さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

篠原勝之『骨風』

2016年07月27日 | 現代小説
 「毎日」の今週の本棚で紹介されているのを見て、読みたいと思いながらそのままになっていたのだが、先日古新聞を整理していたら著者の顔写真が載っている記事が出てきた。

それで、藤沢のジュンク堂に行って、現代文学の棚のサ行のところでこの本を見つけて、すぐに帰りの電車のなかで読み始めた。書かれている内容は、どれも懐かしい。「ゲージツ」に憑かれて生きてきた人間の、自由と引き換えに背負わなければならなかった苦難が、淡々と語られる。読み進めるうちに深沢七郎の名前が出て来た時に、ああそうか、と思った。私は篠原勝之の書いたものを読むのは、これがはじめてである。

 常日頃、神経過敏で流行に敏感な人たちとつきあっていると、こういう作品の存在を無条件に肯定したくなる。私の知人で際限のない疑心暗鬼と被害妄想にとらわれてしまっている不幸な方がいるが、そういう人には、篠原さんや、篠原さんの師である深沢七郎の書いたものを読んでみたらどうですか、と言ってあげたい。よくわからないが、心が休まるのである。たとえば南伸坊が置いて帰った二十三年も生きた黒猫の話。三日間抱き続けた猫の心臓の鼓動が停まって、その体はだんだん冷たくなり、

「前肢は伸びをするように前に、後ろ肢は思いっきり後ろへと伸びた。(略)天翔る格好の厳かなオブジェだった。」

という文章を読んで、無私の充実と無限のやさしさとが感じられたのである。われわれが生きていることの無意味を掬い上げ、また救う言葉の確かな手触りがあるのである。