Sightsong

自縄自縛日記

与論島のドキュメンタリー 『与論島の十五夜祭』、『とうとがなし ばあちゃん』

2010-07-19 01:04:06 | 沖縄

NHKで『とうとがなし ばあちゃん~与論島 死者を弔う洗骨儀礼~』というドキュメンタリーを観る(>> リンク)。与論島には、死者を土葬したあとの3~5年後に掘り返し、丁寧に洗って骨壷に入れて埋葬する習慣がある。かつては風葬がなされていたが、明治政府により禁止され、土葬に変遷したのだという。

この儀礼を前に、愛知や東京に散った一族が集まり、酒肴を前に意気込みを述べる。そして、骨を掘り出し、洗うときの使者を慈しむような様子には見入ってしまった。赤瀬川原平『島の時間―九州・沖縄 謎の始まり』(平凡社ライブラリー)にも、沖縄において、やはり土葬してから7年目に掘り返して洗う習慣のことが紹介されていた。とは言え、今では貴重な記録だと思うがどうか。

高揚した気分のまま、科学映像館のサイトで『与論島の十五夜祭』(1980年)を観る(>> リンク)。

旧暦8月15日を祀る習慣は、宮崎、熊本、鹿児島あたりの南九州から琉球弧まで共通し、それぞれ異なる祭があるようだ。30年前の記録映像であり、現在5,600人の人口は当時7,200人。Youtubeで十五夜祭を検索すると、現在も行われている様子をいくつか観ることができた。

映画の解説によると、城(グスク)や安里といった沖縄やんばるが見える地域にある地主神社(トコヌシ)で行われている。一番組は赤い鼻と赤い頬の白い面を付け、笠を被り、白装束で狂言をとり行う。一方、二番組は布で顔を隠し、黒装束で舞う。この2組が交互に踊る。

最初は両組による雨乞いの踊り「雨たぼれ(アミタボレ)」。次に二番組、棒を使う「一度いふて」。一番組、「三番囃子(サンバスウ)(末広がり)」。中腰で片足を上げては奇妙な掛け合い、ぼろ傘の受け渡しが面白い。二番組、「この庭」。一番組、「二十四孝(ニジュウシコウ)」。これは孝行試しであり、長者が息子たちに赤子を殺し、乳を自分にくれるよう頼む。それに対し、末の息子のみが妻と相談して赤子を殺すことにし、クワを持って穴を掘る踊りをする。そこからは、二包みの金と銀の宝が出る。二番組、「今日のふくらしゃや」。一番組、「大熊川」。二番組、「坂本」。一番組、「長刀(牛若弁慶)」。次第に暗くなり、「獅子舞」、「綱引き」、そして「六十節」でのカチャーシーになだれ込む。

牛若弁慶や日の丸の扇子などヤマトゥの伝説が織り込まれているのがわかる。その一方、三線の音は奄美の叩きつけるような荒々しいものよりは沖縄のそれに近いように感じられる。グスクやアサドといった地名もそのままだ。ただ、太鼓も叩くが、金属の銅鑼を叩いて割れた音を出す局面もあり、これは沖縄ではどうだろう。勿論、薩摩の侵攻まで琉球王国の一部だったわけであり、共通点をことさらに見出すこともないだろう。国頭村北端の辺戸岬からは与論島を眺めることができるほど近い。

いつか与論島を訪れてみたいものだと思い続けてはいるが、沖縄本島とつなぐフェリーでは時間がかかってしまうため、まだ果たせないでいる。那覇から本部まで乗ったことがあるマリックスラインでは、例えば本部を朝9時過ぎに出て昼前に与論着。帰りは昼2時に与論発、夕方4時過ぎに本部着。その気になればいいだけなんだけど。

●参照
高田渡『よろん小唄(十九の春)・ラッパ節』

●科学映像館のおすすめ映像
『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)
『アリの世界』と『地蜂』
『潮だまりの生物』(岩礁の観察)
『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
川本博康『今こそ自由を!金大中氏らを救おう』(金大中事件、光州事件)


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