散歩の時に見つけた

東京都内を散策しますが、こんな所にこんな物がと再発見します。写真等を添えて記録します。

浅草寺 菊まつり

2009-10-31 07:39:43 | Weblog
      

                 二本松の菊です

 恒例の菊まつりが開催中です。いづれ劣らぬ立派な出来映えですね。昭和27年

の菊供養の日に、参道に花を供えたのがはじまりといいます。  

 今年も二本松から立派な菊が出展されていますね。地元の田原町小学校の子ども

たちも丹精こめてりっぱに育った菊を展示しています。 

 

 観光に来日した娘さんたちが、記念撮影していましたよ。

黄檗宗 弘福寺 (2)

2009-10-30 07:37:55 | Weblog
       大雄寶殿

                 鐘楼と梵鐘

 若き日の勝海舟が禅の修業をしたというこのお寺さんは、臨済宗、曹洞宗に次ぐ

禅宗のお寺で、本山は京都府宇治市の黄檗山萬福寺。関東大震災で罹災し、昭和8

年に再建しましたが、本山を模した本堂「大雄寶殿」は、墨田区登録の有形文化財

となっています。  

 境内の鐘楼にかかる梵鐘は、高さ117センチメートル、口径63.4センチメ

ートルで、貞享5年(1688)に鋳造されたものです。これも区の登録有形文化財

です。また、江戸末期の因幡若桜五代藩主で、儒学者の池田冠山のお墓もあり、香

華が絶えません。

弘福寺 咳の爺婆 (墨田区向島)

2009-10-29 07:39:37 | Weblog
       唐風の山門

                 咳の爺婆石像

 牛頭山弘福寺は延宝元年(1673)、黄檗宗(おうばくしゅう)の僧鉄牛禅師によ

って創建されました。寺院は黄檗宗特有の唐風の特徴を持つ中国明様式です。境内

には、風邪除けの御利益があると伝えられる咳の爺婆の石像があります。  

     せき止飴

 この石像は、寛永年間(1624~1643)に禅僧の風外和尚が,山中で修行中

に両親を偲んで刻んだものといわれます。親孝行が「風除け」になったのは、風外

和尚を江戸っ子のしゃれで「風の外」と読んだといわれます。いかにも らしい読

み方ですね。お寺では「せき止飴」を希望者に頒布しています。

旧 文部省庁舎 (霞ヶ関)

2009-10-28 07:32:30 | Weblog
       旧文部省

 レトロというか古いというか、カンロクのある旧文部省の建物ですね。バックに

新ビルが建っていますが、文化財として残ったのは良かったと・・。昭和8年竣工

ですから76歳、いろいろな歴史の波にもまれましたが、この建物は虎ノ門の名物

です。隣の霞ヶ関ビルは40歳になりましたね。  

                 傾くポスト

         農水省前の花壇 

 通りを挟んで旧郵政省、現日本郵政の前には象徴的な「ポスト」があります。今

回は社長がクビになって、選手交代しましたが民営か公社か見ものです。なんだか

ポストもクビをかしげているような。これはカメラのブレですが。赤い鶏頭の花は

農水省の前の花壇です。

桜田通り (千代田区)

2009-10-27 07:32:26 | Weblog
      

                 霞ヶ関坂

 霞ヶ関を南北に走る通りです。北の桜田門から警視庁、警察庁と並びます。その

警察庁と外務省の間の坂は「霞ヶ関坂」と呼ばれます。中世の頃、この辺りに関所

があったのでこの名が起こったそうです。  

       潮見坂

 外務省と財務省の間の坂は「潮見坂」ですね。中世の頃までは日比谷公園辺りが

入り江であったと言われています。坂は、当時はもっと高くて眼下に海をのぞむこ

とができたので潮見坂、なるほどです。さて、いよいよ国会開会となり、民主党の

真価が問われる時です。霞ヶ関の官庁街の動きも注目ですね。

 

公 園 散 歩 (隅田公園)

2009-10-26 07:18:06 | Weblog
       秋桜子

 「羽子板や 子はまほろしの すみだ川」の句碑をみつけました。これは水原秋

桜子(みずはらしゅうおうし)の句碑です。  

 言問橋西詰から入って北へ歩いて見つけた句碑。何度も通る散歩道ですが、初め

て気づく句碑でした。それはコスモスが咲いていたからでしょうか。「秋桜」も黒

御影石も赴きがあります。  

                  子規

 さらにしばらく進み、馴染みの「雪の日の 隅田に青し 都鳥」子規の句碑のと

なりに、武島羽衣作詞、滝廉太郎作曲の「花」の歌碑があります。春のうららの隅

田川 のぼりくだりの舟人が ですね。  

     桜橋からツリーを見る

 とうとう桜橋までやってきました。東の空には東京スカイツリーが空に向かって

伸びていました。180メートルくらいでしょうか。

 

九代目 市川団十郎

2009-10-25 07:23:13 | Weblog
      

                

 つくばエクスプレスの浅草駅には、浅草ゆかりの芸能人が紹介されていますが、

今回は九代目市川団十郎です。  

 天保9年生まれで明治36年没。伝統的な江戸歌舞伎の荒事を整理して、今日ま

で伝わる多くの形を決めて、日本文化を代表する芸術の域にまで高めた功績は素晴

らしく「劇聖」と謳われました。この世界では単に「九代目」というと、九代目市

川団十郎をさします。写真下は浅草寺境内の歌舞伎十八番「暫」です。

ぽち袋 粋な心付け (テプコ浅草)

2009-10-24 07:17:02 | Weblog
       扇絵

                 隈取

 ぽち袋、ちょっとした心付けや子どものお年玉などに使う小さな封筒、袋の展示

会が開かれています。西浅草テプコ浅草館の1階フロアーには、ずらり1000点

の「ぽち袋」が並んでいます。明治、大正時代のものもあります。  

 写真上は、扇絵と合わせ絵ですね。左側は6枚で絵になるというなかなか凝った

ものです。下は歌舞伎などの「隈取」を取り入れたもの。浮世絵とか勲章、花札も

あります。心のこもった心付けということですね。

岡崎屋勘六の墓 (清光寺・西浅草)

2009-10-23 06:52:58 | Weblog
       岡崎屋勘六の墓

 歌舞伎文字「勘亭流」の元祖です。安永8年に中村座新春狂言の看板を書いたこ

とが評判になり、芝居文字は勘亭流でとなりました。この歌舞伎文字は現在も継承

されています。墓石の裏面には「ありがたや 心の雲の晴れ渡り 只一筋に向かう

極楽」と勘亭流で刻まれています。  

                 長谷川一夫碑

        

 墓石の右隣には、長谷川一夫の碑があります。今の若い人も知っていると思いま

すが、二枚目役者ですね。顔の彫刻というか写真というか、碑文の上に飾ってあり

ます。傍らには柘榴が実っていました。

公 園 散 歩 (2)

2009-10-22 07:24:32 | Weblog
       

 大噴水の向こう側には東京国立博物館。多数の熟年グループが、それぞれ位置を

決めて写生していますね。出来映えを覗くことはしませんでしたが、外人観光客の

記念撮影にこの女性が随分写っていると思いますよ。  

                 ゴリラ

         ヘラクレス      

 ゴリラの背中に似せた植木は、動物園へ来園した人々を歓迎しています。JR上

野駅へ向かうと、国立西洋美術館の庭ではヘラクレスが弓を引いています。怪鳥の

群れを退治しているそうですが、力強いですね。