上野寛永寺の除夜の鐘 2007-12-31 08:02:54 | Weblog 寛永寺の鐘楼 除夜の鐘は108回、これは人の煩悩の数といいます。 上野寛永寺の銅鐘は、厳有院殿(四代将軍家綱)の一周忌にあたる延宝九年、厳 有院殿廟前の鐘楼に奉献されたものといわれます。 明治維新以降に、寛永寺根本中堂の鐘として、その境内に移されたと伝えられて います。現在は、除夜の鐘や重要な法要の際に使用されています。(資料・台東区 教育委員会) 鐘の音を聞きながら、一年を振り返り新年を迎えましょう。
2016東京五輪招致 2007-12-30 08:18:46 | Weblog 石原東京都知事が主唱している五輪招致は、1964年以来52年ぶり2度目の 開催を目指しています。都営地下鉄に乗りますと、招致のための旗やポスターがあ って、「都民の皆さんも招致に賛成を」とPRしています。 ライバルはドーハ(カタール)、シカゴ(アメリカ)、マドリード(スペイン) プラハ(チェコ)、バクー(アセルバイジャン)、リオデジャネイロ(ブラジル) と東京(日本)の7都市が名乗りを上げています。 皆さんどの都市が強力なライバルと思いますか。私はリオデジャネイロが強敵の ように感じますね。南米大陸はまだ一度も開催していないですからね。どうせダメ ならブラジルで開催させてあげたいですよ。いずれにしても来年6月に5都市に絞 られ、09年10月の決定ですから、先は永いです。
八万四千体地蔵・浄名院 2007-12-29 07:54:39 | Weblog 入谷から言問通りを進み、JR鶯谷駅から根津方面に向かうと浄名院の寺門があ ります。初め浄円院といい、寛永寺三十六坊の一つとして創建されましたが、後に 浄名院となり独立しました。 地蔵信仰の寺となったのは、第38世妙運和尚によるもので、25歳のとき、地 蔵信仰を得て一千体の石地蔵菩薩建立の発願をたてました。明治9年に浄名院に入 り、明治12年に先の一千体の願が満ちると、さらに八万四千体建立の大誓願にす すみました。明治18年には地蔵本尊を建立、各地から多数の信者が加わり、石の 地蔵さんが境内いっぱいに並んでいます。そして今も地蔵菩薩像の数は増え続けて います。 お寺の門は享保の頃に建てられたものです。(資料・台東区教育委員会)
江戸六地蔵・浄名院 (上野桜木町) 2007-12-28 07:47:17 | Weblog 江戸六地蔵は、東海道、奥州街道、甲州街道、中仙道、水戸街道、千葉街道の入 り口に建立されたものです。しかし、第六番の千葉街道・深川永代寺が明治維新の ときに廃寺になったためと、日露戦争の戦没者を弔うため、明治39年に新たに浄 名院に建立されたものです。 浄名院は八万四千体地蔵の地蔵信仰の総本尊ということから、江戸六地蔵の建立 安置に最適ということでしょうか。
路地、石畳 (神楽坂) 2007-12-27 07:51:05 | Weblog 神楽坂といえば路地奥の石畳がよく語られます。この路地の奥には「芸者道」な るものもあるらしいです。石畳の道を歩く人の後ろ姿は、なんとなく暮れの北風に 吹かれているように見えますが。 ま、なかなか風情のある風景です。この道を抜けると小間物の店があって、来年 の干支「ねずみ」が飾ってありました。
「拝啓 父上様」 (善国寺) 2007-12-26 07:51:59 | Weblog 狛虎です 毘沙門天・善国寺の絵馬を見ました。面白いのがありました。「拝啓父上様 人 生は時々すごくすてきです 俺はこの町が大好きです 一平」とあります。 これはフジテレビのドラマ「拝啓 父上様」ですね。神楽坂の老舗料亭の調理場 で働く一平君のセリフと理解しました。 また、拝啓二宮和也様 とてもすてきなドラマでした。というのもありました。 ドラマの舞台になった神楽坂、昔の風情の残る土地柄に、料亭というこれまた昔 の風情の代表的舞台での物語が人気になりましたね。
毘沙門天・善国寺 (神楽坂) 2007-12-25 07:33:40 | Weblog 神楽坂といえば毘沙門天ですね。ものの本によると「毘沙門天」はインド出身の 神様で、仏様ないし仏法を守る役目を担い、四天王の随一として北方守護を司ると 言われます。また多聞天とも号し、参詣者の願いをよく聞いてくださり、七福神の お一人として日々福を授けて下さっているとされます。 寅年、寅の月、寅の日、寅の刻にこの世にお出ましになったことから、寅毘沙と 呼ばれています。神社仏閣では狛犬やキツネさまがいますが、ここでは狛虎となっ ていて、長い尾が特徴です。 毘沙門さまの尊像は本堂の奥で撮影禁止、残念でした。
神楽坂 (新宿区) 2007-12-24 07:48:32 | Weblog 坂の名の由来は、坂の途中にあった高田八幡(穴八幡)の御旅所で神楽を奏したか ら、津久戸明神が移ってきた時、この坂で神楽を奏したからなどといろいろに言わ れています。 また一説には、若宮八幡の神楽が聞こえたからとか、この坂に赤城明神の神楽堂 があったからなど、いづれも神楽にちなんだ諸説があります。いずれにしても賑や かな神楽が聞こえたということでしょう。
仲見世の賑わい 2007-12-23 07:46:22 | Weblog 浅草寺仲見世の賑わいです。もうお正月の飾りつけが出来て「気分は新年おめで とう」ですね。老いも若きも元気よく混雑なんか気にしないデス。 この甘酒屋さんは一杯100円ですが、お味は真に結構です。私も一杯と言わず 「もう一杯」と言いたくなるような。でもこのお酒は酔わないでからね。客は沢山 いたのですが、カメラを向けるといなくなりました。甘酒の立ち飲みも温かい気分 でいいと思いますが。
雷門「からくり時計」 2007-12-22 07:46:06 | Weblog これから開演 浅草雷門の向かい側に浅草文化観光センターがあり、観光客はもちろん地元の人 達も便利にしています。 このセンター正面上部の「からくり時計」が人気です。10時から19時までの 毎正時に開演するわけです。私が通りかかった時、ちょうど11時になって音楽と 共に先ず左側に2羽の白鳥が現れます。さらに右側には金龍の踊り、そして時計が 上に移動して三社祭りと思われるお神輿の登場です。 浅草らしい見事な約5分間です。