毎日が、始めの一歩!

日々の積み重ねが、大事な歴史……

第47回SGI提言④ 

2022年01月27日 | 妙法

第47回SGI提言④ コロナ危機からの再建の課題2022年1月26日

③に戻る

「働きがいのある仕事」を若い世代に
人々に希望を灯す経済の創出を

将来に不安を持つ学生たちが増加

 第三の柱として提起したいのは、若い世代が希望を育み、女性が尊厳を輝かせることのできる経済の創出です。
 
 今回のコロナ危機で世界経済が著しいダメージを受ける中、国際労働機関(ILO)の推計によると、2億5500万人の規模に相当する雇用が失われたといいます。
 特に若い世代を取り巻く状況の悪化が懸念されており、若者の就業率は、25歳以上の人々の就業率と比べて大きく低下し、G20の国々では11%も低下しています。
 
 また、就職をした若者の間でも、コロナ危機に伴う職場環境の急激な変化で、不安が強まる傾向がみられます。
 初めての仕事を、リモートワークなどの形で職場以外の場所でスタートし、周囲に頼れる人がいないままで、仕事をする時期が続いた若者が増えています。
 
 加えて、コロナ危機の影響で家庭の経済状況が厳しくなったために、学生ローンや奨学金の返済がさらに重くのしかかったり、自分が志望する仕事に就く上で必要となるスキルを磨く機会を得られなかったりする若者も少なくありません。
 こうした状況が続く中、学生の間でも将来のキャリアに対する暗い見通しが広がっており、40%が不安を、14%が危惧を感じているという調査結果も出ているのです。

 経済の再建は急務ではありますが、若い世代が抱く不安や危惧が取り除かれ、一人一人の心に「希望」が灯ることがなければ、経済はおろか、社会の健全な発展を期すことはかなわないのではないでしょうか。
 
 その問題を考える上で参照したいのは、マサチューセッツ工科大学のアビジット・バナジー博士とエステル・デュフロ博士による考察です。
 ハーバード大学のマイケル・クレマー教授と共に、2019年にノーベル経済学賞を受賞した両博士は、『絶望を希望に変える経済学』(村井章子訳、日本経済新聞出版本部)と題する著作で、国内総生産(GDP)という指標が持つ意味に触れて、次のような問題提起をしていました。
 「何より重要なのは、GDPはあくまで手段であって目的ではないという事実を忘れないことである」と。
 
 また、所得だけを問題にするような「歪んだレンズ」で世界をみてしまうと、誤った政策判断をすることになりかねないと注意を喚起しながら、こう訴えていました。
 「人としての尊厳を取り戻すことを大切に考える立場からすれば、経済における最優先課題を根本的に考え直す必要があることはあきらかだ。また、尊厳を重んじるならば、助けを必要とする人々を社会はどう助けるべきか、ということも深く考える必要がある」
 
 この著作はパンデミック発生の前年(2019年)に発刊されたものですが、人間の尊厳を支える経済の創出は、待ったなしの課題になっていると思えてなりません。

悲劇に沈む人々に笑顔を取り戻す

 バナジー博士とデュフロ博士が、人間の尊厳にとって何が大切かという“正視眼”に基づいて、経済のあり方を問うた時に言及していたテーマの一つが、働く場を持つことの意味の重みでした。
 同書の中で、かつてバナジー博士が国連のハイレベルパネルの一員として、SDGsの制定に向けた議論に参加していた頃のエピソードが紹介されています。
 
 その折、ある国際NGOのメンバーと面会して活動に共感した博士は、デュフロ博士を伴って、貧困状態を経験した人々に雇用機会を提供するためのミーティングに参加しました。
 そこに集まっていたのは、かつて事故で大けがをして働けなくなった元看護師をはじめ、深刻なうつ病を経験した人や、注意欠如・多動症(ADHD)に伴う行動で息子の親権を奪われた男性だったといいます。
 
 こうした人々が働く場を得られるように支援するNGOの取り組みから、両博士は「社会政策のあり方について多くを教えられた」として、こう強調しました。
 「働くのは、すべての問題が解決し働ける状態になってからだと考えがちだが、必ずしもそうではない」「むしろ働くこと自体が回復プロセスの一部だと考えるべきだ」と。
 
 そして、ADHDの男性のその後の様子について、「仕事を見つけると同時に息子の親権を取り戻し、働く父に息子が向ける尊敬のまなざしに元気づけられている」と、状況の変化が家族全体に幸福の輪を広げていったことを紹介していたのです。
 
 SDGsの目標の一つに、障がい者を含むすべての人々にとっての「働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)」を達成するとありますが、仕事を得て幸福を取り戻した家族の姿に“SDGsが灯すべき希望の光明”を見る思いがします。

「持続可能な未来に色彩を――“2030アジェンダ”への青年の関わり」をテーマに、スペイン創価学会が主催したシンポジウム。「持続可能な開発目標」の重要性を伝えるビデオ上映などが行われた(2019年9月、マドリード近郊のスペイン文化会館で)
「持続可能な未来に色彩を――“2030アジェンダ”への青年の関わり」をテーマに、スペイン創価学会が主催したシンポジウム。「持続可能な開発目標」の重要性を伝えるビデオ上映などが行われた(2019年9月、マドリード近郊のスペイン文化会館で)

 バナジー博士が国連のハイレベルパネルの一員になった時と同じ年(2012年)に、私は提言でSDGsの目指すべき方向性に触れて、こう述べたことがありました。
 「目標の達成はもとより、悲劇に苦しむ一人一人が笑顔を取り戻すことを最優先の課題とすることを忘れてはなりません」と。
 コロナ危機からの経済の立て直しにおいても、この観点を決して忘れてはならないと、改めて強調したいのです。
 
 バナジー博士とデュフロ博士は、社会の谷間に置かれた人々に対する眼差しを変える必要があるとして、こう訴えていました。
 「彼らは問題を抱えてはいるが、けっして彼ら自身が問題なのではない」「彼らを『貧窮者』だとか『失業者』といった括りで見るのをやめ、一人の人間として見るべきである。発展途上国を旅して何度となく気づかされるのは、希望は人間を前へ進ませる燃料だということだ」と。
 
 私もまったく同感であり、一人一人が自分の力を発揮できる仕事や居場所を得ることで、尊厳の輝きを地域と社会に大きく灯す道が開かれるはずであると、信じてやみません。
 
 ILOの主催で「人間中心の復興」に関する多国間フォーラムが、年内に開催されることになっています。
 この機会を通じて、各国がコロナ危機の教訓を分かち合いながら、特に若い世代を巡る状況の改善に焦点を当てる形で、「働きがいのある人間らしい雇用」の確保に全力を注ぐことを呼びかけたいのです。

ジェンダー平等の指針を打ち出した「北京行動綱領」の採択25周年を前に、2019年10月、スイスのジュネーブで開かれた市民社会フォーラム。SGIの代表も参加し、「女性・平和・安全保障」に関する作業部会での議論などに貢献した
ジェンダー平等の指針を打ち出した「北京行動綱領」の採択25周年を前に、2019年10月、スイスのジュネーブで開かれた市民社会フォーラム。SGIの代表も参加し、「女性・平和・安全保障」に関する作業部会での議論などに貢献した

ジェンダー平等の推進が急務

女性を取り巻く厳しい状況の改善

 また、若い世代のための取り組みと併せて、今後の経済の欠くことのできない基盤として強調したいのが、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」の推進です。
 
 新型コロナに対応するために、医療機関ではそれまで経験したことのなかった負担や苦労が重なっていますが、医療の最前線で働く人々の7割は女性が占めています。
 
 一方で、家族や身近な人の世話や看病をするため、積み重ねてきたキャリアの中断や、休職をせざるを得なかった女性も少なくありません。加えて、景気後退で失われた雇用は女性の場合が多く、最も打撃を受けたのは、幼い子どもを育てながら仕事をしてきた女性たちだったと指摘されています。
 
 以前からジェンダーの格差は深刻でしたが、コロナ危機で状況が悪化する中、抜本的な対策を求める動きが広がりました。
 その代表的な動きが、昨年、UNウィメン(国連女性機関)などが主催し、2回にわたって行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」です。
 3月のメキシコでの会合には、85カ国からオンラインも含めて1万人が参加し、ジェンダー平等に向けた行動と運動を活性化するための議論が行われました。

昨年6月から7月にかけて、フランスのパリで行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」(AFP=時事)。国連のグテーレス事務総長や各国の首脳らが出席したほか、世界中から約5万人がオンラインで参加した
昨年6月から7月にかけて、フランスのパリで行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」(AFP=時事)。国連のグテーレス事務総長や各国の首脳らが出席したほか、世界中から約5万人がオンラインで参加した

 そして、6月から7月にかけてフランスで行われた会合で発表されたのが、ジェンダー平等の達成に向けた勢いを加速させるための5年間にわたるグローバル計画です。
 
 この計画の中で、「ジェンダーに基づく暴力」や「ジェンダー平等のための技術と革新」などの五つの分野とともに重視されていたのが、「経済的正義と権利」でした。
 男女の賃金格差をはじめとする課題を提示しつつ、ジェンダーに配慮した経済対策で、貧困に苦しむ女性を減らすことなどが打ち出されましたが、特に注目したのは「ケアワーク(ケアの仕事)」を巡る課題を改善するための提案です。
 
 家族の世話や介護などのケアの仕事を、主に女性が無償で担ってきた実態が多くの国でみられる中、新型コロナがその負担をさらに重くしたことが懸念されています。
 そこで、負担を社会で分担できるようにするために、国民所得の3%から10%を投資して、ケアの仕事を有給で支えてきた人々の待遇改善を後押しする一方で、ケアに関連する雇用機会を新たに生み出すための環境を整えることが、推奨されたのです。

ケア分野の拡充がもたらす波及効果

 この点は、UNウィメンが昨年9月に始めたフェミニスト計画〈注2〉でも重視されており、ケアの仕事を“持続可能で公正な経済”の中心に据えることが提唱されていました。
 
 世界では、15歳未満の子どもたちが19億人、60歳以上の人々が10億人、障がいのある人々が12億人いると推計される中で、日常生活を送る上で何らかのケアを必要としている人が大勢います。
 こうしたケアに関わる分野への公共投資は、女性が抱えてきた負担の軽減だけでなく、子どもや高齢者、障がいのある人々の生活環境の改善につながるなど、大きな波及効果をもたらすことが期待されているのです。
 
 そして何より、ケアの仕事が、サポートを受ける人の幸福と尊厳にとってかけがえのないものであることを忘れてはなりません。
 経済成長という“満ち潮”をつくり出すことができても、傷ついたボートがそのまま持ち上がるわけではないといわれます。
 一方で、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」に直結するケア分野の拡充に力を入れていけば、多くの人々の生活と幸福と尊厳を支える社会を着実に形作ることができると、私は信じてやまないのです。

2017年10月、アルゼンチンのコンセプシオン市で開催された「平和の文化と女性展」。環境運動家のワンガリ・マータイ博士をはじめ、時代変革の波を起こした人々の言葉などを紹介した展示に対し、来場者から「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が寄せられた
2017年10月、アルゼンチンのコンセプシオン市で開催された「平和の文化と女性展」。環境運動家のワンガリ・マータイ博士をはじめ、時代変革の波を起こした人々の言葉などを紹介した展示に対し、来場者から「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が寄せられた

 私どもSGIも、“万人の幸福と尊厳”を思想の中核に置く仏法の精神に基づいて、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」を推進する活動を続けてきました。
 
 2020年にUNウィメンが「平等を目指す全ての世代」のキャンペーンを立ち上げた時は、SGIを含むFBO(信仰を基盤とした団体)の諸団体が、国連機関と協力してニューヨークで行っている年次シンポジウムで、ジェンダー平等を前進させるためにFBOが果たすべき役割について議論しました。
 昨年1月にも同じシンポジウムを開催しましたが、そこで共通認識となったのも、パンデミックからの再建を図る上で、経済対策を含めてジェンダー不平等の解消が欠かせないとの点だったのです。
 
 また現在、アフリカのトーゴ共和国で、森林再生支援のプロジェクトを進める中で、担い手となっている貧困地域の女性たちをエンパワーメントする活動も進めています。
 国際熱帯木材機関(ITTO)との共同で昨年1月に開始した取り組みで、森林の急速な減少が進む地域で植林や保護を行うとともに、女性たちが手に職をつけて経済的に自立することを後押ししてきました。
 今後は、プロジェクトを経験した女性たちが別の地域を訪れ、互いの地域で抱える課題について体験を共有しながら、学び合う取り組みも行う予定となっています。

創価学会と国際熱帯木材機関(ITTO)が共同で、西アフリカのトーゴ共和国で進めている森林再生支援プロジェクト。貧困地域に暮らす女性たちが活動の担い手となり、昨年は約3万本の苗木が植えられた
創価学会と国際熱帯木材機関(ITTO)が共同で、西アフリカのトーゴ共和国で進めている森林再生支援プロジェクト。貧困地域に暮らす女性たちが活動の担い手となり、昨年は約3万本の苗木が植えられた
新たに制定された学会の「社会憲章」

 私たち人間には、いかなる逆境の最中にあっても、プラスの価値を共に生み出し、時代変革の波を起こす力が具わっています。
 コロナ危機を乗り越え、人間の尊厳を支える経済と社会を築く源泉となるものこそ、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」ではないでしょうか。
 
 振り返れば、この二つの時代潮流の淵源となった第4回「世界女性会議」〈注3〉と同じ年に、私どもは「SGI憲章」を制定し(1995年11月)、「いかなる人間も差別することなく基本的人権を守る」などの理念に則り、地球的問題群の解決に取り組む活動を続けてきました。
 
 そして昨年11月に、新たに制定したのが「創価学会社会憲章」です。
 そこでは、「仏法の寛容の精神に基づき、他の宗教的伝統や哲学を尊重して、人類が直面する根本的な課題の解決について対話し、協力していく」との基本姿勢を示すとともに、「ジェンダー平等の実現と女性のエンパワーメントの推進に貢献する」など、10項目にわたる目的と行動規範を掲げました。
 
 今後も、192カ国・地域に広がった仏法の民衆団体として、一人一人が「良き市民」として友情と信頼の輪を広げながら、“万人の幸福と尊厳”に根ざした世界を築くための挑戦を重ねていきたいと思います。

⑤に続く

  *  *  *  *  *

 注2 フェミニスト計画
 コロナ危機からの復興が、よりジェンダー平等で持続可能な世界を形作るものになることを保証するよう、昨年9月にUNウィメン(国連女性機関)が各国政府に行動を呼びかけた計画。①女性の暮らしを支える経済、②ケアワークを持続可能で公正な経済の中心に据える、③環境に優しい未来へ向けたジェンダーに公平な移行、の三つの主要分野が掲げられている。

 注3 第4回「世界女性会議」
 世界女性会議は、第1回(1975年、メキシコシティ)、第2回(1980年、コペンハーゲン)、第3回(1985年、ナイロビ)と、5年ごとに開催され、第4回は1995年9月に中国の北京で行われた。その会議で、189カ国が署名した北京宣言と北京行動綱領は、現在にいたるまで、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントに関する包括的な指針となっている。

 

第47回SGI提言⑤ 気候変動問題を解決する道2022年1月27日

④に戻る

日本と中国が行動の連帯を広げ
気候危機を打開する牽引力に

 続いて、現在の世代だけでなく、これから生まれる世代のために、何としても早期に解決を図らねばならない三つの課題について、具体的な提案を行いたい。
 
 第一の課題は、気候変動問題の解決です。
 長年にわたって警鐘が鳴らされてきたにもかかわらず、地球温暖化の勢いに歯止めがかからない状況が続いています。
 異常気象の被害も拡大の一途をたどっており、そうした中で、干ばつや森林火災が各地で頻発するとともに、海洋でも水温上昇や酸性化が進み、陸地と海洋の双方で温室効果ガスの吸収能力の低下が懸念されるという、悪循環も生じているのです。
 
 こうした一刻の猶予もない状況下で、昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで行われたのが、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議(COP26)でした。
 各国の意見の違いで協議は難航し、会期が1日延長される中で、「世界の平均気温の上昇を1・5度に抑える努力を追求することを決意する」と明記した成果文書が合意されました。

昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで開催された、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議。会期中には、世界の青年たちの声を届けるためのパネルディスカッションも行われた(AFP=時事)
昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで開催された、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議。会期中には、世界の青年たちの声を届けるためのパネルディスカッションも行われた(AFP=時事)

 2015年に採択されたパリ協定では、「2度未満」に抑えることが主力の目標だっただけに、今回、「1・5度」が新たな共通目標となった点は、大きな前進と言えます。
 しかし、各国が表明した温室効果ガスの削減目標のみでは達成は困難とみられており、さらなる対策の強化が欠かせません。
 
 この点に関し、COP26のアロック・シャルマ議長は、閉幕にあたっての声明で次のような注意喚起をしていました。
 「1・5度という目標は堅持できました」
 「しかしその鼓動は、依然として弱いと言わざるを得ません。だからこそ、歴史的な合意に達したとはいえ、その評価は各国が署名を行った事実だけではなく、署名国が約束を順守して実行できるかどうかにかかっているのです」と。
 
 その意味で、予断を許さない状況は今後も続きますが、局面の打開につながるシナリオがまったく存在しないわけではない。
 世界資源研究所などがまとめた報告書によると、温室効果ガスの排出量の75%を占めるG20諸国が、「1・5度」の目標に沿って削減を加速させ、2050年までに“排出量の実質ゼロ”を達成すれば、平均気温の上昇幅を目標の一歩手前である、1・7度以内にまで近づけることは可能だというのです。

国交正常化50周年を機に協力を深化

 そこで私は、COP26でアメリカと中国が気候変動問題での協力を約束したのに続く形で、日本と中国が同様の合意を図り、問題解決に向けた希望のシナリオを共に生み出していくよう、強く呼びかけたい。
 
 アメリカと中国の共同宣言では、温室効果が高いメタンの削減をはじめ、再生可能エネルギーの分野や、違法な森林破壊の阻止などの面で、2030年に向けた協力を進めることが盛り込まれています。
 近年、米中両国の間で緊張が高まっていますが、世界の温室効果ガスの4割以上を排出する両国が、人類共通の課題のために歩み寄った意義は誠に大きいと言えましょう。
 
 日本と中国の間でも、気候変動問題での協力を強化する合意を、早期にとりまとめるべきではないでしょうか。
 本年は、日中国交正常化から50周年にあたります。
 次なる50年の出発を期す意義を込めて、「気候危機の打開に向けた日中共同誓約」を策定し、持続可能な地球社会のための行動の連帯を広げていくことを提唱したいのです。
 
 日本と中国には、環境問題で長年にわたり協力を重ねてきた実績があります。
 出発点となったのは、両国を行き来する渡り鳥とその生息環境を守る協定(1981年)で、1994年には日中環境保護協力協定が結ばれ、1996年に日中友好環境保全センターが北京に設立されました。
 その後も、さまざまな分野で協力が進み、大気汚染の防止をはじめ、植林や森林保全、エネルギーや廃棄物対策など、数多くの成果が積み上げられてきたのです。

北京師範大学からの名誉教授称号の授与式。世界の大学・学術機関から200番目となった名誉学術称号に対する謝辞で、池田SGI会長は、日本と中国にとっての未来の最重要課題として環境問題を取り上げ、さらなる協力の拡大を呼びかけた(2006年10月、東京・八王子市の創価大学で)
北京師範大学からの名誉教授称号の授与式。世界の大学・学術機関から200番目となった名誉学術称号に対する謝辞で、池田SGI会長は、日本と中国にとっての未来の最重要課題として環境問題を取り上げ、さらなる協力の拡大を呼びかけた(2006年10月、東京・八王子市の創価大学で)

 思い返せば、日中友好環境保全センターの設立10年を迎えた年に、私は北京師範大学からの名誉教授称号の授与式(2006年10月)で、両国の環境協力の歴史に触れながら、こう呼びかけたことがありました。
 
 「この流れを、さらに加速させていかねばならない。そのために、100年先の長期展望に立った、包括的かつ実効的な『日中環境パートナーシップ(協力関係)』の構築を、私は、ここに強く提言しておきたいのであります」
 「そして日中両国が、大切な隣国である韓国とも力を合わせて、『環境調査』や『技術協力』、『人的交流』や『人材育成』等を、より強固に推進していくならば、その波動はアジア全体はもとより、全地球的なスケールで広がっていくことは絶対に間違いないと、私は確信するものであります」と。
 
 これまでも日中友好環境保全センターを拠点に、アメリカ、ロシア、EU(欧州連合)諸国とのプロジェクトを進めてきたほか、100カ国以上の途上国を対象に環境行政を担う人々の研修を実施するなど、日中の環境協力は大きな相乗効果を生んできました。
 気候危機の打開に向けて、日本と中国がこれまでの実績を基盤に、韓国をはじめアジア諸国との協力をさらに深めながら、世界に“希望と変革の波動”を広げる挑戦を力強く進めることを願ってやみません。

国連と市民社会の連携で
地球環境と生態系を保全

プラスの連鎖を力強く生み出す

 この「国家間の協力」に関する提案と併せて呼びかけたいのは、「国連と市民社会との連携」を強化するための制度づくりです。
 具体的には、気候や生態系をはじめとする「グローバル・コモンズ(世界規模で人類が共有するもの)」を総合的に守るための討議の場を国連に設けて、青年たちを中心に市民社会が運営に関わる体制を整えることを呼びかけたい。
 
 気候変動枠組条約と生物多様性条約への署名を開始した場となり、砂漠化対処条約を生み出す契機となった国連環境開発会議(地球サミット)が、ブラジルのリオデジャネイロで開催されてから本年で30年を迎えます。
 三つの条約については2001年に共同連絡グループが設けられ、情報の共有や活動の調整がされてきましたが、市民社会による支援を得ながら、対策の連動をさらに力強く進めるべきではないでしょうか。
 私は、そこに気候変動問題を解決するための活路があると考えます。いずれの問題も深く結びついているからこそ、解決策も相互に連動させることで、困難の壁を打ち破る新しい力が生まれていくからです。
 
 「グローバル・コモンズ」には、各国の主権が及ばない公海をはじめ、北極や南極とともに、地球を覆う大気や生態系のような、人類の生存と繁栄に不可欠なものが含まれており、最大の焦点は、現在から将来の世代にわたっての保全を図ることにあります。
 昨年から、生態系の回復に関する国連の10年〈注4〉がスタートしましたが、三つの条約以外の分野も含めて対策を連動させながら、問題解決の前進を相互に後押しする“プラスの連鎖”を起こすべきだと訴えたいのです。
 
 3月には、国連環境計画(UNEP)の創設50周年を記念した、国連環境総会の特別会合がケニアのナイロビで行われます。
 この特別会合で、「グローバル・コモンズ」の観点に基づいて環境問題への総合的な取り組みを強化する方針を盛り込んだ宣言を、採択することを呼びかけたい。その上で、「グローバル・コモンズ」に関する問題を集中的に討議するための場を国連に設けるべきだと考えるのです。

昨年9月、イタリアのミラノで行われた「ユース・フォー・クライメート」の会議。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんらが登壇した初日の全体会合では、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議のアロック・シャルマ議長が、ビデオ映像を通して演説を行った(AFP=時事)
昨年9月、イタリアのミラノで行われた「ユース・フォー・クライメート」の会議。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんらが登壇した初日の全体会合では、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議のアロック・シャルマ議長が、ビデオ映像を通して演説を行った(AFP=時事)

世界の青年が問題解決に取り組む
国連ユース理事会を創設

 私は昨年の提言で、青年の視点による提案を国連の首脳に届ける「国連ユース理事会」を創設する重要性を訴えました。例えば、こうした青年主体の組織に、その討議を担う役割を託してはどうでしょうか。
 
 2019年に国連で行われたユース気候サミットに続いて、昨年9月、国連ユース理事会のイメージを彷彿とさせるような、若者たちによる国際会議「ユース・フォー・クライメート」が、イタリアのミラノで開催されました。COP26に先立つ形で行われたもので、若い世代の声とアイデアを政府間交渉につなげる場となったのです。
 
 パリ協定のほぼすべての署名国を含めた186カ国から、約400人の若者が集った国際会議には、創価学会青年部の代表も参加しました。その会議の宣言で打ち出されたのが、次の要望事項だったのです。
 「気候変動枠組条約において、若者の参加を促進する機関を設置し、若者が締約国の代表たちと、また若者たち同士で、公式かつ定期的に対話ができる常設的な場を提供すること」
 「若者の発言に関して、全体会合における最後というよりも、最初や途中でも発言できるようにすることをはじめ、会期中で若者の発言の機会を増やすこと」
 
 このように、自分たちの生活や将来に深刻な影響をもたらす気候変動問題に対し、協議や意思決定のプロセスに一貫して関わることができる制度づくりを、世界の青年たちは切実に求めているのです。

危機の現場に集い 共に解決策を探る

 その意味で、国連ユース理事会の構成にあたって何よりも大切なのは、ミラノで行われた国際会議と同様に、世界のすべての国に参加の道を開くことだと思います。
 
 国連ユース理事会の運営においては、通常の討議はオンラインで実施し、重要な決定を行う全体会合は半年に一度、会場をさまざまな場所に移しながら、対面で行う形態も考えられましょう。
 その上で、毎回の全体会合における成果を、国連での意思決定につなげるべきだと考えるのです。
 
 国連の歴史をひもとけば、当初、複数の都市から誘致の声が上がり、国連本部の設置場所が決まらない中で、「航海を行う船の上に国連を設置し、恒久的な世界周航状態に置く」という案が出されたこともあったといいます。
 実際、ニューヨークの国連本部が完成するまで、最初の国連総会はロンドンで行われ、第3回の総会はパリで行われるなど、他の都市で国連総会が開催された経緯があったのです。
 
 国連の議場を船舶に設けて世界の海を航行する案は、当時でも奇抜だったでしょうが、どの国の主権も及ばない公海は「グローバル・コモンズ」の象徴でもあり、そのアイデアには“人類の議会”としての国連に込められた思いを偲ばせるものがあります。
 こうした国連の創設前後の歴史を踏まえて、ユース理事会の全体会合もニューヨークの国連本部に限定せず、さまざまな国で行うことも一案ではないでしょうか。

2018年9月、ニュージーランドのオークランドで開催された戸田記念国際平和研究所の研究会議。「太平洋地域における気候変動と紛争」をテーマに、オーストラリアやニュージーランドのほか、ヨーロッパ、北米などから参加した研究者が討議を行った
2018年9月、ニュージーランドのオークランドで開催された戸田記念国際平和研究所の研究会議。「太平洋地域における気候変動と紛争」をテーマに、オーストラリアやニュージーランドのほか、ヨーロッパ、北米などから参加した研究者が討議を行った

 開催地の選定にあたっては、各国の青年たちに加えて、気候変動の影響に伴う損失と損害や、生態系の悪化が深刻な地域から、多くの市民社会の代表が参加しやすい場所を、優先的に選ぶ方法もありましょう。
 
 この点、私が創立した戸田記念国際平和研究所では、さまざまな会議を行うにあたり、その会場として、テーマとなる課題が深刻な地域を選んできたことが多くありました。
 「現実に苦しんでいる民衆の声を聞き、民衆の側に立つ」との理念に基づくもので、現在も、海面上昇の影響が深刻である、太平洋の島嶼地域に焦点を当てた気候変動問題の研究プログラムを進めています。
 
 国連ユース理事会の全体会合を行う際にも、危機の現場に近い場所から打開策を探ることが大切になると思えてなりません。
 そうした国連への青年参画の制度づくりを、「国連と市民社会との連携」を強化するための突破口にすべきだと考えるのです。
 
 この提案に関連し、国連子どもの権利委員会が先月から開始した取り組みについても言及しておきたい。
 同委員会では、子どもの権利と環境、特に子どもと気候変動を巡る課題に焦点を当てた重要文書となる「一般的意見26号」を起草するにあたって、NGOやすべての世代からの意見の募集を開始したのに続き、来月からは特に世界の子どもたちを対象に意見を募集することになりました。
 今後は、この「一般的意見26号」の起草に子どもたちが参加する諮問チームの発足も予定されており、子どもたちの声が世界の取り組みに反映されることを期待するものです。

気候変動問題への対応における青年の役割をテーマに、昨年11月、イギリスSGIと青年団体が共催した討論会。国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議の開催に合わせて、グラスゴー市内で行われた
気候変動問題への対応における青年の役割をテーマに、昨年11月、イギリスSGIと青年団体が共催した討論会。国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議の開催に合わせて、グラスゴー市内で行われた

 私どもSGIも、青年たちを中心に環境問題に関する活動を続けてきました。
 昨年、COP26がグラスゴーで行われた際には、地球憲章インタナショナルと新たに共同制作した「希望と行動の種子」展を開催したほか、COP26に設けられた参加団体による意見表明の場で、次のような声明を発表しました。
 「青年たちの声に耳を傾けることは、オプションではない。世界の未来を心から憂慮するのであれば、必然的に進むべき唯一の道である」と。
 
 人間には、いかなる試練も乗り越える力が具わっています。なかんずく、“未来は自分たちの手で切り開く”との信念で立ち上がった青年たちの連帯こそ、その何よりの原動力となるものではないでしょうか。

⑥に続く

  *  *  *  *  *

 注4 生態系の回復に関する国連の10年
 2021年から2030年の10年間を通し、気候危機との戦い、食料安全保障と水供給、生物多様性の保全強化に関し、効果ある対策として、生態系の回復を促進することを目指す。2019年3月に採択された国連総会の決議では、若者をはじめ、女性や高齢者、障がいのある人々、先住民など、すべての関係者が、その取り組みに関与する重要性が強調されている。

 

第47回SGI提言⑥ 21世紀を担う子どもたちのために2022年1月27日

⑤に戻る

「緊急時の教育」の対応が
各国共通の重要課題に

長期の学校閉鎖が引き起こした影響

 第二の課題は、子どもたちの教育機会の確保とその拡充の取り組みです。
 
 パンデミックの発生で、国際社会の注意が公衆衛生と経済の危機に集中する中で、もう一つの深刻な危機が各国で広がりました。
 学校の閉鎖や授業の中断によって、教育の機会が著しく失われた危機です。
 その影響を受けた子どもたちは、約16億人に及んだと推計されています。
 
 学校の閉鎖に伴う影響は、学びの時間が大幅に奪われたことだけにとどまりません。
 友だちとの日常的な交流が急に途絶えてしまい、成長の手応えや未来の希望を感じる機会も失った結果、孤独感を深めたり、意欲をなくしたりするなど、多くの子どもたちが精神的なダメージを受けました。
 また、貧困地域や経済的な困難を抱える家庭の子どもにとって“毎日の栄養面を支える生命線”となっていた給食の提供が、突然の休校で中止される状態が続いたため、低体重や貧血といった症状が広がることが懸念されています。
 
 このような長期の休校や対面授業の中断が、世界的規模で一斉に起きたことは、学校教育の歴史で前例がないといわれます。
 学校閉鎖の影響を最小限に抑えるために、多くの国がオンライン形式による遠隔学習を導入したものの、デジタル環境の普及を巡る格差が壁となり、その機会を得られない子どもたちが多数にのぼりました。

2020年3月にニュージーランドSGIが主催し、首都ウェリントンの国会議事堂で行われた「トゥマナコ――平和な世界への子ども絵画展」の開幕式。「トゥマナコ」とは“希望”を意味する先住民マオリの言葉で、開幕式には多くの小学生や中学生らが参加した
2020年3月にニュージーランドSGIが主催し、首都ウェリントンの国会議事堂で行われた「トゥマナコ――平和な世界への子ども絵画展」の開幕式。「トゥマナコ」とは“希望”を意味する先住民マオリの言葉で、開幕式には多くの小学生や中学生らが参加した

 紛争や災害などの「緊急時の教育」の支援に取り組んできた、ECW(教育を後回しにはできない)基金〈注5〉では、コロナ危機に即応して、2920万人の子どもたちのために遠隔学習の実現などを後押ししましたが、こうした国際支援の強化が欠かせません。
 また、インターネット以外の手段で遠隔学習を進めた国々の事例もあり、その経験を他の国でも共有しながら、大勢の子どもが教育の機会を早急に取り戻せるようにすることが必要と言えましょう。
 
 例えば、シエラレオネでは、パンデミックの発生直後にラジオを活用した遠隔学習が始まり、260万人の生徒が学校の閉鎖中も授業を受け続けられました。
 以前にエボラ出血熱が発生した時の対応を生かしたもので、遠隔学習の効果も実証済みだったため、新型コロナの場合にも即座に対応できたというのです。
 
 南スーダンでも、太陽光で充電できるラジオを困窮家庭の子どもたちに配布したほか、スーダンでは学校の宿題を新聞に掲載するなどの方法がとられましたが、子どもの教育を第一に考え、各国が柔軟に対策を進める意義は大きいのではないでしょうか。
 何よりも大切なのは、いついかなる時でも、子どもたちがどのような環境に置かれていたとしても、そこに「教育の光」を届け続けることにあると信じるからです。

牧口初代会長の大著『創価教育学体系』。これまで、英語、ポルトガル語、フランス語、スペイン語、ヒンディー語、中国語など、世界の多くの言語に翻訳され、国の違いを超えて「人間教育の光」を広げてきた
牧口初代会長の大著『創価教育学体系』。これまで、英語、ポルトガル語、フランス語、スペイン語、ヒンディー語、中国語など、世界の多くの言語に翻訳され、国の違いを超えて「人間教育の光」を広げてきた
創価教育の源流に脈打つ情熱と信念

 国連のグテーレス事務総長は、国連で働き始める前に、貧困地域で子どもたちに数学を教える活動をしたことがあり、その経験を踏まえながら、次のように強調していました。
 「リスボンのスラム街で、教育は貧困をなくす原動力であり、平和への力となることを目の当たりにした」と。
 
 歴史を振り返れば、私が創立した創価教育の学校と大学にとって永遠に忘れてはならない源流も、今から100年ほど前に、牧口初代会長と戸田第2代会長が心血を注いだ教育実践にありました。
 当時の東京で、貧困家庭の子どもたちのために開設された特殊小学校に、校長として赴任した牧口会長は、校内の宿舎に住み込みながら、栄養不足の児童に給食を用意するために奔走したり、病気になった児童の家に自ら足を運んで面倒をみたりしていました。
 
 壊れた窓ガラスに厚紙をあてて、外気の侵入を防いでいるような状況の学校で、校長として奮闘を続ける様子について、学校を訪問した教育関係者はこう綴っています。
 「ただ熱情をもって、彼ら貧民子弟の教育に尽くそうということだけに、全精神が打ち込まれているらしく見えた」(「創価教育の源流」編纂委員会編『評伝 牧口常三郎』第三文明社を参照。現代表記に改めた)
 
 戸田第2代会長も同じ小学校で働き、牧口会長を支えながら、当時の東京で最も厳しい環境下で生きる子どもたちに「教育の光」を届けるべく、若き情熱を燃やしたのです。

昨年6月、東京・八王子市の創価大学で行われた「難民を対象とする大学院推薦入学制度」の協定書の調印式。UNHCR駐日事務所、国連UNHCR協会との協定で、経済的な理由で日本の大学に通うことが困難な難民を、奨学生として大学院に受け入れることになった
昨年6月、東京・八王子市の創価大学で行われた「難民を対象とする大学院推薦入学制度」の協定書の調印式。UNHCR駐日事務所、国連UNHCR協会との協定で、経済的な理由で日本の大学に通うことが困難な難民を、奨学生として大学院に受け入れることになった

 創価教育の学校で小学校から大学にいたるまで、経済的に就学が困難な生徒や学生などを支援するために、奨学金の拡充に努めてきた理由の一つも、そうした二人の先師の精神を継承したものにほかなりません。
 
 さらに創価大学では、日本の学生や留学生への経済的な支援のほかに、2016年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の「難民高等教育プログラム」に加わり、難民の学生を受け入れてきました。
 
 大学院への受け入れについても、2017年から国際協力機構(JICA)の「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム」に参画してきたほか、昨年にはUNHCR駐日事務所や国連UNHCR協会と、大学院への推薦入学に関する協定を締結しており、学部と大学院の両課程で受け入れの協定を結んだ日本初の大学になっています。
 
 世界各地で難民になった子どもや若者たちにとって、大学などの高等教育に進学できるのは5%にすぎないといわれます。
 しかし難民の若者にも、他の若者と同様に、学びを深めたい分野があり、かなえたい夢があることを忘れてはならないのです。
 
 私ども創価学会も、UNHCRの活動への支援を続ける一方、昨年1月からは“パンデミックの最中にあっても届けたい光がある”との思いで、難民とその受け入れ国の子どもたちのための活動を始めました。
 ヨルダンにおいて、音楽を通して希望を贈り、困難を乗り越える力を育むための教育の一環として、NGOの「国境なき音楽家」と共同して進めているプロジェクトです。
 現地で音楽教育の活動を担うことができる人々を育成しながら、子どもたちのための夏季音楽講座を各地で開催してきました。
 
 プロジェクトに携わる音楽家のタレク・ジュンディ氏は、「私たちの活動は種をまく作業のようなものです。すぐには目に見える結果が表れなくても、確実に変化は生まれています」と述べています。
 子どもたちの胸中にある“心田”に可能性の花々が咲き誇ることを信じ、祈るような思いを込めて種をまく行為に、教育の眼目はあるのではないでしょうか。

創価学会とNGOの「国境なき音楽家」が、ヨルダンで進めている音楽教育のプロジェクト。昨年8月に行われた夏季音楽講座には、障がいのある子どもたちも参加した
創価学会とNGOの「国境なき音楽家」が、ヨルダンで進めている音楽教育のプロジェクト。昨年8月に行われた夏季音楽講座には、障がいのある子どもたちも参加した

「教育変革サミット」で未来を展望し
子どもたちのための行動計画を

障がいのある子どもの学ぶ権利

 この「緊急時の教育」の拡充と並んで、世界共通の重点課題に挙げたいのは、障がいのある子どもや若者の学ぶ権利を保障するための「インクルーシブ教育」の促進です。
 
 国連児童基金(ユニセフ)が昨年11月に発表した報告書によると、障がいのある子どもの数は、世界で約2億4000万人と推計され、若い世代の10人に1人は何らかの障がいがあるといわれます。
 しかし、あらゆる人々を差別なく包摂するというインクルーシブの理念に基づいて、他の子どもと同じ権利の保障を求めても、社会的な壁や差別によって阻まれることが多く、教育を受ける環境についても改善があまり進んでいません。
 
 パンデミックの発生は、状況をさらに悪化させるものとなりました。
 オンライン授業などの遠隔学習が提供されても、それぞれの障がいに対する配慮が十分でない場合には、授業をそのまま受けるのが難しいことに加え、在宅での学習には家族などによる全面的なサポートが欠かせない場合も多いからです。
 SDGsでは「すべての人々に包摂的かつ公正で質の高い教育を提供する」との目標を掲げる中で、障がい者への平等な教育機会の確保や、障がいに配慮した学習環境の整備を呼びかけていますが、パンデミックで露わになった課題も含めて、早急に改善を図る必要があると思えてなりません。
 
 そもそも、2006年に障害者権利条約が国連で採択されるにあたって、最も議論になったテーマの一つが教育でした。
 その結果、教育を受ける権利を差別なく実現するために、あらゆる段階の教育制度で「インクルーシブ教育」を確保することが、明確に定められたのです。
 また条約では、障がいのある人に対して「合理的配慮」がない場合は差別に当たるとの原則を示した上で、特に教育の場で配慮が欠かせない点が重ねて強調されました。
 
 障がいが個人の問題ではなく、社会の側が変わらねばならない課題であるとの視座が、条約で打ち出された背景には、制定の過程で画期的な出来事があったからでした。
 “私たちのことは、私たち抜きで決めないでほしい”との強い声を受け、各国の政府代表だけでなく、障がいを巡る問題に取り組むNGOの代表が、条約の交渉への参加を認められたのです。
 
 現在まで、障害者権利条約には184カ国・地域が批准をしています。
 今一度、条約の制定に込められた多くの人々の思いに立ち返って、「インクルーシブ教育」の実現に向けた取り組みを拡充すべきではないでしょうか。

 脳性まひの障がいがあり、現在はUNHCRの“障がいのある子どもたちの擁護者”として活動するナジーン・ムスタファさんは、自らの体験を踏まえつつ、こう語っています。
 「インクルーシブ教育とは、単に、障がいのある子どもを学校に入学させることではありません。孤立感や隔たり、そして、障がいがないかもしれない他の子どもたちと自分は違うのだといった思いを感じさせることなく、障がいのある子どもたちのニーズに対応していくことです」
 「障がい者用のトイレを設置したり、建物のバリアフリー化をしたりすれば良いというだけの話ではなく、誰もが自分の能力を引き出せるようにすることが、インクルーシブ教育なのです」と。
 
 彼女は、シリアでの紛争から逃れた難民でもあり、16歳の時に車椅子に乗って移動しながら、3500マイル(約5600キロ)の距離を経て、ドイツにたどり着きました。
 そこで受けた「インクルーシブ教育」の意義などを振り返ったインタビューで、障がいのある子どもたちの思いを代弁するムスタファさんが強く求めていたのが、社会全体の意識を根本的に変えることだったのです。
 
 「私が育ったところでは、障がいがあるということは、社会の片隅で生活し、学問的にも人間的にも成長することを期待されていないということを意味していました」
 「障がい者に対して社会が抱いている最大の誤解は、私たち障がい者が志や夢を持っているはずがないと思い込んでいることです。私たちの持つ夢がかなうかもしれないという胸中のかすかな希望の光が、障がいがあるというだけで消し去られるはずだ、と考えていることなのです」
 ムスタファさんが訴えるように、社会における無理解や偏見によって、障がいのある子どもたちの心の中から“生きる希望”が奪われることは、決してあってはなりません。

これから生まれる世代の夢を守る

 9月には、国連で「教育変革サミット」が開催されます。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が昨年11月に発表した、教育の未来に関する報告書を受ける形で行われるものです。
 
 ユネスコでは、社会的な変革に対応する形で教育の役割を再考するために、1972年と1996年に報告書を出してきましたが、今回はそれらに続く、四半世紀ぶりの報告書となります。2019年から2年の歳月をかけ、世界の100万人の声をくみ取りながらまとめられた報告書では、教育格差を巡って次の問題提起がされていました。
 
 「今後に起こるかもしれない異常事態のシナリオの中には、質の高い教育がエリートの特権となり、その他の膨大な数の人々は生活に必要な物品やサービスが手に入らず、悲惨な生活を余儀なくされる世界の姿も含まれています。現在の教育格差は、今後、悪化の一途をたどり、やがて教育課程そのものが無意味になってしまうのでしょうか。これらの起こりうる変化は、私たちの基本的な人間性にどのように影響を及ぼすのでしょうか」と。
 
 その上で、難民など厳しい状況に置かれた人々への教育支援や、障がいの有無に関係なく権利を保障する重要性にも言及し、2050年以降を見据えて教育のあり方を考え、共につくりあげることを呼びかけています。
 そこで私は、教育変革サミットでの討議を通して、「緊急時の教育」や「インクルーシブ教育」を巡る課題とともに、この提言の前半で論じたような、地球大に開かれた「連帯意識」を育む「世界市民教育」に焦点を当てながら、「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択することを提唱したい。

1996年6月、「『世界市民』教育への一考察」と題し、池田SGI会長がアメリカのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで行った講演。「世界市民」の要件として、①生命の相関性を認識する「智慧」、②差異を尊重し、成長の糧とする「勇気」、③苦しむ人に同苦し、連帯する「慈悲」、を挙げた講演は、今も多くの教育者が注目するものとなっている
1996年6月、「『世界市民』教育への一考察」と題し、池田SGI会長がアメリカのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで行った講演。「世界市民」の要件として、①生命の相関性を認識する「智慧」、②差異を尊重し、成長の糧とする「勇気」、③苦しむ人に同苦し、連帯する「慈悲」、を挙げた講演は、今も多くの教育者が注目するものとなっている

 紛争や災害をはじめ、パンデミックのような脅威は、子どもの身では対処できないものであり、「緊急時の教育」はその子どもたちを置き去りにしない証しにほかなりません。
 また、初等教育から高等教育まで「インクルーシブ教育」の整備を進めることは、さまざまな差別や境遇で苦しむ子どもたちの教育環境を改善することにもつながります。
 
 そして「世界市民教育」は、人類共通の課題に立ち向かう礎として欠かせないものです。
 私自身、師である戸田第2代会長の「地球民族主義」に基づいて推進を呼びかけ、SGIでも特に力を入れてきた活動でした。
 
 21世紀末には、地球上の人口は109億人に及ぶと予測されています。
 9月のサミットで「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択して、今、盤石な基盤を築くことができれば、現在の子どもたちだけでなく、これから生まれてくる子どもたちの夢や希望も守ることができるに違いないと、強く訴えたいのです。

⑦に続く

  *  *  *  *  *

 注5 ECW(教育を後回しにはできない)基金
 紛争や災害などの緊急事態をはじめ、長期化する危機の影響を受ける子どもや若者に対し、教育の機会を提供するための国際的な基金。2016年5月の世界人道サミットで設立された。難民や国内避難民への教育支援に力を入れるとともに、コロナ危機においては、子どもだけでなく教員に対する支援も行ってきた。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 1月26日は「SGIの日」 | トップ | 第47回SGI提言⑦ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

妙法」カテゴリの最新記事