Sightsong

自縄自縛日記

赤間硯

2011-11-19 11:41:29 | 中国・四国

NHKの『こんなステキなにっぽんが』という番組で、山口県宇部市西万倉の赤間硯を特集していた。万倉(まぐら)は私のふるさとだ。田畑や山や瓦屋根の家の映像を視ると、胸がしめつけられるような気持になる(月並みな表現ながら)。

もっとも、宇部市というと違和感がある。2004年まで楠町であり、市町村合併の波に呑みこまれたのだ。かつてクスノキの大木があり、そのために陽が遮られて「まっくら」になった、という由来である。隣には、クスノキから船を造ったという意味で、船木という町がある。

赤間硯はその万倉の岩滝というで作っていた。あまり足を運んだことのない場所だが、道端に赤間石が転がっていた記憶がある。番組では、その赤間石を切りだす坑道や、硬い石をノミで彫って硯にしていく様子を紹介していた。今になってはじめて見る作業だ。ここに登場する書道家・柿沼康二氏は、赤間硯を使うと墨をきめ細やかに摺ることができ、使うと伸びやかでグレーやグリーンの中間色が出ると表現している。私は墨汁世代であって、墨を摺ってもうまくいかなかった。当時から背伸びして地元の赤間硯なんかを使っていたらどうだったのだろう。

万倉の小学校も中学校も1学年20人くらいだった。番組に登場した職人の息子さんは自分より2、3歳年下で、昔から住んでいるようだから、当然見知っていた筈なのだが、なぜかまったく記憶にない。当時から遠い同級生たちは長い道のりを自転車で通っていた。遊びに行くと、延々と続く山道がきつかった。

田舎ゆえテレビに映ることは滅多にない場所だ。私が小学低学年のころ、やはりNHKがやってきて、実家の旅館に泊まったことがある。放送車の中を見せてもらった私は有頂天になって、同級生たちに、ウチがテレビに出るぞ、お前たちも出してやろうか、などと吹聴した。楽しみに放送を観たところ、出てきたのは隣町だった。思い出すと恥ずかしい記憶である。

現在は過疎が進んで子どもの数も減っているというし、中学校は宇部市への合併時に廃校になってしまった。今ではスクールバスが出ていると聞いた。私が小学生のときに通っていた習字教室の公民館は、もう跡形もない。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」(室生犀星)、か。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや

実家の母親から電話があって、番組の話をすると、やはり観ていた。押し入れに赤間硯があるから、送ってやると言う。