明治の初、医祖長与専斉先生が「国民の健康の元を
つくるには温泉と自然に親しむことが第一」と、熱海梅園を
開くことを提唱。横浜の豪商 茂木惣兵衛氏らが
これに応じて、1885年に今の梅園のあるところ山林2.5haを開いて
梅、松、桜、桃、楓、杉、柿、柳など
3千本を植えたのがはじまり
入園料は300円だが熱海市内宿泊者は100円だ
梅園の梅まつりは1月初旬~3月初旬で行った日(2月27日)は
暖冬の為か梅のピークはもう過ぎていたが
それでもまだまだ楽しめた
梅園は南北に細長く山の傾斜地にある
園内は良く整備されていて、梅林内に種々な
施設があり、順路に従って歩くと飽きさせないようになっている。
最近この標識が気に成ってここでもアップした。
最初に目に入って来たのがこの水仙
ここは一歩先に春が来ていた
梅にうぐいす。これも春の象徴だ
うぐいすをもっとアップで撮りたかったが失敗
本当に鳥を撮るのは難しい。
梅林を背に行く者、必ず佇む「駐杖橋」
梅園には交々意味を持った橋が五橋ある
両側の石畳の道を通り、モミジの小径を抜けた
ところに位置する「梅見の滝」
園内を流れる初川の水を利用し造られた人口滝
正面だけでなく滝の裏側を通行でき、流れ落ちる滝の内側から園内を
観賞できる
青い空と緑の山と白い梅の花
文化勲章を受賞、熱海市名誉市民の彫刻家
澤田政廣(1894~1988)の記念美術館
力強く生命感と詩情に溢れた作品は
人々の胸に多くのロマンを語りかける
ピンクの梅のアップ。梅園には六名木と言って
三ッ木樟、根なし梅、腰掛、供養梅
石割榊、貫一のお宮の梅がある。
呉服枝重というしだれ梅
この和風庭園の中に足湯があり
中国観光客のファミリーがうれしそうに入っていた。
韓国庭園の中に3色の梅が美しく咲いていた
見事なグラディエーションに暫し、ウットリ
韓国庭園を囲む瓦張り土塀。塀の屋根瓦は
韓国から取り寄せている
朝鮮時代中期の四柱門の様式の大門
2009年9月23日に行われた森喜朗首相と金大中大統領による
日韓首脳会議の翌日、両首脳が熱海梅園を訪れ園内を散策し歓談した
この会議を記念して日韓の友好と世界の平和を願ってこの庭園が造られた
マルと呼ばれる四方に壁のない開放的な部屋には
自然との一体感が感じられ「縁の家」と命名された
数々のヒット曲を作り出した中山晋平が晩年を
すごした熱海市西山の住居を平成3年4月当時のままの姿で
梅園内に移築した中山晋平記念館
1階29.63坪2階16.65坪 延べ46.28坪
昭和19年に東京は空襲が激しくなった為
熱海に移住し、昭和27年65才で亡くなるまで
ここで多くの作曲をして来た。
真ん中が中山晋平氏
白いピアノ、黒いピアノ貴重なピアノがある
このピアノから「雨降りお月」「波浮の港」
「東京音頭」など数々のヒット曲が生まれた
本当にちゃんとした日本家屋はいいナー
昭和6年、雅叙園で撮られた写真
前列左から野口雨情、2人おいて中山晋平
北原白秋、西条八十
2階廊下から梅林を眺め、前日総会を終えて
気づかいから解放されゆったりとした時に浸り
日溜まりに身を置く。
これを幸福の気分と言うのでしょう。