美山たそがれメール

山村の四季情報や暮らしを発信します。

たそがれ世代のおばちゃんのブログです。

予約診察日で病院へ

2018年02月13日 | 日記
今日は3カ月に一度の神経内科の予約診察日。4時に起きて紋次郎の死を確認して箱に入れて夫を7時に起こした。私は3時間そばにいた。夫は紋次郎の死を確認して土に埋めるという。重機で枝垂れ桜の木の周りを掘ってくれた。最後にお花とリール、首輪を入れて埋葬した。
9時過ぎから京都に出かけた。いつもなら後ろの座席に紋次郎が寝そべってるのに今日はいない。友人の家による。彼女は紋次郎をいつも可愛がってくれていたので、「紋ちゃん大往生やで。大事にされて喜んでいるわ。自然が大好きな紋次郎を忍んで「釋紋然」の法名をつけてくれた。ちなみに彼女は浄土真宗西本願寺派のお寺の住職でもある。

彼女に送ってもらって病院に行った。午後の予約で診察も投薬も早くに終わった。主治医の先生「ペットロスにならないように」と言われた。京都を3時に出て5時に帰ってきたが、やはり紋次郎のいない寂しさが私の胸に突き刺さる。最後に泣いたときに起きて抱きしめてやりたかった。紋次郎は最後まで私と張り合っていたように思う。

友人がお土産にくれた専門店のメロンパンです。美味しかった。

紋次郎ありがとう。

2018年02月13日 | 日記
朝4時過ぎ、紋次郎が気になり起きた。紋次郎は床ですでに死んでいた。昨夜オリンピックのスキージャンプの中継を12時半まで見て、紋次郎を布団の中に寝させた。今晩はよく泣くなと思いながら寝てしまった。食事をしなくなって4日、薬を飲まなくなって2週間、水だけで生きていた。でも昨夜は包帯のまき直しの時は元気で私の手を噛みついてきた。まだもう少しはいきるだろうと思っていた。これからが本当の介護になると思っていたのに、最後は誰に看取られることもなく、あっけなく亡くなった。私も紋次郎の姿を見ても涙も出なかった。時間がたてば寂しさが募ることだろう。今日中に私の植えた枝垂れ桜の下に埋めてあげよう。

紋次郎はわが家に来て17年、いつも私と一緒だった。山にはよく行った。鹿を追いかけて仕留めた。猟犬でもないのに不思議な犬であった。松茸山に行く時は番犬としてついてきてくれた。河原にもよく散歩に行って話もした。まるで三男でもあった。紋次郎が来た時には二人の子供たちが京都市内に出ていき夫も単身赴任で京都に行っていた。最初から私と紋次郎の生活が始まったのだ。紋次郎はおとなしくて賢くて可愛いい犬だった。3カ月前に肥満細胞腫と宣告されたとき、私は3カ月ぐらいだと思っていた。初診の時手術も進められたが老犬なので投薬治療をお願いした。今日もう一度最後の診察に動物病院に連れていくつもりをしていた。私は夫に連れて行ってと頼んだ。多分紋次郎は私たちの話を聞いていたのかもしれない。私は最後はどのようにして死ぬのかが心配だった。大きく腫れている腫瘍が破裂して大出血したらどうしようかと、最近は布団を敷いて寝させていた。でもそんなこともなく静かに死んでいった。ちょうど3カ月になる。

紋次郎17年間、お母さんの相棒として共に生きてくれてありがとう。お疲れ様でした。

お母さん17年間ありがとう。僕は幸せでした。お母さんはこれからも頑張って生きてください。お母さんのこと心配だけれど、お母さんは強い人だから大丈夫。また新しい仕事を見つけてくださいね。お母さんの大好きな枝垂れ桜の下で僕は寝むります。桜が咲く時に僕を思い出してくださいね。さようなら、おかあさん。

お母さん助けて!

2018年02月12日 | 日記
昨日の泊りの若い家族連れの4人、アウディに来られ家の坂道登って来られず歩いてあがってもらった。二人の小さな子供たちはおとなしくいい家族だった。私は今日の帰りが心配だった。朝7時過ぎ起きた。雪は降っていないが寒かった。9時過ぎに朝食を食べてもらい10時に帰ってもらった。細い道で陰は凍っているので気を付けて走ってと念を押す。

紋次郎がよく泣くようになってきた。多分腫瘍のところが痛いらしい。外に連れて行ったり抱っこしたりするが、しばらくするとまた泣く。午後知人がやってきた。彼女も犬が好きなので最後はどうなるのと尋ねる。彼女は動物病院で注射をしてもらい、そのまま死んだとのことだが、あとで後悔したという。明日私の通院で京都に行くので、最後に動物病院に連れて行こうかと思っている。

「お母さん、助けて!痛いよ。どうにかして」僕はよく泣くようになりました。今までほとんど泣かない犬だっつたのでお母さんたちは驚いています。外で雪を舐めたり辺りを眺めるのが今は一番好きな時です。

あえて冬曇り

2018年02月11日 | 日記
節分が過ぎて暦通り早春のはずなのに、ここはまだ冬です。先日来の寒さは一段落ですが雪の中にいます。でもお日様の光を見るだけで少しだけ春の訪れを感じます。蝋梅と梅の蕾がほんのすこしずつ大きくなってきました。

紋次郎は今日は気分が良いようです。良く泣くようになりました。今まで泣いたことのなかった犬だけにびっくりします。泣くと抱っこして外の雪の原にだしてやります。片方の足は立てません。一本の足と手でなんとか歩こうとしています。雪を口に入れています。一日に4回ほどしてやります。あとはこたつの周りを這ったり寝そべっています。食事はほとんどしなくなりました。よく痩せてきました。

僕は毎日が長く感じます。元気な時は山や畑を雪の時でも走っていたのに、今はできません。おしっこに行きたくなると泣いてお母さんに知らせます。夜中はお母さんが可哀そうですが僕は家の中ではしません。「紋ちゃんは偉いなあ。今まで家の中で粗相したことがないから。もうそんなに辛抱しないでこのおねしょパットの上でしてもいいのよ」と言ってくれます。
そのうちお世話になるかもしれません。包帯もよく換えてくれます。一人ではできないので二人がかりです。お母さんありがとう。

冷たい雨

2018年02月10日 | 日記
今日は朝から一日中雨が降っている。木曜日の冷え込みで凍結して使えなかった洗濯機が夕方やっと水が出てきた。母屋の水洗トイレの水もまだ出てこない。今週の月曜日から木曜日の冷え込みは異常だった。マイナス16度まで下がったのだ、昼間も凍てが熔けない昼凍ての日が3日続いたのだ。村の中のあちこちでも水道管が凍結したとかお風呂の温水器が壊れたとか被害続出だった。今日のなると自然に溶けてくることもあるが、水道が使えないと不自由で待てないのだ。金曜日の晴天と土曜日の雨で気温も平年並みになってきた。今年の冬は雪はすくなかったのに冷え込んだ。福井、石川県は大豪雪になった。日常生活に戻るまでには時間がかかりそうだ。物流が止まり品物がお店に届かないそうだ。

今日から冬期オリンピックが始まった。テレビはオリンピック一色になってきた。韓国での開催だから近いけれど平昌は寒すぎる。オリンピックで勝つことは本当に難しそうだ。スノーボードの予選を見てつくずく思った。2回滑るのだが失敗は許されないのだ。今まで練習を長期間続けてたった2回の滑りだけで結果が出る。2人の高校生は予選で落ちた。またこれから長い練習が始まるのだろう?

呟き紋次郎(5)

2018年02月09日 | 日記
今日は本当に久しぶりに青空が広がり日差しも暖かく先週来の冷え込みが嘘のようだった。
小浜の移動販売車が午後やってきた。「小浜40センチほど一晩で積もり大変やっつたわ。峠を越えて美山に入ったら雪が少なくてびっくりしたわ」といった。やはり福井県内はあちこちで雪が降っていたのだ。配送車が来なくて商品が入って来ないそうでパンや牛肉などがすくなかった。夜冬期オリンピックの開会式を見たが堪能するほど時間がかかった。最終聖火ランナーは予想通りキムヨナさんだった。これから2週間オリンピックが続く。

僕は今日も一日中家の中で寝ていました。足が立たないのでどこにも行けないのです。夕食は鰤の照り焼きと焼き肉を少々食べました。足さえ立てて歩ければストレスもたまらないのですが、僕はいらいらしています。お母さんは「可哀そうに。可哀そうに」と言いながら雪の上まで運んでくれました。「紋ちゃん、日向ぼっこしたら。今日は寒くないから」と。僕は雪を舐めました。でもそんなに長く雪の上にいられません。だらりとした僕の身体を抱き上げて布団の上におろしてくれました。「紋ちゃん、首のところとおしりの周り痩せたなあ。もうちょっと頑張りや。お母さんが介護してあげるから」とも言ってくれました。でも本心はそうではないと思います。良くなる希望があるなら介護も楽しみになるだろうけれど、悪くなるしかない僕を看るのは可哀そうだと思います。ただ僕がどのように死んでいくかじっくり観察してほしいものです。

呟き紋次郎(4)

2018年02月08日 | 日記
今日も朝は冷え込んだがいい天気だった。テレビはオリンピックと北陸豪雪の映像ばかり流れています。自然災害に勝てないと、いつも実感させられます。午後は生協が来ました。

僕はとうとう自分の足で立てなくなりました。ほとんど寝たきりの生活になってきました。おしっこがしたくなると泣いてお母さんに告げます。お母さんはまず玄関の戸を開け放し僕を抱えて雪の上に置いてくれます。ここ数日の冷え込みでスケートリンクみたいになっています。僕は3本足で滑っています。おしっこをしたあとは雪を舐めます。冷たくて気持ちがいいです。少しの間遊びますが、お母さんは僕をずっと見守ってくれます。10分ほどするとまた僕を抱っこして家の中まで運んでくれます。布団に寝かせていつも言います。「紋ちゃん、老衰で穏やかに死寝たらいいのに。癌になって痛みで苦しむなんて。それに歩けなくなったことはつらいよね」と。夕食は鶏肉のおかゆを炊いてくれました。お母さんは本当によくしてくれます。ありがたいことです。僕はいつまで生きられるのでしょうか?

孫は遠くに在りてこそ

2018年02月07日 | 日記
今日も寒い朝。でも一日中よく晴れた。月曜日から来ていた次男一家が今日帰ると言う。山梨まで帰る途中の米原などが大雪だとの報道で一日早く帰ることにした。来る日は孫に会えるのがうれしいが2日は孫に降り回されて、紋次郎と私は右往左往する。そりにのせたりタコを飛はばしたり寒い家の外と中を出たり入ったり。食事はあまりとらないでジュースやお菓子を食べたがる。夜は夕食、お風呂と寝るまでドタバタが続く。一緒に住んでいないので、たまに来た時は辛抱できるが同居だとこうもいかないだろう「おばちゃん、さようなら」車に乗った孫を見送って一服した。昨夜お風呂に入れなかったのでお風呂にはいり洗濯をして一段落。超疲れました。10時過ぎにでて7時に清里に着いたのを確かめてほっとした。。孫は遠くに在りてこそと思わずに入られない。次回は5歳の七五三で私たちが清里に行く。


紋次郎は歩けなくなり用事の時は鳴いて知らせる。その時は抱っこして外に連れて行く。3本足で歩いておしっこをして雪をなめる。そんなに長くはいない。今まで自由に走り回っていた紋次郎にとって歯がゆいことだろう。家の中では水を飲ませる。食事はほんの少しだけたべる。友人が紋次郎のことを心配して電話をくれた。

70歳になると

2018年02月06日 | 日記
私は3月1日に満70歳になる。肺炎球菌の予防接種を受けるようにとの葉書が届いていた。1週間前に近くの診療所の予約をした。今日受けに行ってきた。私は注射が嫌いでインフルエンザの予防注射も今まで打ったことがない。でも主治医の先生も肺炎球菌の予防注射は打っておくべきだと言われた。でも時代が変わりあっという間に打たれ痛くもなかった。

運転免許更新時70歳で高齢者講習も受けなければ更新ができない。70歳になるといろんなことが起こる。

清里に住む次男一家が急に帰って来て忙しくなった。いつも二人暮らしで静かな暮らしが4歳の孫の出現で振り回されるのだ。朝から凧揚げ、午後はそり遊び、今年初めてマイナス10度以下になり、私は外になど出たくないのに孫はそんなことなど気にしていない。大きくなった孫を見るのは楽しいが付き合いも大変である。明日帰るそうだが、もう少しドタバタ騒ぎの時間が続く。紋次郎は寝たまま、静かになるのをじっと待っているようだ。

立春寒波

2018年02月05日 | 日記
テレビでは立春寒波の映像が流れている。金沢、福井の日本海側は大雪である。私も少しは降るかと心配していたが起きたら5センチほどで大したことはない。日中もちらちらしていたが積もらなかった。山梨の清里から次男家族が来ると電話してきた。雪情報を確認して出発したようだ。いつも滋賀県の木の元から小浜経由で帰って来るが今回は名神で帰ってくるように言った。6時過ぎに帰ってきた。関ヶ原、米原主周辺が雪だったようだ。京都市内は晴れていたそうだ。彼らは長旅の疲れで夕食をすませ8時過ぎに二階に行った。4歳の孫がまた大きく成長していた。

紋次郎がついに歩けなくなってきた。そして一日中寝てばかりだ。

「銀河鉄道の父」読み終えた。宮沢賢治の父の話だ。父から見た賢治像でもある。賢治は父や家族から愛されて自分の好きなことをして短い一生を送った。お父さんの方が随分長生きをして賢治の本が売れたのを見て「賢治はすごい子だ」と改めて思う。賢治の生きている間に本が世に出て居れば賢治も納得できたのに。私は賢治の弟の清六さんに会ったことがある。かれも
おとなしく律義な人に見えた。賢治のお父さんもそうだったに違いない。

立春なれど

2018年02月04日 | 日記
立春になったが、ここはまだ雪の中。今日から立春寒波で日本海側は大雪になるらしい。今日も日中は穏やかな晴天。3月中旬ごろまで寒さが行ったり来たりして春になる。まだ春の足音は何も聞こえてこない。

確定申告のためのレシートなど整理。一日かかってほぼ完了。あとはパソコンに入れて印刷して郵送する。パソコンの画面でほとんどできるので計算間違えもないし字を書くのが苦手の私には超ありがたい機器でもある。

昨日は「火定」読んだ。あと一冊アマゾンで購入した直木賞受賞作「銀河鉄道の父」を読まなければならない。私は12月から3月までの間読書に専念する。外が雪で寒いの畑仕事もできないから落ちついて本が読めるのだ。別に本を読む必要がないとか新聞も読まんでもスマホやタブレットですますことができると言う人も多いが。、私は読書の方が好きだ。文章の1節にアンダーラインを引いたりわからない言葉は広辞苑で調べることもある。ただ老眼になりつつあるようで夜間の読書は疲れる。できるだけ昼間に読むようにしている。

節分

2018年02月03日 | 日記
今日は節分。天気はまあまあ。雪灯篭最終日。でも寒いなあ。
昨日の夜読み始めた本が気になり3時までかかって読了。
直木賞候補作澤田瞳子著「火定」タイトルからして難しい。
時代は奈良時代か?朝廷の官職、制度などがよくわからない。
でも天然痘が蔓延して都がパニックになる。その中で疫病と
闘う医療関係者の葛藤が描かれていた。最後は医師が多くの人たちを
身分に関係なく治療する。薬用植物を使って。
医療が進みすぎている現代に一石を投じるかのような物語だ。
昨年は彼女の「若沖」を読んだ。私も年を重ねたせいか時代もの小説を
よく読むようになった。

今日は節分。夕方巻きずしを2本巻いた。イワシも焼いて節分豆も買った
歳の数だけはいらないので、小さな小袋にした。
柊にいわしの頭をつけて鬼の紙面を玄関に飾った。

2月に入る。

2018年02月02日 | 日記
1月が終わった。2月は逃げるとも言われているので、あっという間に過ぎるだろう。今月は確定申告の時でもある。そんなに利益を上げているわけではないがささやかなB&Bと加工品販売で確定申告する。この頃はパソコンの画面でできるので、そんなに時間はかからない。ただ1年分のレシートや領収書を部門別に分けるのに時間がかかる。

2月は13日に府立医大病院に行く。雪で佐々里峠が通行止めなので今回は夫に連れていってもらう。その時友人が入院しているので見舞って来ようと思っている。彼女は膝の手術をする。骨を削るので痛いだろう。私も足首の骨折で手術したが痛かった。その後のリハビリも私にはきつかった。彼女は3週間入院予定だ。

2月6日には肺炎球菌の予防接種もする。今まで予防注射もしたことがないが70歳が近づくと何かと身体に故障が生ずる。早め早めの対策が必要となる。

後は紋次郎の介護と友人にプレゼントする手編みのセーターを編む。電話の故障直りました。

呟き紋次郎(3)

2018年02月01日 | 日記
僕は一日中寝たり起きたりの毎日です。以前なら外で遊んだりできるの
ですが、今では足がおぼつかなくあまり外に出ても歩けなくなりました。
昨日は雪の中に埋まり上がることができず、お父さんがきてあげてくれました。
「紋次郎が外に出るときはみるようにしんとあかん」お父さんはお母さんに
言っていました。僕は今まで病気などしたことがないので、歯がゆいです。
でも17歳で高齢なので仕方がないのかもしれません。
居間は一日中居間にいるのですが、夜中になるとお母さんの寝間に
行き足元で寝ます。お母さんは「紋次郎が足元にいると重くて寝れないわ」
と言います。今晩は足首の包帯を巻きなおしてもらいました。少し腫れているようです。
お母さんは「痩せてきたなあ。食事をとらんからなあ」と言っています。
みんな僕のことを心配して優しくしてくれます。

昨日から電話が通じなくなりました。私は電話線の故障だと思っているのですが
夫は電話機の故障だと思い新しい電話機を買ってきました。付け替えたのですが
通じませんでした。NTTの故障がかりに電話して電話線の異常とのことで、明日
修繕に来られるそうです。