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自縄自縛日記

嵐山光三郎『漂流怪人・きだみのる』

2017-06-27 23:07:09 | 思想・文学

嵐山光三郎『漂流怪人・きだみのる』(小学館、2016年)を読む。

きだみのるの著作といえば、わたしは、『気違い周游紀行』(冨山房百科文庫、原著1948年)を読んだのみである。それは東京の恩方村(いまの八王子市の一部)に棲み付いたきだが、田舎者たちの言動をあらわに書き、それによって、愚かな人間というものがどのように社会を形成しているのかを描きだした作品である。

かれらは、ちょっとでも自分たちの行動規範と異なる行動を取ろうものなら陰で大ごとに仕立て上げる。たとえばスパイとは何ぞやということをまるで知らぬまま人をスパイだとして警戒する。つまり本質ではないところが常に万事なのだが、実は、それが人間の本質ではないのかと思わせてくれる力を持つ本でもあった。(田舎育ちの人ならば肌感覚で解るでしょう。)

その、きだみのる。さぞ変人であろうなと思っていたのだが、想像を遥かに超えていた。戦前はパリでマルセル・モースに師事。戦中はモロッコに旅をする。戦後は山田吉彦名義で『ファーブル昆虫記』を翻訳。また恩方村に住み、その著作によって居続けることができなくなり、またしても放浪の日々。小学校にも入れず連れ歩いていた娘は、岩手の教師に引き取ってもらうが、その教師は娘を小説のネタとして使う。頼る者のない人生を送っていたきだみのる、冗談抜きで、たいした精神の強さである。

嵐山光三郎は、平凡社できだみのる担当だった。若い著者が、矛盾の塊で嫌われる老人であったきだの姿を描き出す筆致は、えこひいきではなく冷淡である一方で、限りなくやさしい。やはり伝記は、人を好きになるところからはじまるのだ。


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