毎日が、始めの一歩!

日々の積み重ねが、大事な歴史……

「目の前の一人」を幸福に

2022年01月30日 | 宇宙

「目の前の一人」を幸福に 池田大作先生の写真と言葉「四季の励まし」2022年1月30日

 【写真説明】凜とした冬の青空の下、咲く菜の花の黄色がまぶしい。2002年(平成14年)2月、池田大作先生が熱海市の静岡研修道場を訪れた際に撮影した。
 2月ごろから咲き始める菜の花の鮮やかな色彩は、春への希望を抱かせる。先生は、かつて詠んだ。「菜の花も 春だ春だと 立ち上がる」。そして“我らも勝利の春に向かって、多彩な友情の花々を咲かせたい”とつづった。
 本年は、1952年(昭和27年)に池田先生が恩師・戸田城聖先生の願業・75万世帯への突破口を開いた「二月闘争」から70年。私たちも人生の希望の季節へ、共に励まし、友情の大輪を咲かせよう。
 

池田先生の言葉

 なぜ、語り掛けるのか?
 それは、
 「目の前の一人」を
 幸福にするためである。
 これが釈尊以来の
 仏教の根本精神であり、
 そして、末法の御本仏
 日蓮大聖人に貫かれ、
 わが創価学会が
 受け継いでいる
 仏の根幹の願いである。
 「伝統の二月闘争」は、
 地涌の使命に目覚めた
 一人一人が、決然と
 立ち上がって始まった、
 痛快なる
 対話の拡大劇である。
  
 あの友の幸福を、
 わが後輩の成長を――
 すべて一つ一つ
 深く祈念しながら、
 足取り軽く
 最前線へと飛び込む。
 この「祈り即実行」の
 繰り返しを、
 弛まず貫いていくことだ。
  
 人の心を打つのは、
 話術の巧みさではない。
 美辞麗句でもない。
 “君よ立て!”との、
 生命からほとばしる
 必死の思いが、
 友の心に働き掛けるのだ。
 励ましとは、
 炎の一念がもたらす魂の
 触発なのである。
  
 一人一人が
 現実に直面している
 生活の悩みと格闘し、
 生命の境涯を
 変革していく、
 その軌道の中にしか、
 真の
 社会変革の道もないし、
 立正安国もない。
 この出発点にある
 人間革命を開いていく
 大道こそ、
 一人への「励まし」だ。
  
 励まされた一人が
 立ち上がり、
 目の前の一人に
 励ましの襷を渡す。
 その一人がまた次の一人に
 励ましの襷を
 つないでいく――。
 この信心のリレーが、
 一人一人の
 人間革命の力走を
 紡ぎ出していくのだ。


「SGIの日」記念提言の40年の軌跡

2022年01月28日 | 妙法

SGI(創価学会インタナショナル)の日

SGI運動の記念すべき第一歩

1月26日はSGIの日です。
1975(昭和50)年のこの日、世界51か国・地域158人のメンバーがグアムに集まって創価学会の世界平和会議が開かれました。
その席上、各国の創価学会の連合体であるSGI(創価学会インタナショナル)が結成されたのです。そして、 池田大作先生がSGI会長に就任し、ここに「平和」「文化」「教育」の旗を掲げたSGIの記念すべき第一歩が印されました。

世界平和会議の席上あいさつする
池田大作先生

 

池田先生は、第三代会長に就任した1960(昭和35)年の10月、25日間の北・南米指導の旅に出ました。翌61年1月には、インド、東南アジアへ。そして秋にはヨーロッパ指導に赴き、62年1月には中近東にも行きました。
こうした海外指導の積み重ねによって生まれたのがSGIでした。

「全世界に平和の種を」

世界平和会議の、席上池田先生は、「全世界に妙法という平和の種をまいて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」と呼びかけました。
この池田先生のスピーチに、万雷の拍手が鳴り響きました。“全世界に妙法という平和の種をまく”。
この先生の誓いこそ、仏法の人間主義を広げゆくSGIの原点となったのです。

 

平和提言とSGI憲章

池田大作先生は1983(昭和58)年以来、1.26「SGIの日」を記念し、平和への提言を発表してきました。 冷戦期に「米ソ首脳会談」の開催を訴え、「教育国連」や「国連軍縮総会」「北東アジア共同体」を提唱するなど、地球的な諸問題への先見性あふれる考察と、解決への具体的アプローチに、世界の識者が注目しました。 SGIは1995(平成7)年、その目的と原則を「SGI憲章」として制定しました。前文と、それに続く10か条からなる「SGI憲章」には、仏法を基調として、全人類の幸福と平和・文化・教育の発展に貢献しゆくことがうたわれています。 この理念のままに、各国のSGIは災害支援や教育支援などの社会貢献活動にも取り組み、SGIのメンバーは、日々、信仰に励みながら、職場や地域で輝く“よき市民”であることを目指しています。 現在、192カ国・地域の“地球市民の連帯”へと発展したSGI。メンバー一人ひとりの胸に輝く“太陽の心”が、地域を社会を、希望の光で照らしています。

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「SGIの日」記念提言の40年の軌跡〈上〉2022年1月26日

 1983年から池田先生が40年間にわたって発表してきた、毎年の「SGIの日」記念提言のタイトルと主な提案を、上・下2回に分けて紹介します。

  *  *  *  *  *

 ◆1983年
 「平和と軍縮への新たな提言」
 ◦「核戦争防止センター」の設置
 ◦軍事費を凍結するための国際会議を
 
 ◆1984年
 「『世界不戦』への広大なる流れを」
 ◦宇宙空間での武力行使などを禁止
 ◦「世界不戦宣言」を国連で決議
 
 ◆1985年 
 「世界へ世紀へ平和の波を」
 ◦米ソ首脳会談で核軍拡競争を停止
 ◦韓国と北朝鮮の首脳会談の開催
 
 ◆1986年
 「恒久平和へ対話の大道を」
 ◦核兵器の削減と核実験の全面禁止
 ◦アジア・太平洋平和文化機構の設置
 
 ◆1987年
 「『民衆の世紀』へ平和の光彩」
 ◦「国連世界市民教育の10年」の設定
 ◦「国際軍縮年」の制定
 
 ◆1988年
 「平和の鼓動 文化の虹」
 ◦「平和と軍縮の10年」の設定
 ◦「世界市民憲章」の制定
 
 ◆1989年
 「新たなるグローバリズムの曙」
 ◦国連に「紛争防止センター」を設置
 ◦NGO平和サミットの開催
 
 ◆1990年
 「希望の世紀へ 『民主』の凱歌」
 ◦国連で「世界不戦会議」を開催
 ◦「国連教育協力隊」の創設
 
 ◆1991年
 「大いなる人間世紀の夜明け」
 ◦「環境安全保障理事会」の新設
 ◦国連改革を巡る世界評議会の設置
 
 ◆1992年
 「希望と共生のルネサンスを」
 ◦「環境・開発国連」の新設
 ◦「国連軍縮基金」の創設
 
 ◆1993年
 「新世紀へヒューマニティーの旗」
 ◦国連改革のための世界首脳会議を
 ◦核問題に対処する国際機関の創設
 
 ◆1994年
 「人類史の朝 世界精神の大光」
 ◦「国連アジア本部」の設置
 ◦包括的核実験禁止条約の制定
 
 ◆1995年
 「不戦の世紀へ 人間共和の潮流」
 ◦国連経済社会理事会の権限強化
 ◦核廃絶に向けて「非核地帯」を拡大
 
 ◆1996年
 「『第三の千年』へ 世界市民の挑戦」
 ◦国連を軸に「人間開発」を推進
 ◦「人道的競争」を時代の潮流に
 
 ◆1997年
 「『地球文明』への新たなる地平」
 ◦「対人地雷禁止条約」の制定
 ◦民衆の手で「地球憲章」を制定
 
 ◆1998年
 「万年の遠征――カオスからコスモスへ」
 ◦サミットを責任国首脳会議に改編
 ◦小火器の削減へ国際的な枠組みを
 
 ◆1999年
 「平和の凱歌――コスモロジーの再興」
 ◦「子ども兵士禁止条約」の制定
 ◦民衆の連帯で核兵器禁止条約を制定
 
 ◆2000年
 「平和の文化 対話の大輪」
 ◦国連に「紛争予防委員会」を設置
 ◦「地球民衆評議会」を創設
 
 ◆2001年
 「生命の世紀へ 大いなる潮流」
 ◦「国連民衆ファンド」の創設
 ◦貧困問題を巡る地球フォーラムを
 
 ◆2002年
 「人間主義――地球文明の夜明け」
 ◦「包括的テロ防止条約」の制定
 ◦再生可能エネルギー促進条約の締結

池田先生が毎年発表してきた「SGIの日」記念提言。英語、中国語、スペイン語などに翻訳され、仏法を基調とした「平和」と「生命尊厳」の思想を世界に広げてきた
池田先生が毎年発表してきた「SGIの日」記念提言。英語、中国語、スペイン語などに翻訳され、仏法を基調とした「平和」と「生命尊厳」の思想を世界に広げてきた
 

 

 

「SGIの日」記念提言の40年の軌跡 〈下〉2022年1月27日

 1983年から池田先生が40年間にわたって発表してきた、毎年の「SGIの日」記念提言のタイトルと主な提案を、上・下2回に分けて紹介します。

  *  *  *  *  *

 ◆2003年
 「時代精神の波 世界精神の光」
 ◦「核廃絶のための特別総会」の開催
 ◦貧困や飢餓などを巡る世界サミットを
 
 ◆2004年
 「内なる精神革命の万波を」
 ◦国連に「平和復興理事会」を設置
 ◦「グローバル初等教育基金」の創設
 
 ◆2005年 
 「世紀の空へ 人間主義の旗」
 ◦「国連アジア太平洋本部」の設置
 ◦「武器取引制限条約」の早期締結
 
 ◆2006年
 「新民衆の時代へ 平和の大道」
 ◦国連総会と市民社会との連携強化
 ◦軍縮教育で「平和の文化」を拡大
 
 ◆2007年
 「生命の変革 地球平和への道標」
 ◦「国際核軍縮機構」を創設
 ◦「宇宙の非軍事化」へ規制を強化
 
 ◆2008年
 「平和の天地 人間の凱歌」
 ◦人権教育と訓練に関する国際会議を
 ◦「命のための水」世界基金の創設
 
 ◆2009年
 「人道的競争へ 新たな潮流」
 ◦国際持続可能エネルギー機関の創設
 ◦核兵器禁止条約の交渉開始
 
 ◆2010年
 「新たなる価値創造の時代へ」
 ◦広島と長崎で核廃絶サミットを開催
 ◦「女性のための未来基金」の創設
 
 ◆2011年
 「轟け! 創造的生命の凱歌」
 ◦北東アジアと中東での非核化を推進
 ◦「国連人権教育計画」の設置
 
 ◆2012年
 「生命尊厳の絆輝く世紀を」
 ◦持続可能な未来を築く共通目標の制定
 ◦放射性廃棄物の管理に関する協力強化
 
 ◆2013年
 「2030年へ 平和と共生の大潮流」
 ◦社会的保護のための制度を各国で整備
 ◦「東アジア環境協力機構」の設立
 
 ◆2014年
 「地球革命へ価値創造の万波を」
 ◦国連で世界市民教育プログラムを新設
 ◦アジア復興レジリエンス協定の締結
 
 ◆2015年
 「人道の世紀へ 誓いの連帯」
 ◦「NPT核軍縮委員会」の新設
 ◦日本と中国と韓国で青年交流を拡大
 
 ◆2016年
 「万人の尊厳 平和への大道」
 ◦難民の子どもたちを守る対策の強化
 ◦「武器貿易条約」の批准を促進
 
 ◆2017年
 「希望の暁鐘 青年の大連帯」
 ◦米ロ首脳会談の開催で核軍縮を促進
 ◦「人権教育と研修に関する条約」の制定
 
 ◆2018年
 「人権の世紀へ 民衆の大河」
 ◦「高齢者人権条約」の交渉開始
 ◦女性のエンパワーメントの国際10年を
 
 ◆2019年
 「平和と軍縮の新しき世紀を」
 ◦自律型致死兵器システムの禁止条約を
 ◦世界の大学をSDGsの推進拠点に
 
 ◆2020年
 「人類共生の時代へ 建設の鼓動」
 ◦気候変動と防災を巡る国連会合の開催
 ◦「教育のための国際連帯税」の創設
 
 ◆2021年
 「危機の時代に価値創造の光を」
 ◦パンデミックに関する国際指針の採択
 ◦核兵器の不使用と核開発凍結の誓約を
 
 ◆2022年
 「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」
 ◦国連ユース理事会の創設で環境保全を
 ◦核兵器禁止条約の常設事務局を設置

池田先生が毎年発表してきた「SGIの日」記念提言。英語、中国語、スペイン語などに翻訳され、仏法を基調とした「平和」と「生命尊厳」の思想を世界に広げてきた
池田先生が毎年発表してきた「SGIの日」記念提言。英語、中国語、スペイン語などに翻訳され、仏法を基調とした「平和」と「生命尊厳」の思想を世界に広げてきた
 

第47回SGI提言⑦

2022年01月27日 | 妙法

第47回SGI提言⑦ 「核兵器のない世界」を築く挑戦2022年1月27日

⑥に戻る

核軍縮義務の履行に向け
安全保障の見直しを推進

パンデミックが知らしめた教訓

 第三の課題は、核兵器の廃絶を何としても成し遂げることです。
 そのために、二つの提案をしたい。
  
 一つ目は、核兵器に依存した安全保障からの脱却を図るためのものです。
 今月3日、核保有国のアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5カ国の首脳が、核戦争の防止と軍拡競争の回避に関する共同声明を発表しました。
 さまざまな受け止め方もありますが、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神を確認し、軍事的対立の回避を共に追求する意思を表明したもので、積極的な行動につなげることが望まれます。
  
 このような“自制”の重要性を踏まえた共同声明を基礎としながら、核拡散防止条約(NPT)の第6条で定められた核軍縮義務の履行に向けて、核保有5カ国が具体的措置を促進するための決議を、国連安全保障理事会で採択することを呼びかけたい。
 そして、年内に開催予定のNPT再検討会議での合意として、「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」の開催を最終文書に盛り込み、NPTの枠外で核兵器を保有する国の参加も呼びかけながら、大幅な核軍縮を進めることを訴えたい。
  
 コロナ危機が続く中で、世界の軍事費は増大しており、核兵器についても1万3000発以上が残存する中、その近代化は一向に止まらず、核戦力の増強が進む恐れがあると懸念されています。
 またコロナ危機は、核兵器を巡る新たなリスクを顕在化させました。核保有国の首脳が相次いで新型コロナに感染し、一時的に執務を離れざるを得なかったほか、原子力空母や誘導ミサイル駆逐艦で集団感染が起こるなど、指揮系統に影響を及ぼしかねない事態が生じたからです。

昨年6月、スイスのジュネーブで行われた、アメリカのバイデン大統領とロシアのプーチン大統領との首脳会談(EPA=時事)。会談後に発表された共同声明では、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神が再確認された
昨年6月、スイスのジュネーブで行われた、アメリカのバイデン大統領とロシアのプーチン大統領との首脳会談(EPA=時事)。会談後に発表された共同声明では、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神が再確認された

 そして何より、コロナ危機の発生が世界に知らしめた重大な教訓があります。
 国連の中満泉・軍縮担当上級代表は、昨年9月に行った核問題を巡るスピーチで、その教訓についてこう述べていました。
 「新型コロナのパンデミックの教訓として、一見、起こりそうにない出来事が、実際に前触れもなく起こり、地球規模で壊滅的な影響を及ぼしうるということがあります」と。
  
 私もこの教訓を踏まえて、“核兵器による惨劇は起きない”といった過信を抱き続けることは禁物であると強く警告を発したい。
 中満上級代表がそこで強調していたように、広島と長崎への原爆投下以降、核兵器が使用されずに済んできたのは、それぞれの時代で最悪の事態を防いできた人々の存在と何らかの僥倖があったからでした。
  
 しかし、「国際環境が流動化し、ガードレールは腐食しているか、もしくは全く存在していない」という現在の世界において、人的な歯止めや僥倖だけに頼ることは、もはや困難になってきているというのです。
 実際、核軍縮に関する二国間の枠組みは、昨年2月に米ロ両国が延長に合意した新戦略兵器削減条約(新START)〈注6〉だけしか残されていません。
  
 今月に開催予定だったNPT再検討会議は、新型コロナの影響で延期され、8月に開催することが検討されています。
 前回(2015年)の会議では最終文書が採択されずに閉幕しましたが、その轍を踏むことがあってはなりません。NPTの前文に記された“核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う”との誓いに合致する具体的な措置に合意するよう、強く望みたい。

1985年の米ソ首脳の声明の意義

 核保有5カ国の首脳が共同声明で再確認した、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神は、冷戦時代の1985年11月にジュネーブで行われた、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長による首脳会談で打ち出されたものでした。
  
 この精神の重要性は、昨年6月の米ロ首脳会談における声明でも言及されたものでしたが、核時代に終止符を打つために何が必要となるのかについて討議する機会を国連安全保障理事会で設けて、その成果を決議として採択し、時代転換の出発点にすべきだと、私は考えるのです。
  
 1985年の米ソ首脳の声明は、両国のみならず、全人類にとって有益となる核軍縮交渉の始まりを画したものとして高く評価されていますが、ゴルバチョフ氏は当時を振り返ったインタビューの中で、核軍縮に踏み切った思いについて、こう語っていました。
 「これくらいでは山は崩れないだろうと思って、頂上から石をひとつ、ころがしてみたとする。ところが、その一石が引き金になって山じゅうの石がころがり出すと、山が崩れてしまう。核戦争も一緒で、一発のミサイル発射で全部が動き出してしまう。現在、戦略核の制御・管理は、完全にコンピューターに頼っていると言っても過言ではない。核兵器数が多ければ多いほど、偶発核戦争の可能性も大きくなる」(吉田文彦『核のアメリカ』岩波書店)

ゴルバチョフ元ソ連大統領と9度目の語らい。“大事なのは、「歴史がどうなっていくか」ではなく、「歴史をどう変えていくか」である”との認識を共有しつつ、人類の希望の未来を開くために、対話をさらに深めていくことが約し合われた(2007年6月、八王子市の東京牧口記念会館で)
ゴルバチョフ元ソ連大統領と9度目の語らい。“大事なのは、「歴史がどうなっていくか」ではなく、「歴史をどう変えていくか」である”との認識を共有しつつ、人類の希望の未来を開くために、対話をさらに深めていくことが約し合われた(2007年6月、八王子市の東京牧口記念会館で)

 今なお核開発はやまず、一つまた一つと生み出される他国への対抗手段は、「これくらいでは山は崩れないだろう」との見込みで、進められているのかもしれません。
 しかし、脅威の対峙による核抑止を続ける限り、極めて危うい薄氷の上に立ち続けなければならない状態から、いつまでも抜け出せないという現実に、核保有国と核依存国は真正面から向き合うべきではないでしょうか。
  
 この点に関し、ゴルバチョフ氏が、私との対談でも次のように強調していたことを思い起こします。
 「核兵器が、もはや安全保障を達成する手段となり得ないことは、ますます明確になっています。実際、年を経るごとに、核兵器はわれわれの安全をより危ういものとしているのです」(「新世紀の曙」、「潮」2009年3月号所収)と。
 核兵器の使用を巡るリスクが高まっている現状を打開するには、核依存の安全保障に対する“解毒”を図ることが、何よりも急務となると思えてなりません。

「核兵器の全面的な不使用」を目指し
首脳級会合を広島で開催

 核抑止政策の主眼は、他国に対して核兵器の使用をいかに思いとどまらせるかにあるといわれます。しかしそこには、核使用を防ぐとの理由を掲げながらも、核抑止の態勢をとる前提として、核兵器を自国が使用する可能性があることを常に示し続けねばならないという矛盾があります。
 その矛盾を乗り越えて、自国の安全保障政策から核兵器を外すためには、国際社会への働きかけを含め、どのような新しい取り組みが自国に必要となるのかを、真摯に見つめ直すことが求められるのです。
  
 自国の安全保障がいかに重要であったとしても、対立する他国や自国に壊滅的な被害をもたらすだけにとどまらず、すべての人類の生存基盤に対して、取り返しのつかない惨劇を引き起こす核兵器に依存し続ける意味は、一体、どこにあるというのか――。
 この問題意識に立って、他国の動きに向けていた眼差しを、自国にも向け直すという“解毒”の作業に着手することが、NPTの前文に記された“核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う”との共通の誓いを果たす道ではないかと訴えたいのです。

NPT第6条が定められた意味

 NPTの目的は、核兵器の脅威が対峙し合う状況を“人類の逃れがたい運命”として固定することにはないはずです。その根本的な解消を図らねばならないとの共通認識があったからこそ、NPTの重要な柱として、第6条に核軍縮義務が明確に組み込まれたことを忘れてはなりません。
  
 冷戦時代とは異なり、緊急事態が生じても、リアルタイムの映像で互いの表情を見ながら、首脳同士が対話を行うことができる時代が到来したにもかかわらず、核兵器を即時発射できる態勢を維持し、互いの出方を疑心暗鬼のままで探り合う状態が続いています。
  
 核保有5カ国による共同声明では、「我々の核兵器は、いずれも互いの国を標的とせず、また、他のいかなる国も標的にしていないことを再確認する」と宣言されていました。
 今こそ、核保有国はこの“自制”を基礎に安全保障政策の本格的な転換に踏み出し、冷戦時代から現在まで存在してきた核兵器の脅威を取り去るべき時です。
  
 その環境づくりのために、安全保障政策における核兵器の役割低減をはじめ、紛争や偶発的な核使用のリスクを最小限に抑えることや、新規の核兵器の開発を中止することなどについて、検討を開始する必要がありましょう。
 明年には、日本でG7サミットが開催されます。その時期に合わせる形で、広島で「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」を行い、他の国々の首脳の参加も得ながら、これらの具体的な措置を進めるための方途について集中的に討議してはどうでしょうか。
  
 今月21日、日本とアメリカが、NPTに関する共同声明を発表しました。
 そこでは、「世界の記憶に永遠に刻み込まれている広島及び長崎への原爆投下は、76年間に及ぶ核兵器の不使用の記録が維持されなければならないということを明確に思い起こさせる」と述べた上で、政治指導者や若者に対し、核兵器による悲劇への理解を広げるため、広島と長崎への訪問が呼びかけられていました。
  
 私も以前から、政治指導者の被爆地訪問の重要性を訴え続けてきましたが、広島での首脳級会合の開催は、その絶好の機会になると思えてなりません。
 首脳級会合では、核兵器のない世界の実現に向けた「核兵器の全面的な不使用」の確立を促すための環境整備とともに、私が2020年の提言で言及した、「核関連システムに対するサイバー攻撃」や「核兵器の運用におけるAI導入」の禁止についても討議することを求めたい。その一連の取り組みを通し、NPT第6条の核軍縮義務を履行するための交渉を本格化させ、核廃絶への流れを不可逆的なものにすることを、強く望むものです。

核兵器禁止条約の普遍化こそ
持続可能な地球社会の礎

核禁条約の会合で日本が積極貢献を

 核問題に関する二つ目の提案は、核兵器禁止条約に関するものです。
 3月にオーストリアのウィーンで行われる条約の第1回締約国会合に、日本をはじめとする核依存国と核保有国がオブザーバー参加するよう、改めて強く呼びかけたい。そして締約国会合で、条約に基づく義務の履行や国際協力を着実に推し進めるための「常設事務局」の設置を目指すことを提唱したい。
  
 すでに、条約に参加していない国の間で、スイス、スウェーデン、フィンランドに加えて、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるノルウェーとドイツも、オブザーバー参加の意向を示しています。
 NATOでは、核兵器への対応について加盟国が独自の道を歩むことを認めてきた歴史があり、一方の核兵器禁止条約においても、核保有国との同盟関係そのものを禁止する規定はありません。

2017年7月、ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約の交渉会議。122カ国の賛成を得て、条約が採択された。SGIとしても、交渉会議に2回にわたって作業文書を提出するなどの努力を重ねる中で、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」から60周年の節目の年に条約の採択が実現した
2017年7月、ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約の交渉会議。122カ国の賛成を得て、条約が採択された。SGIとしても、交渉会議に2回にわたって作業文書を提出するなどの努力を重ねる中で、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」から60周年の節目の年に条約の採択が実現した

 世界の都市が条約への支持を表明し、自国の条約への参加を促す、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の「都市アピール」にNATO加盟国の多くの都市が加わる中、締約国会合にノルウェーとドイツが参加する意義は極めて大きいといえましょう。
  
 このアピールには、核兵器を保有するアメリカ、イギリス、フランス、インドの都市のほか、日本の広島と長崎も加わっています。
 締約国会合で予定されるテーマには、「核使用や核実験による被害者支援」と「汚染地域の環境改善」も含まれており、日本が議論に参加して、広島と長崎の被害の実相とともに、福島での原発事故の教訓を分かち合う貢献をしていくべきではないでしょうか。
  
 ハンブルク大学平和研究・安全保障政策研究所のオリバー・マイヤー主任研究員は、ドイツの参加表明を「多国間主義と核軍縮の強化に貢献できる」と評価した上で、核保有国と非保有国の「橋渡し」役を目指す日本が参加する意義について、こう述べていました。
 「『橋渡し』は、橋の両側に自ら出向いて議論してこそ、可能なはず。被爆国にしかない役割を担うことができる」(「中国新聞」2021年12月6日付朝刊)と。
  
 日本は2017年から、核保有国と非保有国の識者を交えた「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」と、同会議をフォローアップする会合を行っており、その成果を報告して、建設的な議論に資する意義も大きいと思います。こうした努力を尽くしながら、日本は早期の批准を目指すべきだと訴えたいのです。

核拡散防止条約(NPT)再検討会議の第3回準備委員会に合わせて、2019年4月、ニューヨーク市内で行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の市民会議。SGIの代表が出席したほか、学生ら若い世代も多く参加した
核拡散防止条約(NPT)再検討会議の第3回準備委員会に合わせて、2019年4月、ニューヨーク市内で行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の市民会議。SGIの代表が出席したほか、学生ら若い世代も多く参加した

 かつて、クラスター爆弾禁止条約の第1回締約国会合が行われた時、34カ国がオブザーバー参加し、その多くが最終的に締約国になった事例もありました。
 核兵器禁止条約についても同様に、より多くの国がオブザーバー参加を果たし、核兵器の廃絶を何としても成し遂げようとする締約国と市民社会の真摯な取り組みに接する中で、条約が切り開く“新しい世界の地平”を共に見つめ直すことが重要だと考えます。
  
 核兵器禁止条約は、軍縮条約の域にとどまるものではなく、壊滅的な惨害を食い止める「人道」と、世界の民衆の生存の権利を守る「人権」の規範が骨格に据えられた条約です。
 また、先に気候変動問題を論じた際に触れた「グローバル・コモンズ」の観点に照らせば、「人類全体の平和」や「未来世代の生存基盤となる地球の生態系」を守り抜く礎として、欠かせない条約にほかなりません。
 その条約の真価を鑑みた上で、核兵器に依存した安全保障が、現在のみならず未来の世界にどのような影響を及ぼしかねないのかについて、胸襟を開いた対話をすべきです。
  
 ウィーンでの締約国会合を契機に、立場の違いを超えた対話を重ねる中で、締約国の拡大とともに、直ちに署名や批准に踏み切ることができなくても、条約の真価を前向きに認める国々の輪が広がっていけば、“核時代に終止符を打つための力”に結実していくと信じてやまないのです。
 その意味からも私は、核兵器禁止条約のための「常設事務局」の設置を実現させて、条約の理念と義務を普遍化させるための“各国と市民社会との連合体の中軸”としていくことを呼びかけたいと思います。
  
 これまでSGIでは、2007年に開始した「核兵器廃絶への民衆行動の10年」を通し、ICANなどの団体と協力して、核兵器禁止条約の採択を後押しするとともに、その実現を果たした翌年(2018年)からは、「民衆行動の10年」の第2期の活動を進めてきました。
 第2期では、市民社会の手で条約の理念を普及させることに力を入れており、本年もその流れをさらに強めていきたい。グローバルな民衆の支持こそが、条約の実効性を高める基盤になると確信するからです。

2020年9月から10月にかけて、マレーシアの外務省で行われた「核兵器なき世界への連帯」展(首都クアラルンプールの近郊で)。SGIと核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が共同制作した展示は、21カ国90都市以上で行われてきた
2020年9月から10月にかけて、マレーシアの外務省で行われた「核兵器なき世界への連帯」展(首都クアラルンプールの近郊で)。SGIと核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が共同制作した展示は、21カ国90都市以上で行われてきた
すべてを一瞬で無にする非人道性

 思い返せば、激動の20世紀を通して何度も危機の現場に身を置いてきた、経済学者のガルブレイス博士が、この課題だけは皆で一致して取り組まねばならないと力説していたのが、核兵器の脅威を取り除くことでした(『ガルブレイス著作集』第9巻、松田銑訳、TBSブリタニカを引用・参照)。
  
 博士が自叙伝の結びで、「回想録の著者が、どこで公事に関する筆をおくかを判断するのは難しいものである」と述べつつ、あえて締めくくりに書き留めたのは、専門とする経済の話ではありませんでした。
 広島と長崎に原爆が投下された年の秋に、日本を初訪問して以来、「一度もその教訓を忘れたことはない」と語る核兵器の問題だったのです。
  
 そこには、1980年に博士が行った演説の一節が綴られています。
 「もし我々が核兵器競争の抑制に失敗すれば、我々がこの数日間議論してきた、他の一切の問題は無意味となるでありましょう。
 公民権の問題もなくなるでしょう。公民権の恩恵を被る人間がいなくなるから。
 都市荒廃の問題もなくなるでしょう。わが国の都市は消え失せてしまうから」
 「他の一切の問題については、意見が分れても、それは差支えありません。
 しかし次の一点については、合意しようではありませんか――我々が、全人類の頭上を覆う、この核の恐怖を除くために力を尽すと、アメリカ全国民、全同盟国、全人類に誓うということについては」と。
  
 ガルブレイス博士が剔抉していたように、核兵器の非人道性は、その攻撃がもたらす壊滅的な被害だけにとどまりません。
 どれだけ多くの人々が、“社会や世界を良くしたい”との思いで長い歳月と努力を費やそうと、ひとたび核攻撃の応酬が起これば、すべて一瞬で無に帰してしまう――。あまりにも理不尽というほかない最悪の脅威と、常に隣り合わせに生きることを強いられているというのが、核時代の実相なのです。

戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」60周年を迎えた2017年9月に、その発表の場となった横浜市・三ツ沢の競技場を訪れたSGIの友。戸田会長の遺訓をかみしめながら、「戦争と核兵器のない世界」の建設を誓い合った
戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」60周年を迎えた2017年9月に、その発表の場となった横浜市・三ツ沢の競技場を訪れたSGIの友。戸田会長の遺訓をかみしめながら、「戦争と核兵器のない世界」の建設を誓い合った
現代文明の一凶を取り除く挑戦を!

 私どもが進めてきた核廃絶運動の原点は、戸田第2代会長が1957年9月に行った「原水爆禁止宣言」にあります。
 核保有国による軍拡競争が激化する中、その前月にソ連が大陸間弾道弾(ICBM)の実験に初成功し、地球上のどの場所にも核攻撃が可能となる状況が、世界の“新しい現実”となってまもない時期でした。
  
 この冷酷な現実を前にして戸田会長は、いかなる国であろうと核兵器の使用は絶対に許されないと強調し、核保有の正当化を図ろうとする論理に対し、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と、語気強く訴えたのです。
 一人一人の生きている意味と尊厳の重みを社会の営みごと奪い去るという、非人道性の極みに対する戸田会長の憤りを、不二の弟子として五体に刻みつけたことを、昨日の出来事のように思い起こします。
  
 私自身、1983年以来、「SGIの日」に寄せた提言を40回にわたって続ける中で、核問題を一貫して取り上げ、核兵器禁止条約の実現をあらゆる角度から後押ししてきたのも、核問題という“現代文明の一凶”を解決することなくして、人類の宿命転換は果たせないと確信してきたからでした。
  
 時を経て今、戸田会長の「原水爆禁止宣言」の精神とも響き合う、核兵器禁止条約が発効し、第1回締約国会合がついに開催されるまでに至りました。
 広島と長崎の被爆者や、核実験と核開発に伴う世界のヒバクシャをはじめ、多くの民衆が切実に求める核兵器の廃絶に向けて、いよいよこれからが正念場となります。
  
 私どもは、その挑戦を完結させることが、未来への責任を果たす道であるとの信念に立って、青年を中心に市民社会の連帯を広げながら、誰もが平和的に生きる権利を享受できる「平和の文化」の建設を目指し、どこまでも前進を続けていく決意です。

  *  *  *  *  *

 注6 新戦略兵器削減条約(新START)
 第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継となる条約として、2011年2月に発効したアメリカとロシアの核軍縮条約。条約の期限が迫った昨年2月、2026年まで条約の期限を延長することが決まった。中距離核戦力全廃条約の失効に続いて、領空開放(オープンスカイ)条約からも米ロ両国が離脱する中、核兵器を巡る状況が不安定さを増すことが懸念されている。


第47回SGI提言④ 

2022年01月27日 | 妙法

第47回SGI提言④ コロナ危機からの再建の課題2022年1月26日

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「働きがいのある仕事」を若い世代に
人々に希望を灯す経済の創出を

将来に不安を持つ学生たちが増加

 第三の柱として提起したいのは、若い世代が希望を育み、女性が尊厳を輝かせることのできる経済の創出です。
 
 今回のコロナ危機で世界経済が著しいダメージを受ける中、国際労働機関(ILO)の推計によると、2億5500万人の規模に相当する雇用が失われたといいます。
 特に若い世代を取り巻く状況の悪化が懸念されており、若者の就業率は、25歳以上の人々の就業率と比べて大きく低下し、G20の国々では11%も低下しています。
 
 また、就職をした若者の間でも、コロナ危機に伴う職場環境の急激な変化で、不安が強まる傾向がみられます。
 初めての仕事を、リモートワークなどの形で職場以外の場所でスタートし、周囲に頼れる人がいないままで、仕事をする時期が続いた若者が増えています。
 
 加えて、コロナ危機の影響で家庭の経済状況が厳しくなったために、学生ローンや奨学金の返済がさらに重くのしかかったり、自分が志望する仕事に就く上で必要となるスキルを磨く機会を得られなかったりする若者も少なくありません。
 こうした状況が続く中、学生の間でも将来のキャリアに対する暗い見通しが広がっており、40%が不安を、14%が危惧を感じているという調査結果も出ているのです。

 経済の再建は急務ではありますが、若い世代が抱く不安や危惧が取り除かれ、一人一人の心に「希望」が灯ることがなければ、経済はおろか、社会の健全な発展を期すことはかなわないのではないでしょうか。
 
 その問題を考える上で参照したいのは、マサチューセッツ工科大学のアビジット・バナジー博士とエステル・デュフロ博士による考察です。
 ハーバード大学のマイケル・クレマー教授と共に、2019年にノーベル経済学賞を受賞した両博士は、『絶望を希望に変える経済学』(村井章子訳、日本経済新聞出版本部)と題する著作で、国内総生産(GDP)という指標が持つ意味に触れて、次のような問題提起をしていました。
 「何より重要なのは、GDPはあくまで手段であって目的ではないという事実を忘れないことである」と。
 
 また、所得だけを問題にするような「歪んだレンズ」で世界をみてしまうと、誤った政策判断をすることになりかねないと注意を喚起しながら、こう訴えていました。
 「人としての尊厳を取り戻すことを大切に考える立場からすれば、経済における最優先課題を根本的に考え直す必要があることはあきらかだ。また、尊厳を重んじるならば、助けを必要とする人々を社会はどう助けるべきか、ということも深く考える必要がある」
 
 この著作はパンデミック発生の前年(2019年)に発刊されたものですが、人間の尊厳を支える経済の創出は、待ったなしの課題になっていると思えてなりません。

悲劇に沈む人々に笑顔を取り戻す

 バナジー博士とデュフロ博士が、人間の尊厳にとって何が大切かという“正視眼”に基づいて、経済のあり方を問うた時に言及していたテーマの一つが、働く場を持つことの意味の重みでした。
 同書の中で、かつてバナジー博士が国連のハイレベルパネルの一員として、SDGsの制定に向けた議論に参加していた頃のエピソードが紹介されています。
 
 その折、ある国際NGOのメンバーと面会して活動に共感した博士は、デュフロ博士を伴って、貧困状態を経験した人々に雇用機会を提供するためのミーティングに参加しました。
 そこに集まっていたのは、かつて事故で大けがをして働けなくなった元看護師をはじめ、深刻なうつ病を経験した人や、注意欠如・多動症(ADHD)に伴う行動で息子の親権を奪われた男性だったといいます。
 
 こうした人々が働く場を得られるように支援するNGOの取り組みから、両博士は「社会政策のあり方について多くを教えられた」として、こう強調しました。
 「働くのは、すべての問題が解決し働ける状態になってからだと考えがちだが、必ずしもそうではない」「むしろ働くこと自体が回復プロセスの一部だと考えるべきだ」と。
 
 そして、ADHDの男性のその後の様子について、「仕事を見つけると同時に息子の親権を取り戻し、働く父に息子が向ける尊敬のまなざしに元気づけられている」と、状況の変化が家族全体に幸福の輪を広げていったことを紹介していたのです。
 
 SDGsの目標の一つに、障がい者を含むすべての人々にとっての「働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)」を達成するとありますが、仕事を得て幸福を取り戻した家族の姿に“SDGsが灯すべき希望の光明”を見る思いがします。

「持続可能な未来に色彩を――“2030アジェンダ”への青年の関わり」をテーマに、スペイン創価学会が主催したシンポジウム。「持続可能な開発目標」の重要性を伝えるビデオ上映などが行われた(2019年9月、マドリード近郊のスペイン文化会館で)
「持続可能な未来に色彩を――“2030アジェンダ”への青年の関わり」をテーマに、スペイン創価学会が主催したシンポジウム。「持続可能な開発目標」の重要性を伝えるビデオ上映などが行われた(2019年9月、マドリード近郊のスペイン文化会館で)

 バナジー博士が国連のハイレベルパネルの一員になった時と同じ年(2012年)に、私は提言でSDGsの目指すべき方向性に触れて、こう述べたことがありました。
 「目標の達成はもとより、悲劇に苦しむ一人一人が笑顔を取り戻すことを最優先の課題とすることを忘れてはなりません」と。
 コロナ危機からの経済の立て直しにおいても、この観点を決して忘れてはならないと、改めて強調したいのです。
 
 バナジー博士とデュフロ博士は、社会の谷間に置かれた人々に対する眼差しを変える必要があるとして、こう訴えていました。
 「彼らは問題を抱えてはいるが、けっして彼ら自身が問題なのではない」「彼らを『貧窮者』だとか『失業者』といった括りで見るのをやめ、一人の人間として見るべきである。発展途上国を旅して何度となく気づかされるのは、希望は人間を前へ進ませる燃料だということだ」と。
 
 私もまったく同感であり、一人一人が自分の力を発揮できる仕事や居場所を得ることで、尊厳の輝きを地域と社会に大きく灯す道が開かれるはずであると、信じてやみません。
 
 ILOの主催で「人間中心の復興」に関する多国間フォーラムが、年内に開催されることになっています。
 この機会を通じて、各国がコロナ危機の教訓を分かち合いながら、特に若い世代を巡る状況の改善に焦点を当てる形で、「働きがいのある人間らしい雇用」の確保に全力を注ぐことを呼びかけたいのです。

ジェンダー平等の指針を打ち出した「北京行動綱領」の採択25周年を前に、2019年10月、スイスのジュネーブで開かれた市民社会フォーラム。SGIの代表も参加し、「女性・平和・安全保障」に関する作業部会での議論などに貢献した
ジェンダー平等の指針を打ち出した「北京行動綱領」の採択25周年を前に、2019年10月、スイスのジュネーブで開かれた市民社会フォーラム。SGIの代表も参加し、「女性・平和・安全保障」に関する作業部会での議論などに貢献した

ジェンダー平等の推進が急務

女性を取り巻く厳しい状況の改善

 また、若い世代のための取り組みと併せて、今後の経済の欠くことのできない基盤として強調したいのが、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」の推進です。
 
 新型コロナに対応するために、医療機関ではそれまで経験したことのなかった負担や苦労が重なっていますが、医療の最前線で働く人々の7割は女性が占めています。
 
 一方で、家族や身近な人の世話や看病をするため、積み重ねてきたキャリアの中断や、休職をせざるを得なかった女性も少なくありません。加えて、景気後退で失われた雇用は女性の場合が多く、最も打撃を受けたのは、幼い子どもを育てながら仕事をしてきた女性たちだったと指摘されています。
 
 以前からジェンダーの格差は深刻でしたが、コロナ危機で状況が悪化する中、抜本的な対策を求める動きが広がりました。
 その代表的な動きが、昨年、UNウィメン(国連女性機関)などが主催し、2回にわたって行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」です。
 3月のメキシコでの会合には、85カ国からオンラインも含めて1万人が参加し、ジェンダー平等に向けた行動と運動を活性化するための議論が行われました。

昨年6月から7月にかけて、フランスのパリで行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」(AFP=時事)。国連のグテーレス事務総長や各国の首脳らが出席したほか、世界中から約5万人がオンラインで参加した
昨年6月から7月にかけて、フランスのパリで行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」(AFP=時事)。国連のグテーレス事務総長や各国の首脳らが出席したほか、世界中から約5万人がオンラインで参加した

 そして、6月から7月にかけてフランスで行われた会合で発表されたのが、ジェンダー平等の達成に向けた勢いを加速させるための5年間にわたるグローバル計画です。
 
 この計画の中で、「ジェンダーに基づく暴力」や「ジェンダー平等のための技術と革新」などの五つの分野とともに重視されていたのが、「経済的正義と権利」でした。
 男女の賃金格差をはじめとする課題を提示しつつ、ジェンダーに配慮した経済対策で、貧困に苦しむ女性を減らすことなどが打ち出されましたが、特に注目したのは「ケアワーク(ケアの仕事)」を巡る課題を改善するための提案です。
 
 家族の世話や介護などのケアの仕事を、主に女性が無償で担ってきた実態が多くの国でみられる中、新型コロナがその負担をさらに重くしたことが懸念されています。
 そこで、負担を社会で分担できるようにするために、国民所得の3%から10%を投資して、ケアの仕事を有給で支えてきた人々の待遇改善を後押しする一方で、ケアに関連する雇用機会を新たに生み出すための環境を整えることが、推奨されたのです。

ケア分野の拡充がもたらす波及効果

 この点は、UNウィメンが昨年9月に始めたフェミニスト計画〈注2〉でも重視されており、ケアの仕事を“持続可能で公正な経済”の中心に据えることが提唱されていました。
 
 世界では、15歳未満の子どもたちが19億人、60歳以上の人々が10億人、障がいのある人々が12億人いると推計される中で、日常生活を送る上で何らかのケアを必要としている人が大勢います。
 こうしたケアに関わる分野への公共投資は、女性が抱えてきた負担の軽減だけでなく、子どもや高齢者、障がいのある人々の生活環境の改善につながるなど、大きな波及効果をもたらすことが期待されているのです。
 
 そして何より、ケアの仕事が、サポートを受ける人の幸福と尊厳にとってかけがえのないものであることを忘れてはなりません。
 経済成長という“満ち潮”をつくり出すことができても、傷ついたボートがそのまま持ち上がるわけではないといわれます。
 一方で、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」に直結するケア分野の拡充に力を入れていけば、多くの人々の生活と幸福と尊厳を支える社会を着実に形作ることができると、私は信じてやまないのです。

2017年10月、アルゼンチンのコンセプシオン市で開催された「平和の文化と女性展」。環境運動家のワンガリ・マータイ博士をはじめ、時代変革の波を起こした人々の言葉などを紹介した展示に対し、来場者から「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が寄せられた
2017年10月、アルゼンチンのコンセプシオン市で開催された「平和の文化と女性展」。環境運動家のワンガリ・マータイ博士をはじめ、時代変革の波を起こした人々の言葉などを紹介した展示に対し、来場者から「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が寄せられた

 私どもSGIも、“万人の幸福と尊厳”を思想の中核に置く仏法の精神に基づいて、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」を推進する活動を続けてきました。
 
 2020年にUNウィメンが「平等を目指す全ての世代」のキャンペーンを立ち上げた時は、SGIを含むFBO(信仰を基盤とした団体)の諸団体が、国連機関と協力してニューヨークで行っている年次シンポジウムで、ジェンダー平等を前進させるためにFBOが果たすべき役割について議論しました。
 昨年1月にも同じシンポジウムを開催しましたが、そこで共通認識となったのも、パンデミックからの再建を図る上で、経済対策を含めてジェンダー不平等の解消が欠かせないとの点だったのです。
 
 また現在、アフリカのトーゴ共和国で、森林再生支援のプロジェクトを進める中で、担い手となっている貧困地域の女性たちをエンパワーメントする活動も進めています。
 国際熱帯木材機関(ITTO)との共同で昨年1月に開始した取り組みで、森林の急速な減少が進む地域で植林や保護を行うとともに、女性たちが手に職をつけて経済的に自立することを後押ししてきました。
 今後は、プロジェクトを経験した女性たちが別の地域を訪れ、互いの地域で抱える課題について体験を共有しながら、学び合う取り組みも行う予定となっています。

創価学会と国際熱帯木材機関(ITTO)が共同で、西アフリカのトーゴ共和国で進めている森林再生支援プロジェクト。貧困地域に暮らす女性たちが活動の担い手となり、昨年は約3万本の苗木が植えられた
創価学会と国際熱帯木材機関(ITTO)が共同で、西アフリカのトーゴ共和国で進めている森林再生支援プロジェクト。貧困地域に暮らす女性たちが活動の担い手となり、昨年は約3万本の苗木が植えられた
新たに制定された学会の「社会憲章」

 私たち人間には、いかなる逆境の最中にあっても、プラスの価値を共に生み出し、時代変革の波を起こす力が具わっています。
 コロナ危機を乗り越え、人間の尊厳を支える経済と社会を築く源泉となるものこそ、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」ではないでしょうか。
 
 振り返れば、この二つの時代潮流の淵源となった第4回「世界女性会議」〈注3〉と同じ年に、私どもは「SGI憲章」を制定し(1995年11月)、「いかなる人間も差別することなく基本的人権を守る」などの理念に則り、地球的問題群の解決に取り組む活動を続けてきました。
 
 そして昨年11月に、新たに制定したのが「創価学会社会憲章」です。
 そこでは、「仏法の寛容の精神に基づき、他の宗教的伝統や哲学を尊重して、人類が直面する根本的な課題の解決について対話し、協力していく」との基本姿勢を示すとともに、「ジェンダー平等の実現と女性のエンパワーメントの推進に貢献する」など、10項目にわたる目的と行動規範を掲げました。
 
 今後も、192カ国・地域に広がった仏法の民衆団体として、一人一人が「良き市民」として友情と信頼の輪を広げながら、“万人の幸福と尊厳”に根ざした世界を築くための挑戦を重ねていきたいと思います。

⑤に続く

  *  *  *  *  *

 注2 フェミニスト計画
 コロナ危機からの復興が、よりジェンダー平等で持続可能な世界を形作るものになることを保証するよう、昨年9月にUNウィメン(国連女性機関)が各国政府に行動を呼びかけた計画。①女性の暮らしを支える経済、②ケアワークを持続可能で公正な経済の中心に据える、③環境に優しい未来へ向けたジェンダーに公平な移行、の三つの主要分野が掲げられている。

 注3 第4回「世界女性会議」
 世界女性会議は、第1回(1975年、メキシコシティ)、第2回(1980年、コペンハーゲン)、第3回(1985年、ナイロビ)と、5年ごとに開催され、第4回は1995年9月に中国の北京で行われた。その会議で、189カ国が署名した北京宣言と北京行動綱領は、現在にいたるまで、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントに関する包括的な指針となっている。

 

第47回SGI提言⑤ 気候変動問題を解決する道2022年1月27日

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日本と中国が行動の連帯を広げ
気候危機を打開する牽引力に

 続いて、現在の世代だけでなく、これから生まれる世代のために、何としても早期に解決を図らねばならない三つの課題について、具体的な提案を行いたい。
 
 第一の課題は、気候変動問題の解決です。
 長年にわたって警鐘が鳴らされてきたにもかかわらず、地球温暖化の勢いに歯止めがかからない状況が続いています。
 異常気象の被害も拡大の一途をたどっており、そうした中で、干ばつや森林火災が各地で頻発するとともに、海洋でも水温上昇や酸性化が進み、陸地と海洋の双方で温室効果ガスの吸収能力の低下が懸念されるという、悪循環も生じているのです。
 
 こうした一刻の猶予もない状況下で、昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで行われたのが、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議(COP26)でした。
 各国の意見の違いで協議は難航し、会期が1日延長される中で、「世界の平均気温の上昇を1・5度に抑える努力を追求することを決意する」と明記した成果文書が合意されました。

昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで開催された、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議。会期中には、世界の青年たちの声を届けるためのパネルディスカッションも行われた(AFP=時事)
昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで開催された、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議。会期中には、世界の青年たちの声を届けるためのパネルディスカッションも行われた(AFP=時事)

 2015年に採択されたパリ協定では、「2度未満」に抑えることが主力の目標だっただけに、今回、「1・5度」が新たな共通目標となった点は、大きな前進と言えます。
 しかし、各国が表明した温室効果ガスの削減目標のみでは達成は困難とみられており、さらなる対策の強化が欠かせません。
 
 この点に関し、COP26のアロック・シャルマ議長は、閉幕にあたっての声明で次のような注意喚起をしていました。
 「1・5度という目標は堅持できました」
 「しかしその鼓動は、依然として弱いと言わざるを得ません。だからこそ、歴史的な合意に達したとはいえ、その評価は各国が署名を行った事実だけではなく、署名国が約束を順守して実行できるかどうかにかかっているのです」と。
 
 その意味で、予断を許さない状況は今後も続きますが、局面の打開につながるシナリオがまったく存在しないわけではない。
 世界資源研究所などがまとめた報告書によると、温室効果ガスの排出量の75%を占めるG20諸国が、「1・5度」の目標に沿って削減を加速させ、2050年までに“排出量の実質ゼロ”を達成すれば、平均気温の上昇幅を目標の一歩手前である、1・7度以内にまで近づけることは可能だというのです。

国交正常化50周年を機に協力を深化

 そこで私は、COP26でアメリカと中国が気候変動問題での協力を約束したのに続く形で、日本と中国が同様の合意を図り、問題解決に向けた希望のシナリオを共に生み出していくよう、強く呼びかけたい。
 
 アメリカと中国の共同宣言では、温室効果が高いメタンの削減をはじめ、再生可能エネルギーの分野や、違法な森林破壊の阻止などの面で、2030年に向けた協力を進めることが盛り込まれています。
 近年、米中両国の間で緊張が高まっていますが、世界の温室効果ガスの4割以上を排出する両国が、人類共通の課題のために歩み寄った意義は誠に大きいと言えましょう。
 
 日本と中国の間でも、気候変動問題での協力を強化する合意を、早期にとりまとめるべきではないでしょうか。
 本年は、日中国交正常化から50周年にあたります。
 次なる50年の出発を期す意義を込めて、「気候危機の打開に向けた日中共同誓約」を策定し、持続可能な地球社会のための行動の連帯を広げていくことを提唱したいのです。
 
 日本と中国には、環境問題で長年にわたり協力を重ねてきた実績があります。
 出発点となったのは、両国を行き来する渡り鳥とその生息環境を守る協定(1981年)で、1994年には日中環境保護協力協定が結ばれ、1996年に日中友好環境保全センターが北京に設立されました。
 その後も、さまざまな分野で協力が進み、大気汚染の防止をはじめ、植林や森林保全、エネルギーや廃棄物対策など、数多くの成果が積み上げられてきたのです。

北京師範大学からの名誉教授称号の授与式。世界の大学・学術機関から200番目となった名誉学術称号に対する謝辞で、池田SGI会長は、日本と中国にとっての未来の最重要課題として環境問題を取り上げ、さらなる協力の拡大を呼びかけた(2006年10月、東京・八王子市の創価大学で)
北京師範大学からの名誉教授称号の授与式。世界の大学・学術機関から200番目となった名誉学術称号に対する謝辞で、池田SGI会長は、日本と中国にとっての未来の最重要課題として環境問題を取り上げ、さらなる協力の拡大を呼びかけた(2006年10月、東京・八王子市の創価大学で)

 思い返せば、日中友好環境保全センターの設立10年を迎えた年に、私は北京師範大学からの名誉教授称号の授与式(2006年10月)で、両国の環境協力の歴史に触れながら、こう呼びかけたことがありました。
 
 「この流れを、さらに加速させていかねばならない。そのために、100年先の長期展望に立った、包括的かつ実効的な『日中環境パートナーシップ(協力関係)』の構築を、私は、ここに強く提言しておきたいのであります」
 「そして日中両国が、大切な隣国である韓国とも力を合わせて、『環境調査』や『技術協力』、『人的交流』や『人材育成』等を、より強固に推進していくならば、その波動はアジア全体はもとより、全地球的なスケールで広がっていくことは絶対に間違いないと、私は確信するものであります」と。
 
 これまでも日中友好環境保全センターを拠点に、アメリカ、ロシア、EU(欧州連合)諸国とのプロジェクトを進めてきたほか、100カ国以上の途上国を対象に環境行政を担う人々の研修を実施するなど、日中の環境協力は大きな相乗効果を生んできました。
 気候危機の打開に向けて、日本と中国がこれまでの実績を基盤に、韓国をはじめアジア諸国との協力をさらに深めながら、世界に“希望と変革の波動”を広げる挑戦を力強く進めることを願ってやみません。

国連と市民社会の連携で
地球環境と生態系を保全

プラスの連鎖を力強く生み出す

 この「国家間の協力」に関する提案と併せて呼びかけたいのは、「国連と市民社会との連携」を強化するための制度づくりです。
 具体的には、気候や生態系をはじめとする「グローバル・コモンズ(世界規模で人類が共有するもの)」を総合的に守るための討議の場を国連に設けて、青年たちを中心に市民社会が運営に関わる体制を整えることを呼びかけたい。
 
 気候変動枠組条約と生物多様性条約への署名を開始した場となり、砂漠化対処条約を生み出す契機となった国連環境開発会議(地球サミット)が、ブラジルのリオデジャネイロで開催されてから本年で30年を迎えます。
 三つの条約については2001年に共同連絡グループが設けられ、情報の共有や活動の調整がされてきましたが、市民社会による支援を得ながら、対策の連動をさらに力強く進めるべきではないでしょうか。
 私は、そこに気候変動問題を解決するための活路があると考えます。いずれの問題も深く結びついているからこそ、解決策も相互に連動させることで、困難の壁を打ち破る新しい力が生まれていくからです。
 
 「グローバル・コモンズ」には、各国の主権が及ばない公海をはじめ、北極や南極とともに、地球を覆う大気や生態系のような、人類の生存と繁栄に不可欠なものが含まれており、最大の焦点は、現在から将来の世代にわたっての保全を図ることにあります。
 昨年から、生態系の回復に関する国連の10年〈注4〉がスタートしましたが、三つの条約以外の分野も含めて対策を連動させながら、問題解決の前進を相互に後押しする“プラスの連鎖”を起こすべきだと訴えたいのです。
 
 3月には、国連環境計画(UNEP)の創設50周年を記念した、国連環境総会の特別会合がケニアのナイロビで行われます。
 この特別会合で、「グローバル・コモンズ」の観点に基づいて環境問題への総合的な取り組みを強化する方針を盛り込んだ宣言を、採択することを呼びかけたい。その上で、「グローバル・コモンズ」に関する問題を集中的に討議するための場を国連に設けるべきだと考えるのです。

昨年9月、イタリアのミラノで行われた「ユース・フォー・クライメート」の会議。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんらが登壇した初日の全体会合では、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議のアロック・シャルマ議長が、ビデオ映像を通して演説を行った(AFP=時事)
昨年9月、イタリアのミラノで行われた「ユース・フォー・クライメート」の会議。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんらが登壇した初日の全体会合では、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議のアロック・シャルマ議長が、ビデオ映像を通して演説を行った(AFP=時事)

世界の青年が問題解決に取り組む
国連ユース理事会を創設

 私は昨年の提言で、青年の視点による提案を国連の首脳に届ける「国連ユース理事会」を創設する重要性を訴えました。例えば、こうした青年主体の組織に、その討議を担う役割を託してはどうでしょうか。
 
 2019年に国連で行われたユース気候サミットに続いて、昨年9月、国連ユース理事会のイメージを彷彿とさせるような、若者たちによる国際会議「ユース・フォー・クライメート」が、イタリアのミラノで開催されました。COP26に先立つ形で行われたもので、若い世代の声とアイデアを政府間交渉につなげる場となったのです。
 
 パリ協定のほぼすべての署名国を含めた186カ国から、約400人の若者が集った国際会議には、創価学会青年部の代表も参加しました。その会議の宣言で打ち出されたのが、次の要望事項だったのです。
 「気候変動枠組条約において、若者の参加を促進する機関を設置し、若者が締約国の代表たちと、また若者たち同士で、公式かつ定期的に対話ができる常設的な場を提供すること」
 「若者の発言に関して、全体会合における最後というよりも、最初や途中でも発言できるようにすることをはじめ、会期中で若者の発言の機会を増やすこと」
 
 このように、自分たちの生活や将来に深刻な影響をもたらす気候変動問題に対し、協議や意思決定のプロセスに一貫して関わることができる制度づくりを、世界の青年たちは切実に求めているのです。

危機の現場に集い 共に解決策を探る

 その意味で、国連ユース理事会の構成にあたって何よりも大切なのは、ミラノで行われた国際会議と同様に、世界のすべての国に参加の道を開くことだと思います。
 
 国連ユース理事会の運営においては、通常の討議はオンラインで実施し、重要な決定を行う全体会合は半年に一度、会場をさまざまな場所に移しながら、対面で行う形態も考えられましょう。
 その上で、毎回の全体会合における成果を、国連での意思決定につなげるべきだと考えるのです。
 
 国連の歴史をひもとけば、当初、複数の都市から誘致の声が上がり、国連本部の設置場所が決まらない中で、「航海を行う船の上に国連を設置し、恒久的な世界周航状態に置く」という案が出されたこともあったといいます。
 実際、ニューヨークの国連本部が完成するまで、最初の国連総会はロンドンで行われ、第3回の総会はパリで行われるなど、他の都市で国連総会が開催された経緯があったのです。
 
 国連の議場を船舶に設けて世界の海を航行する案は、当時でも奇抜だったでしょうが、どの国の主権も及ばない公海は「グローバル・コモンズ」の象徴でもあり、そのアイデアには“人類の議会”としての国連に込められた思いを偲ばせるものがあります。
 こうした国連の創設前後の歴史を踏まえて、ユース理事会の全体会合もニューヨークの国連本部に限定せず、さまざまな国で行うことも一案ではないでしょうか。

2018年9月、ニュージーランドのオークランドで開催された戸田記念国際平和研究所の研究会議。「太平洋地域における気候変動と紛争」をテーマに、オーストラリアやニュージーランドのほか、ヨーロッパ、北米などから参加した研究者が討議を行った
2018年9月、ニュージーランドのオークランドで開催された戸田記念国際平和研究所の研究会議。「太平洋地域における気候変動と紛争」をテーマに、オーストラリアやニュージーランドのほか、ヨーロッパ、北米などから参加した研究者が討議を行った

 開催地の選定にあたっては、各国の青年たちに加えて、気候変動の影響に伴う損失と損害や、生態系の悪化が深刻な地域から、多くの市民社会の代表が参加しやすい場所を、優先的に選ぶ方法もありましょう。
 
 この点、私が創立した戸田記念国際平和研究所では、さまざまな会議を行うにあたり、その会場として、テーマとなる課題が深刻な地域を選んできたことが多くありました。
 「現実に苦しんでいる民衆の声を聞き、民衆の側に立つ」との理念に基づくもので、現在も、海面上昇の影響が深刻である、太平洋の島嶼地域に焦点を当てた気候変動問題の研究プログラムを進めています。
 
 国連ユース理事会の全体会合を行う際にも、危機の現場に近い場所から打開策を探ることが大切になると思えてなりません。
 そうした国連への青年参画の制度づくりを、「国連と市民社会との連携」を強化するための突破口にすべきだと考えるのです。
 
 この提案に関連し、国連子どもの権利委員会が先月から開始した取り組みについても言及しておきたい。
 同委員会では、子どもの権利と環境、特に子どもと気候変動を巡る課題に焦点を当てた重要文書となる「一般的意見26号」を起草するにあたって、NGOやすべての世代からの意見の募集を開始したのに続き、来月からは特に世界の子どもたちを対象に意見を募集することになりました。
 今後は、この「一般的意見26号」の起草に子どもたちが参加する諮問チームの発足も予定されており、子どもたちの声が世界の取り組みに反映されることを期待するものです。

気候変動問題への対応における青年の役割をテーマに、昨年11月、イギリスSGIと青年団体が共催した討論会。国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議の開催に合わせて、グラスゴー市内で行われた
気候変動問題への対応における青年の役割をテーマに、昨年11月、イギリスSGIと青年団体が共催した討論会。国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議の開催に合わせて、グラスゴー市内で行われた

 私どもSGIも、青年たちを中心に環境問題に関する活動を続けてきました。
 昨年、COP26がグラスゴーで行われた際には、地球憲章インタナショナルと新たに共同制作した「希望と行動の種子」展を開催したほか、COP26に設けられた参加団体による意見表明の場で、次のような声明を発表しました。
 「青年たちの声に耳を傾けることは、オプションではない。世界の未来を心から憂慮するのであれば、必然的に進むべき唯一の道である」と。
 
 人間には、いかなる試練も乗り越える力が具わっています。なかんずく、“未来は自分たちの手で切り開く”との信念で立ち上がった青年たちの連帯こそ、その何よりの原動力となるものではないでしょうか。

⑥に続く

  *  *  *  *  *

 注4 生態系の回復に関する国連の10年
 2021年から2030年の10年間を通し、気候危機との戦い、食料安全保障と水供給、生物多様性の保全強化に関し、効果ある対策として、生態系の回復を促進することを目指す。2019年3月に採択された国連総会の決議では、若者をはじめ、女性や高齢者、障がいのある人々、先住民など、すべての関係者が、その取り組みに関与する重要性が強調されている。

 

第47回SGI提言⑥ 21世紀を担う子どもたちのために2022年1月27日

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「緊急時の教育」の対応が
各国共通の重要課題に

長期の学校閉鎖が引き起こした影響

 第二の課題は、子どもたちの教育機会の確保とその拡充の取り組みです。
 
 パンデミックの発生で、国際社会の注意が公衆衛生と経済の危機に集中する中で、もう一つの深刻な危機が各国で広がりました。
 学校の閉鎖や授業の中断によって、教育の機会が著しく失われた危機です。
 その影響を受けた子どもたちは、約16億人に及んだと推計されています。
 
 学校の閉鎖に伴う影響は、学びの時間が大幅に奪われたことだけにとどまりません。
 友だちとの日常的な交流が急に途絶えてしまい、成長の手応えや未来の希望を感じる機会も失った結果、孤独感を深めたり、意欲をなくしたりするなど、多くの子どもたちが精神的なダメージを受けました。
 また、貧困地域や経済的な困難を抱える家庭の子どもにとって“毎日の栄養面を支える生命線”となっていた給食の提供が、突然の休校で中止される状態が続いたため、低体重や貧血といった症状が広がることが懸念されています。
 
 このような長期の休校や対面授業の中断が、世界的規模で一斉に起きたことは、学校教育の歴史で前例がないといわれます。
 学校閉鎖の影響を最小限に抑えるために、多くの国がオンライン形式による遠隔学習を導入したものの、デジタル環境の普及を巡る格差が壁となり、その機会を得られない子どもたちが多数にのぼりました。

2020年3月にニュージーランドSGIが主催し、首都ウェリントンの国会議事堂で行われた「トゥマナコ――平和な世界への子ども絵画展」の開幕式。「トゥマナコ」とは“希望”を意味する先住民マオリの言葉で、開幕式には多くの小学生や中学生らが参加した
2020年3月にニュージーランドSGIが主催し、首都ウェリントンの国会議事堂で行われた「トゥマナコ――平和な世界への子ども絵画展」の開幕式。「トゥマナコ」とは“希望”を意味する先住民マオリの言葉で、開幕式には多くの小学生や中学生らが参加した

 紛争や災害などの「緊急時の教育」の支援に取り組んできた、ECW(教育を後回しにはできない)基金〈注5〉では、コロナ危機に即応して、2920万人の子どもたちのために遠隔学習の実現などを後押ししましたが、こうした国際支援の強化が欠かせません。
 また、インターネット以外の手段で遠隔学習を進めた国々の事例もあり、その経験を他の国でも共有しながら、大勢の子どもが教育の機会を早急に取り戻せるようにすることが必要と言えましょう。
 
 例えば、シエラレオネでは、パンデミックの発生直後にラジオを活用した遠隔学習が始まり、260万人の生徒が学校の閉鎖中も授業を受け続けられました。
 以前にエボラ出血熱が発生した時の対応を生かしたもので、遠隔学習の効果も実証済みだったため、新型コロナの場合にも即座に対応できたというのです。
 
 南スーダンでも、太陽光で充電できるラジオを困窮家庭の子どもたちに配布したほか、スーダンでは学校の宿題を新聞に掲載するなどの方法がとられましたが、子どもの教育を第一に考え、各国が柔軟に対策を進める意義は大きいのではないでしょうか。
 何よりも大切なのは、いついかなる時でも、子どもたちがどのような環境に置かれていたとしても、そこに「教育の光」を届け続けることにあると信じるからです。

牧口初代会長の大著『創価教育学体系』。これまで、英語、ポルトガル語、フランス語、スペイン語、ヒンディー語、中国語など、世界の多くの言語に翻訳され、国の違いを超えて「人間教育の光」を広げてきた
牧口初代会長の大著『創価教育学体系』。これまで、英語、ポルトガル語、フランス語、スペイン語、ヒンディー語、中国語など、世界の多くの言語に翻訳され、国の違いを超えて「人間教育の光」を広げてきた
創価教育の源流に脈打つ情熱と信念

 国連のグテーレス事務総長は、国連で働き始める前に、貧困地域で子どもたちに数学を教える活動をしたことがあり、その経験を踏まえながら、次のように強調していました。
 「リスボンのスラム街で、教育は貧困をなくす原動力であり、平和への力となることを目の当たりにした」と。
 
 歴史を振り返れば、私が創立した創価教育の学校と大学にとって永遠に忘れてはならない源流も、今から100年ほど前に、牧口初代会長と戸田第2代会長が心血を注いだ教育実践にありました。
 当時の東京で、貧困家庭の子どもたちのために開設された特殊小学校に、校長として赴任した牧口会長は、校内の宿舎に住み込みながら、栄養不足の児童に給食を用意するために奔走したり、病気になった児童の家に自ら足を運んで面倒をみたりしていました。
 
 壊れた窓ガラスに厚紙をあてて、外気の侵入を防いでいるような状況の学校で、校長として奮闘を続ける様子について、学校を訪問した教育関係者はこう綴っています。
 「ただ熱情をもって、彼ら貧民子弟の教育に尽くそうということだけに、全精神が打ち込まれているらしく見えた」(「創価教育の源流」編纂委員会編『評伝 牧口常三郎』第三文明社を参照。現代表記に改めた)
 
 戸田第2代会長も同じ小学校で働き、牧口会長を支えながら、当時の東京で最も厳しい環境下で生きる子どもたちに「教育の光」を届けるべく、若き情熱を燃やしたのです。

昨年6月、東京・八王子市の創価大学で行われた「難民を対象とする大学院推薦入学制度」の協定書の調印式。UNHCR駐日事務所、国連UNHCR協会との協定で、経済的な理由で日本の大学に通うことが困難な難民を、奨学生として大学院に受け入れることになった
昨年6月、東京・八王子市の創価大学で行われた「難民を対象とする大学院推薦入学制度」の協定書の調印式。UNHCR駐日事務所、国連UNHCR協会との協定で、経済的な理由で日本の大学に通うことが困難な難民を、奨学生として大学院に受け入れることになった

 創価教育の学校で小学校から大学にいたるまで、経済的に就学が困難な生徒や学生などを支援するために、奨学金の拡充に努めてきた理由の一つも、そうした二人の先師の精神を継承したものにほかなりません。
 
 さらに創価大学では、日本の学生や留学生への経済的な支援のほかに、2016年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の「難民高等教育プログラム」に加わり、難民の学生を受け入れてきました。
 
 大学院への受け入れについても、2017年から国際協力機構(JICA)の「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム」に参画してきたほか、昨年にはUNHCR駐日事務所や国連UNHCR協会と、大学院への推薦入学に関する協定を締結しており、学部と大学院の両課程で受け入れの協定を結んだ日本初の大学になっています。
 
 世界各地で難民になった子どもや若者たちにとって、大学などの高等教育に進学できるのは5%にすぎないといわれます。
 しかし難民の若者にも、他の若者と同様に、学びを深めたい分野があり、かなえたい夢があることを忘れてはならないのです。
 
 私ども創価学会も、UNHCRの活動への支援を続ける一方、昨年1月からは“パンデミックの最中にあっても届けたい光がある”との思いで、難民とその受け入れ国の子どもたちのための活動を始めました。
 ヨルダンにおいて、音楽を通して希望を贈り、困難を乗り越える力を育むための教育の一環として、NGOの「国境なき音楽家」と共同して進めているプロジェクトです。
 現地で音楽教育の活動を担うことができる人々を育成しながら、子どもたちのための夏季音楽講座を各地で開催してきました。
 
 プロジェクトに携わる音楽家のタレク・ジュンディ氏は、「私たちの活動は種をまく作業のようなものです。すぐには目に見える結果が表れなくても、確実に変化は生まれています」と述べています。
 子どもたちの胸中にある“心田”に可能性の花々が咲き誇ることを信じ、祈るような思いを込めて種をまく行為に、教育の眼目はあるのではないでしょうか。

創価学会とNGOの「国境なき音楽家」が、ヨルダンで進めている音楽教育のプロジェクト。昨年8月に行われた夏季音楽講座には、障がいのある子どもたちも参加した
創価学会とNGOの「国境なき音楽家」が、ヨルダンで進めている音楽教育のプロジェクト。昨年8月に行われた夏季音楽講座には、障がいのある子どもたちも参加した

「教育変革サミット」で未来を展望し
子どもたちのための行動計画を

障がいのある子どもの学ぶ権利

 この「緊急時の教育」の拡充と並んで、世界共通の重点課題に挙げたいのは、障がいのある子どもや若者の学ぶ権利を保障するための「インクルーシブ教育」の促進です。
 
 国連児童基金(ユニセフ)が昨年11月に発表した報告書によると、障がいのある子どもの数は、世界で約2億4000万人と推計され、若い世代の10人に1人は何らかの障がいがあるといわれます。
 しかし、あらゆる人々を差別なく包摂するというインクルーシブの理念に基づいて、他の子どもと同じ権利の保障を求めても、社会的な壁や差別によって阻まれることが多く、教育を受ける環境についても改善があまり進んでいません。
 
 パンデミックの発生は、状況をさらに悪化させるものとなりました。
 オンライン授業などの遠隔学習が提供されても、それぞれの障がいに対する配慮が十分でない場合には、授業をそのまま受けるのが難しいことに加え、在宅での学習には家族などによる全面的なサポートが欠かせない場合も多いからです。
 SDGsでは「すべての人々に包摂的かつ公正で質の高い教育を提供する」との目標を掲げる中で、障がい者への平等な教育機会の確保や、障がいに配慮した学習環境の整備を呼びかけていますが、パンデミックで露わになった課題も含めて、早急に改善を図る必要があると思えてなりません。
 
 そもそも、2006年に障害者権利条約が国連で採択されるにあたって、最も議論になったテーマの一つが教育でした。
 その結果、教育を受ける権利を差別なく実現するために、あらゆる段階の教育制度で「インクルーシブ教育」を確保することが、明確に定められたのです。
 また条約では、障がいのある人に対して「合理的配慮」がない場合は差別に当たるとの原則を示した上で、特に教育の場で配慮が欠かせない点が重ねて強調されました。
 
 障がいが個人の問題ではなく、社会の側が変わらねばならない課題であるとの視座が、条約で打ち出された背景には、制定の過程で画期的な出来事があったからでした。
 “私たちのことは、私たち抜きで決めないでほしい”との強い声を受け、各国の政府代表だけでなく、障がいを巡る問題に取り組むNGOの代表が、条約の交渉への参加を認められたのです。
 
 現在まで、障害者権利条約には184カ国・地域が批准をしています。
 今一度、条約の制定に込められた多くの人々の思いに立ち返って、「インクルーシブ教育」の実現に向けた取り組みを拡充すべきではないでしょうか。

 脳性まひの障がいがあり、現在はUNHCRの“障がいのある子どもたちの擁護者”として活動するナジーン・ムスタファさんは、自らの体験を踏まえつつ、こう語っています。
 「インクルーシブ教育とは、単に、障がいのある子どもを学校に入学させることではありません。孤立感や隔たり、そして、障がいがないかもしれない他の子どもたちと自分は違うのだといった思いを感じさせることなく、障がいのある子どもたちのニーズに対応していくことです」
 「障がい者用のトイレを設置したり、建物のバリアフリー化をしたりすれば良いというだけの話ではなく、誰もが自分の能力を引き出せるようにすることが、インクルーシブ教育なのです」と。
 
 彼女は、シリアでの紛争から逃れた難民でもあり、16歳の時に車椅子に乗って移動しながら、3500マイル(約5600キロ)の距離を経て、ドイツにたどり着きました。
 そこで受けた「インクルーシブ教育」の意義などを振り返ったインタビューで、障がいのある子どもたちの思いを代弁するムスタファさんが強く求めていたのが、社会全体の意識を根本的に変えることだったのです。
 
 「私が育ったところでは、障がいがあるということは、社会の片隅で生活し、学問的にも人間的にも成長することを期待されていないということを意味していました」
 「障がい者に対して社会が抱いている最大の誤解は、私たち障がい者が志や夢を持っているはずがないと思い込んでいることです。私たちの持つ夢がかなうかもしれないという胸中のかすかな希望の光が、障がいがあるというだけで消し去られるはずだ、と考えていることなのです」
 ムスタファさんが訴えるように、社会における無理解や偏見によって、障がいのある子どもたちの心の中から“生きる希望”が奪われることは、決してあってはなりません。

これから生まれる世代の夢を守る

 9月には、国連で「教育変革サミット」が開催されます。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が昨年11月に発表した、教育の未来に関する報告書を受ける形で行われるものです。
 
 ユネスコでは、社会的な変革に対応する形で教育の役割を再考するために、1972年と1996年に報告書を出してきましたが、今回はそれらに続く、四半世紀ぶりの報告書となります。2019年から2年の歳月をかけ、世界の100万人の声をくみ取りながらまとめられた報告書では、教育格差を巡って次の問題提起がされていました。
 
 「今後に起こるかもしれない異常事態のシナリオの中には、質の高い教育がエリートの特権となり、その他の膨大な数の人々は生活に必要な物品やサービスが手に入らず、悲惨な生活を余儀なくされる世界の姿も含まれています。現在の教育格差は、今後、悪化の一途をたどり、やがて教育課程そのものが無意味になってしまうのでしょうか。これらの起こりうる変化は、私たちの基本的な人間性にどのように影響を及ぼすのでしょうか」と。
 
 その上で、難民など厳しい状況に置かれた人々への教育支援や、障がいの有無に関係なく権利を保障する重要性にも言及し、2050年以降を見据えて教育のあり方を考え、共につくりあげることを呼びかけています。
 そこで私は、教育変革サミットでの討議を通して、「緊急時の教育」や「インクルーシブ教育」を巡る課題とともに、この提言の前半で論じたような、地球大に開かれた「連帯意識」を育む「世界市民教育」に焦点を当てながら、「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択することを提唱したい。

1996年6月、「『世界市民』教育への一考察」と題し、池田SGI会長がアメリカのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで行った講演。「世界市民」の要件として、①生命の相関性を認識する「智慧」、②差異を尊重し、成長の糧とする「勇気」、③苦しむ人に同苦し、連帯する「慈悲」、を挙げた講演は、今も多くの教育者が注目するものとなっている
1996年6月、「『世界市民』教育への一考察」と題し、池田SGI会長がアメリカのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで行った講演。「世界市民」の要件として、①生命の相関性を認識する「智慧」、②差異を尊重し、成長の糧とする「勇気」、③苦しむ人に同苦し、連帯する「慈悲」、を挙げた講演は、今も多くの教育者が注目するものとなっている

 紛争や災害をはじめ、パンデミックのような脅威は、子どもの身では対処できないものであり、「緊急時の教育」はその子どもたちを置き去りにしない証しにほかなりません。
 また、初等教育から高等教育まで「インクルーシブ教育」の整備を進めることは、さまざまな差別や境遇で苦しむ子どもたちの教育環境を改善することにもつながります。
 
 そして「世界市民教育」は、人類共通の課題に立ち向かう礎として欠かせないものです。
 私自身、師である戸田第2代会長の「地球民族主義」に基づいて推進を呼びかけ、SGIでも特に力を入れてきた活動でした。
 
 21世紀末には、地球上の人口は109億人に及ぶと予測されています。
 9月のサミットで「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択して、今、盤石な基盤を築くことができれば、現在の子どもたちだけでなく、これから生まれてくる子どもたちの夢や希望も守ることができるに違いないと、強く訴えたいのです。

⑦に続く

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 注5 ECW(教育を後回しにはできない)基金
 紛争や災害などの緊急事態をはじめ、長期化する危機の影響を受ける子どもや若者に対し、教育の機会を提供するための国際的な基金。2016年5月の世界人道サミットで設立された。難民や国内避難民への教育支援に力を入れるとともに、コロナ危機においては、子どもだけでなく教員に対する支援も行ってきた。


1月26日は「SGIの日」

2022年01月26日 | 妙法

きょう1月26日は「SGIの日」 池田先生が記念提言を発表2022年1月26日

創価学会インタナショナル会長 池田大作
創価学会インタナショナル会長 池田大作

 きょう26日の第47回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、SGI会長である池田大作先生は「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」と題する記念提言を発表した。
 今回の提言は、1983年の第8回「SGIの日」に発表された最初の提言から、通算で40回目となるもの。
 
 提言ではまず、世界中が新型コロナウイルスの感染拡大とその影響に苦しむ状況の下で、健康や幸福とは何を意味するのかを巡って、大乗仏教の維摩経で説かれる「同苦」の精神に言及。経済学者のガルブレイス博士との対談を振り返りながら、“生きる喜び”を分かち合える社会を築く重要性を訴えている。
 
 また、創価学会の戸田城聖第2代会長が70年前に提唱した「地球民族主義」の意義に触れ、今後の感染症対策も含めた国際協力を強化する「パンデミック条約」の早期制定とともに、コロナ危機からの再建において、若い世代が希望を育み、女性が尊厳を輝かせることのできる経済を創出することを呼びかけている。

昨年9月、「希望を通じてレジリエンスを築く」をテーマに開催された国連総会の一般討論演説(ニューヨークの国連本部で。EPA=時事)。コロナ危機からの復興や、持続可能な再建などが焦点となった
昨年9月、「希望を通じてレジリエンスを築く」をテーマに開催された国連総会の一般討論演説(ニューヨークの国連本部で。EPA=時事)。コロナ危機からの復興や、持続可能な再建などが焦点となった

 続いて、日本と中国の国交正常化から50周年を迎えることを機に「気候危機の打開に向けた日中共同誓約」を策定することや、世界の青年が主役となって地球環境を総合的に守るための「国連ユース理事会」の創設を提案。また、新型コロナの影響で約16億人が教育の中断を余儀なくされた事態に警鐘を鳴らし、9月に国連で開催される教育変革サミットで、「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択するよう、訴えている。
 
 最後に、核拡散防止条約(NPT)の第6条で定められた核軍縮義務を履行するための決議を国連安全保障理事会で採択することや、核兵器禁止条約の第1回締約国会合に、日本をはじめとする多くの国がオブザーバー参加することを呼びかけつつ、核時代に終止符を打つための方途について論じている。

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第47回SGI提言① 未曽有の危機を共に乗り越える2022年1月26日

時代の混迷を打ち破る
「正視眼」に基づく行動を

 新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が宣言されてから、まもなく2年を迎えようとしています。
 しかし、ウイルスの変異株による感染の再拡大が起こるなど、多くの国で依然として厳しい状況が続いています。
 愛する家族や友人を亡くした悲しみ、また、仕事や生きがいを失った傷を抱えて、寄る辺もなく立ちすくんでいる人々は今も各国で後を絶たず、胸が痛んでなりません。
 
 先の見えない日々が続く中、その影響は一過性では終わらず、「コロナ以前」と「コロナ後」で歴史の一線が引かれることになるのではないかと予測する見方もあります。
 確かに、今回のパンデミックは未曽有の脅威であることは間違いないかもしれない。
 しかし将来、歴史を分かつものが何だったのかを顧みた時に、それを物語るものを“甚大な被害の記録”だけで終わらせてはならないと言えましょう。
 
 歴史の行方を根底で決定づけるのはウイルスの存在ではなく、あくまで私たち人間にほかならないと信じるからです。
 想像もしなかった事態の連続で戸惑い、ネガティブな出来事に目が向きがちになりますが、危機の打開を目指すポジティブな動きを希望の光明として捉え、その輪を皆で広げていくことが大切になります。

いかなる試練も共に乗り越え、希望の世紀を切り開く!――世界192カ国・地域で時代変革の波動を広げるSGIの友(2019年8月、東京・新宿区の創価文化センターで)
いかなる試練も共に乗り越え、希望の世紀を切り開く!――世界192カ国・地域で時代変革の波動を広げるSGIの友(2019年8月、東京・新宿区の創価文化センターで)

 脅威の様相は異なりますが、今から80年前(1942年11月)、第2次世界大戦という「危機の時代」に、創価学会の牧口常三郎初代会長は、混迷の闇を払うための鍵について論じていました(『牧口常三郎全集』第10巻、第三文明社を参照)。
 目先のことにとらわれて他の存在を顧みない「近視眼」的な生き方でも、スローガンが先行して現実変革の行動が伴わない「遠視眼」的な生き方でもない。“何のため”“誰のため”との目的観を明確にして足元から行動を起こす「正視眼」的な生き方を、社会の基軸に据えるよう訴えたのです。
 
 この「正視眼」について、牧口会長は日常生活でも必要になると論じているように、それは本来、特別な識見や能力がなければ発揮できないものではありません。
 現代でも、パンデミックという世界全体を巻き込んだ嵐にさらされる経験を通し、次のような実感が胸に迫った人は少なくないのではないでしょうか。
 
 「自分たちの生活は多くの人々の支えと社会の営みがなければ成り立たず、人々とのつながりの中で人生の喜びは深まること」
 「離れた場所を襲った脅威が、時を置かずして自分の地域にも及ぶように、世界の問題は相互に深くつながっていること」
 「国は違っても、家族を突然亡くす悲しみや、生きがいを奪われる辛さは同じであり、悲劇の本質において変わりはないこと」
 
 その意味で重要なのは、未曽有の脅威の中で深くかみしめた実感を、共に嵐を抜け出るための連帯の“紐帯”としていく点にあると言えましょう。
 牧口会長が心肝に染めていた仏法の箴言に、「天晴れぬれば地明らかなり」(御書新版146ページ・御書全集254ページ)とあるように、世界を覆う暗雲を打ち破って、希望の未来への地平を照らす力が人間には具わっているはずです。
 
 そこで今回は、コロナ危機をはじめ、世界を取り巻く多くの課題を乗り越え、人類の歴史の新章節を切り開くための要諦について、三つの角度から論じていきたい。

②に続く

第47回SGI提言② 「社会のあり方」を紡ぎ直す2022年1月26日

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新型コロナの危機がもたらした
「打撃の格差」と「回復の格差」

個人の努力では抱えきれない困難

 第一の柱は、コロナ危機が露わにした課題に正面から向き合い、21世紀の基盤とすべき「社会のあり方」を紡ぎ直すことです。
 
 パンデミックは社会の各方面に打撃を及ぼしましたが、人々が置かれた状況によって、その大きさは異なるものとなりました。
 以前から弱い立場にあった人々が、より深刻な状態に陥ったことに加えて、平穏な生活を送ることができていた人々であっても、個人では抱えきれない困難を背負うようになった人は決して少なくありません。
 病気になった時に支えてくれる人が周囲にいるかどうか、感染防止のための厳しい制限があっても仕事を続ける道を確保できるかどうか、生活環境の急激な変化に自力で対応できる余裕があるかどうかなどの違いで、打撃の大きさに隔たりがあるからです。
 
 社会の立て直しが急がれるものの、感染者数や経済指標といった統計的なデータだけに関心が向いてしまうと、大勢の人々が抱える困難が置き去りにされるという倫理的な死角が生じかねません。
 懸念されるのは、その死角を放置したままでは、すでに存在している「打撃の格差」の上に、「回復の格差」が追い打ちをかける事態を招いてしまうことです。
 
 ある地域に被害が集中する災害とは違って、コロナ危機では社会全体が被災しているだけに、“支援が必要な人たちが身を寄せ合う避難所”のような場所が、誰の目にもわかる形で現れるわけではないからです。
 また、感染防止策の徹底を通して身体感覚に刻まれた“他者との接し方”に加えて、自分の身を自分で守らねばならない状況が続く中で、身近な出来事以外に関心が向きにくくなる“意識のロックダウン”ともいうべき傾向が広がりかねないことが懸念されます。

2018年12月、ヨーロッパの青年部が、仙台市の東北国際女性会館を訪問。東日本大震災で被災した友のために世界中から届けられた“励ましの品々”などを紹介する、館内の常設展示「東北福光みらい館」を見学した
2018年12月、ヨーロッパの青年部が、仙台市の東北国際女性会館を訪問。東日本大震災で被災した友のために世界中から届けられた“励ましの品々”などを紹介する、館内の常設展示「東北福光みらい館」を見学した

 「打撃の格差」と「回復の格差」を解消する方途を探るために、ここで言及したいのは、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界保健機関(WHO)によるパンデミック宣言の4カ月後(2020年7月)に行った講演です。
 
 人権と社会正義のために生涯を捧げた、南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領の生誕日にあたって、その功績を偲ぶ記念講演の中で、グテーレス事務総長は世界を取り巻く状況について、“脅威”ではなく“打撃を受けた人々”に焦点を当てながら警鐘を鳴らしていました(国連広報センターのウェブサイト)。
 「新型コロナウイルスは、貧困層や高齢者、障害者、持病がある人々をはじめ、社会的に最も弱い人々に最も大きなリスクを突き付けています」
 
 その上で、新型コロナの危機は、「私たちが構築した社会の脆い骨格に生じた亀裂を映し出すX線のような存在」になったと指摘しつつ、グテーレス事務総長が提唱したのが「新時代のための新しい社会契約」の構築だったのです。
 
 事務総長は講演の結びで、そのビジョンの手がかりとなるものとして、かつてマンデラ氏が南アフリカ共和国の人々に呼びかけた次の言葉を紹介していました。
 「我が国の人々の意識に、自分たちがお互いのために、また、他者の存在があるゆえに、その他者を通じて、この世界で生かされているのだという、人間としての連帯感を改めて植え付けることが、私たちの時代の課題の一つだ」と。
 
 私もマンデラ氏と二度お会いしたことがありますが、在りし日の“春風のような温顔”が浮かんでくる言葉だと思えてなりません。

南アフリカ共和国のマンデラ元大統領との初会見。27年半に及ぶ獄中闘争を経て釈放されてから8カ月後の1990年10月、アフリカ民族会議(ANC)の副議長として来日したマンデラ氏と、池田SGI会長は、誰もが尊厳を輝かせることのできる社会の建設を巡って語り合った(旧・聖教新聞本社で)
南アフリカ共和国のマンデラ元大統領との初会見。27年半に及ぶ獄中闘争を経て釈放されてから8カ月後の1990年10月、アフリカ民族会議(ANC)の副議長として来日したマンデラ氏と、池田SGI会長は、誰もが尊厳を輝かせることのできる社会の建設を巡って語り合った(旧・聖教新聞本社で)
社会契約説の構造的な問題

 近代以降の政治思想の底流をなしてきた社会契約説が抱える限界について、私も2015年の提言で、アメリカの政治哲学者のマーサ・ヌスバウム博士による問題提起を踏まえながら論じたことがあります。
 
 『正義のフロンティア』(神島裕子訳、法政大学出版局)と題する著書で博士が指摘したのは、ロックやホッブズに端を発する社会契約説が、「能力においてほぼ平等で、生産的な経済活動に従事しうる男性」だけを、その主体として想定する形で構想されていた点でした。
 その結果、互いの存在が利益を生むという「相互有利性」に重心が置かれ、女性や子どもや高齢者が当初から対象にされなかっただけでなく、障がいのある人に対する社会的包摂も遅々として進んでこなかった、と。
 
 残念ながら今回のコロナ危機においても、こうした伝統的な考え方の影響が色濃く残っていると言わざるを得ません。
 パンデミックの対応で設けられた各国の意思決定の場に、参加できた女性の割合は低く、対策についても大半がジェンダーへの配慮がなかったことが指摘されています。
 
 子どもたちも置き去りにされがちで、教育の機会を著しく失ったほか、親を亡くしたり、家族が失業したりして、十分な養育を受けられなくなったケースも少なくありません。
 また高齢者に関し、緊急事態下で対応が優先されずに必要な支援が得られなかったり、長期にわたる孤独に耐えねばならなかったりしてきた現実があります。
 
 障がいのある人々についても、平時から容易ではなかった医療や情報へのアクセスをはじめ、さまざまな面で困難が増しており、一人一人の思いに寄り添いながら、改善を図ることが急務となっているのです。
 こうした実態と正面から向き合い、「相互有利性」を第一に考える思想から脱却する時を迎えているのではないでしょうか。

難民の子どもたちが夢や思い出を描いた絵の展示とともに、難民の人々を取り巻く状況について写真や映像で概説した、創価学会主催の「難民の子どもたちの絵展」(2018年12月、神戸市の関西国際文化センターで)
難民の子どもたちが夢や思い出を描いた絵の展示とともに、難民の人々を取り巻く状況について写真や映像で概説した、創価学会主催の「難民の子どもたちの絵展」(2018年12月、神戸市の関西国際文化センターで)

病の影響が世界に及ぶ中で
健康とは何を意味するのか

 そのパラダイム転換を考えるにあたって、私が重ねて着目したのが、グテーレス事務総長が昨年6月の「世界難民の日」に寄せて述べていた言葉でした。
 「私たち全員が必要なケアを受けられるとき、私たちはともに癒しを得るのです」との言葉です(国連広報センターのウェブサイト)。
 
 紛争や迫害、また気候変動に伴う被害などから逃れるために、住み慣れた場所から離れることを余儀なくされた人々は、世界で約8240万人を超えており、各国による社会的な保護から最も疎外された環境に置かれています。
 国連難民高等弁務官を長年務めた経歴も持つグテーレス事務総長が、コロナ危機によってさらに悪化した難民と避難民の人々の窮状に思いを寄せて訴えた言葉だけに、ひときわ胸に響いてならなかったからです。
 
 またその言葉には、私どもSGIが掲げる「自他共の尊厳と幸福」を目指す生き方とも通じるものを感じてなりません。

維摩経で説かれた「同苦」の生命感覚

 大乗仏教の維摩経では、その生命感覚と世界観が説話を通じて示されています。
 
 ――ある時、さまざまな境遇の人々に分け隔てなく接することで慕われていた、維摩詰という釈尊の弟子が病気を患った。
 それを知った釈尊の意を受けて、文殊が維摩詰のもとを訪れることになり、他の弟子たちを含めた大勢の人々も同行した。
 
 釈尊からの見舞いの言葉を伝えた後で、文殊が、どうして病気になったのか、患ってから久しいのか、どうすれば治るのかについて尋ねたところ、維摩詰はこう答えた。
 「一切衆生が病んでいるので、そのゆえにわたしも病むのです」と。
 
 維摩詰は、その言葉の真意を伝えるべく、身近な譬えを用いて話を続けた。
 「ある長者にただ一人の子があったとして、その子が病にかかれば父母もまた病み、もしも子の病がなおったならば、父母の病もまたなおるようなものです」
 
 菩薩としての生き方を自分が貫く中で、他の人々に対して抱いてきた心情も、それと同じようなものであり、「衆生が病むときは、すなわち菩薩も病み、衆生の病がなおれば、菩薩の病もまたなおるのです」――と(中村元『現代語訳 大乗仏典3』東京書籍を引用・参照)。
 
 実際のところ、維摩詰は特定の病気を患っていたわけではありませんでした。
 多くの人が苦しみを抱えている時、状況の改善がみられないままでは、自分の胸の痛みも完全に消えることはないとの「同苦」の思いを、“病”という姿をもって現じさせたものにほかならなかったのです。
 維摩詰にとって、人々の窮状に「同苦」することは、重荷や負担のようなものでは決してなく、“自分が本当の自分であり続けるための証し”であったと言えましょう。
 
 そこには、他の人々が直面する窮状からまったく離れて、自分だけの安穏などは存在しないとの生命感覚が脈打っています。
 この仏法の視座を、現在のコロナ危機の状況に照らしてみるならば、世界中で多くの人々が病気とその影響に伴う甚大な被害で立ちすくんでいる時に“健康で幸福に生きるとは何を意味するのか”という問いにも、つながってくるのではないでしょうか。

試練の荒波を共に乗り越え
生きる喜びを分かち合う社会を

ガルブレイス博士の忘れ得ぬ言葉

 この問いに思いをはせる時、経済学者のジョン・ケネス・ガルブレイス博士が、かつて私との対談で述べていた言葉が脳裏に蘇ってきます(『人間主義の大世紀を』潮出版社)。
 博士は、大恐慌や第2次世界大戦をはじめ、東西冷戦など多くの危機の現場に身を置き、人々が被った傷痕を目の当たりにしてきた体験を胸に刻み、経済のみならず、社会のあり方を問い続けてきた碩学でした。
 
 その博士に、21世紀をどのような時代にしていくべきかについて尋ねたところ、次のように答えておられたのです。
 「それは、ごく短い言葉で言い表せます。すなわち、“人々が『この世界で生きていくのが楽しい』と言える時代”です」と。
 
 対談では、この時代展望を巡る対話に加えて、仏法の思想においても、“人間は生きる喜びをかみしめるために、この世に生まれてくる”との「衆生所遊楽」の世界観が説かれていることを語り合いました。
 当時(2003年)から歳月を経て、ガルブレイス博士の言葉を振り返る時、改めて共感の思いを深くしてなりません。
 いかなる試練も共に乗り越え、“生きる喜び”を分かち合える社会を築くことが、まさに求められている――と。

「21世紀文明と大乗仏教」と題した記念講演を行うために、アメリカのハーバード大学を訪れた池田SGI会長は、講評者の一人であった経済学者のガルブレイス博士と再会(1993年9月)。講演の翌日にも博士の自宅を訪れ、仏法が説く「衆生所遊楽」の世界観などについて対話した
「21世紀文明と大乗仏教」と題した記念講演を行うために、アメリカのハーバード大学を訪れた池田SGI会長は、講評者の一人であった経済学者のガルブレイス博士と再会(1993年9月)。講演の翌日にも博士の自宅を訪れ、仏法が説く「衆生所遊楽」の世界観などについて対話した

 2030年に向けて国連が推進している持続可能な開発目標(SDGs)が採択されてから、本年で7年を迎えます。
 コロナ危機で停滞したSDGsの取り組みを立て直し、力強く加速させるためには、SDGsを貫く“誰も置き去りにしない”との理念を肉付けする形で、「皆で“生きる喜び”を分かち合える社会」の建設というビジョンを重ね合わせていくことが、望ましいのではないでしょうか。
 
 “誰も置き去りにしない”との理念は、災害直後のような状況の下では、自ずと人々の間で共有されていくものですが、復興が進むにつれて、いつのまにか立ち消えてしまいがちなことが懸念されます。
 また、パンデミックや気候変動のように問題の規模が大きすぎる場合には、脅威ばかりに目を向けてしまうと、“誰も置き去りにしない”ことの大切さは認識できても、思いが続かない面があると言えましょう。
 その意味で焦点とすべきは、脅威に直面して誰かが倒れそうになった時に、“支える手”が周囲にあることではないでしょうか。

アルゼンチン青年部による第1回「青年平和サミット」の開催にあわせて、会場のロビーで行われた「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する展示(2019年3月、ブエノスアイレスの近郊で)。青年平和サミットには、ノーベル平和賞受賞者のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士ら多くの来賓も出席した
アルゼンチン青年部による第1回「青年平和サミット」の開催にあわせて、会場のロビーで行われた「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する展示(2019年3月、ブエノスアイレスの近郊で)。青年平和サミットには、ノーベル平和賞受賞者のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士ら多くの来賓も出席した

 そこで着目したいのは、冒頭で触れた「正視眼」について論じた講演で牧口初代会長が述べていた言葉です。
 牧口会長は、社会で人間が真に為すべき「大善」とは何かを巡って、こう強調していました(前掲『牧口常三郎全集』第10巻を引用・参照。現代表記に改めた)。
 「今までの考え方からすると、国家社会に大きな事をしないと大善でないと思っているが、物の大小ではない」。そうではなく、たとえ一杯の水を差し伸べただけであったとしても、それで命が助かったならば、大金にも代え難いのではないか、と。
 
 そこには、「価値は物ではなくて関係である」との牧口会長の信念が脈打っています。
 さまざまな脅威を克服する“万能な共通解”は存在しないだけに、大切になるのは、困難を抱える人のために自らが“支える手”となって、共に助かったと喜び合える関係を深めることであると思うのです。
 
 仏法の精髄が説かれた法華経にも、「寒き者の火を得たるが如く」「渡りに船を得たるが如く」「暗に灯を得たるが如く」(妙法蓮華経並開結597ページ)との譬えがあります。
 試練の荒波に巻き込まれて、もうだめだと一時はあきらめかけながらも、助けを得て船に乗り、安心できる場所までたどり着いた時に湧き上がってくる思い――。
 その心の底からの安堵と喜びにも似た、“生きていて本当に良かった”との実感を、皆で分かち合える社会の建設こそ、私たちが目指すべき道であると訴えたいのです。

③に続く

 

第47回SGI提言③ 地球大に開かれた「連帯意識」を2022年1月26日

②に戻る

脅威の克服へ国際協力を強化

アインシュタインが鳴らした警鐘

 次に第二の柱として提起したいのは、地球大に開かれた「連帯意識」の重要性です。
 
 今回のパンデミックのように、各国が一致して深刻な脅威として受け止めた危機は、あまり前例がないといわれます。
 しかし国際協力は十分には進まず、ワクチンの追加接種を進める国がある一方で、昨年末までに国民の4割が接種を終えた国はWHOの加盟国(194カ国)の半数にとどまっており、ワクチンの世界的な供給における著しい格差が浮き彫りになっています。
 
 なかでもアフリカ諸国でワクチンが入手できない状況が続いており、接種を終えた人は全人口の約8%にすぎないのです。
 ワクチンの到着を待つ人々が多くの国に残されている中で、“国際協力の空白地帯”を早急に解消することが求められます。
 
 この現状を前にして、心ある人々の胸に去来するであろう思いと重なるような言葉を、かつて、科学者のアルバート・アインシュタイン博士が投げかけていたことがありました。
 第2次世界大戦後、アメリカとソ連による冷戦が表面化して緊張が走った時(1947年)、世界が分断ではなく連帯の道を進むように訴えていた言葉です(『晩年に想う』中村誠太郎・南部陽一郎・市井三郎訳、講談社)。
 
 博士は、中世のヨーロッパで多数の人命を奪い、「黒死病」の名で恐れられたペストに言及し、「例えば黒死病の流行が全世界を脅やかしているような場合なら、話は別になる」のではないかとして、こう力説しました。
 「このような場合には、良心的な人々と専門家とが一致して黒死病と闘うための賢明な計画を作成するでしょう。とるべき手段について彼らの意見が一致すれば、彼らは各政府にたいしてその計画を委ねるでしょう」
 「各国政府はこれについて重大な異議をさしはさむことなく、採るべき手段について迅速に意見の一致をみるでしょう。各国政府はよもや、この問題を解決する場合に、自国だけが黒死病の害を免れて他国は黒死病によって多数の民が斃されるというような手段をとろうと考えることはないでしょう」と。

COVAXの枠組みを通じて、エチオピアに届けられた新型コロナウイルスのワクチン(昨年3月、アディスアベバの国際空港で。AFP=時事)
COVAXの枠組みを通じて、エチオピアに届けられた新型コロナウイルスのワクチン(昨年3月、アディスアベバの国際空港で。AFP=時事)

 翻って現在、博士が想定したような感染症と闘うための「賢明な計画」と「採るべき手段」については、WHOのパンデミック宣言の翌月(2020年4月)に、「ACTアクセラレーター」と呼ばれる新型コロナ対策の国際的な協力体制が発足しました。その中にあるCOVAXファシリティー〈注1〉の枠組みを通し、途上国へのワクチンの公平な分配を目指す活動が進められています。
 
 以来、これまで144カ国・地域に、合計で10億回分を超えるワクチンが供給されてきました。
 ただし、資金協力の遅れやワクチンの確保競争などの影響で、COVAXが当初に計画していた「20億回分の供給」には、まだ遠く及ばない状況にあり、COVAXへのさらなる支援強化が求められます。
 
 昨年10月、イタリアのローマで開催されたG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)では、途上国へのワクチンや医療製品の供給を促進することが合意されました。
 G20のハイレベル独立パネルが報告書で強調したように、世界全体からみれば、パンデミックのリスクを軽減するための必要な能力や資源が不足しているわけでも、新型コロナに効果的に対応するための科学的なノウハウや資金がないわけでもありません。
 
 アインシュタイン博士が感染症のケースを想定して挙げていたような、「賢明な計画」と「採るべき手段」が、COVAXの活動や、G20の方針などによって明確化された今、パンデミックを克服するための最後の鍵を握るのは、自国だけでなく他国の人々を脅威から守るという、地球大に開かれた「連帯意識」の確立ではないでしょうか。

昨年10月、イタリアのローマで開催されたG20(主要20カ国・地域)のサミット。新型コロナウイルス対策などを巡って討議が行われ、各国首脳の集合写真では、イタリア赤十字社の医療関係者らも一緒にカメラに納まった(EPA=時事)
昨年10月、イタリアのローマで開催されたG20(主要20カ国・地域)のサミット。新型コロナウイルス対策などを巡って討議が行われ、各国首脳の集合写真では、イタリア赤十字社の医療関係者らも一緒にカメラに納まった(EPA=時事)
世界保健機関の創設を巡る歴史

 歴史を振り返れば、WHOが創設されるきっかけとなったのは、国連憲章の制定のために1945年4月から6月まで開催された、サンフランシスコ会議での議論でした。
 
 当初、保健衛生問題は議題にのぼる予定はなかったものの、その重要性を指摘する声があがりました。
 その結果、国連憲章の第55条で、国際協力を促進すべき分野の一つとして「保健」が明記されたほか、第57条が規定する専門機関の中に「保健分野」の機関が含まれることになったのです。
 
 設立に向けて1946年に行われた会議では、第2次世界大戦での敵味方の違いを超えて、各国が参集することが望ましいとの提案を受け、日本やドイツやイタリアなどからも代表がオブザーバーとして参加しました。
 また、当時の情勢下で画期的な意義をもったのは、新しい専門機関のあり方を検討する際に、通常の加盟国とは別に「準加盟国」の資格を設けることで、植民地支配の状態が解消されないままで独立が果たせずにいた多くの地域にも参加の道を開いた点です。
 
 新しい専門機関の名称についても、国連加盟国だけを想定したような「国連」という文字ではなく、「世界」という文字が冠されることが決まり、1948年4月に正式に発足をみたのがWHOだったのです。

戸田第2代会長が提唱した
「地球民族主義」の先見性

 私は以前(1993年3月)、サンフランシスコ会議が開催された会場を訪れたことがあります。
 その際に行ったスピーチで、SGIとして国連支援に取り組んできた思いについて、創価学会の戸田城聖第2代会長の信念に触れながら、こう述べました。
 
 「実は、私の恩師・戸田第2代会長は、この国連憲章の誕生と相前後して出獄し、創価学会の再建に着手いたしました。
 恩師は、日本の軍国主義による2年間の投獄に屈することなく、新たな人間主義の民衆運動を開始したのであります。
 それは国連憲章の理念と深く強く一致しております。まさしく戦争の流転の歴史を、根源的に転換せんとする熱願の発露でありました。私どもは、この恩師の精神を原点として、生命と平和の哲理に目覚めた民衆の連帯を全世界に広げてきたのであります。
 国連の支援も恩師の遺訓でありました。国連は20世紀の英知の結晶である。この希望の砦を、次の世紀へ断じて守り、育てていかねばならない――と」
 
 このように、戦時中の教訓を踏まえて戸田会長が熱願としていたのは、一国の進むべき道の転換にとどまらず、世界全体の進むべき道の転換にほかなりませんでした。
 そして、その信念を凝縮する形で戸田会長が70年前(1952年2月)に提唱したのが、「地球民族主義」の思想だったのです。
 
 当時、朝鮮戦争などで国際社会の緊張が急激に高まる中にあって、人類が悲劇の流転史から抜け出すための要諦として「地球民族主義」を掲げ、その言葉に“どの国の民衆も、絶対に犠牲になってはならない。世界の民衆が、ともに喜び、繁栄していかねばならない”との思いを託したのです。
 パンデミックが続く今、改めてWHOの創設の経緯を顧みた時に、その名称に冠された「世界」の文字に込められた意義が、戸田会長の「地球民族主義」の思想とも重なり合う形で胸に迫ってきます。

1993年3月、池田SGI会長は、国連憲章の署名の舞台となったサンフランシスコの「ウォー・メモリアル・アンド・パフォーミング・アーツ・センター」を訪問。同センターで行われた「国連貢献・国際文化交流推進賞」の授賞式で、国連支援に力を入れてきたSGIの信念についてスピーチした
1993年3月、池田SGI会長は、国連憲章の署名の舞台となったサンフランシスコの「ウォー・メモリアル・アンド・パフォーミング・アーツ・センター」を訪問。同センターで行われた「国連貢献・国際文化交流推進賞」の授賞式で、国連支援に力を入れてきたSGIの信念についてスピーチした

 昨年、国連総会で181カ国の支持を得て採択された政治宣言でも、グローバルな連帯の重要性が次のように示されていました。
 「我々は、国籍や場所を問わず、いかなる差別もすることなく、すべての人々、特に脆弱な状況にある人々を新型コロナウイルス感染症から守る必要性について平等に配慮し、連帯と国際協力を強化することを約束する」
 
 本来、パンデミックの対応で焦点とすべきは、国家単位での危機の脱出ではなく、脅威を共に乗り越えることであるはずです。
 昨年の提言でも強調しましたが、自国の感染者数の増加といった“マイナス”の面ばかりに着目すると、他国との連携よりも、自国の状況だけに関心が傾きがちになってしまう。
 そうではなく、世界に同時に襲いかかった脅威に対して、「どれだけの命を共に救っていくのか」という“プラス”の面に目を向けて、いずれの国もその一点に照準を合わせることが、難局を打開する突破口になるはずです。
 
 仏法にも、「人のために、夜、火をともせば(照らされて)人が明るいだけではなく、自分自身も明るくなる。それゆえ、人の色つやを増せば自分の色つやも増し、人の力を増せば自分の力も勝り、人の寿命を延ばせば自分の寿命も延びるのである」(御書新版2150ページ、趣意。※新規収録の御文)との教えが説かれています。
 このような自他共に広がる「プラスの連関性」を足場として、協力と支援の明かりを灯す国が増えれば、脅威の闇を消し去る方向につながっていくのではないでしょうか。私はそこに、地球大に開かれた「連帯意識」を確立する道があると考えるのです。
 
 その意味で肝要なのは、政治宣言で認識が共有されていたように、“国籍や場所を問わず、いかなる差別もなく平等に命を守る”との精神であると言えましょう。

医療に関わる人々の存在は「世の宝」

 時代状況は異なりますが、仏典においても、人々の命を救う上でその一点を外してはならないとのメッセージが、ある医師の信念の行動を通して描かれています。
 
 ――釈尊在世のインドにおいて、マガダ国にジーバカ(耆婆)という名の青年がいた。
 タクシャシラーという別の国に名医がいることを知ったジーバカは、その国まで足を運び、医術のすべてを修得した。
 
 「多くの人々のために身につけた医術を生かそう」と帰国したものの、ある時、国王の病気を治したことを機に重宝されるようになり、「これから後は国中の者たちの治療に当たる必要はない」と、限られた人の健康だけを守るように命じられてしまった。
 それでも、マガダ国の首都で病気を患った人がいた時には、国王の許可のもと、その人の家に向かって治療にあたった。
 
 カウシャーンビーという国で暮らす子どもが病気になった時にも、急いでかけつけて手術を行ったほか、頭痛に悩まされていた別の国の王を助けた時には、高額の報酬でその国に留まるよう誘われたが断った。
 その後もジーバカは多くの病人を救い、人々から尊敬された――と(中村元・増谷文雄監修『仏教説話大系』第11巻、すずき出版を引用・参照)。
 
 このように他国で医術を学んだ彼は、自国の限られた人だけでなく、市井の人々をはじめ、別の国の人々にも医術を施しました。
 ジーバカという名前には、サンスクリット語で“生命”という意味もありますが、まさに彼はその名のままに、国や場所の違いを問わず、いかなる差別もせずに、多くの命を分け隔てなく救っていったのです。
 
 釈尊在世の時代に尊い行動を貫いたジーバカについて、13世紀の日本で仏法を説き広めた日蓮大聖人は、「その世のたから(宝)」(御書新版1962ページ・御書全集1479ページ)と、たたえていました。
 現代においても、コロナ危機が続く中で多くの医療関係者の方々が、連日、献身的な行動を重ねておられることに、感謝の思いが尽きません。
 まさに、世の宝というほかなく、その医療従事者を全面的に支えながら、“国籍や場所を問わず、いかなる差別もなく平等に命を守る”との精神を礎にした、グローバルな保健協力を強化する必要があります。

パンデミックが発生した直後に、イギリス各地で行われた「医療・介護従事者に拍手を」のキャンペーン(2020年5月、リバプールで。AFP=時事)。今なお、世界各国で、新型コロナの治療をはじめ、大勢の命を救うために、医療の最前線で献身的な行動と懸命の努力が続けられている
パンデミックが発生した直後に、イギリス各地で行われた「医療・介護従事者に拍手を」のキャンペーン(2020年5月、リバプールで。AFP=時事)。今なお、世界各国で、新型コロナの治療をはじめ、大勢の命を救うために、医療の最前線で献身的な行動と懸命の努力が続けられている

新たな感染症に共同で備える
パンデミック条約を制定

主要国が担うべき特別の役割と責任

 この点に関し、私は昨年の提言で、新型コロナ対策での協調行動の柱となり、今後の感染症の脅威にも十分に対応していけるような、「パンデミックに関する国際指針」を採択することを提唱しました。
 
 WHOの総会特別会合で先月、今後のパンデミックに備えた国際ルールを策定するために、全加盟国に開かれた政府間交渉の機関を設ける決議が、全会一致で採択されました。
 新型コロナへの対応を巡る教訓を踏まえ、ワクチンの公平な分配や情報の共有といった対応について、あらかじめ条約や協定のような形で明文化することを目指し、3月までに最初の会合を開催することが決まったのです。
 
 次のパンデミックは“起きるかどうか”ではなく“いつ起こるか”という問題にほかならないと、多くの専門家が指摘していることを踏まえて、「パンデミック条約」のような国際ルールを早期に制定し、その実施のための取り組みを軌道に乗せることを改めて強く呼びかけたい。
 今回のコロナ危機が示したように、どこかの場所で深刻化した脅威が、時を置かずして、地球上のあらゆる場所の脅威となるのが、現代の世界の実相にほかなりません。

昨年11月から12月にかけて、スイスのジュネーブで行われた世界保健機関(WHO)の総会特別会合(AFP=時事)。194の加盟国が、将来の感染症への対応を定めた条約や協定をつくるため、協議機関を設けることに合意した
昨年11月から12月にかけて、スイスのジュネーブで行われた世界保健機関(WHO)の総会特別会合(AFP=時事)。194の加盟国が、将来の感染症への対応を定めた条約や協定をつくるため、協議機関を設けることに合意した

 昨年6月、イギリスで行われたG7サミット(主要7カ国首脳会議)でも、相互に結び付いた世界において保健分野の脅威に国境はないことが、首脳宣言で強調されていました。
 
 そして、G7が担うべき特別の役割と責任の一つとして、「将来のパンデミックにおける共同の行動の引き金となるような世界的な手順を作成することにより、対応の速度を改善すること」が掲げられていたのです。
 G7の国々はこの首脳宣言に基づいて、「パンデミック条約」の制定をリードし、その基盤となる協力体制についても率先して整備を進めるべきではないでしょうか。
 
 私は以前、G7の枠組みにロシアとともに中国とインドを加える形で、「責任国首脳会議」としての意義を込めながら、発展的に改編することを提案したことがありました。
 ここで言う「責任」とは、いわゆる大国としての義務のようなものではなく、人類共通の危機の打開を望む世界の人々の思いに対し、“連帯して応答していく意思”の異名とも言うべきものです。
 
 人類共通の危機に対して、リスク管理的な発想に立つと、自国に対する脅威の影響だけに関心が向きがちになってしまう。
 そうではなく、困難を乗り越えるための「レジリエンス」の力を一緒に育み、鍛え上げることが、今まさに求められています。
 
 そして、その原動力となる「連帯」の精神は、気候変動をはじめとする多くの課題を打開する礎ともなっていくものです。
 この「連帯」の精神に基づいて、いかなる脅威にも屈しない地球社会の建設を進めることこそが、未来の世代に対する何よりの遺産になると確信してやみません。

④に続く

  *  *  *  *  *

 注1 COVAXファシリティー
 新型コロナウイルスのワクチンを共同購入して、途上国などに分配するための国際的な枠組み。世界保健機関(WHO)などが主導して、190以上の国と地域が参加している。高・中所得国が資金を自ら拠出して自国用にワクチンを購入する枠組みと、各国や団体などから提供された資金を通じて途上国へのワクチン供給を行う枠組みが、組み合わされている。