妻恋坂 (文京区湯島) 2006-09-29 08:02:00 | Weblog この坂の名は、坂の上にある妻恋稲荷神社に由来します。その昔、日本武尊が東 征のおり、三浦半島から房総へ渡るとき大暴風雨に会い、妃の弟橘姫(おとたちば なひめ)が海に身を投げて、海神を鎮め尊の一行を救ったという故事があります。 尊が湯島の地に滞在したので、郷民は尊の妃を慕われる心を哀れんで、お二人を 祭ったのがこの神社の起こりと伝えられています。 その後江戸時代に妻恋稲荷と呼ぶようになったものです。
勝 鬨 橋 2006-09-24 08:04:20 | Weblog 「かちどきばし」です。橋のたもとに資料館がありますので見学してきました。 「かちどきの渡し」という渡し船の施設を作ったのが「勝鬨」の名の由来です。 橋自体は昭和8年着工、昭和15年に完成しました。この橋の特長は「跳ね橋」 で全長約250mのうち、両側22mが跳ね上がり、下の隅田川を大型船も通行で きる仕掛けがあります。(写真上) 跳ね橋は昭和43年までは、1日5回20分ずつ開いていました。しかしその後 交通渋滞問題などで開かなくなりました。この晴海通りは当時都電も走っておりま したし、歴史の生き証人と言えるでしよう。是非一度勝鬨をあげるが如く跳ね橋が 開く姿を見たいと思います。
カウパレード東京 2006-09-15 08:24:18 | Weblog カウパレードは、実物大のカウ(牛)の模型にアーチストがさまざまなペイント や造形を施す、世界最大規模のパブリックアート(街路や公共のスペースで展示さ れる美術展)イベントです。 東京駅近くの千代田区大手町、丸の内、有楽町の各所で約60頭の面白いモーモ ーたちが見られます。休日には子供達も見物に来て、たいへんな賑わいです。10 月の初旬まで開催中ですよ。 小雨の中、笠を被せてもらいました。
石川啄木碑 (銀座6丁目) 2006-09-04 08:11:21 | Weblog 啄木(1885~1912年)が滝山町の朝日新聞社に勤務したのは、明治42 年12月から45年4月13日、27歳でこの世を去るまでの約3年間でした。 短い生涯の大半を放浪のうちに過ごした啄木は、彼に冷淡であった故郷をなお思 い、優れた望郷の歌を数多く残しました。「京橋の滝山町の新聞社 灯ともる頃の いそがしさかな」歌碑に刻まれた歌です。(資料は中央区) 参考までに述べますと、滝山町は現在の銀座6丁目。銀座八丁として整理される までは、竹川町、出雲町、三十間堀町、元数奇屋町、守山町、金春屋敷などがあ り、4丁目の交差点辺りは尾張町の辻と呼ばれていました。
関東大震災十周年記念碑 2006-09-03 08:04:41 | Weblog 大震災を記念するため、広く浄財を集めて十周年に建てられました。彫刻界の巨 匠北村西望氏が「平和の神」を象徴して制作し、台石には朝日新聞社が全国から募 集して選んだ「不意の地震に不断の用意」の標語が刻まれ、この惨事を二度と繰り 返さぬよう注意を喚起しています。 昭和35年、別に地震説明板を建立し、被害状況を克明に記しています。(銀座 4丁目・中央区教育委員会)