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さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

本多真弓『猫は踏まずに』

2018年04月08日 | 現代短歌
 本多さんは何しろ中澤系の歌集の新刻版を出してくれた人だし、私にとっては無視することのできない一人だ。でも、新しい歌集が出たから私が一肌脱ごうなんて気を起こさなくても、歌集は自然に話題になるだろうと思って、そのままにしてあった。手に取ってみると、おもしろい歌が多くてすらすら読める。期待にかなうような出来上がりである。同じ一連から何首か引く。

なげやりに暮らしているとおさいふの一円玉が増えてくるのよ

こころつて開いてゐるとくたびれる閉ぢてしまふとすぐくさりだす

人生はほとんどアウェイごくまれにホームゲームがあつて敗れる

わたくしがわたくしとして佇つために必要となる他者のまなざし

 書き写していて気がついたが、この人は口語で旧仮名遣いなのだった。ふだんから何かと旧仮名のものを読み慣れているので、気がつかなかった。歌集前半の仕事の歌と相聞歌が正調の感じで作られた歌群で、ここに引いてみたのは、本の半ばで少し流れを転調したあとの一連からである。これは割合と無防備なストレートなところのある歌で、あまり構えていないだけにリビングの椅子にすわって歌を書いている作者の姿が、何となく思い浮かぶ。やはりはじめの方の職場詠は引いておくべきか。

ああ今日も雨のにほひがつんとくる背広だらけの大会議室

女子トイレ一番奥のややひろい個室に黒いサンドバッグを

残業の夜はいろいろ買つてきて食べてゐるプラスチック以外を

ひさかたのひかりあつめて真夜中にただまつしろなフアックスがきた

 作者は横浜で働いている。ヨコハマの歌が、けっこういい。

朝はまだ静止してゐる観覧車いのちがのれば動きはじめる

あかつきに雨をこぼしたヨコハマの空が午後にはぺろんとひかる

 読みながしていると気がつかないが、ひとつひとつの言葉の置かれている位置はよく考えられて吟味されていて、一首一首丁寧に作られている。猫のイラストがあしらわれたライトな装丁の外見に似ず、なかなか貫禄のある歌集だ。


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