ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

世田谷歴史散歩

2016-04-25 08:17:07 | 日記


首都圏に住んでいる高校の同級生3人が喜寿を迎えたことを契機に始めた街歩き。歴史探訪や文学
散歩を楽しんでいます。今回は「世田谷歴史散歩」。小田急小田原線豪徳寺駅に集まった3人は今
年の浅草寺初詣以来の再会です。世田谷はノブさんの地元。

ノブ: 案内ルートを決めるために改めて世田谷の歴史を調べたよ。今日は戦国時代から幕末にか
    けての出来事に関連する場所を歩きたいと思う。

ヒデ: 世田谷と言われてもサザエさんの「長谷川美術館」しか思いつかないな。

ヤス: 僕は「ボロ市」。世田谷を歴史の街として見たことがないよ。

ノブ: 今の世田谷は住宅街のイメージが強いから歴史上の出来事と結びつかないのかも知れない
    ね。世田谷にもこんな歴史遺産があるのだということを知って欲しいな。

3人は、まず豪徳寺にやってきました。ここは世田谷では有名な観光スポットで、境内は桜の名所
としても知られています。

ノブ: 南北朝時代からの名家で世田谷城主であった吉良政忠が豪徳寺を創建したと伝えられて、こ
    こには井伊家の墓所があり、寺と共に国の史跡に指定されているんだ。
    面白いのは「招き猫」だよ。彦根藩2代城主・井伊直孝がこの寺に住む猫の手招きによって
    落雷を免れたという言い伝えがあり、招き猫発祥の地とも言われているんだ。

ヒデ: 安政の大獄で有名な幕末の大老・井伊直弼の墓所がここにあるとは知らなかった。

ヤス: オッ!こりゃ~すごい。大変な数の招き猫が奉納されているぞ。壮観だ。

ノブ: ここで招き猫を購入して帰り、願いが叶ったあかつきには、その招き猫を奉納するそうだ。
    これだけの招き猫があるということは、この数分の願いが叶ったってことだね。

境内の古木に咲き残っていた桜の花を見上げながら豪徳寺を後にした3人は、世田谷城址公園、さら
に勝国寺へと足を運びました。

ノブ:ここは世田谷唯一の「歴史公園」なんだ。世田谷城は戦国時代に小田原北条家の出城になっ
    ていた。僕たちが2年前に歩いた映画「のぼうの城」で有名な忍城(埼玉県北部の行田市)
    も北条家の出城だったね。映画では石田三成の水攻めに耐えたことが題材だったね。
    この世田谷城も秀吉の小田原征伐で敗れて廃城になった。小田原北条家は今の埼玉県あた
    りまで勢力があったから、秀吉も自身の力がつくまでは北条家との戦いは控えたらしい。
    だから、小田原城攻めは天下統一の最後の戦いになったんだ。

ヒデ: 南北朝時代からの名家・吉良家の城が北条家の出城になったいきさつはどうなの?

ノブ: 吉良氏は八代・二百数十年間、ここを居城としていたけど、北条家と姻戚関係を結んだこ
    とで北条家の出城になったんだ。その結果、北条家と運命を共にして、廃城の憂き目に
    あってしまったということだね。

ヤス: 勝国寺も立派だね。ここはどういうお寺なの?

ノブ:「勝国寺」は世田谷城の裏鬼門として創建されたそうだ。

3人は「松蔭神社」に向かいました。山口県の萩まで行かなくても、ここに吉田松陰を祀る松蔭
神社があるのですね。明治15年に松陰の旧藩士門弟らが中心になって創建しました。境内には松
下村塾も再現されていますが、今回は改修中のため見学できませんでした。

ヒデ: 日本橋で歴史散歩をしたときに江戸伝馬町処刑場跡で松蔭終焉の碑を見たよね。

ノブ: 明治になって高杉晋作らの尽力により、遺骨がここへ移されて埋葬されたんだ。

ヤス: 井伊直弼と吉田松陰がこんなに近くで眠っているとは。これってすごくないか?

3人は電車で数駅の次の目的地、東京都指定史跡「代官屋敷跡と郷土資料館」へ向かいました。3人
が電車に乗り込むと目の前の座席に座っていた先客3人が黙って立ち上がり、席を譲ってくれまし
た。若さを自認していても、見た目はそれなりの年代なのです。
代官屋敷では、まず樹齢180年の大きな玉樟(たぶのき)が迎えてくれました。郷土資料館の展示
内容は多岐に渡り博物館並ですよ。ぜひ皆さんも立ち寄ってください。

ヤス: この屋敷の前の通りが「ボロ市」の会場だね。代官屋敷には来たことがあるよ。

ノブ: 郷土資料館の展示物で注目したいのは木製の水道管なんだよ。家康の時代の関東は湿地帯が
    多く、どこを掘っても塩水だった。家康は利根川などの大河の流れを変えて、関東平野を
    乾燥させ、そしてこの水道管を市中に張り巡らせて飲料水を確保したんだ。飲料水が不自
    由なく手に入ったことで江戸に人が集まったのだね。

ヒデ: 聞いた事があるよ。時代劇で長屋のおかみさんたちが井戸を囲んで野菜を洗ったり、洗濯
    をしているけど、あれは井戸水を汲み上げているんじゃないんだ。実は長屋の中央に走っ
    ているこの木製の水道管から水を汲み上げていたんだってね。

ノブ: 東京の水道水の配給システムは家康の時代に作られ、今もまったく変っていないのさ。

代官屋敷を出ると、桜小学校の「オオアカガシ」の古木をみて、「勝光院」へ向かいました。勝光
院は世田谷城主吉良家の菩提寺。境内にある風格のある庭木と美しい竹林が竹垣とあいまって品の
よい雰囲気をかもし出しています。
最後の訪問地は「世田谷八幡宮」。この辺りの氏神様です。奥州を平定した源義家公が戦勝のお礼
に創建されたと伝えられています。ここは奉納相撲でも知られており、現在も秋季大祭には学生や
若者の奉納相撲が行われています。今回は約9千歩のウォーキングでした。

ノブ: 今回はここまでだ。過去に歩いた忍城と今回の世田谷城という点と点が結ばれて線になった
    ことにより、北条家の勢力範囲についての知識が深まったね。

ヒデ: 井伊直弼と松蔭先生がこんなに近くに眠っているとはね。何だか因縁というものを感じた
    よ。あの二人が現代に生きていたら、この国をどのような形に導きたいと考えるんだろう
    ね。そしてどんな行動を起こそうとするんだろう?

ヤス: 僕は豪徳寺で招き猫を買ってきた。何の願いをかけようかな?

ノブ: この俗世に、まだ願い事があるのか?欲張りなヤツだ。



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個性豊かなカタクリの花

2016-04-18 08:03:54 | 日記


筑波山の山頂付近では4月20日までカタクリまつりが開催されている。約3万株のカタクリが咲く
御幸ヶ原にはケーブルカーやロープウェイで気楽に行けるため、例年、多くの観光客が訪れる。
だが、筑波山でカタクリの花を見る事ができるのはここだけではない。特に裏筑波と呼ばれる
キャンプ場周辺と、そこから頂上へ向かう登山道には自生のカタクリが足元に群生しており、登
山者たちを楽しませてくれる。今年もカタクリの群生を見たいと思い立った老夫婦は、昼過ぎに
なっているにもかかわらず、急遽、自宅を出発した。

夫: キャンプ場に行く前に、女の川沿いの登山道に立ち寄ろうよ。僕は沢の周辺に咲くカタク
   リを見るのが好きなんだ。

妻: 適度な傾斜があるから撮影しやすいし、苔むした岩とカタクリの組み合わせもあるから、
   私もあそこはお気に入りよ。木立の間から春の陽射しが地面に降り注ぎ、この時期だけの
   やわらかい暖かさを感じられるのが最高ね。

車を狭い駐車スペースに止めた二人は女の川沿いの登山道に入り、足元にたくさん生えているカ
タクリを踏まないように注意しながら、撮影を始めた。

登山者: こんにちは!あの~、お尋ねしますが、先ほどからカタクリを指差しながら、何かブ
     ツブツ言っていましたよね。そこに何かあるのですか?

夫: 花びらの数を数えていたのですよ。通常のカタクリは六枚ですが、まれに数の少ないもの
   や多いものがあるのです。以前、ここで五枚とか、七枚などの花びらを持つカタクリを見
   つけました。カタクリも一つひとつジックリ眺めると、結構、個性的なんですよ。

登山者: なるほどね。それで指で花びらを数えていたのですね。でも、どうして花びらの数が
     違うものがあるのかな~?

夫: 理由は分かりませんが、どんな世界にも異端児が存在するようですね。カタクリも99%は
   六枚の花びらだと思いますから、個性派を見つけるのは簡単ではありませんが、見つけた
   ら何だかとても嬉しくてね。私はカタクリの花を見ると、ついつい花びらの数を数えてし
   まうのです。私もへそ曲がりな異端児かも知れません。

登山者: カタクリは好きですけど、花びらの数には関心がなかったな。これから登る山頂への
     登山道にもカタクリはあるから、休憩する時には足元にあるカタクリの花びらの数を
     数えてみよう。楽しみが増えました。教えてくれてありがとうございます。

夫: どういたしまして。気をつけて、登って下さいね。

二人はひとしきり撮影をした後、目的地であるキャンプ場の駐車場へ向かった。ここにはバンガ
ローの周辺を中心にカタクリが群生しており、真壁市街地を見下ろす展望広場もある。

夫: このキャンプ場から登山道を歩き、山頂に行きたいところだけど、今日は時間もあまりない
   ことだし、この周辺での撮影は早めに切り上げて、例のエンレイソウが群生するスポット
   に移動しようよ。

妻: もう少し登山道を歩きたいところだけど、今日は諦めるわ。

夫: それにしても、今日は重い一眼レフとコンパクトデジカメを首からぶら下げて、張り切って
   いるじゃないか。帰ってから「首と肩を揉んで!」なんて言いそうだな。

妻: 大丈夫。カメラを持った途端に、私の体はサイボーグに変身するの。

二人は太陽が西に傾き始めるのを気にしながら、エンレイソウが群生するエリアにやってきまし
た。ここにもカタクリがたくさん咲いています。

妻: ねえ、このカタクリは花弁が多いんじゃないかな?イチ、ニ~、サン・・・八枚よ。

夫: 見つけたか?ドレドレ、やっぱり八枚だ。いや待て。落ち着いて、もう一度、前から後ろか
   ら数え直そう。イチ、ニ~・・・・・オイ、オイ、これは九枚だよ。

妻: 七枚と八枚は見つけた事があるけど、九枚は最多記録じゃないの?

夫: 九枚であることをちゃんと証明できるような写真を撮っておいてくれよ。ただし、周りのカ
   タクリや他の花を踏みつけないようにね。僕は体が大きいから踏みつけそうなんだ。

妻: 了解。でもカタクリがいっぱいで体を置けるスペースが狭いの。しっかりと体を支えていて
   ね。かなり難しい姿勢の撮影になるわ。ピンボケ写真も多くなりそう。

夫: 九枚もあると花びらが立体的に交差しているから、かなり難しいだろうな。どうだい、ブレ
   ずに写せそうかい?

妻: ア~ァ、苦しい。こんな姿勢で上手く写すのは難しいわよ。でも、とにかく頑張って、いろ
   いろな角度から写しておくわ。

夫: 今、ここには僕たちだけしかいないからいいけど、他の人が僕たちの様子を見たら笑っちゃ
   うだろうな。どれどれ、見せて。これはいいかも知れないぞ。九枚に見えるよ。帰ってパソ
   コンで拡大して確認するのが楽しみだ。

妻: ねえ、ここにも、もう一つあるんじゃない?

夫: 本当だ。数えてみる。これは八枚だ。すごいぞ。あるところにはあるものだね。これも証拠
   写真を頼むよ。こちらは写しやすい場所にあってよかったね。

帰宅後、インターネットで花びらの枚数について調べたところ、13枚の花びらを持つカタクリの記
録を見つけた。そして驚くことに「八重咲き」もあるそうで、外側から8枚、5枚、4枚という記録
も。できれば、実物にお目にかかりたいものだ。
尚、カタクリの種子に付着しているエライオソームという成分は蟻の大好物なので、蟻が種子を遠
くの巣まで運ぶらしい。カタクリの分布拡大には蟻が貢献しているのだ。蟻さん、頑張れ!
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風流 隅田川の花見

2016-04-11 08:18:42 | 日記


桜は、どうしてこんなにも人を惹きつけるのだろう。開花宣言を耳にした日からは、いつも以上
に気象情報が気になってしまう。東京で桜の満開宣言が出た日のこと。所用でたまたま浅草に出
かけていた老夫婦は、空いた時間をどのように過ごそうかと相談中だ。

夫: このところ忙しくて花見どころではなかったね。今日は用事が早く済んだから、隅田川沿い
   の桜見物と洒落込むっていうのはどうだい?

妻: それがいいわ。今年は一度もお花見ができないんじゃないかと、諦めモードだったのよ。

夫: 墨堤の桜は江戸時代に8代将軍・徳川吉宗が植えたのが始まりで、墨田公園には640本の桜が
   あり、対岸の桜並木と合わせて隅田川千本桜といわれているんだ。満開宣言が出たばかり
   だから、最高の花見になりそうな気がするよ。

地下鉄浅草駅を出て吾妻橋のたもとにある台東区立墨田公園の入り口に着くと、桜まつりの横断
幕が目に飛び込んできた。

妻: 桜の名所だけにすごい人出ね。外国の人も多いわ。こうして、満開の桜の下で隅田川越しに
   スカイツリーを見るなんて、昨日までは考えつきもしなかったわね。

夫: そうだね。でも、君の場合はレンズ越しに桜を見ている時間の方が長いんじゃないの?

妻: アラ、ちゃんと自分の目でも見ているわよ。ウ~ン、スカイツリーと桜を一緒に撮るのは難
   しいな。屋形船とも一緒に写したいし、こうかな?いや、こっちからかな?
   一眼レフカメラを持ってくれば良かったな。まさか花見ができるとは思わなかったから、
   コンパクトデジカメしかカバンに入れて来なかったのが悔やまれるわ。残念!

夫: 歩き始めてから直ぐにこの調子だと、なかなか前には進めそうにないな。しばらくはこの桜
   広場に足止めされるのを覚悟するか。

妻: それにしても、大変な人出のわりに静かね。花見客のお行儀がとてもいいわ。

夫: ねえ、桜橋を渡ってみようよ。

妻: 対岸へ行くのね。橋の上からの眺めも期待できそうだわ。私、ここ数ヶ月間は頼まれ仕事を
   こなすのに必死だったでしょ。さすがにクタクタだったけど、久し振りにカメラ片手に出
   かける事ができて、疲労感なんて一気に吹き飛んでしまいそうよ。ありがたいわ。

夫: それは何よりだ。これが桜橋だよ。人専用の橋だから安心して、のんびり渡れるね。

妻: やはり、橋から見る景色は岸辺からとは趣が違うわ。

夫: 同感だ。でもスカイツリー、屋形船、桜の組み合わせはここまでだね。向こう岸には高速道
   路が迫っているから、スカイツリーはうまく写せないと思うよ。

対岸の桜並木にはボンボリと「花のお江戸のさくらまつり」というノボリが並んでいた。途端に
江戸情緒とか、風流というものを感じ始めたのだから、舞台装置としての効果は抜群だ。墨田区
側の景観の主役は桜と食べ物の屋台と川面に浮かぶ屋形船。やはり、お祭りに屋台は欠かせない。
早速、食べ物を購入し、腹ごしらえをしながら隅田川を眺めていると、岸の近くに停泊している
屋形船から、乗客たちの話し声が聞こえてきた。船上から桜とスカイツリーを撮影するために、
しばし停泊しているようだ。

夫: 屋形船で宴会をしながら、両岸の桜やスカイツリーを楽しむなんて贅沢だよね。来年は僕た
   ちも予約して乗船したいな。もし疲れていなければ、高速道路の向こう側に行ってみようよ。
   もっとスカイツリーに近づいてみたくなったんだ。歩けそうかい?

妻: 大丈夫よ。迫力のあるスカイツリーが見えるかもね。

夫: ア~ッ、交差点の向こうに大迫力のスカイツリーが見えた!しかも、ライトアップが始まっ
   たよ。いつもと違って、桜色だぞ!

妻: ウワ~、きれい!!春バージョンなのでしょうね。いいわ~。

夫: 季節限定のカラーだから、いっぱい写しといてよ。ブレないように気をつけて。

妻: 頼まれなくてもドンドン写しているわよ。バッテリーの残量を示す表示を見る限り、まだま
   だ写せそうね。

ひとしきりスカイツリーだけを撮影したあと、二人は再び橋を渡り台東区側の墨田公園に戻って、
桜カラーのスカイツリーと夜桜を堪能することにした。歩いているうちに、辺りは一段と暗くな
ってきた。

妻: あれを見てよ!屋形船の灯りがスゴイわ。赤でしょ。ピンクでしょ。ウワ~、今度はブルー
   よ。あのブルーは特にキレイね~。川面に色とりどりの灯りが映りこんで、まるで光の洪
   水よ。

夫: 夜になると、景色が一変するんだな。まるで別世界だ。屋形船の数も多いね。

妻: 桜色に輝くスカイツリーと電飾に彩られた屋形船が浮かぶ隅田川がこんなにきれいだなんて、
   想像もしなかったわ。何としても、この美しい光景を上手に写したいな。

夫: そうだね。ベストショットを頼むよ。僕はビデオで撮っておくから。

対岸のライトアップされた桜並木と桜色に輝く東京スカイツリーに加え、屋形船の色とりどりの灯
りが川面に映えて、主役は光の煌きへと変化。予想もしていなかった美しい光景に感動してしまっ
た二人は時の経つのも忘れ、同じ場所にジッと佇んでいた。
江戸時代の花見の風情とは全くかけ離れたとはいえ、これはこれで「現代的な風流」と呼んでもい
いのではないかと思いながら。

桜の下で宴会を楽しむもよし。この季節に逝ってしまった人を静かに偲ぶもよし。ただただ桜色の
波に包み込まれながら、花だけを見つめるもよし。日本中の桜は観る人の心に、ふ~わりと柔らか
い癒しのエキスを届けて、まもなくハラハラと散っていく。
来年の春は、どんな想いを抱きながら桜を眺めることになるのだろう。



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春の妖精と呼ばれたいスミレ

2016-04-04 08:19:47 | 日記


早春の雑木林でカタクリの花たちが「キレイでしょ」と言わんばかりに、競って背伸びをしてい
ます。でも、その近くで不満顔のスミレが、いささかツンとした様子で咲いています。
どうやらカメラマンの狙いがカタクリに集中していることが気に入らないようです。スミレの不
満は怒りに変わってきました。

スミレ: 何でカタクリさんは春の妖精とか言われて、もてはやされるのよ。私だって同じ時期に
     咲いているのだから、もっと関心を持ってもらいたいものだわ。私を写す人がいない
     のはナゼなの?

カタクリ: ひがまない、ひがまない。あなたの花は小さくて地味なのよ。私を見るついでに見て
      もらえるだけで、ありがたいと思いなさいよ。

スミレ: 何よ!その言いかた、気に入らないわね。大体、春の妖精というのは春の陽射しが雑木
     林の地面に降り注ぐ、この時期に咲く花の総称でしょう。
     私もそうよ。それなのに、どういうこと!納得がいかないわ。

カタクリ: 春の妖精という言葉は人間が決めたもので、私たちとは関係ないでしょ。ひがむ必要
      はないわ。

スミレ: その言葉は何よ。益々、感に触ってきた。あなたは人間にちやほやされて、私より優れ
     ていると思い込んでいるように聞こえるわ。
     私にもプライドがあるの。本音を言えば私だって写してほしいのよ。

カタクリ: 私が知っている春の妖精とはフクジュソウ・ショウジョウバカマ・イチリンソウ・ニ
      リンソウ・アズマイチゲ・セツブンソウたちね。
      やはり、その中にスミレさんは入っていないわ。どうしてなのかしら?

スミレ: キ~!今度は、哀れみの言葉なの。もう完全に怒ったわ。私が春の妖精の仲間に入らな
     い理由を説明してよ。このままじゃ、怒りが収まらないわ。

カタクリ: 理由なんてわからないわ。そうだ。いつも私たちを見守ってくれているお地蔵さんに
      聞いてみましょうよ。でも、知らない方が幸せっていうこともあるんだけどな。

スミレ: イヤミね。くやし~い。そ~よ、お地蔵さんに聞いてみましょう。あの~、お地蔵さん。
     今の話を聴いていましたか?私だって春の妖精ですよね。
     それとも、やっぱり違うのですか?教えてくださいな。

温厚そうな顔をしてたたずむお地蔵さんには、スミレとカタクリのやり取りが聞こえていました。
そろそろ仲裁に入ろうかと思っていた矢先のご指名です。どちらか片方の肩を持つ発言は慎まな
ければいけません。双方が納得できるような、良い裁きはないかと慎重に言葉を選びながら、
ゆっくりと話し始めました。

地蔵さん: スミレさんもカタクリさんも早春の陽射しを浴びて花を咲かせるスタイルは同じだか
      ら、両方とも春の妖精だと思うよ。だってどちらも早春の気配が漂うとすぐに人間
      たちから開花を待ちわびられる花なんだから。
      妖精と呼ぶのは人間の感じ方に過ぎないので、気にしない方がいい。

スミレ: でも、私は春の妖精と呼ばれたいの。そう呼んでもらえないのには何か根拠があるはず
     よ。

カタクリ: スミレさんって、ムーミン谷に住むミイみたいね。小さい体で気が強いこと。負けん
       気は相当なものね。

スミレ: ミイのことは人間の母娘が絵本を開いて、声を出して読んでいたから知っているわ。
     でも、私はあんなにきつい顔はしていないわよ。

地蔵さん: カタクリさん、それ以上焚きつけるようなことを言ってはいけないよ。お互いの違いは
      何かな?カタクリさんは種でも増えるけど、主に球根で増えるね。片や、スミレさん
      は種で増えるんだ。生き延びる方法が違うし、花の大きさも形も違うから、単純に美
      しさを競う必要はないんだよ。
      君たちは満開の桜を見ても羨ましいとは思わないだろう?

スミレ: じゃ~、どうしてカタクリさんばかり人気があるの?

地蔵さん: スミレさんだって人気者じゃないか。♪すみれ咲き 春を告げる♪という有名な歌があ
      って、春というと、カタクリさんよりもスミレさんを先に思い浮かべる人の方が多い
      かも知れないよ。

スミレ: そ、そ~よね。そうこなくっちゃ。もっといいところをどんどん言って。

地蔵さん: 実は春の妖精の元の意味は「春の儚い命」なんだ。カタクリさんは早春の短い期間に
      いっせいに咲いて早々と実を結ぶことに専念するけど、スミレさんは春の妖精と呼ば
      れる花たちよりも少し早く開花して、長く咲き続けるよね。儚くはないよ。
      それに、限られた場所だけではなく、土手や道端など、いろんな場所で花を咲かせる
      強い生命力があるじゃないか。それにアリさんはスミレさんの事が大好きみたいだ
      し。

カタクリ: へ~ェ、スミレさんはたくましいのね。意地悪なことを言って申し訳なかったわ。
      本当は私、スミレさんのことが好きなの。仲良くしましょうよ。
      ねえ、お地蔵さん、私のいいところも教えてくださいな。

地蔵さん: ユニークな花の形と大きさが人間の目を惹きつけるのだろうね。それに短い期間しか咲
      かないから、人間は今写しておかなくちゃって思うんだよ。もう一つ、人間の食べ物
      に片栗粉というのがあって、君の根から採れる澱粉が名前の由来なのだ。
      そんな人間との長い付き合いも好かれている理由かも知れないね。スミレさんもカタ
      クリさんも春の陽射しをいっぱい浴びてキレイに花を咲かせておくれ。
      私はいつでも君たちを見守っているよ。口ゲンカはもう終わりにしようね。

スミレ: はい。わかりました。♪すみれの花咲く頃♪と歌われるほど、春を待つ人の心と共に生き
     ているんだからね。自信がついたわ。

カタクリ: ホラ、カメラがこっちを狙ってる。一緒に写してもらいましょうよ。

お地蔵さんはその様子を見て、ホッと胸をなでおろしました。


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