これはものすごい映画になってしまったなあと思う。最初から曽根崎心中の人形浄瑠璃の世界である。忠臣蔵と曽根崎とを相似点にしつらえる。忠臣蔵でもこの映画では孫左と曽根崎。孫左の心中とは、、。孫左とは、討ち入り前夜に抜けてしまい、裏切り者の汚名を着せられていた下級武士である。
冒頭では寺坂話もあるが、彼の放浪旅も映画ではすでに最後になっていた。話的にはこちらの方が面白いと思うが映画では完全に孫左が主人 . . . 本文を読む
最初の中国船爆破のシーンのしょぼさに、やれやれ通常の娯楽作品かなあと思ったが、とんでもないものすごい快作だった。テレビシリーズの映画版がこれほど質が高いということの意味を考えてしまうほどレベルが高く驚いた。
僕はミステリーが好きである。その僕はこの映画に特にミステリーを期待はしていなかったのであるが、この映画には謎解きいわゆる本格モノが二つ埋め込んである。一つはなぜ犯人はピストルを目につかせたの . . . 本文を読む
これはラブコメというよりズッコケラブアクション映画とでも言えようか、秘密工作員の男女とそれぞれの組織を対極に描き、しかも殺人兵器となるワクチンで儲けようとする悪人どもが往査する、深く考える必要がないフラットで見られる最近珍しい映画です。
コメディといえば【キム・ハヌル】はもうお手の物という域に達している。要は【カン・ジファン】が彼女についていけるかどうかだが、まあちょっともたもたしている感じはあ . . . 本文を読む
この小説のテーマはずばり冤罪だ。普通のただ細々と日常を生きている人間が、ある日突然警察に連れられそれからは家族の絶望的な運命が待っている。警察、目撃者、弁護人、検事、裁判官、彼らを通じて見込み捜査一つで一つの事件が冤罪に引き込まれる様を、読みやすい文章、何よりも作者の熱意が読者に強く伝わってくる展開で、550ページの大作なんだが一気読みしちゃいました。
貫井徳郎の本を読んでいるときは電車では降り . . . 本文を読む
先日、新作の映画を2本を見た。一本はカンヌ映画祭で最高賞のハネケ監督の「白いリボン」、片やあまり話題になっていない金子監督の「ばかもの」。
「白いリボン」は北ドイツ独特の陰鬱な空を暗示する人間の奥底にある悪を描いたものだ。これまでドストエフスキー然り、映画でも数々の映画作家が人間本来のどうしようもない暴力とそれに対する罪と罰そして救いを描き続けてきた。映像が白黒で内容が悪意の連続を描く怖い作品な . . . 本文を読む
第一次大戦前夜という時代設定はあるものの、この映画の厳しい人間洞察は、とうてい映画の中の出来事なんだと映画と自分自身とを切り離すことはできない。見ていてまさに不快である。汚辱の映画である。しかも善という概念からは対局的な位置にある。けれどこの映画こそ今現代人が見なければならない映画でもあるのだ。
これでもか、これでもかと人間の奥底にある悪意を剥き出しにする。北ドイツの暗い陰鬱な空気がカメラを通し . . . 本文を読む
相手が年齢で10歳ぐらい上の30前女、こちらが二十歳そこそこのヤング。毎日セックスオンリーの日々で愛など考られないときだった。でも女が突然結婚し、その喪失感が男の人生にも影響を与えていってしまった、、。
男と女が求め、求められ、いつしか同じロードを歩き同じロードで果てて行く。それは男と女の理想だ。人生には、男と女には一本の絶対強い赤い糸があるのだとよく昔の人は言った。そんなことは書物の中でのこと . . . 本文を読む
名優【ロバート・デ・ニーロ】に今や脂の乗り切った【エドワード・ノートン】、そして初めて演技派としての修業を【ミラ・ジョヴォヴィッチ】に課したトライアングル心理劇です。
【デ・ニーロ】の演技力は今や言うまでもない。だが、若い時に無理に20キロ近く太らせた身体は今や自然の老体ぶりだ。この映画ではうまいが、彼の貪欲な演技力への追及といった新鮮味は感じなかった。
対して【ノートン】は狂気と神秘性を明瞭 . . . 本文を読む
旗揚げ公演にしては俳優のセリフのしゃべり、脚本の密度の高さ、テーマの深淵さはこの劇団の目指しているところのレベルの高さが窺われる。
僕は休日の昼間という設定のみで、ただ偶然にこの劇団のチケットを購入したのである。冒頭からのごみ同然に捨てられた女性とのやり取りの1話といい、なかなか観客をぐいぐいと引き込んでいく演出は大したものだ。不条理という一歩手前で止めているストーリー性も秀逸。
2話はこの作 . . . 本文を読む
例の山口県光市で妻子を殺された真面目そうな青年を今でもみんな覚えている。でも僕はあまり見ないことにしていた。彼の「犯人が出てきたら私が殺します。」といった言葉がどうも強烈で、人間の深部に近いところでうごめくもやもやが自分を持ちきれなくするのだ。
でも恐れていたその言葉が映画の初期の段階で出現する。若い父親が同じセリフをテレビで発している。両親、姉を殺されて一人生き残った小学生の女児はテレビの彼を . . . 本文を読む
【トラン・アン・ユン】、前作が血迷ったかのような愚作だったから、心配して見ましたが、まあ本領は取り戻したかな、大作ではあったけれど一応の成果はあると思った。
というのも映像、演出、音楽、俳優の起用すべて一流どころの結果を見せつけてくれる。敢えて言えば何が問題なのかというと、僕にはそれは大きな存在そのものであり、ある意味壁でもある「原作」なのではないか、と思われます。
お金をふんだんに使った余裕 . . . 本文を読む
この映画の驚くべきは登場人物の多さとそしてスターの多彩さということであろう。内容からは【是枝裕和】の『歩いても 歩いても』と酷似している。まあ偶然だろうが、双方作品とも両親の長男が死別しており、それが家族関係に影を落としているという設定である。
兄弟でそりの合わない関係もあるのは私が身に沁みて知っている。でもそれは同姓同士で多く、この映画のような姉弟がいがみ合うというのはちょっと解せなく思う。姉 . . . 本文を読む
久々の東京での演劇。やはり下北沢でないと、ね。ということで赤堀作品を初めて見る。
荒削り。でも、通俗的だがやるせない現代人の息苦しさをとある劣悪工場労働者の汗と声で表現する。
単なる愛欲劇かなあと思っていたら、どす黒い殺人現場に遭遇してみたり、それはそれでものすごい迫力だった。赤堀の演出力は粘着質が強く、執拗。いやあ、そのリアルには参ってしまった。2時間固唾を飲んで劇に引きずり込まれてしまった。 . . . 本文を読む
好きだなあ、この映画。2時間近くしっとりと心の渇きをひたひたと癒してくれるかのようなひと時を過ごしました。それは神田神保町というちょっと黴の匂いのするレトロがほのかに感じられる空間を切り取っているからなのでしょう。
冒頭はジコチューの現代女とこれも軽めの現代男性とのデート食事場面。食事も食べず男性に一気にしゃべり続ける女に辟易する男。男は女に別の女との結婚を決めたことを告げる。でもすぐそのあと男 . . . 本文を読む
うーん、ふっ切れたかのような荒々しい映像が冒頭から続く。決して政治的な映画ではないのにこの不敵なまなざしはどうだ、完全に開き直りそして西側の世界にもなかったかのようなぶっ飛んだ映画でもある。
しかしこの映画は衝撃的であろうとも、政治からはうんと距離を置いている。あえて言えば男と男に女が割り込む変な映画です。何よりその露骨なまでのそのシーンは思わず身を引いてしまうほど執拗でしかも大胆で、愛を描くと . . . 本文を読む