散歩の時に見つけた

東京都内を散策しますが、こんな所にこんな物がと再発見します。写真等を添えて記録します。

養福寺の鐘楼 (日暮里)

2008-12-31 07:36:16 | Weblog
   

         

 真言宗豊山派のお寺です。日暮里の地に開かれて300年といわれます。江戸時

代には多くの文人たちが訪れて、その足跡を残しています。

 宝永年間に建立された仁王門や多くの文化財、近隣では珍しいとされる鐘楼堂な

どがあります。この鐘、どんな音色を聞かせるでしょうか。

お正月 ねずみーうし

2008-12-30 07:27:14 | Weblog


        

 今年もいろいろありましたが、あと二日で暮れます。偉いお坊さんにこの一年を

漢字で表現してもらうと「変」だったと言います。振り返って見ますと本当に変な

一年だったと思いますね。  

 明日は除夜の鐘が撞かれますが、金さえあればという嫌な欲望は少し控えてもら

いたいですね。金が金を呼ぶとばかりに欲望むきだしの取引は困ります。揚句に人

を巻き込んで、地球上の人々に迷惑をかけるのはダメです。 

 昔から正直じいさんの花を咲かせるはなし、舌切りスズメの欲張りばあさんのお

はなしがあります。正直に生きましょう。


松かざり しめ飾り

2008-12-29 07:32:09 | Weblog
    

 今年も残り3日になりましたね。この時期になりますと、各家々でもお正月を迎

える準備が忙しくなります。  

           

 一年間家を守ってくれる歳神さまを迎える行事ですね。しめ縄は神を迎える清浄

な場所であることを示す飾り、周囲の汚れを絶つ印として用いられています。一夜

飾りいけないといわれます。一夜では、正月の神を迎えるのに誠意に欠けると、昔

からきらう風習があります。明日には飾りましょう。

ホームの蕎麦店(常磐線北千住駅)

2008-12-28 07:35:45 | Weblog
  

       

 駅のホームの蕎麦屋さんです。安い、美味い、速いですね。行く先々で入る店は

大体決まっています。浅草なら二天門のやぶそば、根津なら弥生町の無暁庵といっ

たところです。  

 ホームの蕎麦屋さんは、もり・かけ220円、月見、たぬき、きつね280円。

ごぼう、春菊、まいたけ天ぷら320円。げそ天が340円といったあんばい。長

距離電車の急行ではないので、食べてから来た電車に乗るデス。

富士見坂 (荒川区西日暮里3丁目)

2008-12-27 07:15:17 | Weblog
      

           

 日暮里駅から御殿坂を上がり、経王寺を右に進むと富士見坂があります。荒川区

史跡・文化財の看板によると、関東の富士見100景に選ばれた坂です。 都内各

地に残る「富士見」を冠する地名のなかで、現在でも富士山を望むことができる坂

です。昔、太田道灌の砦があった所です。  

 元旦の朝、澄んだ空気の彼方に富士山が見えるといいですね。坂下の北側の墓地

は日蓮宗妙隆寺(修性院に合併)の跡。この寺が花見寺と呼ばれたことから、この

坂も花見坂と称された・・とあります。

家でやろう (東京メトロ)

2008-12-26 07:40:50 | Weblog
 

 今年最後の「花の金曜日」ですね。毎日のニュースは不景気ですが、年忘れの忘

年会の計画もあることでしょう。  

 東京メトロのマナーポスターは「家でやろう」と。そして「飲酒後は、まわりの

お客様にご配慮下さい」とあります。中には、こんなぶざまな人もいるのでしょう

が、心して飲みましょう。

紅皿の墓 (新宿6丁目)

2008-12-25 07:56:08 | Weblog
   

         

 「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだになきぞかなしき」で知られる

太田道灌の山吹の里伝説に登場する少女・紅皿の墓と伝承されるものです。  

 中世の板碑、燈籠、水鉢、花立などから構成されています。板碑の前には、12

代守田勘弥など歌舞伎関係者により、石燈籠等が建てられてその存在が広く知られ

るようになったといわれます。太田道灌さんに山吹の花を差し出したのは「紅皿」

という名の少女だったのですね。

西向天神社 (新宿6丁目)

2008-12-24 07:56:11 | Weblog
    

 古来より東大久保村の鎮守で、正式には大久保天満宮。安貞二年(1228)の創

建と伝えられています。西向天神とは、大宰府天満宮の方に向かい社殿を西向きに

造っているので、昔から「西向き」とよばれたとされます。広い境内には椎の木な

どの大木が森をなしています。  

         

 ここで発見したのが、藤圭子の大ヒット曲「新宿の女」の歌碑です。演歌の星を

背負った宿命の少女といわれた藤圭子さん。今の人には宇多田ヒカルのお母さんと

いった方がわかるかな。  

 私が男になれたなら 私は女を捨てないわ ネオンぐらしの蝶々には やさしい

言葉がしみたのよ~ 思い出しますね昭和44年(1969)頃の藤圭子チャンを。

大久山 永福寺 (新宿7丁目)

2008-12-23 07:32:48 | Weblog
   

 久左衛門坂を登ると永福寺の門ですが、さらに急な坂を登って境内に入ると金銅

の仏像と菩薩像のお迎えを受けます。  

          福禄寿尊です

 一つは大日如来像、他の一つは地蔵菩薩像です。また福禄寿尊が祀ってありま

す。山の手七福神の一つですが、かなり高台になりますので眺望は見事です。新年

を迎えて参詣に訪れる人も多いことでしょう。

抜弁天・厳島神社 (新宿区余丁町)

2008-12-22 07:34:20 | Weblog
   

      

 余丁町の西端の三角地帯ですね。源義家が戦勝祈願したという厳島神社がありま

す。弁天さまが同居しているのですかね。  

   

 境内を南北に通り抜けできるので「抜弁天」というわけです。苦難を切り抜ける

ための弁天社、いわゆる抜弁天として庶民から信仰されています。江戸六弁天、山

の手七福神のひとつです。これから忙しくなるでしょうね。