当初は観音堂の北方にあって、北薬師と呼ばれていました。慶安二年、三代将軍
徳川家光が観音堂の北西に再建し、堀に架かる橋のかたわらにあったので、家光自
身が橋本薬師堂と名付けました。平成6年現在地に移転しました。
現在の建物は桁行き三間(約5.35メートル)梁間三間(5.1メートル)、
屋根は入母屋つくり瓦葺、外部はかなり改変されていますが、浅草寺境内に遺存す
る堂宇のうち、浅草神社の社殿と同年代で、二天門や影向堂脇の六角堂に次ぐ古建
築です。薬師如来坐像を本尊とし、他に前立の薬師如来と十二神将像が安置されて
います。(台東区教育委員会)