沖縄の日常

日々変わり行く沖縄と自然とつれづれなるままに

同級生

2016年11月27日 | 日々のこと


 同級生の息子の結婚披露宴があった。久しぶりに見た同級生の中に知らない顔が。誰?と思ってよ~く見るとなんと恩師だった。私は直接教えてもらってないが、私たちの方が年を取って先生も同級生と間違ってしまうほど違和感がなかった。
 宴の後は着替えをして、そのまま遊びに出かけた。忘年会の話になるも、皆の都合が合わず決定しなかった。みんな忙しい。孫の世話、母の世話でまだまだ忙しくゆっくりする暇のない人もいる。 還暦祝いの計画はどうなっているの?と言うは易し行うは難し。 今日は朝からしとしと雨が降っています。で、ようやく寒くなってきた。
 

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グランドゴルフ大会

2016年11月21日 | 日々のこと

 旅から帰ってきたその週の日曜日は、並里区のグランドゴルフ大会があった。班長にあてられてしまったので、早めに行ってテントを立てたり弁当や飲み物おやつの準備などをしなければならなかった。次男がほとんどやってくれたのはいいが、気づかないこともありヤキモキした。途中大雨も降ったりしたが、中断し再開され無事終わった。

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アイデンティティー

2016年11月19日 | 日々のこと


 
 アルゼンチン出身のアンドレスが言った。「沖縄に来て自分のアイデンティティーは100%確立した。だからこれからは勇気を持って前に進んで行ける」と。
 
 私は沖縄という小さな島に生まれ、同じ背格好、同じ髪の色顔をしている中で住んでいる。そういう私は、アイデンティティーについて考えた事があっただろうか。
 
 調べてみた。アイデンティティーとは(:自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。)とある。がいまいち意味が分からない。
 
 逆にその隣にあったアイデンティティークライシス(:自己喪失。若者に多くみられる自己同一性の喪失。「自分は何なのか」「自分にはこの社会で生きていく能力があるのか」という疑問にぶつかり、心理的な危機状況に陥ること。)を読むとなんか少しわかったような気がした。
 
 アルゼンチンは99%白人社会である。アルゼンチンの友人と私が初めて会ったのは19年前だったようである。
 
 彼女は言った。
「自分は19年前沖縄に来るまでは何もする気がなかった。だらだらと過ごしていた。でもね、19年前に沖縄に来て自分は変わったよ~。本当に変わった」と。心に沁みることばだった。

 彼女は本当に変わったのだ。それは彼女が不自由なく話している日本語でも証明できる。いっぱい勉強したと。
 沖縄に来て、そうアンドレスのように彼女は生まれ変わってアイデンティティーが確立してやる気が起こったのだ。
 しっかりした仕事も持って、毎年やってくる沖縄からの研修生の世話もやっている。

 世界に広がったうちなーんちゅ県系人40万人の子孫が、自分のルーツを探しに沖縄にこれからもやって来るだろう。
 
    自分は何者なのかと。
 アイデンティティーを確立して沖縄と繋がっていけたらいいね。

 今年は世界のウチナーンチュが7000人も来ました。沖縄の未来はこの方たちと繋がることで素晴らしい展開をしていくのだろうと私は思う。
 

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ルーツ

2016年11月19日 | 移民関係

 アルゼンチンの友人が帰って日常が戻ってきた。気を使わないと思いつつも、見送って空港から帰ってきたらぐったり。その夜は久しぶりに熟睡した。
 ルーツを辿るのが彼女の今一番のやりたい事だったのかもしれない。親戚を訪ね、話を聞き、親戚の墓参りをして、持ってきた写真の人が誰なのか、またその家にある自分と繋がるアルバムを見せてもらって、どんな人生を辿ったのか聞いたらしい。
 あまり幸せでなかった親戚の話を聞いて泣いたとも言っていた。
 私たちは沖縄という小さな島で同じ民族で暮らしている。が、アルゼンチンは99%白人社会。でマイノリティで生きている彼女たち移民の人にとって、やはりルーツを知るということは大きな課題なのだと思った。いや、生きる価値を見つけるということかも。彼女からいろいろな話を聞くとそういうことになる。

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秋の日に

2016年11月18日 | 日々のこと

友人の息子が40歳という若さで亡くなった。告別式はすすり泣く声がしてますます悲しくなった。
 11月というのにクーラーもつけている昼間。松の木の影。穏やかな秋のこんな日に逝ったんですね・・。

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北陸の旅

2016年11月17日 | 


 アルゼンチンの彼女が帰ってから、旅行積立をしているいつものメンバーで、北陸を旅した。今回はツアーでなく自分たちでいろいろ歩きたいということだったので、Mが手配してくれた。宿を三泊とも変えたので、ゆっくりするつもりが反って疲れたかも。毎朝荷物の整理で忙しかった。
 思いの外そんなに寒くはなかった。金沢の紅葉も見られて和倉温泉にも入り、朝市にも行った。
 最初の宿が一番で段々落ちて行ったので、少しテンションンも下がったが、次の課題かな。それでもみんなといればどこでも楽しめた四日間。
 来年はどこ行く?


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ありがとう

2016年11月04日 | 日々のこと

 同じアルゼンチン出身のアンドレスに会いたいというので、彼の忙しいスケジュールの中「一時間でもいい、どこにでもつれて行くので」と私は言って、時間を空けてもらった。
 名護のA&Wで待ち合わせてアルゼンチン出身の二人を引き合わせた。
「いいよ、私のことを気にしないでスペイン語でどうぞ話して」
と言ったら、二人で怒涛のようにスペイン語で話続けた。傍らでコーヒーを啜りながら私は思った。ウチナーンチュ大会で来た日本語のわからない2世3世の気持ちは、こんな感じなんだろうなと思いつつ、3時間余りを過ごした。
 うちなーんちゅよりうちなーんちゅらしい彼は、初めて会う彼女に沖縄のお土産を準備してくれていた。
 アンドレス、ムーチョグラシャス。

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疲れ気味

2016年11月04日 | 日々のこと



 明日アルゼンチンからやってきた彼女が帰る。一人で出かけても不自由しない程日本語が上手になっていた。私の家を拠点にして親戚の人と会っていた。親戚がいないと思っていたのにたくさんの親戚の方がいて訪ね、お墓参りやルーツに関することをいろいろ聞いたらしい。21日間の滞在だった。帰国が近づいた今週に入ってからは親戚の家での夕食会が続き私が寝入ってから帰ってくる日が続いた。19年ぶりの来沖。私もあの頃は若かったんだね。今の私には夜まで相手できる体力はない。私のベッドを明け渡して居間で寝ていた私は、ちょっと疲れ気味だ。忙しかった日々。私は世話焼きはいいけど体力がないのだと・・ようやく気付いた。
 焼き物を習って四年になるという彼女を連れて、やんばるの古我知焼の窯元を訪ねた。迷いに迷ってもう帰ろうかという頃にたどり着いた。
 とても感動していた様子を見たら、私も連れてきた甲斐があったと嬉しかった。 

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