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コッポラの胡蝶の夢 (2007/米=独=伊=仏)(フランシス・F・コッポラ)  75点

2009-03-02 21:10:21 | 映画遍歴
年をとり老いはじめると人間は過去を想い始めるのだろう。それは仕事であったり、恋愛であったり、家族であったりするだろう。コッポラの走馬灯のように思い浮かべ始めたのはこの映画で見る限り、仕事であり、また恋愛であったという。

だが、真実なんだろうか。まだその部分でさえ映画作家の偽証が入っているような気がする。その、素直でない部分で観客はコッポラの嘘を本能的に拒否しているのではないだろうか、、。

ある普通の老学者が道で雷に打たれ死にぞこないの怪我をする。しかし不思議なことに彼は肉体は青年状態に戻ってしまっていく。そして、やり残した研究、恋愛を積極的に手がけていく、といった幼稚な展開でございます。

大体、言語学研究といったものを観客に提示するその神経に僕はコッポラのあぐらをかいた姿を垣間見る。それって、一般大衆からの距離が一番遠いものではないか。言語学に何の意味があるというのか。

人間は死ぬ前に走馬灯のように一瞬でこの映画のごとく夢を見るという。そのときにまだ仕事の成果を気にする人もいるのかもしれないが、僕はそれはないと思う。ビジネスで成功した人でも、例えばガンの宣告を受けたら残りの時間を仕事に没頭させようとする人は少ないという。大部分の人は家族、すなわちDNA的本能に行き着くらしい。

映画では自分の子供を見る悲しげな表情も見られたが、それは表層的で、最後は赤いバラでしたよね。きざなんだなあ。人生を透かして見るといった到達点に程遠い。作品からは遺作を意識しているのは間違いないから、同じ遺作でもキューブリックの「アイズ ワイド シャット」のげすな性への関心のほうが正直でよろしい。やはりコッポラは「闇の奥」が好きな方だからなあ、、。

とまあ、かなり突っ込みばっか、言っておりますが、10年ぶりのコッポラを楽しんだのも事実です。お詫びに加点します。

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