さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

『桂園一枝講義』口訳 273-278

2017年07月23日 | 桂園一枝講義口訳
273
大橋の上わたりゆくかち人のたゞよふなつになりにけるかな
四九六 大橋の上わたり行(ゆく)かち人のたゞよふ夏になりにけるかな 文政六年 一、二句目 鴨河の橋ノ上行ク

□わかりたり。
○(よく)解った(歌)。

※この言い方は、講義の聴講者に歌の内容を言わせて、その通り、と応じた部分を記したものだから「わかりたり」となっているのだろう。掲出歌は、京極為兼の歌などから学んだあとのある佳吟。為兼の歌との比較は『香川景樹と近代歌人』に少し書いた。

274
水鳥のかもの川原の大すずみこよひよりとやつきもでるらん
四九七 水鳥の鴨の河原の大すゞみこよひよりとや月もでるらむ 文化十二年

□丁度七日頃より月もめだつなり。
○ちょうど七日頃から月も目立つのである。

欠席 

※十首分欠落している。このなかにいくつか秀歌があるだけに残念。引いてみる。

四九八 夏のよの月のかげなる桐の葉を落たるのかなとおもひけるかな 文化二年

五〇〇 根をたえてさゞれの上に咲にけり雨にながれし河原なでしこ 文化十年

五〇二 池水の蓮(はちす)のまき葉けさみれば花とゝもにも開(ひら)けつるかな 享和三年

五〇四 なびくだに涼しきものを夏河の玉藻を見れば花咲きにけり 文化六年 四句目 スガモを見れば

五〇六 布引の瀧のしら浪峯こえて生田(いくた)に落るゆふだちの雨 文政六年

五〇七 近わたりゆふ立しけむこの夕雲吹く風のたゞならぬかな 文政六年

※これらの歌を江戸時代に作っていたなんて、実におどろきではないかと思うのだが、それでも子規の言葉を信じて景樹は駄目だと言い続ける人がいるのだろうか。

275
山風にふきたてらるるならの葉のかへれば晴るゝ夕立のあめ
五〇八 山風に吹(ふき)たてらるゝならの葉のかへればはるゝゆふだちの雨

□「ならの葉」、うら白きものにて尤も風の見ゆるものなり。「夕立早過」を詠みたりし題詠なりしなり。

○「ならの葉」は、葉裏が白いもので、もっとも風(のすがた)が見えるものである。「夕立早過」を詠んだ題詠だった。

276
わが宿にせき入れておとすやり水のながれにまくらすべき頃かな
五〇九 わが宿にせき入(いれ)ておとすやり水のながれにまくらすべき比かな 文政六年

□いせの歌に「音羽川せき入れておとすやり水に人の心の見えもするかな」。「やり水」は引取水なり。後はむかふへやれども、畢竟庭に引こむ水なり。流れに枕すべき頃、あつさのあまり流れのきはにねたき頃といふなり。此れもと枕流の故事をかるなり。併し趣意を取るではなきなり。詞をとりしなり。

○伊勢の歌に、「音羽川せき入れておとすやり水に人の心の見えもするかな」(という歌がある)。「やり水」は引取水である。後は向うへやるけれども、畢竟庭に引こむ水である。「流れに枕すべき頃」は、暑さのあまり流れの際に寝たいような頃だというのである。これはもともと「枕流」の故事を借りているのである。しかし趣意を取るのではないのである。詞を取ったのである。

※伊勢、『拾遺和歌集』所収445 

※この頃は暑いので、この歌の涼味、日本の庭の風情、何とも言えずいいですねえ。

277
朝づく日いまだにほはぬ山のはの松の葉わたる秋のはつかぜ
五一〇 朝附日(あさづくひ)いまだ匂はぬ山端(やまのは)のまつの葉わたる秋のはつかぜ 文政七年

□「早秋朝山」と云ふ題なり。秋の早きあさき時は、朝ならでは秋の見えぬものなり。日が出づると夏めくなり。それを詠むなり。

○「早秋朝山」と言う題である。秋の早く浅い時節は、朝でなくては秋が見えないものである。日が出ると夏めくのだ。それを詠んだのだ。

※これも佳吟。

278
あらはれて世にたてる名も知らねばや猶忍びけるあきのはつ風
五一一 あらはれて世にたてる名もしらねばや猶(なほ)忍(しの)びける秋のはつかぜ
 文政七年

□今日から秋なりと云ふことは、しかと人が知りあらはれたるなり。夏の中より暑き故に秋はまたるゝなり。それ故に水辺にくゝり、松風にまじりする秋などとしたふなり。それが立秋になれば誰しも知りてあるのに、秋風が吹かぬなり。わが秋と云ふ世中になりたるを知らぬさうな(となり)。風が秋にならぬなり。残暑をよみこなしたるうたなり。

○今日から秋だということは、はっきりと人が知り、現れているのである。夏のうちから暑いので秋は待たれていたのである。それだから「水辺にくぐり」、「松風にまじり」もする秋などと言って慕うのである。それが立秋になれば誰もが知っているのに、秋風が吹かないのだ。わが秋という世の中になったのを(当の秋は)知らないそうな。風が秋にならないのである。残暑を詠みこなした歌である。


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