私の住む街にはスポーツクライミング界の第一人者、「野口 啓代(のぐち あきよ)」さん
の実家、野口牧場があります。牧場内にはトレーニング用のクライミングジムがあるそうで
す。牧場とありますが牛舎飼育です。周辺は広く平たんな田園で、近くに行くと牛舎特有の
匂いがしますのでわかります。我が家からは3000歩ほどの距離にあり、散歩に行くときの目
的地に野口牧場を設定して歩くことも多いです。
好天に恵まれた日、歩数計を胸ポケットに入れて野口牧場に向かって歩き始めました。今回
の目的地は野口牧場を通り過ぎた先にある雑木林です。この時期ですと、春に咲く林床の花
たち(キンラン・ギンラン・ハルリンドウなど)は花の最盛期を過ぎて、眠りに入っている
でしょう。見どころはツツジ、ガマズミ、ヤマボウシなどの樹木の花たちになっているはず
です。この雑木林は野口牧場を経由して2倍ほどの遠距離にあるため、過去に1度しか行った
ことがありません。その時は秋で、落葉樹の紅葉がとても綺麗でした。春にこの雑木林へ行
くのは初めてです。樹木の花たちを愛でて、ウグイスなどの野鳥のさえずりを聞くことが楽
しみです。
中間の距離にある野口牧場まで来ました。すると広い敷地から車が出てきて私の目の前で止
まり、女性が降りてきました。私と目が合うと「こんにちは!」と明るく挨拶をしてくれま
した。容姿からこの方は野口選手のお姉さんだろうなと想像できました。私も慌てて挨拶を
返しました。オリンピックの開催延期で野口選手の心情に思いを馳せる地元フアンの一人と
して、お姉さんを介して頑張れと心の中で叫んでいました。
そろそろ遠くに目的の雑木林が見えてもよい距離に近づきましたが全く樹木が見えません。
一瞬、久し振りなので道を間違えたのかな?と思いました。それでも周りの畑の雰囲気や特
徴的な屋敷森に囲まれた大農家の建物には見覚えがありました。更に近づいて行くと、異様
な光景が目に飛び込んできました。電信柱が密集して整然と並んで何本も立っているのです。
嫌な予感がしました。
雑木林があった場所に着きました。懸念したとおり、そこに広がっていたのは環境破壊の元
凶であるメガ・ソーラーパネル群でした。行儀よく林立していた電信柱はソーラーパネルで
集めた電気を送電線に送るためのものでした。かつてあった雑木林はその面影も残さず、更
に匂いのかけらもなく、無機的で大きなソーラーパネル畑の景観に変わってしまっていまし
た。一瞬、足が止まってしまいました。なんと表現したらよいのか分かりません。
昨年(2019年7月22日)のブログで「環境破壊で甦った、大正時代の竹内農場西洋館」と題
して、廃屋となった赤レンガ西洋館の存在を紹介しました。その内容は、隣接地の雑木林が
伐採されてメガソーラーパネルが施設されたことで、西洋館の敷地にも手が加わり、覆い隠
していた竹藪や樹木の一部が取り払われ、簡易的な整備がなされたことで森の中から廃屋と
なった西洋館の姿が現れた様子を記しました。そして今年(2020年4月27日)のブログで、
この蘇った廃屋の赤レンガ西洋館が「市民遺産」に認定されたことを記しました。
私は思いました。広い雑木林が伐採されて、メガソーラーパネルが設置されることが決まっ
たことが引き金になって、旧赤レンガ西洋館の存続を願う市民団体の活動が活発となり、市
政を動かして「旧赤レンガ西洋館の市民遺産」が誕生したことは間違いないのだろうと。
もし、樹林を伐採したメガソーラーの設置が無かったならば、あの廃屋の赤レンガ西洋館は
今も森の中で佇んでおり、ただ朽ちていくのを待つ身だったのでしょう。あの時はメガソー
ラーの設置も、たまには良いことに貢献することがあるものだと思いました。
でもこの場所にあった雑木林が伐採されて、ここがメガソーラーパネル畑となったのは悲し
いです。生み出されたものが何もないように見えるのです。ただただ雑木林が破壊されただ
けとしか評価ができないのです。雑木林を破壊しない新発想のソーラーパネルが早く開発さ
れることを切に願っています。私はメガソーラーパネルの前で佇み、歯をくいしばり、強く
こぶしを握りしめました。
私が歩いた時期はキンラン・ギンランの花の最盛期は過ぎていましたが、まだその痕跡は残
っていたかもしれない。もしかすると遅咲きが1輪ぐらい残っているのではないかと期待し
ていたのですが、このソーラーパネル畑では痕跡を探すこともかなわず又、この雑木林の中
に花の咲く木々たちがどれだけの種類そして数があったのかどうかもわからないままとなり
ました。あ~ァ!野鳥のさえずりが聞きたかったな。
家に戻ったら、前回ここに来た時のアルバムを広げて追悼しようと思いました。