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スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

2018 井沼方公園河津桜開花速報

2018-03-13 06:47:18 | 自然

この写真は3月11日時点の井沼方公園の河津桜開花状況です。

昨年3月18日時点での状況を2017-3-27付ブログに載せましたが、

今、このブログのアクセスが多く来ます。この時は満開を過ぎて

花見をするにはラストチャンスの頃でした。おそらく

今年の状況を知りたくてアクセスがあるのだと思います。

現在は正に満開のちょっと手前位で最高です。

前回にも紹介いたしましたが、この公園の河津桜は今から15年前に

浦和東ロータリークラブがさいたま市が政令指定都市に

移行したのを記念して植樹したものです。その当時は河津桜が

世に広く知られ出した頃で苗木も簡単に手に入らなかった事を思い出しました。

植樹した頃の河津桜の幹はずっと細く立派になるには

どの位かかるのだろうと思いましたが、15年経過し

今や立派な幹に成長しました。

 

濃いピンクの桜が美しく咲いた姿を撮ろうと何人ものカメラマンが

ファインダーを向けていて、ある意味感慨にふけるものがあります。

隣の池のある公園から見た井沼方公園。正に河津桜が咲き誇っています。

今や井沼方公園は早咲きの桜が見られる花見の名所となり

天気の良い日には、この様に家族連れでほほえましく

花見をしている人々を見ると本当に良いことをしたナと

思わずにはいられません。

桜の下で子供達が無邪気に遊ぶ姿を見ると平和の大切さを感じます。

その当時のK会長がこの花を見ると感無量になるでしょう。

日本人は本当に桜が好きです。

隣の立派な大木と池、そして野鳥と亀のいる公園。

実にのどかな風景だ。

この年(2003年)は緑区役所の南サイドと北の玄関サイドにも

やや大振りの河津桜も植えました。そしてこの南の河津桜が

一番早く咲き始めます。他に東浦和駅のロータリーにも

2本植樹し今も乗降客の目を楽しませています。


世界らん展PART3-その2

2018-03-02 06:45:19 | 自然

やはり世界らん展はフォットスポットが多い。なんと172枚の

写真を撮ってしまった。その1でその光景を約50枚弱、

アップしましたが、その2ではらんの花そのものを中心に

写真集的にアップしてみました。素人写真でも被写体が

美しい為、良い写真が撮れました。

オーキッド・ロードの1枚

日本洋蘭農業協同組合の「ナイアガラ」の一部

宇都宮蘭友会 ディスプレー部門最優秀賞作品

ディスプレー部門 トロフィー賞

「生きた芸術品 パフィオペディラム」

ディスプレイ部門 愛好家クラス 優良賞

ジャパン・フラワーネットワーク スピリット 作

波の塔

いけばな小原流「南国楽園」「ようこそ都会の楽園へ」の

テーマにちなみ、小原流の流儀「写景(景色を作品に

反映させる手法)」を用いて南国楽園を表現している。

個別部門 日本大賞に輝いたグラマトフィラム

マルタエ「マッシイズ」のアップ写真。

美しいというよりは個性的作品だ。

個別部門優良品及び英国王立演芸協会特別賞を

獲得したカトレアルデマニアナアルバ「マンテリーニ」

これは素人から見ても美しい。

フレグランス部門 優良賞の作品

FLOWER  ACTIVISTで女優の志穂美悦子氏の作品「息吹き」

蘭と水族館の華麗なる共演 沖縄美ら海水族館の展示。

カラージュリというくらげと水槽越しの蘭のコラボ。


世界らん展 PRAT3-その1

2018-03-01 06:58:36 | 自然

今年も恒例の世界らん展日本大賞2018が東京ドームで

2月17日(土)から2月23日(金)まで開催された。今年の

キャッチコピーは「ようこそ都会の楽園へ」そしてテーマは

「楽園・南国・熱帯」 今まで2013-3-14付PART1、2017-3-9付

PART2と2回アップしましたが、今回はライターが変わりました。

東京ドーム入口から入って会場入口までの2階コンコース。

さすが野球場、本当に広い。どこまでもテクテク。一塁側スタンドへ。

これが会場の案内図。帰って来てこのゾーニングを見ると

よく配置されているのが分かったが、当日はいきなり

訳も分からず降りていったものだから森の中をさまよった感じだった。

サー らんの世界へ初体験。レッツ・ゴー!

全体を撮るのに一枚では撮り切れない程広い。日曜日の3時過ぎに行ったが

予想していたより混んでいなかったのでホットした。

エントランス・ゲート「オーキッド・ロード」は沖縄美ら海水族館の円柱水槽を配置し

水族館生まれのトラフザメや色彩豊かな熱帯魚と蘭のコラボレーションを実現した。

足元を見るとご覧の様なパネルが敷かれていた。

この広いグランドに一体何枚敷かれているのだろう?

このカラフルなランの壁「オーキッド・ウォール」はひろきわ存在感を放っていた。

高さ約4.5m約14m。沢山の小窓がピンク、黄色、オレンジなどのランで

敷き詰められた様子に思わず息をのむようだ。使われているランは、

シンビジュームやオンシ

ジュームなど約200種だとか。

ここはインスタ映え抜群のスポットだ。

会場には写真撮影にぴったりのおすすめスポットがたくさんある。

広い会場に15ヶ所おすすめスポットの看板が立っているとか。

ここに写っている個別部門、フレグランス部門、ハンギングバスケット部門など

審査部門別展示が7部門ある。ディスプレイ部門は、洋蘭、東洋蘭、日本の蘭、

海外出店作品など。他にフラワーデザイン部門、

アート部門、ミニチュアディスプレイ部門などだ。

「オーチャード・パラダイス」

 

東京都日本洋蘭農業協同組合の作品「ナイアガラ」都会の真ん中に

ランの花々が咲き誇る壮大な滝が現れた。

華道暦35周年を迎える華道家・假屋崎省吾による14回目の特別展示。

今回のテーマは「虹」。虹のイメージである未来・幸運・夢がかなうという思いを

込めたレインボーカラーのインスタレーション。

ディスプレイ部門最優秀賞の宇都宮蘭友会の作品

 

ディスプレイ部門優秀賞の埼玉県洋蘭生産者組合の作品

「らんの国埼玉」

フラワーアクティビスト志穂美悦子氏の作品「息吹き」

「わたしの中にもあなたの中にも燃え盛るものが存在している。

わたしの中の命の音を聞いてみよう。生きるという命の音を」

そしてこれが2018年の日本大賞の作品

グラマトフィラムマルタエ「マッシイズ」齋藤正博(茨城県)

らんという華やかなイメージの中にあって、色も花の大きさも地味で

華やかさに欠けるが、逆にそれが新鮮に訴えてくる。

素人目から見てもその存在感に圧倒された。

こちらは優秀賞、そして英国王立園芸協会特別賞を受賞した

カトレア ルデァニアナアルバ「マンテリーニ」 作者は

日本賞受賞者と同じ方だ。すごい。この作品は

素晴らしく気高く清楚のなかに華やかさを感じる。

会場内には数多く出店している売店エリアがある。その中で

沖縄から出店している店の外人の売り子の売り声がとても目立った。

流ちょうな日本語で「私の顔ばかり見ないで、同じ位美しいらんを見て買って下さ~い!」・・・

会場内を歩いていると元気な音楽が流れてきた。オーロラビジョンを見ると

きものショーが始まったらしい。このイベントステージがどこだか分からず、

ぐるぐる回ってようやくたどり着いた時はショーは終わっていた。

しかし、ステージの上では関係者が残って記念写真などを撮っていた。

ここは新作ユカタコレクション「ゆかたあそび」三松きものショーだった。

ここは日本の日の文化を発信する「日本の美コーナー」

日本の伝統的な床材である「畳」を敷いたスペースに、

茶道実演のワークショップが用意されていた。

日本の美コーナーでは日本いけばな三大流派特別企画展示も行われていた。

これは「華道家元池坊」の作品「季の魁」。池坊は、550年以上の歴史をもち

四季折々にその季の草木の姿に美を見いだし、仏前の尊さを季の花として供えている。

いけばな草月流の作品「魅せられて」。1927年に初代勅使河原蒼風が

創流した草月流は「いつでも、どこでも、だれにでも」そしてどんな素材を使っても

生けられるいけばなとして世界中で親しまれている。

いけばな小原流の作品「南国楽園」19世紀末、流祖小原雲心が

水盤(口の広い器)を利用して、当時流通の増えた西洋の花でも展開できる

「盛花」を考案したところから始まる。

広いグランド内の展示を見て回ると結構疲れる。休憩には

スタンドの座席が開放されている。上の方に登ると

座りながら会場内が一望できてこれも楽しめる。

帰りがけになにげなく見たリゾート施設業者の看板。

50才以上の人がクジを引くと1泊2食付のホテルが夫婦ペアで

1000円で泊まれるという。からかい半分に引いたら当たってしまった。

何でもクジに当たるというのは気分がいいもので、とりあえず

10ヶ所ある中から伊豆高原を予約してしまった。どうしよう?

ドーム球場の天井とらん展全体光景。久し振りにのんびり過ごせた休日だった。


日比谷公園

2018-02-14 07:02:40 | 自然

今までそれとなく何度も来た日比谷公園。今回は時間が

ゆったりあり、しみじみとじっくり広い園内を歩いてみた。

唯残念だったのは時間帯が夕方で写真が全体的に暗めになってしまった。

ここは10ヶ所ある門の内の日比谷交差点の角の有楽門。

日比谷公園は幕末までは松平肥前守等の屋敷地で、

明治初期には陸軍練兵場となっていたところだった。

当初から近代的な「都市公園」として計画・設計・造成された

本格的な公園であると同時に、日本初の「洋式庭園」として

明治36年(1903年)6月1日に開園した。(開園面積161.636㎡)

文化の先駆者としての公園設計者(本多静六等)の

意気込みが随所に感じられる。

この石垣は、江戸城外郭城門の1つの日比谷御門の一部の

日比谷見附跡。城の外側から順に、高麗門・枡形・渡櫓・番所が

石垣でかこまれていたが、石垣の一部だけがここに残っている。

ここは日比谷公園ができる前は濠であった。その面影を残すために

公園造成時に池としたもので、全体を上から見ると「心」の字を

くずした形をしているところから心字池と呼ばれている。

遠くに雪吊りが見える。金沢兼六園の小型版だ。

都心のど真ん中にオオアオサギ(?)がいたのにはビックリした。

さすがここは都会のオアシス、まだ自然が残っている。

日比谷公園からは一際目立つ真新しい超高層ビルが

目に迫ってきた。このビルは3月29日にグランドオープンする

TOKYO MIDTOWN HIBIYAだ。キャッチコピーは

芸術文化、エンターテイメントの街「日比谷」が花開くだ。

日比谷公園の管理事務所として明治43年(1910年)11月に

竣工したドイツ・バンガロー風のしょう落な建物。昭和51年(1976年)

より公園資料館として内部を改造して使われているフェリーチェガーデン。

管理事務所がこんなお洒落とはやはり明治はすごい時代だ。

今回の日比谷公園探訪で一番の発見はこの地が仙台藩祖

伊達政宗が江戸参勤の折、寛永13年(1636年)5月、

70才の生涯を閉じた所だと知ったことだ。ここは仙台藩の

上屋敷があったところで、政宗の時代に家康が3度、

秀忠と家光がそれぞれ4度。ここを訪れ、もてなしを受けたことが記録に残っている。

ペリカン噴水から見た第一花壇。ここは日本最初の洋式庭園として

残されたドイツ風の沈床花壇だ。バラを主体に植栽され、

花壇中央にはシュロノキが植わっている。

桜門の隣りにある日比谷茶廊。ここは1949年(昭和24年)

創業の老舗ガーデンレストランだ。おそらく日本で最も

古いガーデンレストランで自然の心地良い風を感じながら

過ごすことができる。なぜか入口の所にタイのタクシー

「トゥクトゥク」が置いてあったのが気に成った。

昭和13年にイタリアから東京市に寄贈された「ルーパロマーナ」

(ローマの牝狼)。ローマ建国の大業を成し遂げた

ロムルス・レムス兄弟の有名な伝説に基づいた像だ。

日比谷公園の梅林は大噴水広場のそば小音楽堂の

西側にある。白梅・紅梅とも例年2月中旬に見頃になる。

この日2月10日は開花したばかりか。今年の冬は既に

2回も雪が降り、寒い日が続いている由。

日比谷野外音楽堂は、我が国初の野外音楽堂として

1905年(明治38年)に完成した。大正12年9月の関東大震災で

倒壊したが、後日再築。1983年(昭和58年)には

大音楽堂と同時期に改築されて現在に至っている。客席数は1075席。

噴水広場にある大噴水は日比谷公園の最大のシンボルだ。

毎日AM8:00からPM9:00までの稼働、28分間周期で

24景を楽しめる。噴水池は上中下段の三段構造。池の直径は30m、

主噴水の吹き上げ高さは12mに達する。このエリアは

テレビや雑誌などの撮影のポイントとしてしばしばメディアに登場する。

噴水アップの向こうには日比谷公会堂(2枚目写真)、

そして帝国ホテル(3枚目写真)が見える。

日比谷公会堂は後藤新平東京市長の主張に安田善次郎が

共鳴し巨額の350万円を寄付して、1929(昭和4年)に竣工した。

かつては東京では事実上唯一のコンサートホールとして

プロフェッショナルのオーケストラの演奏会やリサイタルなど

多く開かれた。しかし音響に問題があるとして講演会、

イベントなど音楽会以外の利用が増えた。1960年10月12日

浅沼稲次郎暗殺事件はここの立会講演会で起きた。

銀座で食堂を経営していた小坂梅吉が日比谷松本楼として

1903年6月1日にオープン。当時としては珍しい洋風レストランとして

人気が集まった。その後関東大震災により焼失。そして復活したが

太平洋戦争が始まると、軍の陣地、海軍省の将校宿舎となり、

終戦後はGHQ宿舎として接収された。1971年(昭和46年)

11月19日、沖縄返還協定反対デモが日比谷公園で激化し

(日比谷暴動事件)、中核派の投げた火災瓶の直撃を受け

焼失の憂き目にあった。現在の3代目松本楼の

オープンは1973年(昭和48年)9月26日再スタートを切った。

松本楼入口の隣りには「首賭けイチョウ」という大木生えている。

園内でもとりわけ大きなこの木は推定樹齢400~500年、

幹周りは7mもある。元々、現在の日比谷交差点あたりにあって

道路拡張のための伐採寸前にあったところを、本多博士が

「私の首を賭けても」といって明治35年に移植させた。

このイチョウは日比谷公園のシンボルとして今や人々に親しまれている。

この石橋は、芝増上寺霊廟の旧御成門前桜川にあけてあった

石橋の一つで、道路構築の時、ここに移したと伝えられている。

素朴なうちわにも力強く、江戸時代の掘りの深さを漂わせている。

雲形池の中にある鶴の噴水。この噴水は、明治38年頃、

東京美術学校(現在の東京芸大)の津田信夫、岡崎雪声両氏に

依頼製作したもので、公園等での装飾用噴水としては、

日本で3番目に古いもの。(1番目は長崎諏訪神社、2番目は

大阪箕面公園)水面に薄氷が張り鶴の像につららが下がる景色は

当公園の冬の風物詩となっている。1月の大雪のニュースでも

この鶴の氷結した姿が度々報道されていた。

 

とても眺めのよいレストラン「日比谷パレス」。旬の食材を

使った複数のコース料理が用意されている。パーティーなどで

使えるランチタイム限定の貸切りプランもある。

木材を基調にした明るいカジュアルな店「日比谷グリーンサロン」。

店内にテラス席も完備。カレー、パスタ、中華丼、うどんとそばなど

和洋折衷のメニューを提供している。

2F、3Fは緑と水の市民カレッジになっている。

一般には「野音(やおん)」の名で親しまれている大音楽堂。

椅子席2664席、立見席450席、さまざまなアーティストの

コンサートに使われる。他に5月1日のメーデーや市民団体の

集会などよくニュースに出てくる。

日比谷図書文化館は明治41年開館と、古い歴史を誇る。

現在の建物は昭和32年10月3日に落成した。

特徴的な三角形の平面は土岐善磨の発案とされる。

日比谷図書文化館と日比谷公会堂の間にある一軒家レストラン、

「南部亭」。緑に囲まれた落ち着いた空間で、正統派の

フランス料理が楽しめる。昭和30年12月開店。

http://www.nambu-tei.com/

「花とみどりを通じて、真に豊かな社会づくりに貢献する」を

企業理念に、業界のリーディングカンパニーとして様々な

事業を展開する「日比谷花壇」。当社は明治4年(1872年)

葛飾区堀切で庭園業を始めた。昭和25年(1950年)

日比谷公園店を出店、12月に日比谷花壇設立した。今や売上高

213億円(2016年9月決算)従業員1500人を擁する業界の雄。

公園にはベンチがつきもの。第二花壇前にズラリ並んだ

ベンチの背もたれに小さなプレートを発見。よく見ると

思い出ベンチと称して、コメントを書いて寄付したみたいだ。

そういえば2015-7-18付のブログに掲載した井の頭恩賜公園

(小さな旅-10)にも思い出ベンチがあったのを思い出した。

何枚か読むとそれぞれの人生の思いが入ったものを

ベンチが背負っていると感じた。

 


江の島の自然

2018-02-02 06:21:45 | 自然

江の島の頂上にあるサムエル・コッキング苑は、横浜に住んでいた

アイルランドの貿易商サムエル・コッキングが

1882年(明治15年)に造った日本で3番目に古い植物園だ。

1949年(昭和24年)に藤沢市が買収して熱帯植物園として開園。

翌年「江の島植物園」として改名され、運営されてきた。

2002年(平成15年)に新しい江の島展望灯台(シーキャンドル)が

建設され、これを機に翌年(平成16年)サムエル・コッキング苑として開園した。

サムエル・コッキング苑では苑内に植えられた2万本のチューリップが

咲く「ウィンターチューリップ」が行なわれていた。

1月19日(金)までは17:00からライトアップも

実施されていたらしく、さぞ美しかっただろう。冬に咲くのは

冷凍保存してあった球根を植えると「春が来た」と勘違いして

芽を出し、花を咲かせるとの事。見頃は1月下旬頃までとか。

辺津宮から中津宮へ進む途中に桜が開花していたのでビックリ。

どうやら江の島河津桜らしい。盛んにカメラを向けていた人が

大勢いたのは理解できる。

展望灯台(シーキャンドル)に登ったら、波穏やかな

片瀬西浜海岸を一隻のモーターボートが気持ちよさそうに

軌跡を描いていた。なかなか良い一枚でしょう?

江の島には多くのトビが飛んでいた。他の海岸には「トビに注意!!」

の看板もあった。トビはトンビとも言い、タカ科に属している。

ほとんど羽ばたかず、尾羽で巧みに舵をとり、

上昇気流に乗って輪を描きながら上空へ舞い上がる様や

「ピーヒョロロロロ・・・」という声はよく知られている。

人間には近寄らないことが多いのがトビの本来の生態とか。

しかし古来から「鳶に油揚げをさらわれる」のことわざの通り

人間に慣れると隙を狙って人間が手に持っている食べ物まで

飛びかかって奪うことがあり、最近このような事例が増えて問題となっている。

サムエル・コッキング苑前に手に乗ったフクロウを持った

老人がいて、周りを子供たちが取り囲みカメラに納めていた。

実に微笑ましい光景だ。帰り道人混みの参道でも

ちょっとも驚かないフクロウ老人に出会った。昼食時にも老人が食事中、

イスにじっとしていてなんておとなしいのだろうと感心してしまった。

 


砂漠サファリツアー

2017-11-30 06:44:17 | 自然

午後3時頃ホテルをピックアップ。約20~30分走ると

ドバイの市街地を抜け、砂漠エリアに入っていく。約1時間、

いよいよデザートサファリの出発点に到着。この地は隣りの

シャルジャ首長国にある砂漠だ。想像していたより砂漠は赤茶けていて

今まで見たことのない光景になにか厳粛な感動を感じ、とても不思議な気持ちになった。

スタートポイントに次から次に集まってくる4WDの車。ほとんどがトヨタの

ランドクルーザーだ。たまにポツンポツンとニッサンの車も見かけた。

ここには欧州車も無ければ韓国車も無い。

なんとなく日本の技術力の髙さを感じて誇らしい。

砂漠に入ると一斉にタイヤのエアーを抜く。これはタイヤの表面積を

増やして砂漠を走り易くする為だ。ドライバーガイドがエアーを抜いた後、

気に成ることを始めたのを目撃してしまった。タイヤから釘を2~3本

抜いているのだ。パンクしているのでは?砂漠中はいいが

帰り道は大丈夫だろうか、いらぬ心配をしてしまった。

砂漠に立つと、ここには砂と空しかない。理屈で説明しずらい摩訶不思議な所だ。

そして、なぜか人間の心をハイにさせる。来た大の大人が皆はしゃいでいる。

飛び跳ねたり、大きく手を広げたり、様々なポーズを取って記念写真を撮っていた。

いよいよスタート。ランクル7~8台が1グループ。うねるように起伏のある砂漠を

一勢に駆け抜ける。時にはフロントガラスに砂がかぶり、車内はシートベルトを

してなければ投げ出されそうな揺れだ。まるでジェットコースター。

あまりの激しさに悲鳴が上がってしまう。そして突然猛スピードでバギーが追い抜いて行く。

すごい迫力でさぞ暴走族にはたまらない快感を感じているのだろう。砂漠に

ポツンポツンと生えている木はアカシア系の「がくの木」(ドバイの国木)と言っていた。

 

我がドライバーはハイレベルのドライバーテクニックを持っていた。

途中砂漠に車輪がはまって動けなくなったランクル2台を見事に脱出させたのは

このドライバーさん。多分彼はパキスタン人だろう。山が多い所を

経験しているパキスタン人は運転が上手らしい。

夕陽が落ちる写真ポイントに到着。暫しの休憩タイム。人の影が

長く砂漠に落ちて、素晴らしい風景にウットリ。

夕陽が地平線に沈む砂漠に無数の足跡。これはポエムだ。

こんな赤みを帯びた砂はあまり見た記憶が無い。フカフカで足が静かに沈んでいく。

そしてこの風紋。ここはまさに中東。そして砂漠だ。

このカップルはどこまでも歩いていき、ちょっと小高い丘の上で、

夕陽の美しさにジーッと見とれていた。なぜか皆、詩人成ってしまう程、美しい。

ファンタスティック!アメイジング!!

遠くを駆け抜けていく ランクルとバキー

皆砂漠の魅力に憑りつかれてしまった人達。心は童心にかえり

ハシャイでしまう。私もその一人だ。

これが砂漠に沈む夕陽だ。その素晴らしさに言葉が出ない。

ここが砂漠の中に忽然と現れたデザートキャンプ。まるで砦みたいな造りで

この中で様々なイベントが楽しめる。

砂漠といえばラクダでしょ。キャンプの外にはラクダに騎乗できるコーナーがある。

よく訓練されているせいか、どのラクダもおとなしい。残念ながら、今回は

ラクダを見るだけで乗ることはできなかった、それにしてもラクダは臭い。

キャンプの中には沢山のテントが張られており、その中にモスク(プレイヤールーム)がある。

聖地メッカの方に向かって2人のアラブ人が敬虔な祈りを捧げていた。

こちらは水タバコ(シーシャ)が試飲できるコーナー。水タバコは紙タバコと違って甘い香りで

ノンタール、ニコチンも少なくタバコを吸うというよりは香りを楽しむものとして

親しまれている。バニラ、ピーチなどフレーバーも多く、最近ではお土産としても人気がある。

ドバイでは紙タバコ同様水タバコの普及率は高いそうだ。黄昏の本当に気持のよい

陽気の中で、仲間とウットリと吸ってみたが、その仕組み、構造がどうなっているのか

話し合ったがとうとう答えが出なかった。炭を炊いて一番下に

水をブクブク確かに甘い香りが良い。

黄色の砂で瓶の中にラクダの絵を描く、名前も入れてくれるというので

お土産に丁度良いと思いお願いした。1200円。

このテントはスーベニアショップ。水タバコの器具、民族服などを売っていた。

こちらはヘナ・ペインティングコーナー。女性に人気がある様で一時

ウェイティングの列ができていた。ヘナ・アートは古代インドから宗教儀式や結婚式などの

場で用いられてきた風習のひとつ。ヘナの葉を粉にして、水や天然オイルなどで

ペーストにして、肌に模様を描く。乾いてヘナがはがれ落ちると茶色の模様だけが

残るというもの。約1週間で消えるのが特徴だ。

ショーが行われるステージの周りでバーベキューを中心としたディナーをとる座席。

砂漠の上にじゅうたんを敷き、座布団が置かれている。屋外で炭火焼のバーベキューを

作る料理人。できたBBQテントにビュッフェスタイルで取りに行く。

いよいよショータイムだ。最初は男性のダンス。ダンスといってもただグルグル回るだけが

徐々に手元が変わり、最後はスカート、服装帽子がライトアップされ飽きさせない。

最後は妖艶なベリーダンスのショー。イスラム時代以前のエジプトより

口承に基づき伝授されてきたのがベリーダンス。女性の肉体の丸さ、ふくよかさを

全面に押し出したスタイルを採り、基本的なステップやテクニックは

体の部分ごとに分かれた円運動である。

又、帰りがけに見たラクダ。ライトアップされた中で静かに休んでいた。


鳴門の渦潮

2017-10-31 05:20:45 | 自然

大鳴門橋を渡っていよいよ四国徳島県鳴門市へ。この大鳴門橋は

兵庫県南あわじ市福良丙(淡路島門崎)と徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦

(大毛島孫崎)間の最狭部を結ぶ吊り橋で1985年(昭和60年)6月8日に

開通した。着工は1976年(昭和51年)。橋の形式は3径間2ヒンジ補剛トラス

吊橋で全長は1629mケーブル2本(直径84㎝)塔の高さ144m(海面上)

鋼材は約7万tも使われた。

世界遺産候補、世界三大潮流の1つ、鳴門の渦潮を見る為に

鳴門観潮船が出ている亀浦港へ。大きい船が我々が乗った

ワンダーなると。小さい方の船は小型水中観潮船アクアエディ。

ワンダーなるとは1日12回潮目を意識して出航している。

これが航路図。渦潮の位置。渦潮は潮の干満により、瀬戸内海側と紀伊水道側との

潮位の差が生じ、それが早い潮流となり複雑な海底の地形と相俟って渦潮ができる。

鳴門海峡の渦潮を世界遺産へするキャンペーンをしているようだ。

世界三大潮流とは、イタリアのメッシーナ海峡、

カナダのセイモア海峡とここ鳴門海峡で、渦潮の大きさは直径20mにも

達し世界一だ。その為か鳴門市のマスコットキャラクターは

うずひめちゃんとうずしおくんだとか。

この日の渦潮最強の見頃は北流で10:50、南流で17:40。

前後1時間半位までが見頃だ。干満の差は1日4回。

瀬戸内海から太平洋へ、又反対に太平洋から瀬戸内海へ約6時間毎に反転する。

鳴門海峡は約1300mと狭い。鳴門大橋は上下2層式となっており、

上部は片側3車線の道路(現在は計6車線の内、中央4車線を使用)

下部は将来的に鉄道を通すことが出来る構造となっている。

渦潮の流れの速度は通常13㎞~15㎞。大潮の最速時は10ノット以上

(約20㎞/h)。激しい潮流が轟音をあげて逆巻き、千変万化する

壮観さは正に自然の驚異だ。4枚目の写真を見ると白波が

立っている所と全く凪っている所とはっきり分かれていて潮の流れがわかる。

潮の流れの速い所に小型水中観潮船アクアエディや帆船風観潮船が

数回入って行った。

甲板で渦潮が渦を巻いているのを見つけると歓声が起きた。

「アレアレ、大きい渦だ。」

鳴門大橋から船着場に向かう途中、大塚国際美術館を発見。

この美術館はオロナミンCで有名な大塚製薬のグループが、

平成10年創立75周年記念事業として鳴門市に設立した

日本最大級の常設展示スペース(延9000坪弱)を有する

陶板名画美術館だ。世界25ヶ国、190余の美術館が所蔵する

至宝の西洋名画1000余点を大塚オーミ陶業㈱の特殊技術によって

オリジナル作品と同じ大きさに複製している。所蔵作品として

レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、ボッティチェッリの「ヴィーナス誕生」

ミレーの「落ち穂拾い」、マネの「笛を吹く少年」、ドラリロワの「民衆を導く自由の女神」

ゴッホの「ヒマワリ」、ピカソの「ゲルニカ」そしてポスターの

「システィーナ礼拝堂の壁画」、ミケランジェロなど。

尚入館料は3,240円だ。

 

 


マリモ

2017-10-23 06:28:17 | 自然

ちょうど一年前、網走市にあるオホーツク流氷館で買った

クリオネがついたマリモ3個。この時の写真を見ると

鮮やかなグリーン色だったが、一年経つと次の写真の様に黄緑色に変わってしまった。

一年間、マニュアル通り、一週間おきに水を取り換えマリモのごはんを

与えた姿がこの写真です。先の方がモアモアと延びあまり美しくはなくなった。

大きさは多少大きくなったみたいだが、どうでしょうか?

まだ触ったことがないが、見た目に柔らかそうであるが、

実際には硬い藻であり、手で触れるとチクチクした感触だそうだ。

これが同時に買った「マリモのごはん」。ネーミングがかわいいですよネ。

マリモは日本では1897年に阿寒湖で発見され、その形から

マリモ(毬藻)という和名が付けらえた。阿寒湖のマリモは

最大30㎝程度まで成長する。直径5㎝くらいに育つのに

100年以上かかるという。寿命は延々と無性生殖を繰り返すので無いに等しい。

又一年後にブログアップしたいと思うのでよろしくお願いします。


京都の旅 ~その3~ 嵯峨野竹林の旅

2017-10-02 10:49:32 | 自然

太泰映画村を後にして嵯峨野の竹林を人力車で巡る為、

嵐山渡月橋に来たのは午後3時をまわってしまった。渡月橋は観光地としての

嵐山を象徴する桂川に架かる橋で、現在の橋は昭和9年架けられた。

そもそもは承知年間(834~848年)に僧道昌が架橋したのが始まりで

現在の位置になったのは後年に角倉了以が架けたとされる。

渡月橋の名の由来は亀山上皇が橋の上空を移動していく月を眺めて

「くまなき月の渡るに似る」と述べたことによるとか。

月夜の嵐山と渡月橋は又、趣き、風情が違うのだろう。

嵯峨・嵐山の観光マップ。この地域は京都の観光の一大エリア。

小ぶりの神社仏閣が多く自然も豊かに残っていて、

歩いて散策するにはロマンチックな場所だ。

今回は渡月橋のたもとに総本店があるえびす屋の人力車に乗って

30分間の竹林の旅に出た。ご覧の様に、ここでも浴衣姿の若い女性が

人力車を利用していて、その姿は大正ロマンそのものだ。

人力車はもともとは明治、大正、昭和初期の移動手段として用いられていたが、

現在は観光人力車として、主に観光地での遊覧目的で営業している。

この人力車を最初に用いたのは、1970年飛騨高山のごくらく舎だ。

現在は北海道小樽、秋田角館、浅草、川越、成田、鎌倉、横浜中華街、

伊東、掛川、伊豆松崎町、高山、郡上八幡、伊勢神宮、

ここ京都嵐山、左京区東山区、奈良公園、倉敷、松山道後温泉、

門司港レトロ、大分湯布院、宮島など全国津々浦々の観光地で活躍している。

天龍寺入口、嵐電嵐山駅を過ぎて、いよいよ竹の小路に入る。

この通りにも浴衣姿とTOU(外国人)がいっぱいだ。尚、人力車の会社は

ここの「えびす屋」(9ヶ所)「時代屋」「小杉屋」「くるま屋」などが有名。

人力車は車扱いなので、歩行者の安全を期する為、所々、

人力車専用の小路に入る。これがご覧の様に人気も無く

竹林の素晴らしい雰囲気が独り占めできて最高の気分だ。

途中野宮神社前を通る。野宮神社は天皇の代理として伊勢神宮に仕える

斎王が伊勢に赴く前に身を清める場所で、黒木鳥居と小柴垣に

囲まれた清浄の地を選んで建てられた。創建は古く源氏物語の

「賢木の巻」にも描かれている。

野宮神社を過ぎた所にJR嵯峨線(トロッコ電車の通っている線)の

踏み切りで列車2台の通過待ち。この間人力車の車曳きさんと

色々な話ができ、とても楽しい時間だった。

最近、人力車の通行が許された竹林の散策路に入る。

ご覧の様に見事な竹林でひんやりして間違いなく空気が違う。

本当に清々しく思わず「気持イイー!」と声が出そうだった。

アレとベレンもとてもご満悦の様子。ここに来て大正解。

今回の旅の中でこの竹林が最高だった。

竹林を抜けて嵯峨野の超閑静で高級な住宅街を巡る。

京都府指定文化財の旧小林住宅(江戸時代)、湯豆腐の店、嵯峨野

そして古い街並みにオレンジ(神戸ナンバー)のフェラーリ、

赤いポルシェに遭遇。このミスマッチがまた「お洒落ー。」と車夫が叫ぶ。

今度は小倉百人一首記念館の時雨殿前を通る。ここは小倉百人一首を

テーマにした展示、振興のための博物館、藤原定家が百人一首を

選んだ小倉山の麓にあり、2012年リニューアルした。

ここはラグジュアリーコレクションホテル「翠嵐」。日本の伝統美を

随所にあしらったモダンなデザインの客室全39室があり、

17室には天然温泉が楽しめる露店風呂が用意されている。

日本料理の高級料亭「吉兆嵐山京都本店」吉兆は1930年に

大阪市西区で誕生し大阪市に本拠がある。1991年創業者の息子、

料理人の娘婿たちがのれん分けし、京都吉兆は次女の婿が開業した。

現在は他に5店ある。2007年船場吉兆で偽装問題の不祥事を起こし、

ここ京都吉兆もローストビーフ偽装販売が明らかに成り、騒ぎになったのは記憶に新しい。

左京区広河原を源とし亀岡盆地、京都盆地の西南部を貫流し淀川に

注ぐ京都最大の河川「桂川」。中流部は保津川、渡月橋付近は大堰川と呼ぶ。

渡月橋を渡る若いカップルの又々着物姿。今回の旅は浴衣姿と

YOU(外国人)にどうしてもレンズが向いてしまう程、今までの

京都のイメージを変えさせられてしまった。

平成19年10月、インテリアデザイナー森田恭通氏のデザインで

全面改装された京都電鉄本線嵐山駅とレトロな感じの電車。

この駅は既存の駅とはかなり違う、洒落たお店が駅に変わったユニークな駅で

ここに居るだけで楽しめる。ここは近畿の駅百選に選定されている。

駅も素晴らしいが、さらに「キモノフォレス」というディスプレーが

駅のポイントポイントにそして駅からの小路に設置され、

ここはスゴイと思わせる空間作りの仕掛けがある。

2013年7月からプラットホーム中心に友禅をLEDで透過させ、

特に夜は幻想的な雰囲気を作りだしているとか。是非見たかったナー。


石の里 大谷資料館

2017-09-13 06:02:16 | 自然

当社の協力会「スミ友会」の日帰り研修で、近年観光スポットエリアとして

注目を集めている、「大谷資料館」に行って来た。ここは建物や

塀の材料に使われている大谷石の産地、宇都宮市大谷地区。

東北自動車道宇都宮インターチェンジから車で約15分という便利な所にある。

観光スポットのけん引役の「大谷資料館」は地下の採掘場跡を公開するほか

映画などの撮影ロケにも提供している。2016年度の入館者数は

前の年度比4割増の34万人。今年度は40万人を超える勢いだそうだ。

ここを見た人からは、「すごい迫力だ。一見の価値がありますヨ。」と

聞いて来ただけに、入口を入る時はどんな所だろうとワクワクして入った。

地下30mに広がる神秘の巨大空間。正に地下神殿と言われるに

相応しい幻想的な空間だ。その広さは約2万平方メートル(140m×150m)、

深さは30mあり、最深の部分は地下60mにも及ぶ。

これは野球場が1つ、すっぽり入ってしまう大きさだ。

尚、今回の地下採掘場跡の写真も花火の時と同じ、

照度不足でピンボケの写真ばかりになってしまった。

この地下坑内は、大正8年から昭和61年までに渡り採掘が行なわれた。

今では夏休みに自由研究の題材を求めて小学生が多く訪れると言う。

この日もどこかの小学校がバス数台を連ねて来ていた。

大谷石とは、宇都宮大谷付近の一帯から採掘される新生代第3紀中新世

(今から1500万年前)に属する流紋岩質角礫凝灰岩の総称。

8世紀の中頃、下野国分寺の土台岩として、又代表的な建物では

大正11年にアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトの設計による

旧帝国ホテル(現在は明治村に保存)に大谷石は利用された。

エジプトのピラミッドの内部やインディ・ジョーンズの世界のような空間の

容積は約300,000㎥で約1000万本の石が切り出され日本全国に出荷された。

第2次大戦中は、地下倉庫や軍事工場として、

戦後は政府米の貯蔵庫としても使われた。

 

大谷石の採掘は長い間(江戸時代中期頃から昭和34年頃まで)

手掘りで掘られていた。上の写真は機械掘りに変わった後の石を切断した跡。

下の写真は手掘りと機械掘りの境目で跡の違いがはっきりわかる。

手掘り時代の道具は数本のツルハシ類と、石を運ぶ時に使われた背負子ぐらい。

80㎏以上もある石を背負子を使い、1本1本背負って採掘場から運び出した。

当日は館内のポイントポイントを時に栃木弁を交えながら面白おかしく

説明してくれるガイドさんが付いた。おかげで、巨大空間をただ見とれるだけでなく

大谷石の歴史、掘り方、プロモーションビデオ撮影のエピソード、

大谷石の特質などを知ることができた。

深く広い地下に一ヶ所光が指し込む穴があった。地下の気温と

地表との差により、幻想的にもやになることが度々だとか。

このような空間にしばらくいると太陽の光は希望の光に見えてしまう。

大谷石に様々な力、優れた効果がある。

① 大谷石の持つゼオライトの力が、心地良さと健康を届ける。

シックハウス症候群の防止や消臭にも有効だ。

② マイナスイオンによる癒し効果が高く、リラックスできる良質な空間を演出する。

細胞の活性化や免疫強化、自律神経の調整、

精神安定、空気の清浄化などさまざまな有効作用がある。

③ 遠赤外線による熟成効果により、味噌、漬け物、チーズ、ワイン

日本酒などをおいしく仕上げる。

④ 吸音による音響効果により、ジャズ、クラシック、コーラス、

オペラを素敵に聴くことができる。

ここは地下神殿のような趣が、映画やテレビドラマ、

歌手のプロモーションビデオなどの撮影に重宝されて、

様々な活用がされている。1981年に映画「セーラー服と機関銃」の撮影が

行なわれてから喜多郎のシンセサイザーコンサート、

宗次郎のオカリナコンサート、やまもと寛斎のファッションショー、

1993年からは結婚挙式場「地下の教会」がスタート。

ウルトラマン、仮面ライダーの撮影、スイスオメガ社、BMWの発表イベントなど。

プロモーションビデオ撮影としては長渕剛、GLAY、XJAPAN、

工藤静香、DA-PUMP、B’z、EXILEなど。

2014年には映画「るろうに剣心・京都大火編」のロケが行われた。

場内にブルーの光でライトアップされた假屋崎省吾作の

フラワーアートが展示してあった。薄暗い空間にライトアップされた

作品が幻想的で魅惑的エリアになっている。

2014年、この地でモエヘネシーディアオ㈱が、ドンペリニヨンP2-1998の

発表イベントをやった。終わった後、ドンペリを残していってほしい旨の

お願いをしたところ、OKだったものが展示してあった。

見学所要時間約40分。神秘的で幻想的な世界を堪能して

この階段を登り、浮世の世界へ戻った。

出口を出ると展示室に成っている。採掘方法に関する資料や

採掘の道具、服装、ツルハシなど当時の苦労の様子が良くわかる展示があった。

同じ敷地内にロックサイドマーケットと称したカフェと大谷石を

中心とした土産物屋さんがあった。

宇都宮インターを降りて大谷資料館に向かう途中には

この様な大谷石の蔵がいくつもあり、さすが地元は

大谷産の石をいたる所に使っているのに感心した。