ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

お休み処・文九堂

2017-08-14 07:19:01 | 日記


山腹にあるお宮への山道を、若い夫婦が慣れた足取りで登って行きます。そしてお宮が見え
る最後の曲がり道を回った時、目の前に古民家が現れました。

夫 : おかしいな。この場所にはお宮があるはずなのに小さな民家が建っている。ここには
    家なんか無かったはずだ。お宮はどこかに移ったのかな。

妻 : 確かに、無かったわ。ねえ、あの暖簾を見て!お休み処・文九堂だって。私の文とあ
    なたの九蔵の名前を合わせたような名前だわ。
    どんな処なのかしら。覗いてみましょうよ。

夫 : 玄関のところに「思い出のお部屋へようこそ!」と書いてある旗がある。益々気にな
    るね。

妻 : 私たちは娘を亡くしているわ。時間がかかったけど、やっと心の整理がついて、娘を
    授けてくれたお宮さんに「これまでナナと過ごした日々を授けていただいてありがと
    うございました」とお礼にきたのに、ここで「思い出のお部屋にようこそ!」と言わ
    れても入りにくいわね。

二人は文九堂の前で、覗いてみようか?やめようか?と悩んでいると。玄関がスーと開いてこ
の家の主人らしき人が出てきました。

主人: いらっしゃい、文ちゃんそして久蔵さん、お待ちしていましたよ。さあ、お入りない。

夫 : あれ、どうして私たちの名前を知っているのですか?私はご主人のことを知りませんよ。

主人: 簡単なことですよ。この文九堂は文ちゃんと九蔵さんという名前の方しか、見ることも
    利用することもできないお休み処だからですよ。

妻 : そんな話なんか信じられないわ。それって、ご主人のご冗談なのでしょう。

主人: ここに書いてあるでしょう。「思い出のお部屋にようこそ!」って。悪い冗談や騙しは
    ありません。安心して中にお入りなさい。

二人は導かれるままに開かれた玄関先にある暖簾をくぐって中に入りました。そして土間で履物
を脱ぎ、通された部屋に入ってビックリ仰天。声が出ません。主人は唖然として声が出せない
二人に向かって、後ほど孫娘がお茶を持ってくると言い残して出て行きました。

夫 : ここはナナの部屋じゃないか。私たちは自分たちの家に戻ってしまったのだろうか?

妻 : ベッドも机もカーテンも何もかも同じだわ。どうなっているのかしら?

その時、障子の向こうで小さな咳払いが聞こえたあとスーと障子が開きました。

ナナ: いらっしゃいませ。パパ、ママ、私がお茶を持ってきたわよ。さあ、どうぞ。

妻 : あら、ナナちゃん、今日は顔色がいいのね。それにしても私たちにお茶を入れてくれると
    は嬉しいわ。学校でいいことでもあったのかな?

夫 : ナナがママやパパにお茶を入れてくれるなんて、何かおねだりがある時だと考えたけど、
    当たっているのかな。

ナナ: 何もないよ。で~も!今日、転校生が私の隣の席に来たの。進くんって言うの。すごく
    かっこいいの。私どうしたらいいのかしら。よろしくと言われたけど、私うつむいて声
    が出せなかった。明日、教室で会ったら何と言えばいいのかな。こちらから声をかけて
    もいいのかな?進くんから声がかかって来るのを待った方がいいのかな。
    私、どうしよう。

夫 : フフフ、さあどうしたものかな。女同士のママに聞いてごらん。

妻 : パパ、ずるいわ。私に押し付けないでよ。私にだってわからないわよ。

ナナ: 困ったな。なんだか私、夜寝られなくなりそうだわ。お茶を片付けてくるね。

ナナが出て行ったあと部屋を見渡すと、そこは古民家の一室でした。ナナの部屋は消えていたの
です。そして、部屋の障子が再び開き主人が入ってきました。

主人: どうだったかね。この「思い出の部屋」わ。二人がナナのためにお参りに来てくれたお礼
    じゃよ。

妻 : それじゃ、今のナナは本物ではなかったのですか。でもあの話は本当にあったことだった
    んですよ。

夫 : 私は何が何だかわからなくなった。

主人: ナナは亡くなってはいません。かぐや姫のように帰って行ったんです。きっとまたいつの
    日にか戻ってきます。

そう言うと主人も、文九堂もふ~っと目の前から消えていきました。二人が我に返ったとき、なぜ
か目指していたお宮さんの前で手を合わせていました。

妻 : あら、なぜお宮さんの前にいるの?文九堂はどこに消えたのかしら?

夫 : きっと、お宮さんが私たちに楽しかった時の事を思い出させてくれたんだよ。

妻 : あのご主人、私を二度も文ちゃんと呼んでいたわ。あの顔は子供の頃に亡くなった父に似て
    いたように思うな。

夫 : きっとお父さんだよ。間違いない。

妻 : 私、ここでお願いしてナナを授かったでしょう。今回もナナの時のように、新しい命と巡り
    会えるような気がするわ。

夫 : そうなるといいね。でもお宮さんにはナナのこと、しっかりとお礼を言おうね。

妻 : はい。それは大切なこと。そのためにここへ来たんですものね。


若い二人に「幸多かれ」と祈る。
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 郡上八幡・岸劔神社川祭りの大神楽に魅了される

2017-08-07 07:17:33 | 日記


岐阜県郡上八幡と言えば400年以上の歴史がある夏の郡上盆踊りで全国に知られていますが、
実は桜の枝にまだ花が残る4月の末にも城下町にゆったりとした笛や太鼓の音に導かれた大
神楽の一団が街中を練り歩く神事があります。町の中心を流れる吉田川を境に北側は「岸劔
神社」、南側は「日吉神社」、そして東側に「八幡神社」。これら3つの神社から出される
大神楽です。岐阜県重要無形民俗文化財に指定されており、春の例祭と呼ばれています。

郡上踊りが大好きな老夫婦は今年も踊りに参加するために、夜8時の開始時間に合わせて郡
上八幡へやってきました。今日の会場は郡上八幡城がある山の中腹、「山内一豊と妻の像」が
設置されている城山公園です。山の下の駐車場から会場に向かって上り始めました。

夫: この場所から岸劔神社への参道である階段道と、お城に向かう傾斜の急な車道歩きの道
   に分岐している。今は踊り下駄を履いているから階段を使おう。滑らないから楽だよ。

妻: 了解。でもこの階段は本当に踊り会場に繋がっているんでしょうね。

夫: 広いエリアではないから登ってみれば踊り会場の明かりが見えるだろうし、郡上踊りの
   歌声が聞こえてくるよ。さぁ、階段上りを頑張ろう。

二人が長い階段を上り終わると目の前は深い森に包まれた闇夜。そこには郡上踊りの歌声も聞
こえず踊り手も見えません。しかし二人がゆっくりと目を左に転じた先には、ほのかな明かり
が見えました。暗闇の中の明かりはまるで大きなキツネのかがり火のように静かにポッと浮き
上がっていました。暫くするとそこからお囃子の賑やかな音楽が聞こえてきました。

夫: どうやらあの明かりの場所が岸劔神社で、この音楽から察するに本殿前でお神楽が始まっ
   たようだ。春の例祭でお神楽が街中を練り歩くのは知っていたけど、郡上踊りの日と合
   わせた夏の日の、それも夜中にこんな神事があることは全く知らなかったよ。

妻: 私は階段を上れば郡上踊りの会場が見える場所に出るとばかり思っていたから、一瞬真っ
   暗闇の中に放り出された感じで不安になったし、明かりが見えて安心したらその明かり
   が闇夜の中でふわっと浮いて見えたの。全く想像していなかった光景を目の前にして頭
   が混乱してしまったわ。別次元の世界に飛び込んだんじゃないかと恐れたわよ。

夫: 実は私も同じ思いだったよ。まさかお神楽神事に出会うとは思っていなかったから、 こ
   の光景を理解して納得するまでに時間がかかったんだ。でもお神楽の笛、太鼓そしてお
   囃子の声が聞こえるようになり、目も暗闇に慣れてきてやっと冷静になれたよ。
   階段を上った時に何の音もせずに森閑としていたのは、お神楽が始まる前の宮司さんの
   挨拶の時間帯だったのかもしれないね。でもこんな機会にはめったに出会うことがないか
   ら、踊りは後回しにして岸劔神社のお神楽を終わりまでしっかりと見届けよう。

妻: 当然よ!私はカメラにしっかり収めるわ。ここで自由行動。邪魔をしないでね。

お神楽とは神代の昔、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天磐屋(あめのいわや)にこもっ
た時、塞いでいる大岩を何とか開けてもらおうと天磐屋の前で賑やかに歌い踊ったのが起源と
言われています。ですからどの地方のお神楽も笛や太鼓にひょうきんな踊りそして獅子舞が賑や
かに行われます。この岸劔神社も同じでした。面白可笑しく踊るオカメとひょっとこ、そして太
鼓を打ち鳴らしながら踊る子供たち、大きな声で合いの手を入れる子供たち、10人はいたと思
う笛の音、それに大きな獅子舞が舞います。そしてお神楽全体を上から明るく照らす、長い竿の
先に取り付けられた提灯が何本も揺らいでいました。
お神楽の原型はここにありといった舞と楽曲の競演、そしてそこから醸し出される情緒感に二人
はすっかり魅了されたようです。

夫: こうして地元の人の手による、地元のためのお神楽を見ることができるのは大変貴重な体
   験だな。境内に茅の輪くぐりが設置されていたけど、そこから本堂までの間がお神楽の
   舞台だな。茅の輪の前にある胴体の大きな獅子舞は頭しか動かないね。固定なのかな?
   あれ、前に進んだ、直ぐに戻った。なるほど頭だけは上下左右の首振りだけでなく前後
   にも少し動けるんだ。でも大きな胴体は固定で動かない。なんだかアコーディオンのよ
   うな動きで変わった獅子舞だな。

妻: 子供たちの演舞が素晴らしいわよ。それにオカメ、ひょっとこの踊りも笑えるわ。あのオ
   カメさん女の人かしら?(実は男性でした)

夫: 一人1本持っている長い竿の先にある提灯がお神楽の情緒を盛り上げているね。

妻: 曲調が変わるから何曲かあるのね。笛、太鼓、お囃子も最大級の音を出しているからとて
   も賑やか。でもこんな深い森の中の闇夜にスポット的に明るくて、賑やかな場所が出現し
   ているなんて何だか幻想的な気分になるわね。

夫: 大分ここの雰囲気に慣れてきたようだね。今回は全くの偶然だったけどこんな神事に立ち
   会うことができてよかったね。車道の道を歩いて郡上踊り会場に直接着いていたら、こ
   の神社のこともお神楽のことも、この暗闇では全く気付かなかったと思う。
   ちょっとネットで調べたんだ。先ず、この祭りの名前だけど岸劔神社川祭りという。そし
   てお神楽ではなくて、ここでは大神楽と言う。あのひょっとこには市兵衛という名がある。
   私は一般にお神楽は春の神事だと思っていたけど、夏の夜中にやる神社もあるんだね。

妻: こんな城山の中腹にある神社なのに何故川祭りなの?

夫: 岸劔神社は最初吉田川の川べりにあったんだ。その場所が懐かしくてこの地に移っても当
   時の川祭りを続けているそうだ。本来は川の近くでやりたいんだろうね。

妻: あら!あそこに天狗さんがいるわ。大神楽を先導する猿田彦の神様ね。ということはこのお
   神楽の一行はどこかの街中を巡ってきたのかしら。そうならもっと早く来れば全部が見ら
   れたのにね。残念だわ。

夫: こんな山奥でも外国人が来ている。きっと郡上踊りから流れてきたのだろうな。

岸劔神社川祭りの境内でのお神楽神事は1時間ほどで終了しました。大神楽に集まったのは見物客
を含めて100~200人ほどだったと思います。大神楽は檀家総代による万歳三唱でお開きとなりま
した。二人は最後まで見届けると、神社の裏手に隣接する城山公園に向かいました。そこでは郡上
踊りの伴奏屋台を中心に大きな踊りの輪ができており、大勢の人が郡上踊りを楽しんでいました。
二人は現実の世界に戻ったような安ど感に浸りながら、10時半まで続けられる踊りの輪に溶け込ん
でいきました。

二人は郡上八幡についてはかなり詳しいと自負していましたが、まだ知らない郡上八幡の魅力が眠
っていたことを発見したようです。
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