つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

少し不思議な物語

2007-03-31 23:53:00 | マンガ(少年漫画)
さて、実は初登場! な第851回は、

タイトル:愛蔵版 藤子不二雄 SF全短篇 第一巻 カンビュセスの籤
著者:藤子不二雄
出版社:中央公論社(初版:S62)

であります。

藤子不二雄の短編集です。表題作を含む全三十五篇を収録。
子供向けの作品とは雰囲気が大きく異なり、SF、ホラー要素が詰まった作品が非常に多いのが特徴。
全部紹介するととんでもないことになるので、気に入った短編をいくつか紹介するにとどめます。


『どことなくなんとなく』……平凡なサラリーマン・天地は、ある夢を見た日を境に、世の中のあらゆるものに実在感を感じなくなっていた。まるで、この世にいるのは自分だけで、他はすべて想像の産物であるかのような感覚。それは、次第に強まっていき――。
「白い夜があった――」という不思議なモノローグで始まる恐怖短編。藤子不二雄の作品は、何でもない日常に異質な要素が違和感なく溶け込んでいくものが多いが、本作は逆に、何でもない日常に異質なものを感じさせるという手法を用いている。主人公の感じる恐怖は、現実ならば単なる妄想と取られようが、それで終わらないのがSFの怖いところだ。

『ミノタウロスの皿』……水も食料も底をつき、宇宙をさまよう一隻の船があった。たった一人生き残った男は通信で救助を求めるが、救助艇到着までは二十三日もかかるという。ボロボロになってようやく辿り着いた惑星、そこは、ズンと呼ばれる牛型ヒューマノイドと、ウスと呼ばれる人類そっくりの家畜が暮らす奇妙な星だった――。
まったく異なる文化に立ち向かう者の虚しさを描いた作品。作中で主人公は、「彼ら(ズン)には相手の立場で物を考える能力がまったく欠けている」とこぼすが、実際のところズンが地球にやって来て、牛を食べる人類に向かって、「残酷だ!」と言ったところで取り合う者は誰もいまい。自分が食べられることの喜びを語るヒロインの笑顔はなかなか不気味。

『カンビュセスの籤』……エチオピア遠征の途中、部隊を脱走した兵士・サルク。追いすがる仲間達を振り切り、霧のたちこめた谷を抜けると、そこは荒廃した未知の世界だった。見渡す限りの砂漠を歩き続け、彼はようやく人の存在を確認するのだが――。
世に言う『カンビュセスの籤』をネタにした、凄まじくハードな終末物語。十人の内一人が食料にされるという地獄から、さらに恐ろしい事態が待ち受ける地獄へと放り出される主人公はひたすら悲惨である。なぜ、同族を食らってまで生きのびるのか? 読者に根源的な問いを突きつける傑作と言えよう。ちなみに、アニメ版にはオリジナルの演出があり、それがまた鳥肌が立つほど怖かった。必見。

『箱船はいっぱい』……マイホームに憧れる大山は、隣に住む細川から、地価だけでも二千万はする新築の家を五百万で買ってくれないかと持ちかけられる。喜び勇んで家に帰るが、妻は何かおかしいと思案顔。そんな時、ノア機構の連絡員と名乗る男が現れ――。
現代版、彗星騒ぎの話。溺れる者は藁をも掴むと言うが、自分達だけでも生き延びられるなら、と、資金繰りに走る人間の姿が実にリアルだ。自分さえ助かればそれでいいのか! と主人公は怒るが、立場を変えれば彼も同じように他者を騙したであろう。二段構えのオチのついた、完成度の高い作品。


他にも沢山あるのですが、割愛。
個人的には、『ひとりぼっちの宇宙戦争』『流血鬼』なども欲しかったが、それは二巻に収録されている……のだろう。

ブラックなオチが嫌いじゃない方にオススメ。
でも、今でこそ子供漫画の顔になっている『ドラえもん』も、初期はダークな話が多かったなぁと思ってみたり。(笑)


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