ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

「ピエロ」になったネズミ

2019-09-30 07:44:51 | 日記


小さな田舎街に今年もサーカスがやってきた。テントの設営も終わり開幕を明日に控えた日、
花形スターのピエロのピーロさんが急な熱で入院してしまいました。座長は全団員を集めて
対応策を話し合いましたが、小さなサーカス団にはピーロさんの代わりが見つかりません。
お客様には事情を説明して、ピエロのいないサーカスとして初日を迎えることにしました。
話し合いを終えると、全員でサーカス団の守り神様の前で、ピーロさんの一日も早い回復を
願って手を合わせました。ネズミの忠太郎も一番後ろから手を合わせました。
忠太郎はサーカス団生まれで一人前のサーカス団員です。でも体が小さくて舞台への出番が
ありません。最近の仕事はゾウやライオンなどの大型動物たちの部屋の掃除なのです。そん
な忠太郎の楽しみは舞台で躍動しているピーロさんのピエロの演技を見ることです。いつも
カーテンの下から覗いて見ています。ピーロさんの熱い演技でお客さんの笑いと大拍手が起
きると忠太郎も嬉しくてしょうがありません。団員たちが持ち場へ戻り始めました。忠太郎
も帰りはじめた時、聴きなれない声が聞こえてきました。

守り神:忠太郎に話がある、お前はここに残りなさい。

忠太郎:誰だい?俺を呼び止めたのは?

守り神:ワシはこのサーカス団の守り神じゃ。お前が拝んでいた神棚の家に住んでおる。
    良く聞きなさい。今はサーカス団の大ピンチじゃ。ワシの力を必要としている。

忠太郎:守り神様がピーロさんの病気を治してくれるのかい?

守り神:病を治すことはできぬが、ピーロさんの代役を見つけることはできる。ピエロがい
    ないサーカスではお客さんたちががっかりするだろうし、お客さんの入りも悪くな
    るだろう。このサーカス団が続けられなくなってしまうぞ。

忠太郎:それは分かっている。だからみんなが困っている。でも開幕は明日だよ。ピーロさ
    んの代役なんて誰もできないから、明日はお客さんに謝ろうと団長が決めたよ。

守り神:それができるのじゃ。誰かがピーロさんに変身して、ピエロを演じれば良いのじゃ。
    そこでお前を呼び止めた。

忠太郎:変身って何だい?ピーロさんは熱を出して入院しているんだよ。

守り神:明日の朝、そのピーロさんが元気な顔を出して、ピエロを演じたらどうだい。

忠太郎:そりゃ~、みんなが喜ぶけど、今日熱を出して入院したばかりだ。明日、ここに戻
    れるはずがないじゃない。お医者さんが許してくれないよ。

守り神:本物のピーロさんじゃないよ。忠太郎がピーロさんの姿に変身して、明日の朝、団
    員の前に元気な姿を見せるのじゃ。そして、お客さんの前ではピーロさんになりき
    ってピエロを演じるのじゃ。お前はサーカス団員だ。舞台に出たくはないのか。

忠太郎:舞台には出たいよ。俺がピーロさんになってピエロを演じるのかい。それだけは無
    理だよ。俺は人間じゃないから体の大きさが全然違う。それに最近は舞台に出たこ
    とがないんだ。そこでピエロをやるなんて無理!無理!誰かに頼んでよ。

守り神:大丈夫じゃ。ワシがお前をピーロさんに変身させる。お前はピーロさんの演技を毎
    日見ているから、ピーロさんがお客さんの心をつかむ演技の立ち位置や手順そして
    勘どころはしっかりと頭に入っているのだろう。そうではないのかい。

忠太郎:ピーロさんの演技の流れは分かる。だから真似をすることはできるかもしれないけ
    れど、問題は俺がどうやってピーロさんになれるかだよ。

守り神:どうやら、やる気になってくれたな。それではそこに掛けてある、ピーロさんのピ
    エロ服の中に潜り込んでみよ。入ると体がグングン大きくなってピーロさんに変身
    するぞ。話の続きは変身を終えてからじゃ!それでは、ネズミの忠太郎がピーロさ
    んに変身じゃ!

皆が引き上げて誰もいなくなった部屋にかけられていたピエロ服に、忠太郎が潜り込むと体
がド~ン、ド~ンと大きくなり、ピエロに変身していきました。忠太郎は鏡の前のピエロ服
を着たピーロさんの姿にびっくり、とても落ち着きません。それからしばらくの間、守り神
が忠太郎にこれからの行動について教え始めました。忠太郎もここまでくればやるしかあり
ません。大好きなサーカス団とピーロさんを助けるため、そして何よりもお客さんを失望さ
せないため、腹をくくって守り神様の話を聞きました。話の内容に納得したピエロ姿の忠太
郎は大きく気合を入れました。そして開演初日の朝が来たのです。

忠太郎:団長、お早うございます。昨日はご心配をさせましたが、もう大丈夫です。

団長 :ピーロさんじゃないか、ピエロの服を着てどうしてここにいるのだ。熱は下がった
    のか?病院から黙って抜け出してきたのか?

忠太郎:安心をしてください。病院の許可は得ています。不思議なことに注射1本打ったら、
    そのまま眠って、朝になったら熱も下がりこんなに元気になっていました。でも、
    夜は病院に戻る約束です。

団長 :それが本当ならこんなに嬉しいことはない。早速全員に知らせよう。

ピーロさんがピエロ姿で現れたことに団員全員が大喜び、大拍手で迎えました。こうして、
ピーロさんに変身した忠太郎のピエロが舞台に立つことになりました。最初の出番は玉乗り
です。忠太郎はピーロさんになりきって、元気いっぱいに演技をしました。体が勝手に動い
て見事な演技、お客さんから大きな笑いと拍手が沸き上がりました。心配で見ていた団長も
団員たちも一安心です。演技の間、誰もピエロがネズミの忠太郎の変身した姿とは気付いて
いません。忠太郎は自信を持ちました。次の演技はゾウたちとの共演です。出番を待つリー
ダーのゾウのいる場所へピエロ姿の忠太郎がやってきました。

リーダー:お前は誰だ?何か様子が違うぞ。姿はピーロさんのピエロだけど軽そうだな。
     ウ~ン!なぜだかわからぬが、ネズミの忠太郎の匂いがするぞ。

忠太郎:リーダーさん、やっぱりゾウさんたちにはすぐにばれてしまったな。守り神様が言
    った通りだった。実は・・・

忠太郎はこれまでのいきさつを説明して、リーダーのゾウさんに協力をお願いしました。

リーダー:みんな、話は聞いたな。サーカス団のピンチだ、いつも以上に気合を入れるぞ!
     いつも部屋の掃除をしてくれる忠太郎への恩返しにもなるから頼むぞ!

忠太郎:ありがとう。俺も頑張るからね。

リーダー:忠太郎はピーロさんの手順をしっかり覚えているそうだが、今日は初日じゃからな。
     忠太郎が戸惑ったら、鼻で合図を送ってやってくれ。
     幕が開いた!ヨーシ、出番だゾゥ~!

こうして、忠太郎はゾウさんたちとの共演を無事に終えると、自転車乗りや最後のライオンさ
んとの共演など、全ての演目を無事に終えたのです。それから一週間、忠太郎は団員たちやお
客さんの誰にも悟られずに演技をやり通しました。そして次の日、忠太郎がピエロ服を着よう
としたら、いつもの場所にピエロ服がありません。そうなのです。本物のピ-ロさんがサーカ
ス団に元気になって戻ってきたのです。忠太郎はもう変身できません。いつものネズミの忠太
郎に戻っていました。そして今日もカーテンの下からピーロさんのピエロを見ている、いつも
の生活に戻っていたのです。
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青春時代の入り口に戻らせてくれた「ツリーハウス」

2019-09-15 07:39:57 | 日記


ルート沿いに見どころがないので、歩く機会が少ない散歩道があります。唯一の見どころは
あるお宅の塀越しに見える、壊れそうで、綺麗とは言えないツリーハウスです。そのツリー
ハウスの存在を知ったのはもう20年ほど前のことです。その後も時々見る機会があって、ま
だ壊れないで残っているのだなとそのたびに思っていました。最近、数年振りにそのお宅の
前を歩いていて、ツリーハウスがまだ昔の面影のまま残されていることに懐かしさを覚えま
した。東日本大震災やいくたびかここを襲ってきたであろう、台風の直撃を受けながらも残
っていたのです。
いや、いや!よく見ると、残るべくして残るように強化されています。ツリーハウスに登る
ハシゴは朽ちかけた木製から鉄製の赤いハシゴになっていました。ハウスも見えないところ
で強化されているのでしょう。そして、隣接する樹木の枝にはオープンデッキが設置されて
いました。

通常、こうした屋敷内の庭に作ったツリーハウスは、その家に世代交代がおきれば、取り壊
されていく例が多いと思うのですが、このお宅では逆に頑丈に強化されていました。20年以
上前からあるものです。このお宅に世代交代があっても不思議はないはずです。補強された
のは、おそらく子供の代の方だと思います。このツリーハウスに強い想い入れがあり、この
家を継ぐことになって、更に頑丈にして保存し、自分たちも楽しもうとしているのでしょう。
そんな風に勝手に想像していたら、なんだか住人の想いが込められた立派なツリーハウスに
見えてきました。

<ツリーハウスの想い出>
このツリーハウスを20年ほど前に初めて見つけた時に、最初に甦ったのは子供の頃、クラス
仲間のガキ3人で夢中になって組み立てに奮闘した、自分たちだけの秘密のツリーハウス基
地のことです。

私が通っていた小学校は東京都心の中心地にありました。今ではアスファルトジャングルな
街ですが、当時はまだ大きな緑地が所々に残されていました。そして、当時の子供たちが夢
中になったベストセラーは「トムソーヤの冒険」や「ロビンソン漂流記」でした。そんな子
供にとって手近で作れるツリーハウス作りは都会っ子の秘密基地として憧れだったのだと思
います。

ある日、クラス仲間が3人集ったときに告白大会となり、全員が同じマドンナが好きなこと
が分かりました。その時に競争心のようなものではなく、妙な連帯感が3人の中に生まれた
のです。3人は直ぐに夏休みになったらマドンナの家が見える場所にツリーハウスの秘密基
地を作ろうと意見がまとまりました。

現地調査をして、高台の斜面から下方の道路に向けて大きく太い枝を何本も伸ばした大木を
見つけました。これなら木に登るハシゴもいりません。簡単な板渡し程度ならすぐに3人が
座れる場所は確保できそうです。そして、最も大切なマドンナの住む家は下の方に見える幹
線道路の向こう側にあり、目線が同じ高さの高台の正面に確認できます。我々の秘密基地は
マドンナが家の窓を開けた時に見つかってはいけません。さりとて、こちら側からはマドン
ナが窓を開けた時に姿が見えなければ楽しみがありません。枝や葉っぱの位置を計算してど
の場所に板を渡せばよいのか、話し合いは熱を帯びました。あの時のドキドキ感は今でも思
い出されます。親、兄弟そして他の友達にも内緒の3人だけの秘密基地作りが始まりました。

ツリーハウス作りのノウハウはありません。あるのは冒険雑誌の挿絵だけです。最初は木の
板を枝と枝の間に渡して、自分たちがそこに座るスペース作りから始めることにしました。
そして、だんだんと挿絵にあるような箱形のツリーハウスの完成を夢見ていました。当然、
この大樹がある場所は大人たちに見つかるとヤバそうだと直感をしていました。ですから、
人が通るたびに作業を中止し、身をかがめ、そして再開しました。

昔の都会では、戸板に張られていた子供でも持てる軽さと、強度のある板がなぜかすぐに手
に入りました。私は家からのこぎりを持ち出してきました。一人は麻の紐を持ってきました。
もう一人は何だったか忘れました。こうして3人によるツリーハウス作りが始まったのです。
当時の子供は何でも手作りでしたから工具使いは慣れたものです。壊れた戸板を解体した一
枚板を数枚束ねて、3人で汗をふきふき秘密基地へ運びました。そして、最初の床面作りが
始まったのです。傾かず動かないように、板と印しをした太い枝に麻の紐で結び付けたと思
います。

大人になった今ならツリーハウスキットを購入して素敵なものを作ったのでしょうが、知識
もお金もないガキのできることは、冒険物語の主人公になり切れることへの喜びだけです。
床にする板を傾かないように固定することから大苦労でした。枝の高さも違うので、段違い
の床になったと思います。私はのこぎりで奮闘しました。3人で初めて座れた瞬間は歓声を
あげたと思います。この時にはもうマドンナのことは忘れていましたね。

散歩道で見つけた塀の中のツリーハウスは、青春時代の入り口に立ったばかりの年齢だった、
当時の私の記憶を呼び起こしてくれました。

ツリーハウスはその後どうなったかですか?
ツリーハウスは頭上の枝を紐で絡めて引っ張り、目の前の枝に結び付けて、屋根の下地作り
の段階に入っていました。作り始めて3日目ぐらいだったと思いますが、その日も勇んで基
地づくりに行ったのです。しかし、その場所に見知らぬ大人とお巡りさんが立っていました。
「ここは立ち入り禁止だ!」「危険だ!」「先生に言うぞ!」(多分・・・)とこってりと
絞られて、あえなく解体させられてしまいました。最後の言葉が一番の決め手になったと思
います。もし、先生の口からマドンナが知ることになったら、もう教室には入れなくなりま
すからね・・・。(これ本当・・・)子供時代、最後の夏休みの想い出です。

ツリーハウスの秘密基地を作った場所は現在「ホテルニューオータニ」になっています。
「オイ、オイ!俺たちが作ろうとした秘密基地よりも、随分とでっかくて立派なものを建て
てくれたじゃないか!」と、今でもこのホテルを見るとつぶやいてしまいます。
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