陸軍の練兵場で、使った
    飛行機はヨーロッパから輸入した外国製だった。でも、その翌年には早くも
    国産の飛行機での初飛行が成功している。そして次の年には川崎競馬場で、
    さっき展示してあった「鳳」号での有料飛行会が開催されている。
    こうした飛行機作りの急速な進歩を支えたのは当時の技術者たちの意気込
    みとか情熱とか努力なのだろうね。

ヒデ: そういった技術者の一人である「奈良原三次」が、この広大な砂浜を持つ海岸に、
    日本初の専用格納庫を備えた民間飛行場を開設したというわけだ。
    テスト飛行の時は屋台まで出る賑わいだったというのも、飛行機そのものが珍
    しかった当時としては、うなずけるよ。

ヤス: だけど、1917年に台風による高潮で大打撃を受け、飛行場は津田沼や他の地
    に移転したので、稲毛海岸飛行場の役割は終わったんだな。

ノブ: 日本の航空業界の黎明期において大きな役割を担っていた場所だということで、
    ここに「稲毛民間航空記念館」が建てられたんだね。

ヤス: 国策としての戦闘機作りの歴史は別として、今回は民間航空が稲毛海岸での
    遊覧飛行を足がかりにして、現在のような人や物を大量輸送する航空産業へ
    と発達した過程を君たちに紹介したかったのだ。

ヒデ: お蔭で、日本における有人飛行機誕生の背景が分かったよ。

ヤス: 実は今回の企画に合わせたかのように、3日前のBSテレビで日本の航空機の
    父と言われる「二宮忠八」の特集が放映されたんだ。彼は幕末の生まれで、
    小学校しか出ていないが、ライト兄弟よりも12年も前にカラスの飛ぶ姿からヒン
    トを得て、輪ゴムを動力としたカラス型プロペラ機を飛ばした。
    更にその後、甲虫である玉虫の飛び方からヒントを得て、翼の長さ9mの玉虫
    型有人飛行機を作成している。でも、これを飛ばす強力なエンジンが外国にし
    かなくて、高価なため、陸軍に何度も資金援助を上申したが、「外国でできな
    いものが日本でできるはずがない!」と拒否されたんだ。
    その間にライト兄弟の有人飛行成功のニュースが入って、彼は飛行機作りを
    断念した。彼にとっては2番手じゃあ、意味がなかったのだね。
    香川県にある「二宮忠八飛行館」には復元機があり、京都の彼の自宅敷地
    内には「飛行神社」があるよ。
    放送の中で、カラス型模型飛行機を完全復元させて飛ばしているのを見たけ
    ど、飛行機は一度下降した後に浮き上がり、その後、きれいに滑空していた。
    ちなみに、飛行器(後に機)は彼の命名なのだそうだ。

ノブ: 特別な教育を受けた研究者でもない青年が、何の文献もない中で鳥や虫から
    飛行原理を探り、たった一人で有人飛行機を作ったとは驚きだ。
    当時、彼の作った飛行機を理解できる人がいなかったのが惜しまれるな。

「稲毛民間航空記念館」を出た3人は、砂でできた大きな「ポセイドン像」などの出来栄
えに感心しながら、人工の浜である「いなげの浜」や植林された松林を歩きました。

ヒデ: 雨降りは残念だけど、波の音を聞きながら、砂を踏むのはいいものだね。

ノブ: 天気さえ良ければ、久し振りに裸足で波打ち際を歩きたかったな。

3人は思い出話に花を咲かせながら、松林内の遊歩道を抜けると、千葉中央卸売市
場内の食堂で海鮮丼を楽しみました。そして最後の訪問地である昔の「千葉市花の
美術館」、今は「三陽メディアフラワーミュージアム」に向かいました。

ヤス: 今、企画展として「秋の花絵巻 -源氏物語の世界―」をやっているよ。ここで
    も解説員の方をお願いしてあるからね。

ノブ: 植物園にはよく行くけど、源氏物語とのコラボとはどういうものか楽しみだな。

ヒデ: 見たところ、あまり広くはないから、企画展で頑張っているのだろうね。菊人形展
    みたいなのかな?私もどんな展示になっているのか期待しているよ。

企画展では解説を聞きながら、源氏物語に登場する秋の花々と源氏絵巻の掛け軸や
御車との組み合わせによる花絵巻に見入り、その後、園内を巡って自慢の花々を観賞
しました。
3人の歴史探訪・街歩きは続きます。次はどこへ行くのかな?
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チビグリ・シバグリ(柴栗)ビックリだ!

2015-10-19 07:56:40 | 日記



10月中旬、散歩しながら「秋の味覚」について話が弾んでいる夫婦。今日は田んぼ道
を通り抜けて、冬になるとたくさんの鳥たちがやって来る雑木林を巡る散歩コースです。

夫 : 僕にとって秋を代表する食べ物といえば、「秋刀魚」「栗」「松茸」だな。

妻 : 他にも「梨」「柿」「ぶどう」「新米」「サツマイモ」「銀杏」があるわよ。

夫 : いっぱい出たね。稲の刈り入れが終わった今、散歩中に最も目に付く味覚と言
    えば、「栗」と「柿」だな。

妻 : アラ、あのおじいさんは林の中で、何をしているのかしら?探し物かな?

夫 : 木の実を拾っているんじゃないか?声をかけてみるね。
     こんにちは!ドングリ拾いですか?

老人: いやいや、これですよ、柴栗。山栗とも呼ばれますがね。

妻 : 柴栗ですか?随分と実が小さいな。こんなチビグリ、初めて見ましたよ。
    珍しい栗なのでしょう?

老人: 珍しくないですよ。この辺りにはいくらでもあります。私は子供の頃、おやつと
     して茹でて食べましたね。たまたま、ここら辺に実が転がっているのを目にし
     たので、少しでも大きいのはないか・・・と探していたのです。
     この柴栗は甘くて美味しいのですよ。一度食べたら、これこそが栗の本来の
     甘さ、美味しさなのだと言うことが分かります。店頭に並んでいる普通サイズ
     の栗より絶対に旨いです。でも、こんなに小さいから皮をむくのが大変だし、
     果肉もちょっぴりしかありません。そこで昔の人は栽培種として改良を重ねな
     がら、実を徐々に大きくして、現在の栗に育てたのだと思いますよ。

夫 : ということは、このチビグリは、現在私たちが食べている栗の原種ということで
    すか?

老人: その通りです。農耕生活が始まる前はドングリなどの木の実が大切な食料
     だったようですね。栗の栽培の歴史は古くて、約5千年以上前の縄文時代の
     居住地跡である青森県の三内丸山遺跡では、当時の人々が栗の木を植林し、
     安定的な食料としていた事が分かっています。出土したものが野生種よりも
     大粒の実である事から、当時の人々はすでに相当な技術を持っていて、肥
     料を施しながら栽培していたのではないかと推測されているのですよ。

妻 : 今、私たちの周りには加工食品や養殖したものが溢れているから、こんなに身近
    な場所に野生種と言われるものが、今でも自生しているとはビックリですよ。

夫 : 野生のままで食べ続けられているのは、海藻・貝類・魚など海のものが主体で、
    陸の食材は自生の山菜やキノコを除いては、ほとんどが人の手によって品種改
    良されているだろうからね。

妻 : 海のものでも養殖が増えているわよ。牡蠣にブリにヒラメがそうでしょ。

老人: 本来は野生のものを、私たちの体は欲しているのではないかと思いますがね。
     この柴栗は野生種食材の代表格のひとつかな?でも、柴栗は先ほどの理由で、
     市場に出ることはありません。だからこうして目の前に落ちているのを見た途端
     に、立ち止まって拾いたくなったのです。

夫 : そういうことでしたか。木の実で生命をつないで来たのは人間だけではないです
    よね。熊やイノシシやリスなどの動物たちにとっても大切な食料ですから。

妻 : 今は健康食品ブームで、サプリメントに頼りがちな人が多いけど、人類がこれまで
    何を食べて生き残ってきたかを考えると、もっと自然界にある食材を見直すべきな
    のかもしれませんね。

老人: 人間は長きに渡って柴栗やその他の木の実を主食として食べてきたので、今で
     も、それらを消化し、栄養素に変換する遺伝子を体に持っているはずなのです。
     だから、こうした野生種のものを食べると、体は免疫力など本来の力が引き出さ
     れてパワーアップするのかなと思うのです。
     私はこの小さな一粒の中に生命力の源が凝縮されて入っている気がするのです
     よ。ちょっとオーバーな表現ですが。

夫 : いえいえ、ちっともオーバーじゃありませんよ。そのお考えを僕は理解できます。

老人: ところで、柿にも野生種が存在していますから、是非、探してみてくださいね。
     柿の場合は、小さくて渋いのが野生種といわれています。夫 :これぞ、柿の野
     生種というものを探してみようかな?散歩の楽しみがまたひとつ増えました。
     いろいろと教えていただいて、ありがとうございました。さようなら。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

妻 : 何度も歩いている林なのに、どうしてこれまで「柴栗」に気付かなかったのかしら。

夫 : 多分、イガグリがたくさん落ちているのを見たことはあったのだけど、それがこんな
    に小さい実だってことには気付かなかったのだよ。見過ごしちゃったのだな。
    まして、それが野生種の「柴栗」というものだったなんて、本当にビックリだね。
    あのおじいさんに出会えて良かったよ。やはり、昔のことを知っている人の話は
    聴いておくものだね。

夫婦にとって、この老人との出会いは散歩の楽しみを、一段と膨らませるものとなりまし
た。これまでは花や鳥ばかりに目が向いていたのですが、木の実にも大きな関心を持つ
ようになったのです。これからは、花の写真集に加えて、木の実の写真集が追加されそ
うです。
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曼珠沙華に染まる「高麗の郷」にて

2015-10-12 07:35:39 | 日記



木々の足元を 隙間なく真っ赤に染める曼珠沙華
秋のお彼岸の時期に咲き揃う 約500万本の大群落は壮観だ

この景色が大勢の人々を引き寄せるようになって久しい埼玉県日高市の巾着田

圧倒されるほどの赤一色の中に 白い彼岸花を見つけると
四つ葉のクローバーに出会った時のように その存在が格別なものに思える

この地は 奈良時代に高句麗からの渡来人(とらいびと)が 
縁あって住むようになったという高麗(こま)の郷(さと)

祖国は はるか昔に滅亡し 帰る場所を失うも
新天地で1300年の長きに渡り 連綿とつなぎ続けた血脈
そして 受け継いで来た文化と誇り

高麗神社の隣接地で まるで韓流ドラマから抜け出てきたような
美しい民族衣装を身にまとった女性に出会った
茅葺の高麗家住宅の前に佇む彼女が 家屋の横にあるシダレ桜の大木を見上げた時
早々と秋色に色付いた葉が一枚 やわらかな曲線を描いて 宙を舞った

奈良時代に関東一円から この地に集められた高麗人(こまびと)が 
異国の地に溶け込み 根付く道のりはけっして平坦ではなかったはず 

現在でも 地球上には 祖国を追われた人々の なんと多いことか

彼らの未来は・・・ 心が痛む

出来ることなら かつての渡来人のように いつかは根付く場所を得て欲しい

赤と白 色は違っても 同じ彼岸花  生まれた国は違っても 同じ人間
違いを指摘し合うばかりではなく 折り合いをつけながら共生する道はないものか

再び巾着田に戻った私は 楽しそうに彼岸花を愛でる人たちから 少し離れ
高麗川の岸辺で 静かに流れ行く水を じっと見つめた
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スーパームーンに魅せられて

2015-10-05 08:00:42 | 日記



「十五夜は昨日でしたが、満月は今日です。しかもスーパームーンですよ」とテレビニュ
ースでアナウンサーが言ったのを耳にした老夫婦は、昨日と同じように庭のベンチに腰
掛けて夜空を見上げました。

夫: 月は地球の周りを楕円の形で回るから、同じ満月でも今日みたいに地球に最も近
   づいた時は、一番遠くにある時に比べると約14%大きく、30%も明るく見えるそう
   だよ。

妻: 確かに、大きくて明るく見えるわ。

夫: スーパームーンの条件は二つ、月が最も地球に接近した時、そして満月であること
   だね。

妻: それを観賞するには、晴れていなくちゃね。

夫: ハッハッハ、そりゃそうだ。ところで、日本では月の表面の模様を「ウサギの餅つき」
   に例えるけど、外国ではどのように見ているのか知っているかい?
   私には「ウサギの餅つき」がどうもしっくりこないので、調べてみたんだよ。

妻: 月は地球に対していつも同じ面を向けて回っているから、世界中どこで見てもほぼ同
   じ模様に見えるはずよね。それなのに月の模様をどう捉えるかは、それぞれのお国
   柄が出るんでしょうね。

夫: 先ずは前提となる月の模様だけど、うす暗いところは「月の海」と呼ばれ、黒い色の
   玄武岩でできている。そして、その他の部分は「月の高地」と呼ばれて、斜長岩と
   いう白い岩石でできているので白っぽく見えるそうだよ。
   模様の見方は白い部分で形を見る国と、黒い部分で見る国があるんだ。これだけ
   でもお国柄が出て面白いよね。
   具体的に言うと、南ヨーロッパでは「大きなハサミを持ったカニ」、東ヨーロッパでは
   「女性の横顔」、北ヨーロッパでは「本を読むおばあさん」、アラビアでは「ライオン」、
   ドイツでは「薪をかつぐ男」、カナダインディアンは「バケツを運ぶ少女」そしてバイキ
   ングは「水桶をかつぐ男女」に見えるそうだ。

妻: なるほどね、それだけ違うんだから、月に対して抱くイメージも国によって違ってくる
   わよね。日本では「お月見」が伝統行事になっているし、私なんかは月光に照らさ
   れるとエネルギーが湧いてくるように感じるのよ。
   でも、欧米では月といえば少し不気味なイメージがあるみたい。例えば満月は人の
   心を狂わせると思うそうよ。だから満月の夜に狼男に変身する話が映画にもなって
   いるわ。マイナスのイメージが強いのかしら。

夫: 月の模様の見え方や、抱くイメージも国により様々だというのは、興味深いね。

妻: さっき、月の黒いところは「月の海」、白いところは「月の高地」と言っていたけど、黒
   と白以外に月が赤銅色に見えるときがあるけどそれは何故?
   前に聞いたかも知れないけどね。

夫: それは光の波長が関係しているんだ。光の三原則では、すべての色が集まると白
   色だよね。だから太陽からの光線が地球の大気に邪魔されずに、すべて月に当た
   っているときは、青い海がない岩石だらけの月表面はうす暗いところ、白いところが
   そのまま映し出されるけど、地球の大気の影響を受ける環境下で太陽の光が通る
   と、多くの光は散乱してしまうんだ。でも、波長が最も長い赤色は、弱められつつも
   地球の大気を通り抜けて月に到達する。これが赤銅色に見える理由だね。

妻: スーパームーンに向かって願い事をすると叶うって、ニュース番組のゲストの人が
   言っていたけど・・・どうなんでしょうね。

夫: 「お財布を振って金運アップ」と言うのを聞いたことがあるよ。スーパームーンが満月
   の中でも、より大きくて明るく見えるから、願い事が叶うと期待しているんだろうね。
   でも、逆に悪いことが起きる前兆だと言われることもあるよ。どちらも科学的な根拠
   はないけどね。

妻: 次のスーパームーンは、いつ見ることができるの?

夫: 去年は9月9日で今年が9月28日。来年は11月14日だ。今年より、もっと地球に接
   近するそうだから、圧巻のスーパームーンが堪能できるぞ。
   でも、11月じゃ、寒そうだな。

妻: 来年の11月14日が近づくと、またテレビで取り上げるだろうから、今から日にちを
   覚えようとしなくっても大丈夫よね。

夫: 来年のカレンダーも、まだ手に入っていないことだし、どこかにメモッておけば?

妻: それはダメね。どこにメモしたかを絶対に忘れるに決まってるんだから。

夫: そこのところだけは、えらく自信満々なんだね。納得はできるけど。

妻: ア~ッ!雲が湧いてきた。スーパームーンがどんどん隠れちゃう。

夫: そろそろ部屋に戻ろうよ。去年に続いて、今年もスーパームーンを見ることができて
   よかったね。

今やスーパームーンは、日食や月食そして流星群と肩を並べる天体ショーのひとつとし
て、テレビで大々的に取り上げられています。その魅力は何と言っても「月が明るくて大
きく見えること」に尽きますね。アポロ11号が着陸した「静かの海」はどの辺りかな?
なんて、普段では考えもしないことを思いながらスーパームーンを観賞した私でした。
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