のんびり娘の謎

10円が2個で、、、12円?今日の前の日は、、、前の日?のんびり娘のお答えは、理解できない謎ばかり。さぁ、どうする?

給食指導あれこれ

2011-05-13 22:12:28 | 先生方に②参考になれば
私はどっぷりと「昭和」の人間で、
しかも、実家の両親が作ってくれるお米や野菜で
育ったものだから、「お残し」が生理的に許せないのです。

だからと言って、よそ様のお子さんを怒鳴りつけたり、
無理やり食べさせたりすることはもちろんないですけど、
出来れば、美しく食べさせたいなぁとは思っています。

昨年度、非常にうまく指導をされていた先生がいらしたので、
出来ればそれにならって、子供たちが気持よく食事できる環境が作れればいいなって思ってました。

主任先生はベテランで給食指導もお上手だから、
まずは一番若い先生のところをと思って、
最初の1週間はそこに張り付き、
「ご飯つぶつぶも全部食べよう!」
「お皿ピッカピカだ。すごいね。」
「きれいに食べてるね。片付けてくれる人も嬉しいねぇ。」
といった言葉を、一人一人にとことんかけて歩きました。
うまくご飯粒がとれない子のは、まとめてあげたり、
スプーンで食べてもいいよって教えてあげたりもします。

もちろん、それぞれが無理なく食べられるように、
最初の盛りは少なめ。
それでも多い人は、箸をつける前に申告通り減らしてあげます。


最初に多めに盛り付けてしまうと、当然残す子が多くなります。
残すのに罪悪感がある子は、無理して食べようとして苦しくなるし、
平気な子は、「学校でも残して良いんだ」を覚えてしまいます。

軽めにしておくと、食べきれる子が多くなります。
「ご飯つぶつぶ」「ゴマつぶつぶ」まで食べる余裕も生まれます。

一方で、物足りない子には、おかわり分がたくさん用意されます。
おかわりの条件は、当然
「すべてのものを綺麗に食べ終えていること。」
ですから、雑に汚く食べがちな「大食い」さん達も
綺麗に食べることを、自分から身につけていきます。


栄養士さんの配慮で、牛乳も
最初の2週間ほどは、幼児用の少し小さいサイズのものを用意していただきました。
これも、最初から飲みきるのが当たり前っていう感じで渡すと、
子供って飲むもんです。

最初の回に、ストローの使い方を教えます。
 ストローカバーのビニールは、ばらしてしまうとどこかに飛んでいってしまうことが多いので、うちの学校では、つけたまま両端をストローに突き通して、クシュクシュっと縮めておいて、そのまま使うのです。
これを「芋虫さんつくるよ!」っていう感じで教えると、子供たちも楽しそうに牛乳パックに突き刺し、飲む動作まですんなり入ります。

そして、1回目の給食が終わる頃に、牛乳パックの片付け方を教えます。
平らに畳むのに、中に牛乳が残っているとあふれちゃうから、
振ってみて、空っぽかどうか確かめるんだって教えると、
一生懸命振って確かめてます。

パックを平らに出来ない子には、回ってやり方を教え、
そのついでに
「空っぽの音かなぁ?」
って、振らせてみて、残っていたら
「空っぽにしよう!」
って、パックをうまく傾けてストローをくわえさせれば
みんな、一生懸命吸って空にします。

パックが上手に平らになったら、思い切り褒めてあげちゃいます。
面白いもので、綺麗に平らに出来ているか厳しく見てあげる方が
みんなやる気が出るようです。

たたむのが楽しくて…なのかもしれませんが
牛乳を残す子は今年も殆どいません。

「体にいいから」
とか
「必ず飲まなきゃいけない」
とか、
お説教ぽいことを言わないでも、こんなやり方で
結構残しはなくなるんですね。
(現在、既にほかの学年と同じ量のパックに代わっていますが、
お残しはほぼありません)



一番若い先生のクラスは、1週間で軌道に乗り、2週目には
もう残菜は殆どゼロになりました。
お皿も、どの子のも綺麗で、ご飯つぶの残しもありません。
班で、それぞれの食器ごとにまとめて持ってくる
「食堂方式」をとっていますが、集める時点でも
「ご飯つぶつぶが残ってたら重ねられないよ。」
と呼びかけているので、そこで、班の子同士のチェックが入り
汚いお皿はありません。
片付ける時も、
「音がしないようにおけたら合格!」
って話して、一人一人に「合格!」だの
「名人!!」だの言ってあげていたら、自然に置き方も上手になりました。


ゴールデンウィーク明けからは、
2番目に若い先生のところに入っています。

このクラスは、女の子で「時間切れ残し」狙いのお子さんが2,3人いて、
どうも、それが他のお子さんにも広がってしまったようでした。
お残しが結構でているというので、
ここで立て直したいなぁって思って、この1週間入ってました。


1日目、褒め褒め作戦を展開しながら、状況を見ました。
途中の段階で、机を周り、食べるのが遅い子を励ましたりしました。

それでも、10人以上が残しているのは、最初の分配量にも
問題があるのではないかと思いましたので、
翌日は、子供たちの配り方を良く見て、
一人分を少なめになるようにアドバイスしました。

箸をつける前には、
「多い子は減らしにおいで。」
と呼びかけ、申告通りに減らさせました。
特に、前の日にかなり残した子たちには、
「無理しないでいいんだよ。残すより減らしておこうね。
あとで欲しくなったら、お代りに来ればいいよ。」
と、個別に話しかけて、減らしやすいようにしました。

それでも、これまでで習慣ができているのでしょう、
残す方向で時間切れを狙う子たちが3,4人。
残す気はないけれど、時間配分が悪くて食べきれない子が3,4人。

この日、担任の先生は、
「時間かかってもいいから、たべなさい。」
という指導をされました。

といっても、この先生、表情やいい方がとても柔らかいのです。
「お皿全部にものが残ってるのはねぇ・・・一つだけでもいいから食べておいで。」
と、怒るでもなく、叱るでもなく話すので、子供を追い詰めている感じはしません。
言った後は、どこで食べたらいいか指示するだけで、
放っておいてあげますし。

こうした中で、時間をかけて完食したお子さんが3人。
もちろん、褒めましたけど、
褒めてあげるまでもなく、自分でも食べきれたことに満足そうでした。
勉強でも、給食でも、
「出来ない」って思ってたことが「出来る」って、やっぱり嬉しいんだと思います。


手ごわいのは、3名ほどの女の子。
「何とか食べずに済ませたい」
というのが見え見えの動きをします。
が、優しい担任の先生、そう簡単にはお目こぼししてくれません。
「時間切れはないよ」
ということを教えるために、あえてしていることですので、
泣いても知らん顔。ギリギリまで頑張らせます。
その子なりに頑張ったところが見えたらすかさず褒めて片付けさせました。

私は私で、
「明日は、もっと減らして御覧。お皿一つだけじゃなくて、ご飯もスープも
減らしたかったら減らしていいんだよ。先生、言われたとおりに減らしてあげるからね。無理しないで、気持ちよく食べようね。」
と。

それでも、翌日もこのお子さん達は残しました。
減らしてという呼びかけをしているのに、殆ど減らさなかったし・・。
で、同じことが起こり、
次の日には、ようやく自分で減らしにやってきました。
でも、1つのお皿しか減らさなかったから、他のお皿は食べきれずまたお残し。
それでも、たぶん初めて、1枚だけでもお皿を綺麗にすることができて、
「ピッカピカだねぇ。」
と言われて、嬉しそうにしてました。



本当はね、最初から「残さない」やり方に乗せてしまえれば
こういうこともしなくて済んだんですよね。

一度、「残してもいい」になってしまったから、
「時間切れ残しは出来ないんだよ」
って、体験をさせなきゃいけなくなってしまったわけです。
かわいそうだったなって思います。

でも、今の時点で方向転換しておかないと・・、
「好きなものしか食べないでいい。」
「嫌いなものはグズグズしていれば食べずに済む。」
で、ずっと通したら、結局その子が損するもの。
来週も根気よく働きかけて、軌道に乗せてあげたいなって思います。


勉強も給食も同じ。
「1年生だ!」「小学生になったんだ!」
って張り切っているうちに、
気持ちよく乗せて、
「出来る!」「わかる!」「やった!」
に持っていってあげればいいんですよね。
環境作りが、私たち大人の仕事なんだろうなって思います。



先生が叱らずに済むように・・。

2011-05-10 07:58:22 | 先生方に②参考になれば
昨日の月曜日、主任先生がお休みされたので
そこのクラスのフォローが中心になり、他の2クラスに
あまりいけませんでした。

気がつくと、1時間目、隣の若い先生のクラスで
廊下に出されている男の子と女の子。
たぶん、お喋りが止められなかったんだよね。

女の子の方は打たれ強いけれど、
男の子は、体はでっかくても怒られるのには慣れてない感じ。
外に出されたっていうことで、すっごく心細そうな顔をしてる。

近くに行って、ちょっと体を触って、
「大丈夫だよ。頑張れ」
って声をかける。
担任の先生の指導方針もあるから、
それ以上のことはしないけどね、
自分がそんなに悪い子だと思っては欲しくないから。

2時間目は学年全体で体育館で音楽。
楽しいレクレーションだったはずなのに、
保健室に一人子供を連れていって戻ってみると
みんなが楽しそうにしている中、
二人の男の子が後ろの方でしょんぼりと膝を抱えて座っている。

あぁあ、やっちゃたんだなぁ・・・。

一人は、学年切ってのやんちゃ坊主だから、
やっちゃいkじぇないことを承知で動いたのだろうけど、
もう一人は、指示がなかなか入りにくいタイプ。
怒られた理由もちゃんとわかっていなかったんじゃないかと思うので、
先生に、その理由を聞いてからフォローに入ります。

体育館の後ろの、登っちゃいけないところに登ったんだね。

聞いてみるとやっぱり、
「僕知らなかった。」って。
そうだね。君はそういうことがこれからもいろいろあると思う。
怒られることも多いかもしれないけど、いいんだよ。
そうして今はもうわかってるから、次にはちゃんと出来るでしょ。
怒られることも多いかもしれないけど、
きっといっぱい褒められる子になるんだよ。

そんな風に話すと、ニコッと笑う。

もう一人のやんちゃ君は、
「なんで悪いの!」
って不満そうだけど、この子はこの子で面白い。
めげる子じゃないから大丈夫でしょ。


主任先生はベテランだから、
活動から外すという叱り方には慎重だけど、
若い先生は結構この手を使う。
確かに効果的かもしれないけれど、
本当にその子が理解納得しているのかといえば
そうでもないこともままあるわけで、
出来るなら、このような指導をさせないであげたいなと思う。

だって、子供たちって、担任の先生の笑顔が何より好きなんだもの。
それはね、副担任というなんだかわけのわからない形で教室にいる人間の笑顔とは
レベル違いで大好きなのよ。自分の先生だからね。



だから、その先生が「怖い顔」をせずに済むように
先回りして、動いてあげたいなって思う。

怒られて、恥ずかしくて、怖くて、悲しくて、
「そういう風にならないようにしよう」
って思って行動するんじゃなくて、
楽しくて、嬉しくて、面白くて、誇らしくて
「がんばろう!」
って思えるように持っていってあげたいんだよね。

これまでに何人もの先生方のやり方を見てきて、
そういうことができるんだってわかったから、
若い先生たちにも、出来るんだってさりげなく伝えていきたいな。




選択すること。

2011-05-09 20:44:36 | 娘の事・謎
高校の勉強というのは「選ぶ」という作業がたくさんあります。

まずは、入学時に「コース」の選択。
入ってからも「選択科目」の選択があります。
のんびり娘の学校は、その特色の一つとして、
土曜日に教養的講座と入試準備的講座を「選択」することになっています。
その他、放課後のゼミも「選択」します。

どう組み合わせるか、時間的に両立するのか、
自分の役に立ちそうなのか、
選択するときに考えなければならないことはたくさんあります。


今回、のんびり娘は、これら全てを自分で選びました。
鬼母が口出ししたところもありましたが、
それを踏まえたうえで、自分のキャパを考えて、
選ぶもの、捨てるものを決めていきました。

ちょっと感激です。


未だに、「会話」が拙かったり、
興味の範囲が小学生並みだと思えたり、
時間を意識することが苦手だったり、
こちらの伝えていことをなかなか分かってくれなかったり・・・
「働く大人」までの道のりが遥か遠くに感じられることも多い毎日ですが、
日々の経験は、間違いなく彼女を成長させているようです。

肩痛。

2011-05-09 18:57:57 | 母の作戦、考え
腰の痛みに悩まされる方はよく知っていますが、
肩の痛みにこれほど悩まされている人は他にもいるのでしょうか?
痛いです。

50肩の再発だと思うのですが、
右の肩甲骨が、方にべったり貼りついている感じで動きが悪くなっています。
そのせいなのか、右肩を中心に背中全体と首から後頭部にかけて
非常に強く張っています。鎖骨の辺りにも鈍痛があります。
布巾でテーブルを拭く動作でさえ、肩が痛みます。
食器棚の食器をとる時もズキンときます。
それこそハンドルを支える程度上に持ち上げているだけで
右腕はズシンと重くて、ついぶら下げておきたくなりますが、
「動かさないと悪くなるよ」
と言われるので、一生懸命働かせています。
第一、主婦が右肩使わずに生活できるわけがないです。

でも、そうした動かし方と、「運動」はまた別ものらしく、
マッサージのプロには、一言
「運動不足です!」
と切って捨てられました。

運動・・・嫌いなんだなぁ・・・。


痛い。重い。息苦しい。

何とかならないかなぁって思いながら毎日過ごしています。

GW終了!

2011-05-08 22:05:19 | 家族のこと(主に妹ちゃん)
6日をお休みにして、田舎でのんびり過ごしてきました。
田植えの済んだ田んぼを見ながら、
夜中までにぎやかなカエルの声に親しむ
ゆったりとした時間でした。

実家から車で5分ほど行ったところに乗馬をさせてくれる牧場があります。
田んぼの中のその牧場を偶然見つけてから、
帰省の度にお邪魔するスポットとなりました。

牧場主で、乗馬の先生である「おじさん」は、
馬にも子供にも優しくて、決して声を荒げたりはしません。
のんびり娘は怖がりですから、もしも、強い声で注意を受けたりすれば、
「もう行かない」となったのでしょうが、
それがないので、毎回
「馬に乗りたいなぁ・・」
となるようです。

今回も乗らせていただきました。
飲み込みはやっぱりあんまり良くないけど、
実に良い笑顔で、楽しそうに騎乗します。
背筋も自然に伸びるようです。



中部電力は

2011-05-08 21:06:10 | 母の作戦、考え
「継続審議」にしたそうだ・・・。


総理大臣からは、「現在稼働中の原発を止めてくれ」という要請があったが、
会議の結果、中部電力では、
「電力の需要供給の問題や、株主への影響もあり…継続審議に・・」

よくわからない・・・。

浜岡原発は予測される東海地震の中心地にあり、
その確率は、「今後30年のうちに起る確率が87パーセント」だという。
「30年たってから」ではない。
「30年のうちに」というのは、
「今この瞬間から30年間」ということだ。
しかも、今回の大地震によって、誘発されるかもしれないというコメントをする
専門家も何人もいる。
つまり、
明日、浜岡原発周辺、或いは、その近くの海底で大地震が起こっても
それは「想定外」なんかじゃないっていうことなのだ。

そして、これは日本中どこの原発も一緒だけれど、
これまでは、「どんな地震がきても大丈夫」といっていたのが、
そうは言えなくなっている。
浜岡原発も、津波の備えを高めるために、2から3年かけて
新たに防護壁を作るといっている。
つまり、現状では不安があるから防護壁を作るわけだろう。

私企業が利益を考えるのは当然のことで、
また、電力は経済に与える影響が非常に大きいものだから、
おいそれと供給量を減らせはしないという使命感ももちろんあるだろうけれど、

福島と同じことが、その防護壁の出来る「2,3年の間」に起ったとしたら、
日本はもうどうにもならないよ。

地震や津波による被害は痛ましいけれど、
復興を目指す過程で、逆に経済に刺激となる面もあるかもしれない。
でも、放射能が広範囲に大量に降り注いだら・・・。

中部地方は、工業の要だ。
広く放射線がばらまかれてしまえば、日本の製造業が受ける痛手は
東北をしのぐ。

今の被災地で職を失った人たちの受け皿どころではなくなる。


今、大事なのは、
福島第一原発の二の舞を決してさせてはいけないということ。
だと、私は思う。


首相が中部電力に「要請」したのは、「緊急事態」だという判断をしたからだ。
これを蹴り(法律上の縛りはないそうだから、今の段階では「蹴る」ことも可能だそうだ)、
もしも、対策が完成する前に大地震→津波→放射能漏れが起きた場合、1企業としてどういう状況になるのかは
現在の東京電力を見ればわかるだろう。









総理決断。

2011-05-06 20:55:26 | 母の作戦、考え
浜岡原発をとめることを要請したと、先ほどニュースで聞きました。

起きていないことのためにリスクを取るのは勇気がいると思います。
が、「人の命」がかかっているときに、やるべきことをやらずにいれば
それは必ず「後悔」につながります。

原発をとめ、もしもこの後地震が起きず、
「ただ、暑い夏に節電させられた!」
という不満が沸き起こるかもしれません。
経済へのマイナス面が顕著に出てくるかもしれません。
暑い夏をエアコンなしで乗り切れない方が出たりしたら、
そのことで、政権が揺らぐことになるかもしれません。

それも引き受けようという心づもりと見ます。






原発についておもうこと。

2011-05-04 21:18:53 | 母の作戦、考え
コメント欄からの転記です。


以前、このブログでちょっと触れましたけれど、中部大学の武田教授のブログを、私は毎日読んでいます。
わかりやすいです。

新宿で測っている放射線量も毎日見ていますが、前述の武田先生が書かれている、
「最初が多くて、後は減っていくのだから、初期の対応が大事。」
ということも納得できます。

線量が高い時にはそこを避け、汚れているところは綺麗にする。
その結果、健康に問題ない範囲に収まってくれば、その後も普通に生活できる。

すでにばらまかれてしまった量が多い。また、
原発に近く、まだ放射性物質の影響を受け続けることになる。という地域は、
その線量によって、例えば、
「完全立ち入り禁止」
「線量管理しなければ入ってはいけない」
「日中数時間の仕事なら可」
「荷物を取りに行くなど、短時間の滞在なら可」

などというように、それぞれの地域に応じて、
細かく情報を出していく方が、その地域の方々の生活設計も立てやすいように思うのです。

現在、全国各地に原発がある状況ですから、「福島」は他人事ではないと思います。
「判断基準」となる情報をしっかりとだし、私たち一人一人が「自分はどう動くべきか」「どんな情報を集めるべきか」ということを考えるようにしておかなければいけないと思うのです。

国民がパニックになるからと、保護者が不安に感じるままで学校を再開させるのではなく、また、野菜を食べて見せるのでもなく、
パニックにならないように、事前に教育しておく必要性をもっともっと考えておかなくてはいけないのではないかと思います。


被曝

2011-05-02 08:18:30 | 母の作戦、考え
妹ちゃんの塾の先生から紹介された記述式問題のテキストの中に、
原爆のその後を扱ったものがありました。

扱われていたデータは、被曝後数十年かけて、
白血病や、白血病の前段階の症状、そして白血病以外の癌の症状が
どのような経過をたどったかというものでした。
被曝しなかった人たちに比べて、どの程度リスクが増えるのかが
読み取れるようになっているものでした。


それを見ると、白血病は被曝後数年でピークを迎え、
その後はぐんと下がっています。
20年後の数字はかなり低いものでした。
(患者はどっと増えるけれど、あとからあとから出てくるというわけではないのだな。)
と、思わせるグラフのカーブでした。

ところが、白血病以外のがんの発症率となると、
20年を超えた頃からどんどん上がり始め、
30年、40年したあとでもグラフは右上がりに伸びています。


原爆と原発とは違います。
ですから、このデータを今回の福島の原発事故にかぶせるつもりはありません。
区別はしなければいけないと思ってはいます。


でも、「長期にわたる影響を心配しておかなければいけない」
という状況はそう違わないのではないかと思うのです。

「今すぐ、健康に被害を及ぼすことはない」
それは確かにそうでしょう。
また、アラフィフの私が、今そこそこ被曝したとしても、
影響が出るのが30年先だとしたら、
それはそんなに気にすることはないと思えます。


だけど、子供たちの30年、40年後は・・・。


放射線を通常よりも多く浴びたからといって
癌になることが決まっているわけではありません。
確率がほんのちょっと上がるレベルなのだそうです。
でも、例えその確率が0.1パーセントや0.01パーセントであったとしても
自分の子供がそこに入ったらたまらないし許せないと思うのです。
全体に対しての確率って、個人にとっては何の意味もありません。
自分がなるかならないか。家族がなるかならないか。
結局二つに一つ、つまり50パーセントのかけですもの。


だから、今福島に住む親御さんたちが、
子供を守るために声をあげているのを応援したいと思います。

「安全かもしれないけれど安心とは思えない」と、
運動場の汚染された土の撤去を求める親御さんたちのことが
今日の新聞に書いてありました。

「基準値以下」ではあるけれど、通常よりかなり高い
放射線が検出されるグラウンドの表面を
少し削り、汚染されていない土の上で遊ばせたい。

これは、至極真っ当な要求だと思うのです。
でも、紙面の扱いは小さかった。

風評被害が騒がれる中、
「汚染されている」という印象が強くでると、
農水産物などへの影響が大きいからではないかと思います。
そのことが復興の足かせになってはという配慮もあるのかもしれません。

何が一番大切なのか・・・。


立派な街をつくり、経済的に繁栄したとしても、
次代を担う人間が病に倒れているのでは何にもならないのではないでしょうか。
発病しなかったとしても、常に自分や家族の体に不安を感じるような生活を
次の世代に送らせられるのでしょうか。

私は嫌です。


子供たちの明日を守るために、
福島の親御さんたちだけに荷を負わせたくはありません。
私の出来ることは少ないかもしれないけど、
黙りこまず、知らん顔をせず、
少しでも不安のない未来へつなげるために行動していきたいです。