沖縄の日常

日々変わり行く沖縄と自然とつれづれなるままに

楽しみ

2011年06月28日 | 日々のこと
 今の私の楽しみと言ったら、橋田壽賀子原作のテレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」である。毎週楽しみにしているのに、なんと九月で終わってしまうらしい。残念。
 ドラマと同じように私も5人姉妹である。兄もいるが。
 今、アメリカに行った三女が四年ぶりに里帰りしている。遠くにいると話やすいこともあるのだろう、下の妹達は頻繁に連絡を取り合って心の拠り所にしているようだが、遠くに住んでいる者はあまり当てにならないし、私はそう連絡も取らない。
 しかし、不思議なもので五人姉妹がいたら五人揃って初めて丸く納まるのかも知れない。長女の私と二女はよく行動を共にするが、実家にも中々顔を出さない四女五女は、世帯を持っていない所為か話題が合わない所為か、年中仕事が忙しい所為か、中々会う事もない。
 兄弟は二人なら二人なりに、三人なら三人と立ち位置が決まっているのかも知れない。帰ってきた三女は上の二人と下の二人をつなぐ役をしているのか、彼女が帰ってきて、欠けたパズルの一辺が納まった感がある。
 
 「渡る世間は鬼ばかり」も実にいろいろなアクシデントに見舞われる。「事実は小説よりも奇なり」というが、50年も生きてくると、人生とは本当にこのドラマのように様々な展開があるものだと思う。まだ娘だった頃、私達5人、誰が、こんな今の位置を想像できただろうか?と思うのである。人生山あり谷あり。

 (写真は「琉球てまり」作るのに四苦八苦したが、出来上がったらすてき!いろいろな色の刺繍糸で綾成す「てまり」を見て思った。一本の糸が歩いてきた道だとするなら、色とりどりがいいし、まっすぐだけより、曲がったり変化に富んだ方が面白い。まるで人生のようだと。最後、まるく納まるならgood。)

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台風5号の強風

2011年06月25日 | 台風
 台風5号(メアリー)は、気象庁の台風情報では、もう遥か彼方に移動したはずなのに、今この時間(19:15)になっても、窓の外ではピューピューと強風が吹き荒れていることからも大きな台風だろうと推測される。直撃は無かったのでなによりだった。横殴りの雨も降ったりやんだり、くるくる天候が変わる。
 今日行われるはずだった「児童陸上競技大会」も延期になった。石垣で予定されていた「うたの日コンサート」も中止になったという事で、楽しみにしていた人達はどんなにがっかりしたことだろうと思っていたが、先ほどのニュースで明日、開催されるという。良かったですね。
 この頃、世の中ゆとりがなくて、天候でイベントが出来なくなると延期でなく中止という事が多い。子どもたちが楽しみにしていること、たとえば運動会とか、遠足、お楽しみ会などは、出来るだけがっかりさせないで、時間を作って思い出を作ってあげるゆとりがあって欲しいなと思う。
 
(写真は今日の職場の庭:暴風警報は発令されていないので仕事だった私。横殴りの雨の所為で傘は役に立たずずぶぬれ)

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勘違い?

2011年06月22日 | 日々のこと
 中学校の二年の頃だったと思う。家庭科の授業でSIZUKO先生が言った
「蛍光灯の光が点滅するのを見たら、寿命が短いと思いなさい」
授業中に、その言葉を聞いた私。一瞬心臓がドキンとなった。確かその数日前に家で、蛍光灯が点滅するのを見たからだ。
「・・・え~~~、どうしよう、どうしよう・・わたしの命は短いんだ・」
心配で心配で、私はその後の授業は耳に入らなかった。胸騒ぎばかりして。
 休み時間に友達にでも話せば、勘違いだとわかったのに。あまりにもショキングなことで、たぶん動揺していたのだと思う。
 誰にも言えないまま、かなり長い間心の奥底に抱えていた。嘘だと思うでしょうね~大抵の人は。でも、バカみたいな、こんな勘違いを私はしてしまう。

 私の寿命でなく、蛍光灯の寿命が短いのだと知った時は、
「な~んだ」
と思って飛び上がるほど嬉しかったのだ。しかし、私だけなのかな?勘違いしたのは。私だけなんだよね、きっと、ぼ~っとしていて、前後の話を聞いていなかった所為かも知れない。大きな勘違い。

 今は笑える・おはなしだが、私は、あの時の先生の顔と離れにあった校舎二階の家庭科室をはっきりと覚えている。
  
 
(写真は昔の沖縄の街並み風景三点。南風原ジャスコの中に再現されたもの:昭和30年代頃にタイムスリップしたような感覚に浸れます)


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新道

2011年06月20日 | 金武町の風景


 金武入口から金武中学校方面へ抜ける新道が完成した。取り掛かってから、補助金が中断され、10年以上の歳月が経ってやっと工事が再開され、ようやくこの度完成したものだ。この先は、まだ手つかずだが、中学校から武田原(ンタバル)(高架橋)~パーパー森裏~福花(フッカ)の田園地帯(高架橋)~中川銀原の入り口迄続くバイパスとなるようだ。
 新道が開通すると、渋滞は緩和されるのだろうか期待したい。田舎町でありながら、他市町村からキャンプハンセンに通勤する民間人や米軍人は多く、近年は、午後4時30分から6時30ぐらいまで、車の列がえんえんと続く。私達町民が、急ぎの用があっても中南部へ抜ける幹線はこの329号しかないので、ずいぶん不便な思いを強いられている。しかし片道一車線しかないので、この先石川からの二車線を金武まで延長してこないと緩和は無理なんだろうな。

 (写真は金武ドライブインのあった場所、ここがちょうど新道の分岐点になっている)

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ハイビスカス

2011年06月17日 | 大好きなハイビスカス
   

 

   


 

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もやもや

2011年06月16日 | 日々のこと
 父がこの所、急に弱ってきたような気がする。先日、妹の所で法事のあった際に転倒して、頭を打たなかったから大事には至らなかったが、ひやひやする場面が何度かある。家の中でトイレに行くのも大分歩みが遅くなって不安定なので、家中に手すりを取りつけてあげたいが、それが簡単に取り付けられる作りでもない。それならと以前に老健施設で見た歩行器が役にたちそうなので、パンフレットを見たり、介護用品を扱っている店舗をネットで検索して見たりしていた。行って見たが、買うとしたらずいぶん高いものであった。店の方のアドバイスでレンタルもできるそうで、それには「介護認定を受ける」必要があり、住んでいる役場にて申請しなければならないそうである。
 で、さっそく申請をしてきた。先週になって家庭訪問の調査が入るというので休みをもらって立ち会った。認定が下りるのは早くてもひと月ほどかかるそうである。
 
 どう考えても、この先老人二人で、住むには困難な状況になりそうである。老人は物が捨てられない、家の物を捨ててすっきりさせれば、ちょくちょく行ってただそこで、手工芸やユンタクをして寄り添うようにしたいとも思うが、中々頑固で物が捨てられない所がある。ほっておくとついつい物が占領して押しつぶれてしまいそうになる。その度に私や妹、兄夫婦も何度も、トラックのいっぱい処分する羽目になる。しかし、そこでも配慮は必要である。娘に言われるのと、嫁に言われるのは違うのであろう。血の通っていない間柄には言葉を選ぶ必要がある。角が立つ原因だ。
 
 「穏やかに老後を過ごさせてあげたい」という事を願っている娘たちと、同じ屋敷に居を構えた兄夫婦とは隔たりがあるようで、それがこの所、心の中がやもやとした原因になっている。

 娘と住んだほうが親は幸せなような気がしてくる今日この頃。そう言う事例もたくさんある。しかし、父は娘を頼りながらも決して後を継がせるとは言わないのである。この先誰かが寄り添う必要がある。通って看るしかない。沖縄社会の男系継承はケースバイケースで変えていってもいいような気がする。

 (心のもやもやは写真のスモークツリーのよう。でも花なら素敵)

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田園風景

2011年06月14日 | 金武町の風景
 金武町伊芸区の田園風景。もうすぐ稲刈りだというが、台風で痛めつけられた稲穂は期待できないという。後に恩納岳を従えた田園風景の美しいこと。国道329号沿いに田園が広がっているので、車窓からのどかな懐かしい風景が望める。
 6月9日に梅雨明け宣言があったそうだ。昨日は遠くの方に稲光が見えた。この所夜風が涼しい沖縄。過ごしやすい。

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先駆け

2011年06月12日 | 日々のこと
 数年前、東京から来た甥が「沖縄の建物が面白い」と言った。彼は建築デザインの仕事をしているので興味があったのだろう。沖縄に来る前は、赤瓦屋根の民家が立ち並んでいると思ったらしい。鉄筋コンクリートが多いので驚いたという。過去に何度も台風で家が吹き飛ばされるという事があったので、古くなった家から段々と、鉄筋に建て替えられているんだよと説明した。
 更に「ほとんどの家の屋上にタンクがあるのも面白い」と。それも台風によって停電、断水は日常茶飯事だから、タンクを上に上げて断水対策なのだと説明した。この台風でタンクが吹き飛ばされた家があった。台風前にタンクを満タンにしておくという事を忘れてはいけない、油断禁物なのである。甥は首里城も見学したが、ドライブ途中で見た家並みが沖縄独特だと、関心を持って楽しんでいた。

 津波で大方の家が流されたが、残った家や建物があった。その立地条件、構造、建築工法など総合的に検証され、これからの建造物に生かして欲しい。「津波」「TUNAMI」は世界にも通ずる言葉である。日本が見本となるように建築家の方々がんばって欲しい。台風に強い家は沖縄が見本となる。
 津波対策の先駆け、台風対策の先駆け、困難を乗り越えてその道の先駆けとなろう。

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台風の惨禍

2011年06月09日 | 台風
 台風2号のつめ跡はまだあちらこちらに残っている。今度の台風2号は久々の大型台風であった。その分農作物の被害総額(70億)も大きい。写真は先日用があって那覇へ行った際に通りかかった与儀公園。桜の木はここでも茶色に変色して枯れ果てている。
  
 葉がむしり取られ、枝が折れ、ホウオウボクなのだろうか、大木は裸同然で立ち尽くしている。この所、晴れあがった日が続いているが、特に、この日は焼けつくような暑さ。公園に散歩に来ていた高齢者の方達が涼む木陰が無い。沖縄中の木という木が、4時間の強風で葉がそがれてスカスカになっている。こんな台風は見たことがない。来年、桜は咲くのだろうか。

 ガジュマルはかろうじて立ってはいたが、葉はまばら。この木々が元通りに茂るのはいつごろになるのだろうか。これから暑い夏がやってくると言うのに、心休める緑が少ない、涼む木陰が失われてしまった。

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今日

2011年06月05日 | 日々のこと
 風の強い日だった。どこかで台風でも発生しているのだろうかと思えるぐらいの強風、風の音、そして蒸し暑い一日だった。
 
 用があって出かけた街の風景が、台風前と一変していた。今度の台風は4時間という超スピードで過ぎ去ったのはいいが、風速40、最大瞬間風速55で大暴れして行ったので、痛めつけられた木の葉は、茶色になり、至る所に枯れた葉が落ち葉となって積っている。

 毎朝通る大川のあの例のアカギの木から、はらはらと枯れ葉が舞い落ちる、この数日。キャンプハンセン沿いの桜並木は、青葉から茶色へ一変。まるで、秋?のような光景だ。

 
 この何年か台風が来ないので、「大したことはないんじゃない」と、台風対策を怠った人が多かったようだ。
 「災害は忘れた頃にやってくる」というではないか、台風銀座と言われた地に住む沖縄人なら、対策はしっかりやろう。子どもたちは大人の後ろ姿を見て学ぶから、と私は思う・よ。

 (写真は海岸沿いの折れたモクマオウ)

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