ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

六人の僧と鬼ばんば

2016-12-26 08:24:20 | 日記


むかし、布教と修行のため、托鉢をしながら全国を行脚している六人のお坊さんがいました。
ある山里の村を通りかかると、村の男たちが広場で腕や足の治療を受けています。

一の僧: 多くの方が怪我をされているようですが、どうなさったのですか?
村長 : 鬼ばんばのせいなんですよ。峠の道に鬼ばんばが出没し、通行人を見つけると石を
     投げつけるのです。その石に当たって怪我人が絶えません。この先を行かれる際に
     は峠の道ではなく、川沿いの道をお使いください。足元が悪く、遠回りになりますが。
二の僧: 鬼ばんばとは何者なのですか?
村長 : 詳しい素性は分からないのですが、鬼のような顔をした老婆です。ある日突然、峠
     の道の真ん中に大きなヒノキが生えたのです。ワシらは往来の邪魔になるので、そ
     の木を切り倒そうとしたら、上から石が降ってきたのです。見上げると鬼のような
     形相をした老婆が石を投げつけているのです。ワシらは鬼ばんばと呼んでいます。
三の僧: みなさんの怪我の様子を見ていると、頭に当たった人はいないようですね。
村長 : その通りなんですよ。不思議で仕方がありません。
四の僧: どうやら鬼ばんばには深い事情がありそうだ。一度、会ってみるべきだな。
五の僧: 村長さん、ことによっては、村人のお力を借りるかもしれません。
六の僧: 急に大きな木が生えるなんて、ありえない。これは、もしや・・・

六人の僧は村長から鬼ばんばが出るという大きなヒノキ木がある場所を聞くと、峠に向かって
登り始めました。峠の頂上付近に着くと、確かに道の真ん中に大きなヒノキが生えています。
さらに近くに寄ろうとすると枝が揺れ、まさに鬼のような怖い顔をした老婆が枝の上に姿を現
しました。

鬼ばんば: おい、そこの坊主ども、何をしに来たんじゃ。まさか、この木を切りにきたので
      はあるまいな。
一の僧: ご覧の通り、木を切る道具など持ってはおらぬ。心配は要らぬぞ。
二の僧: この峠道を使っている村人たちが、突然出来たこの大きなヒノキで道をふさがれて困
     っている。しかも、石を投げつけるそうではないか。ところが、頭には当てないよ
     うに気を付けていると見受けた。何か事情があるなら、話して欲しいのだが。
鬼ばんば: 話を聞いてくれるのか。ならば、すぐに降りるから、そこで待っていてくれ。

大きな木の枝から降りてきたのは、なんと、思いもかけないほど美しい若い娘でした。

鬼ばんば: この木の中には私の「いいなづけ」が閉じ込められているのです。木を切り倒され
      ると彼も死んでしまいます。若い娘の姿では人間たちは誰も私を恐れず、この木
      を守り通すことができないと考えて、鬼のような老婆の姿をして、この木を守っ
      ていたのです。
三の僧: どんな事情で、あなたの「いいなずけ」は木の中に閉じ込められたのですか?
鬼ばんば: 彼は天上界の暴れ者で、樹木刑という罰を与えられて、地上界に降ろされたのです。
      この樹木刑から彼を救い出すには地上界の人間の協力が必要であり、間もなく協力
      してくれる人間が現れるから、それまで、この木を切られずに守り通せたら彼を許
      してやろうと言われました。ですから、私も地上界に降り、この木を守っていたの
      です。どうか、みなさんのお力で彼を助ってください。お願いします。
四の僧: そういうことでしたか。あなたは優しい娘さんだ。
鬼ばんば: 私は人間たちに恨みなどありません。でも、あなたたちがここに来るまでは、なんと
      してもこの木を守らねばならなかったため、仕方なく石を投げていたのです。

六人の僧は円陣を組んで話し合ったあとで、大きな木の周りを歩き始めました。そして木の根が
あたかも封印したかのように、がんじがらめに絡まっている箇所を見つけたのです。

五の僧: かなり頑丈な根だが、これを切れば解決しそうだ。村人の助けを借りよう。
六の僧: ワシらは呪縛の力を弱めるように、ここで祈らねばならぬな。
一の僧: 鬼ばんば、いや娘さん。我々を信じてください。

麓の村に戻った二の僧と三の僧が斧やナタを持った村人たちをたくさん連れてきました。

村長: 鬼ばんばの正体が、こんなに美しい娘さんだったとは。話を聞けば、なんと健気な。知ら
    ぬこととはいえ、この木を切り倒そうとしたのだから、石を投げられたのも当然だ。
鬼ばんば: みなさまに怪我をさせて申し訳ありませんでした。彼が助け出されたら、もう二度と
      現われることはありません。お許し下さいませ。

六人の僧は村人に根を切る方法を伝えました。天上界の縛りを解くには呪文が必要なため、村人
が作業をする間、六人の僧全員が途切れることなく呪文を唱え続けました。そして、時間はかか
りましたが、頑丈に絡まっていた木の根がようやく村人により切断されました。

四の僧: みんな、木から離れて!そして後ろを向いて手で目を覆い、地面に顔をつけてください。
     決して見てはいけない。見ると彼の代わりに刑を受けることになる。

しばらくするとバリバリと木が引き裂かれる大音響がしました。引き裂かれた木は徐々に消えて
いきます。すると、逞しそうな若者が一人、木があった場所に現れました。

五の僧: 村人たちはまだ目を開けないでいてくださいよ。娘さん、終わりました。
鬼ばんば: お助け下さいまして、ありがとうございました。二人で天上界へ戻ります。

二人は六人の僧に深々と頭を下げると峠の向こうに消えていきました。

六の僧: 目を開けてください。ヒノキは消えました。みなさんの協力に感謝しますぞ。

ようやく目を開けることができた村人たちはびっくり仰天。大きなヒノキは影も形もありません。
目の前にあるのは、いつもの峠の道です。突然、峠に現れたヒノキの大木と鬼ばんばの話は、
その後、長い間、村人たちの語り草となっていったそうです。
村人たちは、鬼ばんばの正体を突き止め、問題を解決してくれた六人の僧へのお礼として、峠に
六地蔵を祀り、峠の名前を地蔵峠と名付けましたとさ。


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東新宿界隈の文学散歩

2016-12-12 08:33:17 | 日記


首都圏に住んでいる高校の同級生3人が喜寿を迎えたことを契機に始めた街歩き。歴史探訪や文学
散歩などでテーマを設けて楽しんでいます。今回はギリシャ生まれで日本に帰化した作家ラフカ
ディオ・ハーン(小泉八雲)の足跡を巡ろうと地下鉄・四ツ谷三丁目駅に集合しました。

ノブ: 僕は島根県生まれでラフカディオ・ハーン居住跡の近くが生家なんだ。だからハーンには
    特別な思い入れがある。今日は彼が東京へ出てきてからの足跡を巡るけど、案内の途中に
    はハーン以外の文豪たちの足跡もあるので随時紹介しよう。そして他にも紹介したい場所
    もあるので立ち寄るよ。案内は道順に沿って紹介していくから、ハーンの名前が途切れ途
    切れに出てくることになるけどそれは許してくれ。ウォーキングが終わったら忘年会をし
    よう。いい食事処を見つけたよ。
ヒデ: 文豪といわれている人たちは、全国各地もだけど都内だけでもかなり転居している例が多い
    から、彼らの足跡を巡るだけでもテーマの尽きないウォーキングになるね。
ヤス: 東新宿という狭い場所の中に文豪の足跡以外に紹介したい所があるのかい?どんなところか
    な。それも楽しみだ。

3人は四ツ谷三丁目駅を出ると、新宿方面に向かって歩き始めました。

ノブ: 四谷大通りから入ったこの坂の脇に三島由紀夫の生家があった。今は何の痕跡もないけど、
    今、立っているこの坂は「仮面の告白」に登場する文学史上重要な坂だ。
    ここは成女学園だ。実はこの中庭に小泉八雲旧居跡があるんだ。学園内は入れないから、
    通りに面した場所に解説板と石碑があるので見てほしい。この場所はハーンが明治29年
    に東京帝国大学の文学部講師として招かれ、東京で初めて居を構えた所だ。
    ちょっと来て、ここが自証院だ。ハーンはここの緑深い境内をよく散歩していたけど、
    開発で自然が失われていくのに心を痛めて、5年ほどで西大久保に転居している。でも
    彼の葬儀はここで行なわれたんだ。ハーンの墓は雑司ヶ谷霊園にある。
ヒデ: ハーンの居住跡は英語教師として最初に赴任した島根県松江市、そして次に赴任した熊本
    市にも旧宅が残されている。
ヤス: ハーンは怪談の耳なし芳一・雪女・ろくろ首などで知られるけど、実は失われつつあった
    古き良き時代の日本の風俗を世界に紹介した功績が大きい人なんだよね。こうして各地
    に彼の足跡が残されているのは、その業績が偉大だったという証明だな。
ノブ: 次はハーンから離れるよ。ここは今、東京都立総合芸術学校だけど、実は東京監獄・市ヶ
    谷刑務所の跡地だ。ここにいた女性死刑囚の高橋お伝は「毒婦」として舞台や映画で取
    り上げられている。
    次が永井荷風旧居跡だ。今は見たとおり、プレート表示しかないけど、フランスから帰
    国した荷風は築地に移るまでの10年間をここで過ごしている。説明板には「歓楽」「す
    みだ川」「冷笑」などの秀作を手がけたとある。彼は胃が悪く中庭に「断腸亭」と呼ぶ
    離れを作って、自宅界隈の様子を書き残している。
ヒデ: 荷風の父は彼を経済人にしたかったけど、彼は文学の道に進んじゃったんだよね。
ノブ: ここが坪内逍遥旧居跡だ。ここもプレート表示のみだ。彼はここに住んだ30年間の間に、
    早稲田文学を発行し、シェクスピア作品の研究・翻訳を行なっている。又、後期にはこ
    の地に文芸協会演劇研究所を設けて多くの人材を育てた。
ヤス: 今は何もないけど、この場所は日本近代文学及び演劇史上重要な場所なんだね。
ヒデ: 三島由紀夫・小泉八雲・永井荷風・坪内逍遥らがこの区域に住んでいたんだね。
ノブ: 文豪たちを離れてちょっと寄り道をする。ここが厳島神社だ。境内の参道が南北に通り
    抜けできるので「抜(ぬけ)弁天」とも言われている。この場所には江戸時代の生類
    憐れみの令により、野犬のために2万5千坪の犬小屋が設置されていたんだ。
    そしてここが西向天神社だ。ここは永井荷風が「日和下駄」で夕日が美しいところと
    書いている。もう一つ、ここには大田道灌の「山吹の里伝説」がある。道灌が娘に蓑
    を貸して欲しいと頼むと、山吹の花を差し出し、貧しくて蓑は貸せないと、蓑(実の)
    はないことを山吹の花で伝えた紅皿の石碑と墓があるから見ていこう。
ヒデ: ここに藤圭子の「新宿の女」の歌碑がある。何か関係があるのかい。
ノブ: 作詞作曲者の石坂まさをさんの作詞活動30周年を記念したものだそうだ。
    次は島崎藤村旧居跡だ。ここにはプレート板と石碑がある。彼の居住跡は麻布など他
    にもあるけど、この地で長編社会小説「破戒」を完成し詩人から小説家に転向したと
    言われている。
ヤス: 一方で、転居そうそう三女を亡くし、続いて次女、長女も病死するなど、辛い日々を送
    った場所でもあったんだよね。
ノブ: 詳しいね。それでは今日の最後はハーンで締めるぞ。この大久保小学校の前にあるのが
    小泉八雲終焉の地の碑だ。これは生誕百年を記念して昭和25年に有志によって建立さ
    れた。
    それでは最後の地「小泉八雲記念公園」に向かう。どうだい。白い柱、白い壁を持つ
    ギリシャ風の公園だろう。奥にハーンの胸像がある。平成元年に新宿区とハーン生誕
    の地ギリシャ・レフカダ町が友好都市となったことを記念して作られた。ハーンの銅
    像の右には白い壁があり、ハーンが幼少の頃に過ごしたアイルランドの育った家に掲
    げてあるプレートと同じものが寄贈されている。レフカダ市内の路地「小泉八雲通り」
    には今も生家が残っているそうだよ。
ヒデ: ハーンは片目がほとんど見えず、晩年はもう片方もあまり見えなくなった。それでも、
    日本を愛し、家族を作り、学生に慕われて、偉大な仕事を成し遂げている。
ヤス: 日本の住宅街の中にさりげなく、古代ギリシャの息吹とハーンの足跡に触れられるこの
    記念公園はみんなにもっと知ってもらいたいね。

文学散歩を終えた3人は美容家の草分け、山野愛子が半生を過ごした邸宅(がんこ新宿店)で
忘年会です。きっと、来年の企画や担当を話し合っているのでしょうね。本日のウォーキング
は約8,000歩でした。


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