Sightsong

自縄自縛日記

増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』

2014-02-16 19:57:36 | スポーツ

増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社、2011年)を電子書籍で読む。

戦前の柔道は、いまのものとは比べ物にならないほど苛烈な武術であった。スポーツではなく、戦闘体系である。

その歴史のなかに屹立する木村政彦という柔道家は、文字通り最強であったという。あらゆる格闘技を貪欲に取り込み、敵う者は内外にひとりとしていなかった。しかし、その存在は、大日本帝国時代の社会と切っても切り離せぬものでもあり、そして、木村政彦は、無思想かつ無邪気であった。このふたつの相容れぬ歪みが、木村の人生をねじ曲げてゆく。

戦後、柔道家としてだけでは食っていけぬ木村は、プロ柔道とプロレスを開拓する。また、植民地時代の朝鮮に生まれ、日本人になりきろうとした力道山も、その流れに交錯する。そして、筋書きが決まっていたはずのプロレス勝負において、木村は、力道山の底知れぬ謀略の前に敗れてしまう。

プロ興業を是としない柔道界は、その後、弱体化を続けた。一方、木村がブラジルにおいてエリオ・グレイシーとの闘いによって撒いた種は、ブラジリアン柔術や、ヴァーリ・トゥードや、総合格闘技へと育つことになる。

もし、日本の柔道が格闘技の諸要素を切り捨てる道を選ばなかったなら、私たちはオリンピックで何を観ていただろうか、あるいは観なかっただろうか。木村にもう少し悪知恵があって、実力差通りに力道山を破っていたら、日本のショープロレスは別のかたちになっていたのだろうか。木村が海外巡業に出なかったとすれば、総合格闘技の世界地図も変わっていただろうか。歴史に「れば、たら」はないが、そんなことを思ってしまう。

執念というのだろうか、著者のしつこいほどの追求と思いが、本当に胸をつく。

本書は、まもなく新潮文庫から、写真を追加して出されるようだ。大推薦。

●映像記録
木村政彦 vs. エリオ・グレイシー(1951年)
木村政彦 vs. 力道山(1)(1954年)
木村政彦 vs. 力道山(2)(1954年)

●参照
柳澤健『完本 1976年のアントニオ猪木』


トム・ハレル『Colors of a Dream』

2014-02-16 11:16:15 | アヴァンギャルド・ジャズ

トム・ハレル『Colors of a Dream』(High Note、2013年)を聴く。

 

Tom Harrell (tp, flh)
Jaleel Shaw (as)
Wayne Escoffery (ts)
Esperanza Spalding (b, voice)
Ugonna Okegwo (b)
Johnathan Blake (ds)

トム・ハレルの演奏を聴くのは随分久しぶりなのだが、もともと目を引くような奇抜な演奏をする人ではないという印象がある。

ここでも、抑制された音でトランペットとフリューゲルホーンを吹いている。しかし、決して地味ではない。彼の「美学」というようなものがあるとすれば、強い力で届いてくるのはそれだろうと感じる。

全体のサウンドは、聴きやすく、かつ鮮烈。ベース2人とサックス2人によるアンサンブルに、エスペランサ・スポルディングがベースと同時に発するヴォイスのユニゾンが重ねあわされる。これはもはや快感というべきだ。その中に、ハレルの音が入ってくる。