恋しさと切なさと心強さと(by 篠原涼子)のようなタイトルになってしまったが、現在、自分の考えや意見の表明(というと大げさだが)は、このブログを中心に進めている。ツイッターTwitterもフェイスブックFacebookもアカウントはとっているが、もっぱらROMで、あまり活発にはやっていない。これは主として次に述べる理由による。
ツイッターは、140文字という制限があるので、気持ちを表明することはできるものの、考えや意見を表明することはなかなか困難である。単なるそのときの気分を世間様につぶやく気は自分にはない。よほどの達人ならば140文字の中で考えをまとめて表明することができるであろうが、自分には難しい。それに、短いとつい油断が生じる。
フェイスブックは、やはり実名というところがネックである。プライバシーはダダ漏れである。大学の教員などだと、平然と自分の大学やその設置主体(県や市など)の悪口を書いているブログもある(余談だが、学問の自由とはいえ、こんなことを許すのはどんな大学だろうと思ってしまう。例えば「大阪府立大学」「非公認」でググってみてください。)が、日本の社会の中では、組織から離れて自由に意見を表明できる人というのは限られていると思う。日本でどこまで普及するのだろうか。
公務員や会社員はまず役所や会社の方針に反することを実名で書くのは無理であろう。自由と思われていた芸能界でも原発反対とか韓流反対で問題になった人はいるようで、どこも程度の差はあれ同じようだ。そうなると、「あそこの店がおいしかった。」とか「きれいな景色を見た。」ぐらいのことしか書けない。こちらも自分にはそんな内容だけを発表する気にはならない。
一方で、匿名でもいいメディア(ミクシーなど)で、実名で、飲酒運転をしたなどと書き込む情報弱者あるいは単なるチャラ男(飲酒運転そのものの違法性は別として)がいるが、そっちは論外である。情報リテラシーは大事だ。ちなみに、ネット上の「飲酒運転」などというワードを収集している方(通称バカ発見器)もいらっしゃるので、この記事も一時的にアクセスが増加するかもしれない。
まあ、ブログもプロフィールや書いてある内容を付き合わせれば、だいたいどこのどういう人かは推定できると思う。ただ、推定できるということと、実名や会社名を発表して書くこととは違う。このブログは、不特定多数の人が見るということを十分に意識した上で、個人が特定されても問題にならないように留意しつつ、一方で完全には特定されないように気をつけて書いているつもりであるが、このギリギリのバランスになかなか気をつかうのである。
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